[KATARIBE 21512] Re: [HA06EP] 『植物園迷路』

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Date: Sun, 8 Apr 2001 15:33:48 +0900 (JST)
From: screamingbeast@geocities.co.jp (killist)
Subject: [KATARIBE 21512] Re: [HA06EP] 『植物園迷路』
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EP『植物園迷路』
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登場人物
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 小滝ユラ(こたき・ゆら):
 海發苓太(かいはつりょうた):吹利大学部薬学部所属1年。



ユラ     :「……あれ」

土曜日、昼下がりの研究室。
試薬用の冷蔵庫を開けたユラは、小さく舌打ちした。

ユラ     :「煎液にごってるよ、黴……だな、こりゃ」

 すばやく手袋をはめ、冷蔵庫の隅っこからボトルを一本取り出す。透明なボ
トルの中で、ゆるゆると白い靄が渦を巻く。ボトルの中は植物成分の高濃度抽
出物。もちろんかなりに高栄養なわけで、うっかりするとすぐ黴が湧く。

ユラ     :「……だから-20℃に入れとかなきゃだめだって
         いったのに……
         あーあ、作りなおしかぁ」

 研究室の窓の下が植物の巣になっている。そこに身を乗り出し、隅っこに生
えている小さな株の数を勘定し……

ユラ     :「足りない……」

 グリーングラスに戻って庭から持ってくるか、でもそうしたらあれこれと手
間がかかって夕食に間に合わなくなるかもしれない。今日は早めに研究室仕事
を終わらせて、一緒に晩御飯作るって、美都さんと約束したのに……

 そこまで考えて、ユラはぽんと手を打った。古巣の薬学部植物園になら、ま
だあるかもしれない。今必要な薬草を植えておいたのは、植物園でもずいぶん
奥のほうだから、もう1年ちょっと行ってみてないけれど、でもまぁ、あんな
奥のほうまで手を入れる人間がいるとも思えないし、枯れてなきゃまだあるだ
ろう。よし。
 白衣を脱いでコートを羽織り、一瞬考えてそれを脱いで、小汚いウインドブ
レーカーに袖を通す。そういや、薬草と毒草紙一重のものも植えた覚えがある
しな。ナースサンダルじゃまずかろう。軍手も2組ばかり持っていくか……

 外に出たユラの背後であまり立て付けのよくない古びた扉がばたんと閉まり、
そしてこれだけは立派な「医学部・代替補完医療講座」のパネルががたがたと
風に煽られていた。

 植物園の、奥のほうに行くにつれて、ユラの鼻の頭に小じわが寄り始めた。
歩くにつれて眉根が寄り、とうとう完全に顎が落ちた。

ユラ     :「これは……すごいわ」

 どうやら、ユラがここを出ていった後、とんでもない後任が来たらしい。
 担当区域はほぼ様変わりしていた。植えた覚えのあるものもいくつかは残っ
ているが、かなりのものが植え替えられている。しかも……

ユラ     :「毒物縛り、か。すごいな」

 生育状態は理想的。
 後任者はよほど腕がいいらしい。

ユラ     :「ううん……こりゃ、もうあたしが植えたの、ないかな」

 ぶつぶつ呟きながら、ウインドブレーカーの前のジッパーを完全にあげ、フー
ドを被る。その上で軍手。

ユラ     :「マスクも持ってきたほうがよかったかな(苦笑)」

 小さく息をつくと、覚えのある場所めがけて、毒草の藪の中に踏み込んだ。
 と。
 二足も歩かないうちに藪の向こうががさりと揺れ、枝が分かれて痩せた顔が
覗いた。
 無精髭の生えた、目つきの悪い男だ。頭には緑の染めの手ぬぐいをかぶって
いる。
 どう見ても善人には見えない。

海發     :「ああっ! 引っ掛けない様、気を付けて! その細い蔦は
       :蔦漆ですからね! 折らないでくださいっ!」

 そういって、海發はかがんで蔦漆の若木に手をのばし、『いいこいいこ』す
るように撫でる。
 別にユラは、裾を引っ掛けた訳でも、踏んづけた訳でもない。近くを通った
だけだ。

海發     :「ふう危なかった。もうすこしで、つーちゃんが怪我をする
       :所だった…。気を付けて下さい、つーちゃんは、まだ自力で
       :起きあがれないんだから」

