[KATARIBE 20628] [HA06N]: 小説『末夜の日常的非日常』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Mon, 18 Sep 2000 21:06:58 +0900 (JST)
From: 灰枝真言  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20628] [HA06N]: 小説『末夜の日常的非日常』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200009181206.VAA23372@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 20628

2000年09月18日:21時06分58秒
Sub:[HA06N]:小説『末夜の日常的非日常』:
From:灰枝真言


 灰枝です。

 ふと書いて見ませう。
 リハビリリハビリ。

*************************************************************
小説:『末夜の日常的非日常』
==========================

 時にやる気がでることもある。

 ある休日の朝目覚めると、やる気が体に満ちていた。
 このやる気という物も、どこかに貯めておく事ができればよいのだが。
 などと気を操ることを生業にする末夜雅俊は思いつつ、寝床を這い出し
、朝飯を食らい、水を浴び、服を着替えて庭に向かう。地面には真新しい
足跡がたくさんあるが、これは同居人の彩花が練習をした後らしい。
 その彩花は彼が寝惚けまなこでいるあいだに、ムドーさんちに遊びに行
くね、と言い残して出かけていった。誰だ、その大魔王みたいな名前の人
物は、と末夜は思ったが口には出さず、そしてどちらにせよ、今日一日は
彩花の相手をする暇などないのだった。
 裏庭に向かう。
 裏庭には二羽ニワトリがいる。
 もとい、いない。鶏も鰐もハニワもいない。例えいたとしても前の二つ
は、彩花によって捕食されてしまっている。流石の彩花も埴輪は食しない
ものと思われる。ただし自信は無い。
 もとい。
 裏庭には小さな掘っ立て小屋がある。後輩の一十に探してもらったこの
借家は、家賃が安いのは魅力だったが、不便な事は驚きであり、今時ガス
さえ装備されていない。つまりこれは、薪を入れておくための小屋だ。
 しかし今現在、割りたての薪は玄関脇に積まれており、代わりに小屋は
末夜の作業場となっていた。外見からそうは見えないが、小屋の中はかな
り広かった。
「……いや。狭いぞ」
 誰に言うでもなく、末夜は呟いた。
 それは整頓ができていないからです――頭の隅の声を末夜は無視した。
小屋の内部は控えめに云うと乱雑であり、より比喩的に云うとモンゴル軍
に襲撃された後のサマルカンドの街路のようでさえあった。あらゆる物は
散乱し、重力と熱力学の第二法則が、あたりを遍く支配していた。
 末夜以外の人間がここに足を踏み入れても、どこに足の置き場があるの
かさえ判らないに違いない。あるいは足の裏を怪我するだろう。吹利に引
っ越してから半年しか経たないというのに、物事の移り変わりは斯様に早
いのだ。
 何やらよく判らない基準にしたがって足下に物を踏みにじり、末夜は部
屋屋の中央に進んだ。こればかりは少々片付いた半畳ほどの空間は、この
混沌に満ちた部屋の内では唯一、秩序のある一角と云ってよく――
 ――事実、その場は八卦の中央、太極の位置にあたった。
 そして八角形に開かれた空間のまんなかには、サンマを焼くための七輪
に似た物体があった。だが七輪ではない。サンマも焼けない事はないが、
もっと別のものを焼くためのものだ。
 名を八卦炉という。
「猿を焼くやつネ?」と彩花は言った。
「それは西遊記」と末夜は言った。
 八卦炉は特殊な炉だ。色々なものを焼く。
 たとえば一匹の狸をそこに放りこんだとする。
 ……仮にだ。仮に。
 八卦炉のうちに収められた真火は、肉を焼く。骨も焼く。跡に残った灰
までも焼く。
 燃えるものがすべて燃えると後には何が残るか。
 崑崙仙道の解釈に曰く、ものは、物と気と意と魂魄からできている。よ
って狸の燃えたあとに残るのは、狸の気と狸の意と狸の魂魄。
 このとき「気」は、意思と物を繋ぐにすぎないからして、やがて散って
辺りに消える。
 次に「意」だが、これは放っておくと複雑なものから消える。単純で強
い意思ほど、あとに残りやすい。
 最後に「魂魄」が残る。これは焼けない。焼きようによっては焼けない
ことも無いが、そこまでしては元も子もない。
 さて、こちらに出来あがったのがあるとしよう。仮にだ。
 これが狸の魂魄。まだ意が多少残っている。
 で、これを茶碗の魂魄と置きかえる。
 何? 茶碗に魂魄や意思があるか?
 勿論ある。茶碗はおろか、石にだってある。
 ただし人間のような意思は無論ない。あるのは単純な法則に近いもの
で「重力に引かれたときにはそちらに行こう」とか「耐えられないほど
衝撃をうけたら割れよう」とか、そういう類のものだ。言うなれば基本
的な物理法則に近い。
 こうした「意」を多少誤魔化してやる事で、「物」にいろいろな性質
を加える。それが末夜がやっている道具作りの基本だ。
 例えば、「沈まない」と頑固に信じている石は沈まない。
 例えば、「折れない」と頑固に信じている棒は折れない。
 例えば、「僕は狸だ」と信じこんでしまった茶碗は……。
 どうなるんだろうな?
 では実践。仮にだ、仮に。
 狸の魂魄を八卦炉から取りだし、次にこの周りに茶碗の体を作る。体を
造ってやっただけでは本当に宿ったとは言えないから、「気」で「意」を
伝えるためのネットワークを網の目状に作り上げる。
 人間の体にとてこういうものはあり、脳や神経の分布と、往々にして重
なっている。「意」が働くと「気」が流れ、それが肉の体を動かす。
 しかし狸が茶碗の体をどう動かすかなど、末夜の知った事ではないから
あくまで適当にやってみる。大体このとき注ぎ込む「気」は、末夜の体か
ら供出してやっているのであるからして、文句を言われる筋合いなど無い
のである。
 そして最後に全体をなじませるため、再び八卦炉に放りこんで、暫く。
 さて、こちらに出来あがったものがございます。
 どうかな、茶碗になった気分は?
「しくしく……」
「ふうむ。今一つ面白くない。熱いお茶でも飲むか」
 末夜は呟いた。

             ☆

「――と、言う風な作業を今からするので、決して邪魔せぬように」
と末夜は言った。
「……頼まれたって決して近づきません」とたぬは言った。
(何なら外から釘を打って火をかけます)とは、たぬは言わなかった。
 小屋の扉が閉じられるのを確認してから、大きく溜息をつく。
 ついでに小さく呟いてみたりもする。
「……しばらく出てこなきゃいいなぁ。せめて一日」

             ☆

 たぬの願いは珍しくかなったようで、末夜が小屋から困憊して出てき
たのは、次の日の夕方のことだった。
 倒れこんだ末夜の手に握られているのは、どうやら作業の成果らしい
青色の透き通った首飾り。
 だが、これについての別のお話は、また別の所で。

             ☆

 ちりん、と首飾りが、澄んだ音を立てた。

*************************************************************

 想起せよ。妖精を、竜を、魔神を。
 想起せよ。空に浮かんだ街々、海に沈んだ街々を。
 
 灰枝真言











    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage