[KATARIBE 20863] [HA06N] 『春嵐』完成版

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Date: Sat, 28 Oct 2000 03:51:46 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20863] [HA06N] 『春嵐』完成版 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2000年10月28日:03時51分45秒
Sub:[HA06N]『春嵐』完成版:
From:E.R


こんにちは、E.Rです。

EP完成版、いろいろ流してないよなあ、とか思いまして。
ほっくりかえしてましたら。
……これ、流さないといかんじゃん(汗)

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エピソード『春嵐』
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登場人物
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 平塚花澄(ひらつか・かすみ):四大の守護の元にある者。書店瑞鶴の店員。
 平塚英一(ひらつか・えいいち):瑞鶴店長。花澄の兄。
 瑞鶴の猫(ずいかくのねこ):書店瑞鶴の入り口にいついている猫。年齢不明。名前は無い。
 譲羽(ゆずりは):花澄の作った球関節人形に宿る木霊。花澄の擬似娘。
 小松訪雪(こまつ・ほうせつ):骨董屋松蔭堂の店主。譲羽がなついている。
 狭淵麻樹(さぶち・まき):吹利中央病院の研修医。花澄の友人。

本文
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予兆
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 一晩のうちに、めっきり春になった。

 前日は嵐のような風が吹き過ぎていた瑞鶴の裏の通りに、一面街路樹の小枝
が散らばっている。

 花澄     :「風、ひどかったからなあ……」

 とん、と、水溜りを避けて。
 裏口を二度叩いて、ノブを廻して。

 花澄     :「っと(汗)」
 店長     :「待ってた」

 ぶっきらぼうな言葉と声と。
 それ以上に……奇妙に不吉な響きと。
 
 花澄     :「……何?」
 店長     :「呼び出しだ」
 花澄     :「って……」
 店長     :「鬼海の家から。最優先らしい」

 裏口に靴を脱いで、上がる。それを待ちかねたように、店長は薄い封筒を花
澄に渡した。
 既に開いている封筒を少し丸めるようにして、中身を引っ張り出す。

 花澄     :「これ?」
 店長     :「うん」

 かさかさと、薄い紙を開く。
 暫しの間。

 そして。

 花澄     :「……………学が行方不明?」
 店長     :「そうなるな」
 花澄     :「っても……そんな莫迦な」



 鬼海学。
 花澄達の、母方の従弟にあたる少年である。

 鬼海の家。地水火風、四大に護られる、風見達を生み出す家の一つである。
 学の母もその一人であるからには、当然風にその居場所を問うことをしてい
る筈なのだが。

 店長     :「風からの情報が、無い、ときた」
 花澄     :「ということは……」
 店長     :「他の風見の家が関わっているか」
 花澄     :「……四大が、関わっているか」

 花澄の言葉を聞いた途端、店長が露骨に嫌な顔をする。

 花澄     :「……何?」
 店長     :「その可能性が、一番厄介だよなあ……(溜息)」
 花澄     :「まあ……そうだけれども」

 手紙には、以下の内容が要領良くまとめてある。
 学が、春休みに入った数日後に行方不明になったこと。
 風見達…学の母や姉、その祖母達の捜索にも関わらず、今だに行方が知れな
いこと。
 地水火風、それぞれからの情報が無いこと。
 そしてまた、他の風見の家でも、学と同じ年頃の子供達が姿を消しているら
しいこと(これについては尚未確認の部分がある、との但し書きつきで)。

 花澄     :「…………で?」
 店長     :「探せ、とさ」
 花澄     :「私達に?」

 最優先、と、断っての依頼は、ほぼ命令に等しいもので。
 ほろ苦い笑みが、花澄の片頬に浮かんだ。
 その笑みを映したように、店長も苦笑した。

 店長     :「……そうなるな」

 ふう、と一つ息を吐く。

 店長     :「鬼海の長の権限により、と来たものだ。逆らうわけにも
        :行くまいさ」

 奇妙な家系。そして奇妙な能力を持つ者達。彼らを護る立場にいる長の命は、
それ故に血族にとっては重い。
 やれやれ、と、座った椅子の背に寄りかかった兄を、妹が少し眉をひそめて
見やる。

 花澄     :「でも、お兄ちゃん、瑞鶴はどうするの?」
 店長     :「どうもこうもないさ」

 もう一度、溜息。

 店長     :「一時閉店するしかあるまい」



鎧風
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 そして数日が飛ぶように過ぎた。
 常連の客達は、レジの前の小さな張り紙を見て、目を丸くした。

