[KATARIBE 20693] [IC04P]: 山に向かって

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Date: Tue, 26 Sep 2000 17:00:23 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 20693] [IC04P]: 山に向かって
To: kataribe-ml@trpg.net
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gallowsです。
MLonWEBの調子がわるいそうなので僕の方から送信します。
ERさんありがとうございまっす。
ネタ的には重いのですが、雰囲気良くまとまってていい感じです。
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こんにちは、E.R@二週間の地獄 です。
gallowsさん、こんにちは。

雪入初音に、投票ありがとうございます。
というわけで、以前、6割書いてた話を何とかあげてみました。

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山に向かって
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 放課後のアコーディオン部の教室からは、時折、歌声も流れてくる。

 和音。それに重ねる和音。短調。
 ハシディックソングと呼ばれる曲。

『ねえ、初音』
 沙奈子の、小さな声。
『あたしがまた落ちたいって言ったら、あんた軽蔑する?』

 繰り返し繰り返し、同じ旋律を弾く。
 和音を変え、装飾音符を加え。

 えっさ えいない 
 える へはりむ
 めあいん めあいん
 やぼ えずりぃ

 メゾソプラノとアルトの中間の声が、やはり同じ歌詞を繰り返す。

『……どうして、軽蔑するって……思うの?』
『だって』
『だって、あんた強いもん』

 我山に向かいて目を上ぐ
 我が助けは何処方より来るか

 これは、祈りの曲。泣き咽ぶような曲。
 そう、先生は教えてくれた。


 まだ、小学生高学年の頃。
 偶然、近所にユダヤ系の家族が引っ越してきた。
「アコーディオンを弾くの?……懐かしいわ」
 庭先で練習していた初音を見て、そこの奥さんがそう言った。
 綺麗な日本語だった。
 そして、それから約一年、彼女はいろいろな曲を教えてくれた。
 
 根無し草のように逃げてゆく暮らしの中で、抱えて動ける楽器が自然、使わ
れるようになったこと。
 貫くような悲しみの中、伝統的にその曲は短調であること。
「歌いながら弾いて頂戴、初音ちゃん」
 その人はよくそう言った。
「歌も、声も、合わせて曲なのだから」

 多くの曲を、彼女から学んだ。
 多くの歴史を、同時に学んだ。

 多くの曲の歌詞が、聖書から来ていることも、教えてもらった。

「不思議ねえ。聖書というと、何だかとてつもなく小難しくて教訓的で、偉い
人用に書かれているように言われるのね」
 膝の上にアコーディオンを載せて、先生は笑った。
「違うんですか?」
「違う違う」
 ころころと、先生は笑う。
「これはね、普通に使う言葉よ。普通の人がしんどい時に、助けてーって叫ぶ
でしょ。その言葉と一緒よ」

 よいしょっとはずみをつけて、目の前の山を見上げる
 誰がどこから助けてくれるっていうんだ
 どこの誰が


『……あたし……つよくないよ……』
『強いよ。全然不安そうにしないじゃん』
『うんと強いよ』


 どこの誰が……
 どこの誰が、私を
 何処の誰が、私を助けてくれるというのですか?
 強い強い私を?


「1900年、かかったの」
 この曲を教えてくれた時に、先生はそう言った。
「1900年、毎年毎年、必ず祖先の地に帰る、と言いながら……でも実際には、
1900年かかってしまったの」

 何処の誰が、私を助けてくれるというのですか?

「それでも、皆、この曲を最後まで歌ったものよ」

 繰り返し、繰り返し。
 ぽたぽたと、蛇腹に涙がこぼれる。
 
『強いよ、初音は』
『強いよ、あたしと違って』
『強いよ』

 強い、のだろうか
 強い、と突き放されるほど
 自分は、強いのだろうか
 
 
 一度、初音は右手を上げて、目を乱暴に擦った。
 一度。


 えずりぃ めぃむ はしぇむ
 おせ しゃまいむ ばあれつ

 我が助けは 天と地を作る主から来る


 先生が持っていたものを、初音は持っていない。
 でも。
「……でも、負けたくない」

『初音は、強いもんね』
『……どうして?』

 我に七難八苦を与え給え、と、神仏に祈ったひとが同胞にいる。
 勿論……彼の国の風景とは、全く違ったかもしれないけれども。

 最長記録は、二千年。

 初音は、ふと手を止めて窓の外を見やる。
 窓の外に、山が見えるわけでもないのだけれども。

 我山に向いて目を上ぐ
 
「つらいよ、さみしいよ、かなしいよ、わかんないよっ」

 呟く。
 吐き捨てた言葉を踏み潰すように。


 強い。
 強い、から。

 ことん、と、初音は、膝の上の手風琴の角に頭を乗せる。
 多分、自分はこれからずっと、佐奈子の前で泣くことは無いだろう。
 そう……知ってしまっている。

「つらい……ぃっ」

 小さく、呟く。手を握り締める。
 切り揃えた爪が、鋭く掌を刺すほどに。



「はーつーねっ」
「あ、はい?」
 慌てて顔を撫でまわす。一瞬後に、同級生が数名、どやどやと入ってくる。
「……真面目だねえ」
「へ?」
「もう、ご飯の時間だよ」
「……あれ?」
 つい習慣で、教室の正面の時計を見る。
 そして、その無意味さに気付く。
「さっき、音が鳴ったんだけどね……聞こえなかった?」
「多分、聞こえなかったんだと思う。弾いてたから、これ」
「あ、そか」
 納得したように、佐奈子が頷いた。
「…まーとにかく。時間なのよ。ごはんたべよっ」
「はーい」
 
 アコーディオンを片付けて。
 いつものように、背中に背負って。

「かれーたべたい」
「……何、唐突に」
「だって唐突に食べたくなったんだもの」
「さいで」
 百合野が肩を竦めて見せる。
「初音は?」
「……え?」

 我が助けは
 我が助けは何処方より
 
「……はーつね?」
 ふと気がつくと、百合野がこちらを見ていた。
「え?」
「元気?」
「……うん」

 頷いて、笑う。
 そこに一片の嘘も無い。

 元気ではない、と、疑う初音は存在してはいけないのだから。

「今日の丼にしよっかな……初音はどう?」
「ものによりけり」

 ごく普通に話しながら、初音はそっと窓の外を見る。


 窓の外には、いつのまにか。
 幾重にも連なる山が並んでいた。

*********************************************

という話です。

この曲を、本場の人と歌ったことがあります。
……聴いていて辛くなるほどに何度も何度も、
その人は、前半を繰り返しました。

呼んでも叫んでも、助けが来ない現実。それが1900年以上。
後半を歌ったときは、泣きました、だから。

ちなみに、本当に、これ聖書の一節なんですけど、
現代の言葉でもあります。
(めあいんの意味を、己はこの歌で覚えたのだっ)

この前、印刷機が動かなかったとき、ふと気がつくと、
この歌をこんぴたのまえで歌っていたもので(爆)
ああ、初音にこの曲歌わせてやりたい、と思ってこの話になりました。

というわけで、であであ。
20000925作成
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