 海發は、額を拭いながら立ち上がる。

海發     :「所でどなたですか? あなたは。何か御用ですか?」

ユラ     :「つーちゃん……って……蔦漆……」

 いや、いわれなくったって触る気はないけど、と言いかけて、流石に言葉を
飲み込んだ。

ユラ     :「ああ、邪魔してごめんなさい。あたし、小滝といいます。
       :ひょっとして、名前くらい聞いてないかな?
       :多分、あなたの前任者だと思うんだけど」
海發     :「小滝……ああ、一昨年までここにいた人、とか」
ユラ     :「うん、まぁそうなんだけど……ちょっと昔ここに植えた子、
       :使おうかと思ったんだけどね。もう、ないよね」
海發     :「ない、と思います。すみませんが……」
ユラ     :「うん、そうだよね。ごめんね。しかし……」

つーちゃん、ねぇ。もう一度口の中で呟く。

ユラ     :「君、いい腕してるよね。生育状況、完璧じゃない」

今度はそおっと蔦漆のそばにかがみこみ、首だけそっちに伸ばす。

海發     :「あーーーーー、気をつけて……」

もちろん毒だから気をつけろ、と云っているわけではない。

ユラ     :「わかってるって……うん、ちょっと待って……あれ??」

そーっと、軍手の指を伸ばす。

ユラ     :「つ・う・ちゃん……って……返事なしかぁ。
       :よっぽど君に懐いてるねえ。うん、いや、好いことだよ」
海發     :「当たり前です、手塩にかけて育てたんですから、
       :僕のいうことしか聞きませんよ。……だから気をつけて下
       :さいって云ってるのに。」
ユラ     :「声かけるくらい、いいじゃないの。減るもんでもなし……」

そこまで云って、ふとユラは思い当たった。
二人の目の前にいるのは、蔦漆である。犬や猫じゃない。なのに、この会話
は何だ?

海發     :「う〜ん。減るような気がする。いや、むしろ既に減りつつ
       :あるような気がする! いったい、何が減ってるんだ!! 
       :わからん!!! 僕は一体どうしたらいいんだ!!!!
       :早く、減らないようにしなくちゃ!!!!!
       :も、もしかしてそれどころかこのまま、加速度的に減少して
       :いくとしたら!!!
       :ひぃい〜、何か大事な物がどんどん減って…い…って……?」

海發の力説はそこで、知りすぼみになってしまった。もちろん、ユラが蔦漆に
話し掛けたせいで、海發の気力が減ってしまった、わけではない。
目の前でユラが、微動だにせずに、ジっと見つめている事に気付いたのだ。

ユラ     :「……」
海發     :「…………?」
ユラ     :「………………」
海發     :「…………………?(汗」
ユラ     :「………………………………」
海發     :「……………………………………(滝汗」
ユラ     :「………………………………………………」
海發     :「……………………………………………………………………
       :あ、あのぅ………………、あの、もしかして…………………
       :何か、憑いてます?」

 そういって、慌てたように手で自分の肩を払う。
 仮に何か憑いてたとしても、手で払ったぐらいでおちるとは思えないが…。

ユラ     :「…え?………(汗」
海發     :「そ、それとも、今も大事な何かが減りつつあるのが見える
       :とか! な、なんてことだ…。僕ぁ、いったいどうしたら…」

 まるで、今から八寒地獄に連れていかれようとしている寒がりな男のような、
そんな慌てっぷりを見せる後任を前に、ユラは混乱しはじめていた。

ユラ     :「え、えっと、べ、別に何もへってなんかいないよ…。
       :…と思う…けど…」

 一応、落ち着かせようと説得を試みる。
 説得よりも、何か鎮静作用のあるハーブオイルを使った方がいいだろうか…。
 生半な説得が、この慌て方に効果が有るとは、到底思えない。

ユラ     :(困ったなぁ。えーっと、確か、オレンジか、そうでなきゃ、
        クラリセージかイランイランがどっかにあったような…)