 店長     :「すみません。ちょっといろいろありまして」

 実際……それ以上、言うことがあるわけではない。

 数日の間に、花澄は自分の部屋を整理し、荷物を全て瑞鶴に運んだ。
 引っ越すと言ってから一ヶ月分の家賃は、叔母が払うと言った。

 訪雪     :「……さびしくなりますな」
 花澄     :「(苦笑)…大家さんには、本当にお世話になりました」
 譲羽     :「ぢいっ(こっくし)」

 様々に、人と別れる、その準備というものはあるもので。


 そして。
 3月30日の夜。

 花澄     :「……この子達?」
        :『そうなるな』

 開け放した窓から、一筋の風が渦を巻いて流れている。
 すっかりがらんとした部屋の真ん中に、広げられた紙。
 名前と年齢、そして手に入る限りの情報。
 木霊の少女が、やはり小首を傾げてその紙を眺めている。

 花澄     :「……高校生ばっかり」

 学を先頭に、数人の風見の家の子供達。
 火に護られる者、水を操る者。

        :『高校生ならば、職を失うことだけはないからね』
 花澄     :「浪人したら大変じゃない」
        :『住処を失うわけでもあるまいさ』

 まあそうだけど、と、花澄は小さく息を吐く。
 譲羽が小さくぢい、と呟いた。

 花澄     :「……でも、何の為に?」

 返事は、無い。

 花澄     :「…………彼らは、無事?」
        :『今のところは、まだ』

 すう、と、花澄の眉のあたりに険悪な色が浮かぶ。

 花澄     :「何をさせようというの、この子達に」
        :『我等のみでは出来ぬことを』
        :『我等のみでは為し得ぬことを』

 四大、と呼ばれる存在。
 その能力は大きい。
 しかし、万能であるわけでもない。

 花澄     :「貴方達が、でも、力を貸すんでしょ?」
        :『貸す為の、相手は必要なのだよ』

 幾分か困ったような声と、その内容に、花澄はまた溜息をついた。

 花澄     :「……なら、私を呼んでくれればよかったのに」
        :『……………とは?』
 花澄     :「だって私は、瑞鶴の店員だもの。一度辞めても再就職は
        :多分可能だったと思うけど?」

 それは、半ば愚痴に近い言葉。花澄自身もそれが可能であったとは、恐らく
考えていなかっただろう。

 ………しかし。

 花澄     :「え?」

 ふと、風が凪いだ。
 さわさわと、背中でまとめていた髪を揺らしていた大気の流れが、すとん、
と途絶えた。

 一瞬。

 花澄     :「……………何?」

 花澄の声が、自然低くなる。対する応えは、ごく細いものだった。

        :『お前は…いたんでいたから』
 花澄     :「え?」
        :『お前は、守られることを望まなんだから』
 花澄     :「………え?」
        :『あの時以来』
        :『我等に誓った、あの時以来』

 花澄の目が見開かれる。
 
 花澄     :「……って……」
        :『望んだろう』
        :『己が命運、己が手で拓くと』
        :『故に、我等に手を引け、と』

 それは確かに。
 確かに…花澄の望んだことである。
 既に、三年余の昔に……………

        :『お前は、いまだにいたみ続けていたから』
        :『だから…………』

 守れなかった者。
 無限の力に守られながら、友人一人助けられなかったそのいたみ。
 未だ、どこかに残っている……確かにそれはいたみ。

 けれども。

 花澄     :「…………待って」

 すい、と、花澄は背を伸ばした。常人の目には見えぬ筈の何かを、はったと
見据える。
 風がぐう、とうねり、木霊娘のお河童の髪を揺らした。

 花澄     :「つまり、こういうこと?私が…私が、貴方達の守りを、
        :十全に受け入れていたとしたら……」

 続く言葉は、無い。
 続く応えも、無い。

 つう、と、躊躇うように風が一筋流れ……花澄の首の辺りで失速した。

 花澄     :「……私が。学の代わりに選ばれていたのね」

 それは既に、問いではなかった。
 

『花澄お姉ちゃん』
 年を経るごとに、その呼び方は『花澄姉さん』へと変化していった。
 この数年、年末年始に会うくらい。後は殆ど話したこともない。
 ……けれども。

