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Date: Mon, 13 Nov 2000 00:30:36 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20960] [HA06P] 『拈華微笑』完成版
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200011121530.AAA43360@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 20960
2000年11月13日:00時30分36秒
Sub:[HA06P]『拈華微笑』完成版:
From:E.R
こんにちは、E.Rです。
……ええ、まだあるんです。
あ、そいえば、忘れていましたが、『破れ傘』も、これは一応完成版です。
(明言し忘れました(汗))
というわけで、こいつです。
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エピソード「拈華微笑」
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登場人物
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狭淵麻樹:吹利県立吹利中央病院研修医。酒豪。
平塚花澄:書店瑞鶴の店員。ここ数ヶ月ほど行方不明。
るりるり:彫刻と生身の身体をとる猫。麻樹の車に住む。
本文
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承前
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時を選び、場所を選び、初めて見える番いの糸。
繋ぐ片割れは己が手に。
繋ぐもう片割れは、見るに時を選ぶ。
見渡せる場所がいる。
……河原。
…………あそこならば見える……
………………会える?
遭遇
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月は、既に皆既触に入っている。
月蝕の時間はわかっていても、そこに急患が入れば月を悠長に見ている暇な
ど麻樹には無い。こうやって蝕の終わりを見ることが出来るだけでも運は良かっ
たのかもしれない。
河原の横を通りすぎようとして、麻樹はふと足を止める。
麻樹 :「…………」
月が消えた今も、周囲は真っ暗にはならない。離れたところにある街灯のお
こぼれのような光。それが土手に立っている人影をぼんやりとだが映し出して
いる。
長い髪。スカートの裾が時折風に揺れる、影。
表情こそ判然としないものの、うろうろと、頭を動かしているのはわかる。
それが、ふと、止まった。
薄明かりの中で。
麻樹 :「…………」
無言で、手を上げる。
挨拶。
花澄 :「……こんばんは」
まるで昨日会ったばかりのように、当たり前に。
やはり挨拶が返る。
ざん、と、風が吹いた。
花澄 :「こちらはまだ夏なのね」
麻樹 :「あぁ」
ふわ、と笑いかけた顔が、けれどもそこで、困り顔に移り変わる。
花澄 :「ね、麻樹さん」
麻樹 :「ん?」
花澄 :「月は、いまどっち側にある?」
おいおいおい、ってな問いである。
方向音痴は……相変わらずなのだろう。
麻樹 :「あちらだ」
指差した方向を見上げて、花澄は、ああなるほど、と小さく呟いた。
花澄 :「言われると、見えるわね」
蝕の中の月は、赤黒い色をしている。見にくいが、完全に見えないわけでも
ない。
花澄はそれを黙って見上げる。
麻樹も、それを黙って見上げる。
最後に会ったのが、3月の終わり。
それから既に3ヶ月以上。
一切の音信も無かった相手。
と……
花澄 :「あ、駄目っ」
慌てたような声を、花澄は上げた。
花澄 :「麻樹さん、その猫。こちらに近づけないで」
麻樹 :「っと……」
とことこと近づきかけた子猫を、麻樹が掬い上げる。
真っ白な毛並みに、瑠璃の色の瞳の子猫。
るりるり。
恐らくは麻樹のあとを付いてきたのだろう猫は、みう、と小さく鳴いた。
花澄 :「こちらにあまり近づくと、帰れなくなるから」
麻樹 :「帰れない?」
花澄 :「うん」
少し困ったように、首を傾げて。
花澄 :「こちらはもう、秋なの」
麻樹 :「……未来?」
花澄 :「そうなるのかな」
さらん、と。
ごく、何でもなげに。
花澄 :「繋ぐ用事があったの」
花澄の手に、細い糸様のものが絡みついているのが見える。