 ユラはなんとか、この頼り無い後輩を落ち着かせようと、エッセンシャルオ
イルの小びんを探して、ポケットを探る。

海發     :「ん? そりゃ、そーか」

ごく一般的な、ユラの予想に反して海發は(非常識にも)ふっと我にかえった。

ユラ     :(うん? 正気にもどったかな?)
海發     :「つうちゃんに話かけた位で、大事なあれが減るわきゃ、な
        いよな。うんうん」

大事な『あれ』? …本当に正気に戻ったのだろうか…。

ユラ     :「………」
海發     :「ふむ。いや、あれは減るどころか、むしろ増えてるかもし
       :れないぞ。ふ〜む、まず間違い無いな。絶対、増えてる。
       :よかった〜。増えてるなら問題ないや」
ユラ     :「……………(汗」
海發     :「いやー、よかったよかった。よければ、もっと、つうちゃ
       :んと話してやって下さい。ホントにどうもありがとう!
       :あなたのお陰です!」
ユラ     :「え、あ、えっと、大した事は…」
海發     :遮って「いや、本当に、これでも感謝してるんです!
       :そうだ、なんかお礼をしなくては!
       :何をおさがしなんでしたっけ?
       :たしか、瓢箪木のジャムでしたっけ? 大丈夫、種は抜いて
       :ありますよ。種はいくらか、とっといてありますが、だいた
       :い植えちゃいましたから。
       :ん? まてよ? それとも、フジモドキのお茶でしたっけ?
       :あれ? ドクゼリのお茶だったかな?
       :世紀竜舌蘭のジャム?
       :お茶でしたっけ? ジャムでしたっけ?
       :あれ? 何探してるだったっけか? (困惑」

ユラ     :「え……ええと……いや、全部加工しちゃったのか。
       :ならいいや。原木が欲しかったんで」

そういう問題でもない気がするぞ。

海發     :「原木?って……ああ前ここにあった……」
ユラ     :「ダチュラでもヒヨスでもないから……うん、いい。
       :もうない。たぶん。ない気がしてきた。
       :それはそれとしてヒヨスってひょっとしてジャムにした?」

 そんなものを植えていたとは。
 ユラ自身、あまり人のことを偉そうにいえた身分ではなかったらしい。
 まぁ、そう突っ込んだところで、「だって使うもの」の一言で済ませてしま
うものではあるのだが。

海發     :「あ、あれは生育状況があまりよくなかったんで……
       :そうか、ヒヨスのジャムか。置いてあったかな。なかったら
       :今度作っときますから。というかなかったら大変だ。
       :あのへんの植物の加工はもうマスターしたはずだったのに。
       :それともええと……」
ユラ     :「あ、いやいい。ところで仕事中だった?
         ごめんね邪魔して。今度またジャムはお願いするわ」

混乱の兆しについと逃げ腰になるが、

海發     :「いやそうはいきませんよ。折角お世話になったんだのに。
       :ええと、今あるものというと……なんだ、蘇鉄の粉だけか。
       :大丈夫ちゃんとさらしてありますから。使います?」
ユラ     :「ああ、ええと……うん、いただく」

 片手を出して受け取りながら、もう一方の手でポケットを探る。  
 なんだかよくわからないが、もらいっぱなし、というのは、たぶんよくない。
気がした。で、何か渡せるものは、というと……
 エッセンシャルオイルのアンプルがいくつか手に触れたが、どうもこの後輩
が喜びそうな気はしない。カモミールのお茶なんか、断じて違うだろう。季節
先取りの花粉症対策のハーブドロップ……だめだ、まとも過ぎる。先端を刃物
状態にまで研いである自慢のピンセットでも渡したほうがまだ喜ばれそうだ。

ユラ     :「ええと……お返し。これ、使う?」

最後に手に触れたのがカルダモンの小袋で。まぁ、ハーブ製品よりはこの後輩
殿の趣味に合いそうだ、と思って引っ張り出す。
 ……と、海發の視線が止まった。
 小袋とユラの顔を交互に、じっと、見る。
 品定めでもするかのような。正直、あんまりいい気持ちはしない。わあ、と
落ち着かなくなって、今度はユラのほうがあわてて喋り出す。

ユラ     :「うちの特選品……ったって、医学部じゃないよ。
         あたしが雇われ店長やってるとこなんだけど。
         ベーカリーの向かいで花屋の隣のハーブショップで……
         あ、あたしがいるときは漢方薬屋も……
         と、何?」

視線の調子が急に変わったのだ。

海發     :「薬屋……?」
ユラ     :「えと。そうだけど……」
海發     :「とすると附子とか烏頭とか」
ユラ     :「あるけど。今度来てみて」

海發が勢い込んで喋り出そうとするのに、ユラのほうが一瞬早い。

海發     :「それはきっと。ところでこれ……」

カルダモンの小袋をしげしげと見る。
そして、クンカクンカ(薫香薫香)と呟きながら、袋の匂いを嗅ぐ。

海發     :「ふむん。やはり、カルダモンですね。
       :さっきから、ずうっと香ってたのでちょっと気になっていた
       :ような、そうでもないような」