 花澄     :「……………私は……」

 強く、なりたかったのだ。
 四大に守られ続ける自分が、ただ情けなくて。だから彼らの手を振り払い、
彼らの許す、ぎりぎりの自由を得ようとした。
 強くなる為に。
 自分の手で、自分の命運に巻き込んでしまう誰かを助けられるように。

 ………けれども。

 花澄     :「……………っ……………!」

 やにわに、花澄は両手を握り締め、畳に叩き付けた。人差し指の関節を、ぎ
りぎりとこすりつける。

 譲羽     :『か……かすみいっ』

 名前を呼びながら、それでも譲羽が後退する。沈黙の中、それほどの形相を、
花澄は、していた。

 花澄     :「……問おう」
        :『…………答えよう』
 花澄     :「約定を…私が設けた制限を、破りたい、破ることを願う、
        :と、もし言ったら」

 ざん、と、鋭い風が狭い部屋を一瞬にして横切った。

        :『叶えるぞ』

 それは、はっきりとした歓喜の声。
 ぎり、と、花澄は唇を噛んだ。
 金気のある味が舌に染みた。

 花澄     :「……条件がある」
        :『察しはつく』
 花澄     :「学の代わりに、私が…」
        :『それは、無理だ』
 花澄     :「何故っ!?」

 返答は、冷淡ですらあった。

        :『既に、時を逃した』

 ぐう、と、悲鳴未満の呼気が、花澄の喉をこすった。

        :『しかし』
        :『しかし、お前が望むのならば』
        :『彼らを、助けることは可能だろうよ』

 俯いていた白い顔が、すっと上を向いた。

 花澄     :「……可能か?」
        :『恐らくは』
 花澄     :「勝算は」
        :『上がる』
 花澄     :「では」

 白い顔が、轟然として闇を見据える。
 
 花澄     :「四大に申す」

 それは、恐らくは祖母の唱えていた言葉。

 花澄     :「今一度、昔の如く、我を護り給え」

 おくるみの中に、後生大事にくるまれていた……過去。
 その情けなさ、悔しさが鋭い程に蘇る。
 ……………けれども。

 花澄     :「我は、その護りを受け入れよう」

 瞬時。
 横殴りの風。水を含んだ。
 地鳴り。そして鋭く走る火。
 全身を乱打する……その勢いと歓喜。

        :『聞き入れた』

 息が一瞬、詰まるほどに…濃厚な、存在感。
 すぐに、それらは消えてしまったけれども。

 花澄     :「…………」

 花澄は、ゆっくりと肩を落とした。 
 涙は……出なかった。



橋を絶つ夜
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 そして、翌夜。

 店長     :「………ふうん」

 学を探すのではなく、助けるのだと。
 そう聞いても、店長は格段驚いた様子もなく、ただ一つ肩を竦めた。

 花澄     :「……驚かないね」
 店長     :「莫ぁ迦」

 あっさりといなして。

 店長     :「要するに。学を無事に家に帰す。それについては同じだ
        :ろうが」
 花澄     :「あ、そっか」

 花澄は苦笑したが、ふとそれを止めた。

 花澄     :「そういえば、お兄ちゃん」
 店長     :「何だ?」
 花澄     :「これ…使っていい?無くしていい?」

 白い手に、長い紐の付いた小さな鍵が一つ。
 説明は、無い。
 そしてまた………この兄妹間では説明など必要なかったらしい。
 ふう、と、店長は息を吐いた。

 店長     :「…………ま、よかろ」
 花澄     :「ありがとう」
 店長     :「但しあれだ。悪用されないようにしとけよ」
 花澄     :「うん」

