[KATARIBE 21614] [KMN] 『黄土高原的なる青空に』

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Date: Wed, 25 Apr 2001 04:46:50 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 21614] [KMN] 『黄土高原的なる青空に』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200104241946.EAA53446@www.mahoroba.ne.jp>
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2001年04月25日:04時46分50秒
Sub:[KMN]『黄土高原的なる青空に』:
From:E.R


こんにちは、E.Rです。
吹き出すように、出てきた話。
書きとめ40分。

ちうわけで、唐突にすみません>はりにゃ
斧淵雨海の一人称です。

********************************
黄土高原的なる青空に
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 見つけてから、半年以上一年未満。
 そろそろ、行きつけに入れて良い本屋さんがあって。

 
 黄金週間。
 いわゆる社会人にとっての、お正月以外の長期休暇。
 と言っても……別に、行くあても無い。
 日割りでお給料を貰っている身としては、実はこの休日のが結構、厳しいの
だけれども。
 
 商店街の外れのあたり、ちょっと本でも覗こうか、という辺りにその本屋は
ある。硝子戸は手で開ける引き戸、そんなに広い本屋では無いけれども、本の
品揃えが結構特殊で。
 時折、絶版状態の本が、こっそり残っていたりする。
 ホーカシリーズの3番目、『がんばれチャーリー』を見つけた時は、思わず
声をあげかけてしまったし、岩波文庫の『日本の弓術』もここで見つけた。
 その代わり、新刊本でも入ってこない本があるし、ライトノベル系は新刊以
外殆ど置いていない。そこらは常連の人も心得ているらしく、店長この本入れ
なかったんだね、と、レジで苦笑するくらいに終わる。

 店長は、女性。
 二十代後半くらいだろうか。長い髪をひっつめにして後ろでまとめている。
銀縁眼鏡の奥の目は、つうんと澄むように無表情なことが多くて。
 愛想は、悪い。つんけんするような悪さではなく、本当に風のように愛想が
無い。
 訊かれなければ答えない、問われれば答える。
 そういう態度は、どこの書店の店員さんも同じだと思うのに。
 言葉遣いも、決して悪くないのに。
 
 けれども、その愛想の無さが、心地良い。
 探している本の名を告げる。そうすると彼女はレジの前からするりと流れる
ように身を起こして、目当ての本棚まで移動する。一度指先をエプロンで拭う
ような仕草をしてから本に手を伸ばす。
 その時に起こる、微風にも満たない、空気の流れ。
 それが……不思議に、心地良くて。

 
 心地良い……というか。
 安堵。
 少し、似た者。


 だから、今日も、硝子戸を開けて。
 ほんの少し贅沢に、昼日中に本屋に行く。日の光を浴びながら。
 空は、この季節特有の、乾いた青の色。
(黄土高原)
 見たことも無い地名が頭を掠める。どこから連想したのだろう、と、首を傾
げて、暫らくしたら思い出した。
 諸橋さんが、以前くれたアルバム。その中にあった曲の名前。
『青空みたいな曲でしょ』
 その、言葉と一緒に。
 手を伸ばしてみたいように、空は青い。
 青空みたいな曲が、ふっと耳の中に蘇って消えた。


 いらっしゃいませ、なんて言葉を、彼女は言わない。だからするりと、こち
らも店の中に入ってゆける。
 本棚を眺める。
 人名の世界地図という本……諸橋さんが面白い、と言っていたけれども。
『新書だから、そう高く無いしね。お買い得』
 今日の食費。明日の食費。いつも使う仕事場の食堂での昼食を抜いたと考え
れば、何とか買える値段では、あった。
 でも、あれも新刊系になるのかな。


「ちょっと」
 女性にしては低い、ぴんとした声。
「……は?」
 振りかえると、目が合った。
 レジの前の、女性。店長。
 ……勘違いだと、思った。だからそのまままた、本棚の方を向いて。
「ちょっと」
 今度の声は、もう少し近いところから聞えた。
 振りかえると……彼女が、居た。
 目の、前に。

「え……え?」
 店長さんは、私よりも少し背が低い。見上げる目は、けれども音がするよう
に鋭くて。
 本か何か……落としただろうか?
「……あの、申し訳ありませ」
「違うよ」
 無表情な目が、ちょっと細められる。額にきゅっと一本、縦に皺を寄せて。
 ふと気がつくと、先刻までいた家族が居なくなっていた。
 店に居るのは、二人だけ。まるで一瞬の無風状態のように。
「ちょっと気になってね」
「……あの?」
 気になるようなことを、してしまったのだろうか?
 一瞬、びくりとする。
 それは……命取りだ。
 一体…………

「……だから、違うって」
 ぴしん、と。やはり声は鋭いまま。
「別に、あんたがどうこうじゃないんだけど」
「……は」
 何が、どうしたというのだろう。
 それより何故、違う、って……
 いや、違う、と言い切れる程、彼女はこちらを読んでいる?確かによくこの
書店には来るけれども、でも。

 竦んだまま、ただ、おろおろとそんな風に考えていたら。

「…………!」
 ぱんっ、と。
 左肩の後ろを叩かれた。まるで掬い上げるように。
「姿勢が悪いっ」
「あ、はいっ」
 反射的に言ってしまってから……流石に、むっとする。そんなことを言われ
る筋合いは無い。
 ……筈、なのに。
 なのに。

「あんた、深呼吸したことある?」
 する、と、細い流れのように、その声は届く。
「え……」
「たまには、深呼吸ぐらいしな。背を伸ばしてさ」

 眼鏡の向こうの目は、すっと目尻が上を向いている。
 その目が、ほんの少し、また細められて。

「腐りたく無いなら、さ」

 あ


 きんと、斬り込むような、それは直感。
(この人は、私のことを知っている)
(この人は、私のことを橋姫だと知っている)

 そして、もうひとつの直感。

(この人は、仲間だ)


 気がつくと、彼女はそのままレジの向こうに戻っていた。
 そちらを見ても、もう視線は合わない。
 とりつくしまもない、とは、こういうことなのだろうか。
 そんな莫迦なことを思いながら、また、本棚に向った。
 探していた本は、すぐに見つかった。

 レジで、本を差し出す。無言で彼女は受け取り、レジに値段を打ち込む。
「……円です」
 税込み。ほんの少し半端な数に、一円玉を慌てて捜す。その間に彼女は本に、
さっさとカバーをかける。
 雪風。流れるような書体でカバーにデザインされた文字。書店の名。
「はい」
 すい、と、手元に本が突き出されて。
「ありがとうございました」
 相変わらず、無愛想な声、つうんと澄んだ無表情。


(貴方は、仲間ですか?)
(貴方は、私と同じモノですか?)

 確信に近い言葉を、それでも口にすることは出来なかった。


 からからと、硝子戸を引いて、外に出る。
 ふわり、と、まだ先鋭化していない日の光が押し寄せる。

 一度、息を吐いて。そして目立たないように背を伸ばして。
 私は、一度息を大きく吸った。
 

 空の色は、乾いたような青。
 黄金週間を、彩るような青。


**********************************************
BGM:黄土高原、Ballet Mecanique(坂本龍一)

 背伸びして、深呼吸して。
 そして書いてみました。

 ではでは。


    

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