ちなみに、袋の中のカルダモンは殻つきの状態である。よって、匂いは強くな
い。というより、殆どにおわない。殻の中の種子を料理に使うのだ。

海發     :「カレーやチャイに入れると美味しいんですが、高いんです
       :よね。ありがたく、いただいておきますよ。感謝です」

ユラ     :「あ、あ、そう。なら、よかった」
       :(反応が、まともだ。変だな)

海發     :「ああ、先程の蘇鉄は、咳止めになりますから、」

ユラ     :「飴ね?」

海發     :「そうですね。ハーブティーに少しだけ、入れるのもいいと
       :思います。うまく量を加減しないと、鉄臭くなりますが」

ユラ     :「そうだね。ありがとう」
       :(まともだ。そんなはずは…)

海發     :「あ、ヒヨス。うん。」

ポンと手を打つ。そんなやつが、実際にいるとは。

ユラ     :(ドキッ! この展開は…)
       :「えと、うん。じゃ…」

混乱の兆しを感じ取り、逃げ腰になってしまう。

海發     :「ヒヨスのジャム、あります。思い出しましたよ。あれは、
       :確か、事情があって、封印したのです」

ユラ     :「事情?」
         (話、長くなるとやだな…)

海發     :「ええ。あれを食べると、家から出られなくなるのです」

ユラ     :「え? ああ。瞳孔が開くからね」

海發     :「僕はもともと眩しがりなので、あれは食べられないのです。
       :そのうち、お店の方に寄るときに、持ってきますよ」

ユラ     :「うん。じゃあ、お願いするよ」

海發     :「で、なんて名前の店でしたっけ」

ユラ     :「あれ? 言ってなかったっけ?
       :『グリーングラス』って店だよ」

海發     :「グリーングラス…。ああ。駅の向こうの!
       :良さそげだから、マークしてた店だ…。奇遇だ」

ユラ     :「あれ、そうだったの?それは……嬉しいわ。
       :それじゃこれ……」

 急に、ふわん、とユラの雰囲気が変わる。店に居るときの顔なのだが……海
發が気付くはずもなく。

ユラ     :「ええと、この時間ならわたしが店番してるから。
       :他の時間に来ても薬店のほうには入れないので、
       :このあたりを狙って来ていただけるといいかしらね」
海發     :「薬店に入れないって……」
ユラ     :「ええとね……」

 一度海發に渡したメモを取って、さらさら、と見取り図を書く。

ユラ     :「薬店にはこっちの階段下から回るの。
       :でも、わたしがいないときは扉、閉じちゃってるから。
       :あ、でも、君なら開けちゃうかなぁ。
       :こっちにいるのもつうちゃんだから……ね。
       :蔦漆じゃなくてただの蔦だけれど」

 失言。
 海發の顔つきがまた変わった。

海發     :「こっちにいるのも……つうちゃん……??
       :まさか、そこにも『あれ』が……うーん、
       :あなどりがたい……まさか……」
ユラ     :「あ、いや、その。
       :うん、ま、その時間に来てくれればいいって、
       :それだけ。それだけ、ね?」
海發     :「まさか……そうか。きっとここにも……」

 ユラ、首をひとつ傾げる。
 どうしたもんだろう。
 方策を考えたほうがいいのだろうか、このまま逃げたほうがいいのだろうか。
とりあえず海發のほうはユラの思惑には全くお構いなしに非常に意志的な笑い
を浮かべたのである。

海發     :「ええ、わかりました。奇遇なんかじゃない、
       :やっぱりこうあってしかるべきだったのです。
       :店のほうには必ず行きますから、ええ。
       :よかった。これで、みつかるかもしれない…」
ユラ     :「……そ、そう?
       :まぁ……お待ちしてるわ。それじゃ、ね」

 今度こそ踵を返した。

 すっかり様変わりした植物園がざわりと揺れる。
 面白い後輩が見つかってよかったのか……それともとんでもないところにき
ちゃったのかもしれないなぁ、などと思いながらそそくさと帰路を急ぐその背
後で、くだんの後輩氏がトカゲ大王の深謀遠慮に思いを馳せていようなどとは、
ユラに考え付くはずもないのだった。

グリーングラスにおかしな常連が増える日ももうすぐらしい。


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一応、まとめました。
規則にも従ってるはずですが…
さてと…。章タイトルどうしませう。>勇魚さん
訂正、追加、よろしくおねがいします。


Writen by "killist".
E-mail:screamingbeast@geosities.co.jp
    

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