 ざあ、と、彼女の周りの風が、滑らかに動いてゆく。

 花澄     :「じゃ、行ってくる…ゆず、ここでちょっと待っててね」
 譲羽     :「ぢい(こっくり)」

 つっかけを履いて、外に出て行きかけた、その背中に。

 店長     :「………花澄」
 花澄     :「え?」
 
 振り返った妹に、兄が……苦笑を向ける。

 店長     :「まあ、早いとこ帰ってこい」
 花澄     :「……そうする」

 やはり苦笑を返して、そのまま花澄は瑞鶴を出た。

 
 そして…………
 
 幾度も歩いた道を、やはり今日も歩いて。
 幾度も辿り着いた場所に、やはり今日も辿り着いて。

 河原。
 梅は、殆ど散ってしまった。
 とんとんと土手をおりて、川の側まで歩いていって。

 花澄     :「……さてと」

 先端に鍵のついた紐を、人差し指に引っかける。そのままくるくると何度も
廻してから……
 ……ふっと、鍵を飛ばした。

 鍵は、綺麗な放物線を描いて、川の中へと飛び込んだ。

 花澄     :「……守っておいてね」
        :『承知』
 花澄     :「ありがとう」

 そのまま、土手の道に戻りかけて。

 花澄     :「……あ」
 麻樹     :「………」
 花澄     :「こんばんは」

 屈託の無い笑みと共に、そう挨拶する。
 
 麻樹     :「瑞鶴、閉店か」
 花澄     :「そう」
 麻樹     :「……瑞鶴の、鍵か」
 花澄     :「うん」

 こっくりと、大きく頷かれて、そのまま麻樹は沈黙した。
 瑞鶴の鍵を、水に沈める。
 その意は……………

 花澄     :「麻樹さん」

 すっと、手が差し伸べられる。

 花澄     :「ありがとう、今まで色々と」
 麻樹     :「………ん」

 手を、握る。
 握って……離れてゆく、手。
 
 花澄     :「ここは安らかで暖かくて…ぬくぬくと丸くなっていられ
        :る場所だったから」

 大好きだったけれども、と、小さく呟いて。
 花澄は。
 にっと……笑った。

 花澄     :「ありがとうね、麻樹さん」
 麻樹     :「……?」
 花澄     :「今ならば、言えるように……戻ったから」

 たん、と。
 彼女を中心に、渦を巻くように。
 笑い。

 花澄     :「我三界に、帰る処無し」

 ざあ、と、風がうねる。

 花澄     :「帰る処など、必要もなし!」

 言葉の内容とは裏腹に。
 笑い声。ひどく力強い…そして明るい。
 幾重にも重なってゆく……笑い声。

 そしてそのまま、花澄の姿は消えた。


連綿
----

 翌日朝。
 店長は最後に店の隅々まで点検した。

 店長     :「……まー……息災でな」
 瑞鶴の猫   :「……なう(そっちもね、お若いの)」

 どこか分別臭い表情と、その鳴き声。
 花澄が後ろで苦笑する。

 店長     :「じゃ……いいか」
 花澄     :「うん」

 肩の鞄から、譲羽がぴょい、と、頭を出す。

 譲羽     :「ぢいぢいっ(ねこさんまたね)」
 瑞鶴の猫   :「なぁう(機会がありゃあね)」

 丁寧に、戸締まりをして。

 店長     :「……じゃ、頼む」
 花澄     :「うん」

 かろく頷いて。

 花澄     :「……守っておいてね」
        :『承知』
 
 幾重にも重なる声。
 店長が微かに目を細める。

 店長     :「……じゃ、行くか」
 花澄     :「うん」

 張り紙をもう一度、手でなでて落ち着かせて。
 そのまま店長は歩いてゆく。
 そのまま花澄は歩いてゆく。

 どう、と、風一つ。


 4月1日、午前。
 ひどくよく晴れた、春の日のことである。



時系列
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2000年3月27日〜4月1日

解説
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吹利の街に現れてより、三年余。
その性風なれば、風に従いて歩むべし……という、この兄妹。
さまざまに、関わり、関わられながら。
やはり、風に従って去る者であり、そうなるべくしてなったな、と。
読みなおしてやはり、そう思います。

彼らの、正規に、吹利に関わるエピソードの最終版です。
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 というわけです。

 久方振りにこの話を引きずり出して、読み返して。
 未だ、彼らの次の話を書くことの出来ない己の未熟さを思いました。
 
 どこに向けて走る。
 その問いが、己の中に、未だにある。
 
 一瞬一瞬を、ぎりぎりに引き絞りながら。
 花澄に、そして、店長に、
 彼らをどこに向けて走らせれば良いのか。
 
 ああでも、
 己は、書くことが好きです。
 ほんとうに、書くことが好きです。
 彼らを、形作り、そして動かすことが出来たこと。
 それがほんっとうに楽しかったなあ、と。
 今更ながら、切り裂くように思います。

 三十路の連中に胸張って読ませられる話が書けるようになったら、
彼らを書いてみたいです。
 三十路の連中に、読ませられるファンタジーの中で。


 それまで、暫しの間。
 であであ。


    

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