微かに、発光する……糸。
否、糸状の光だろうか。
花澄 :「こちらの糸は、秋にしか見えなかった。でも、繋ぐ先は
:今日でなければ見えないから」
麻樹 :「それで?」
花澄 :「つれてきてもらったの」
やはり、なんでもなげに。
花澄 :「だから、私の周りはもう秋なんだけど……見えない?」
麻樹 :「…………」
うっすらと。
その言葉と同時に、花澄自身を中心に淡い光が放たれる。
光の中、彼女から数メートルの範囲に。
幻のように咲く花。
麻樹 :「そちらはそういう季節か」
花澄 :「そう」
曼珠沙華。
赤黒く闇に似た色の花が、群れ集うように花澄の周りに咲き誇っている。
花澄 :「この花の範囲が、私の時間になってる」
麻樹 :「…………」
それは、多分。
両方から手を伸ばしても、届かない距離。
花澄 :「……残念だね」
麻樹 :「ん?」
花澄 :「この距離だと、酒を酌み交わせない(笑)」
麻樹 :「……(苦笑)」
互いに。
黙ったまま、幾らでも呑むことの出来た相手同士。
花澄 :「折角、お酒あるのに」
麻樹 :「今?」
花澄 :「うん……届く?」
最後の問いを、空に放つ。
風がひゅるんと流れる。
花澄 :「了解……麻樹さん、はい」
すとん、と投げられた酒瓶は、それでも麻樹の手に届いた。
300mlの瓶。
桃川。
上着のポケットからもう一本の瓶を取り出して、花澄は蓋をひねる。
麻樹 :「用意がいいな」
花澄 :「そりゃあ(笑)」
きり、と花澄の手元で音がする。
麻樹も、瓶の蓋を開ける。
花澄 :「一緒に呑めたらな、って、思ってたから」
言葉は、やはり短い。
花澄 :「会えて良かった」
麻樹 :「……ん」
花澄 :「乾杯」
ちょっと行儀悪いけど、と花澄は笑って、瓶からそのまま酒を呑む。
麻樹 :「一緒に飲む相手はいないのか」
花澄 :「兄だけ。後は全員高校生なんだもの。彼らに付き合わせ
:るわけにはいかないし、兄と呑んだって泥仕合だし」
麻樹 :「……(苦笑)」
後は双方黙ったまま、互いに瓶の中身を干してゆく。
酒は喉にするりと溶ける。
曼珠沙華の花が、時折揺れる。
闇に溶けこんでいた月の半面が、おぼろな赤銅色を帯び出した。
花澄 :「蝕から抜ける時に、繋ぐもう片方が見える筈なんだ」
麻樹 :「…………」
花澄 :「繋げば、また戻る」
この吹利には、戻るのか、戻らぬのか。
花澄は何も言わなかった。
麻樹も何も問わなかった。
そういう、付き合いだった。
花澄 :「でも」
麻樹 :「ん?」
花澄 :「……呑めて、良かった」
最後の一口を流し込むと、花澄は瓶の蓋を閉めてポケットの中に入れた。
月の色は、だんだん明るくなる。
花澄の手に絡みついた細い糸が、すう、とその光を増した。
月の端が、鋭い光を帯びた。
花澄 :「……」
その光に応じるように。
二人の立つその間の中空に。
一瞬、蜘蛛の巣に似た細い光の構造物が浮かび上がる。
花澄 :「見えた」
とん、と。
地を蹴る音は、小さかった。
普通の人間には有り得ない、緩やかな動きのまま花澄は宙に浮き上がり、光
の蜘蛛の巣の上空まで行きつくと、そのまま手の中の光を『巣』の中心に突き
立てた。
一瞬。
反動で花澄は高く跳ね飛ばされ、麻樹の頭上を越えていった。
花澄の後ろにまで続く細い筋が流れるように光り、そして消えた。
そのまま頭から、花澄は落ちてゆく。ゆっくりと、天女の飛翔する速さで。
逆さになった顔は、笑っていた。
その口元が、動いた。
花澄 :「…………ね」
そしてそのまま。
空に、溶けるように。
その姿は、消えた。
麻樹 :「…………」
ごめんね、とも読めた。
またね、とも読めた。
どちらとも……判断はつかなかった。
そしてやはり、最後に麻樹に向けた顔は、微笑のまま。
みう、と手の中の猫が鳴く。
麻樹 :「…………」
そっと、猫を下ろしてやる。
ゆっくりと元に戻ってゆく月光と街灯の光を透かして、花澄が今までいたあ
たりを見やる。
曼珠沙華の花が一本、蒸し暑い夏の夜の中に浮かび上がるように咲いていた。
時系列
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2000年7月16日。皆既月蝕の夜。
解説
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例えば出会うこと。例えばすれ違うこと。
それもまた縁の一つであること。
……十年後に会って一緒に呑める友人なら理想なのかもしれません。
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であであ。