[KATARIBE 20262] [IC04N] 『らぷんつぇる』

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Date: Tue, 25 Jul 2000 21:44:49 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20262] [IC04N] 『らぷんつぇる』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200007251244.VAA62113@www.mahoroba.ne.jp>
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2000年07月25日:21時44分49秒
Sub:[IC04N]『らぷんつぇる』:
From:E.R


こんにちは、E.Rです。
えぴそーど+話+絵=10……
……さーていこかー(やけ)

 というわけで、第一弾は、この世界。
 編物お嬢さんお借りしましたー>久志しゃん

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らぷんつぇる
============

 千の糸、千の目
 千の手で編め
 千の手で裂け


 放課後のアコーディオン部。部員一名の筈のこの部室からは、しかし大概の
クラブを上回る音量が流れ出してくる。
 椅子に座って、弾いているのは小柄な女子。上半身の大概が隠れるほどの大
きな楽器を楽々と操っている。その様子だけ見れば、このアコーディオンが余
程に扱いやすいように見えるのだが、実のところ重さ10Kg以上、蛇腹もそ
の音量を支えるだけの空気を送ることが出来る代物である。一度アコーディオ
ンに手を染めた人間が見れば、相当に常識外れな光景である。
 曲選択も、相当に節操が無い。先程まで流れていたハシディックソング「シ
マン・トヴ」の曲がはた、と止まった後、突然左手の和音の練習が始まる。繰
り返し繰り返し、単調な波に似た往復運動が四半刻ほども続いたかと思うと、
ばん、と後に一つ和音を叩きつけて終わる。そして流れてくる曲は、坂本龍
一の「千のナイフ」のサビの部分。
 流石にシンセサイザーの音をアコーディオンで復元するのはかなり無茶であ
るらしく、音の色合いは元の曲とは異なる。しかし曲の奇妙な明るさと軽快さ、
音の終わりの甘味に似た色合いを、そのアコーディオンの音色は確かになぞっ
ていた。
 ごう、と、ふいごが空気を送り込み、それを音に変える。その空気音が気に
ならないくらいには、音量は豊かであり、また左の手の動きも滑らかである。

 ごうごうと、しかしぶっ通しで一時間も弾くと、流石の初音も疲れたらしい。 
手を止めると楽器から空気を抜き、蛇腹の留め金をかける。そしてアコーディ
オンを膝の上に載せたまま、一度うんと手を上に伸ばした。

 と。
 開いていた掌がふっと丸まる。
 
「…………?」
 窓の外。コンチキンタワーでの『窓の外』というのは、時にして無限の距離
の向こうを示す。噂ではタワーの一階に昇降口があり、外に平和裏に出ること
が可能である……らしいのだが、あくまで噂であって、出ていった人を……少
なくとも初音は知らない。
 その、窓の外、上方に。
 ふよふよと、何やら揺れるもの。
「……」
 アコーディオンを抱えたまま、窓際に近寄る。
「……?」
 上の階から、だろうか。何かの……端っこ?
(マフラー?)

 アコーディオンを肩から外し、ソフトカバーに入れ、口を閉める。ソフトカ
バーの中のアコーディオンを肩に担ぎ、電気を消してから教室を出る。出たと
ころで、廊下のだいたいの傾斜を計り、上に向かっていると思える方向に歩き
出す。
 コルチキンタワーの内部は、それでもまだ秩序があるほうだと思う、という
のは、ここの先住者達の話である。が、比較対象があくまで無限都市一般であ
るため、素直にそうかそうかと聞いてはいられない。上に向かっていた筈がい
つのまにか下の階に居たなどというのは普通、教室の扉を開いたら突然食堂に
居たとか、半透明の、廊下と教室の間の窓硝子を開いた途端、暗い廊下が延々
と続いていたとか、その手の話は尽きることが無い。
 だから初音にしても、進んだ方向に自信があるわけではない。実は全然別の
ところに繋がる可能性もあるし、そのまま直行できる場合もある。
(……だいたいは別のところに行くんだろうけどなあ……)
 そして……そういう可能性はまた、大概にして実現するものである。

 ふと気がついて窓の外を見る。
 マフラーは見えない。
(どこ行っちゃったのかな)
 窓を開けて、まず上を見る。それらしいものは視界には入ってこない。ぐる
ぐると螺旋状の建物の、こちらからは見えない側にいるのだろうか、と、思い
かけた時に。
(あれ?)
 彼女の視線の左斜め下方に、人が見えた。

 コルチキンタワーの窓というのも存外……というか当たり前にというか……
無秩序で、うち幾つかには案外広い張り出しが付いている。ダイビングに慣れ
てきた連中だと、そこを踏み台にして、より見栄えのするダイビングを行う…
…というのは、初音も聞いた話なのだが。
 その、張り出し窓の一つに、女生徒が座っている。
 斜め上からなので、距離はさほどでもないけれども顔は見えない。ただ、左
右にきっちりと分けられた髪と、その分け目の白さが目を引いた。
 風はゆらゆらと吹いている。高所恐怖症でなくても張り出しに座っていれば、
それなりに怖いだろうと思うのだが、彼女はそういった風もなく、ただ手を同
じ速度で動かしている。
 手元でかちかちと動く、細い棒。
(編物……)
 そして、手元から、ある程度の幅を保ちながら、長く長く伸びてゆく……
(マフラー?)
 それは、座った彼女の足元で一つうねり、そこからまだ延々と下へと伸びて
いる。マフラーにするには、既に充分以上の長さがあるのは確かなのだが、彼
女は手を止めようともしない。
 かちかちと、聞こえない音が聞こえてきそうなほどリズミカルに、その手は
動く。白い首筋が髪の間から見える。

 (らぷんつぇる)

 ふっと、そんな言葉を連想してしまって、初音は小さく肩をすくめる。
 長い髪を地上へと垂らし、王子を待つ女性。登ってくる誰かを待つ女性。

 彼女の手元は、やはり止まることなくかちかちと動いている。
 静謐。
 そんな言葉をも、初音は思い出した。

 ふと、思う。
 あの女生徒は、何を思って、あの長い長いマフラーを編むのだろうか。
 誰かを登らせるため?
 誰かを救うため?

 天から下る糸なり綱なりは、確かに救いをもたらすものだが、けれどもそれ
にすがるときに、時折裏切られるものだ……と。
 ラプンツェルも然り、蜘蛛の糸も然り。

 話してみたいな、と、思った。
 網目一つ一つを、静かに作ってゆく彼女と。
 いつか、縁があれば。

 千の目を重ね、千の段を重ね
 何を思うやら
 何を願うやら。

 コルチキンタワーのらぷんつぇる

 ……ふいと、そんな言葉が浮かんだ。
 何となく、自分でも苦笑しながら。
 初音はそっと窓硝子を閉めた。


**************************************

 というわけです。
 …ちぇっくおねがいしますー>久志さん、gallowsさん

 であであ。


    

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