[KATARIBE 20185] [IC04N] プロフィール〜初音

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Date: Tue, 18 Jul 2000 00:14:29 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20185] [IC04N] プロフィール〜初音 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2000年07月18日:00時14分28秒
Sub:[IC04N]プロフィール〜初音:
From:E.R


こんにちは、E.Rです。
無限都市04の、初音の話です。

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プロフィール〜初音
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 最初の三つの和音、そしてそこから始まる有名なメロディ。
 曲はファランドール。本来ならばオーケストラの曲だが、今、それを奏でて
いるのはたった一人、空っぽの教室の前から3番目の席に座り、やたらと大き
なアコーディオンの蛇腹を伸び縮みさせている少女のみである。かなりアレン
ジされた左手の和音が、右手のメロディに見事に絡んでいる。
 少女が小さいのかアコーディオンが大きいのか、座った膝に乗せた状態だと
アコーディオンの上部は少女の鼻の頭のあたりまでくる。しかし、少女は易々
と蛇腹を操り、教室一杯に音を響き渡らせている。小柄な見掛け以上の力が備
わっているのは確かのようだった。


 …………まず最初に。
 …………きちんと生きよう、と思った。


 雪入初音。
 この春から高校生になったばかりの彼女は、いわゆる才気煥発という性質で
はない。一を聞いて十を知るような器用なことも出来ない。一を聞いて知るの
は恐らく三か四、五まで分れば御の字だろう。
『初音ちゃんは、大器晩成よね』
 小学校の頃から言われつづけた言葉に、この頃は初音自身も納得するように
なってきている。何と言っても生まれながらの才に乏しいのだ。それならば頑
張って、それに積み重ねてゆくしかない。少なくともそれをマイナスにするこ
とは無い。
 ……と、初音自身は思っているわけだが、実際のところ、彼女が思っている
以上に『大器晩成』たる性質は備わっていると言える。一を聞いて知った三や
四を決して忘れないだけの記憶力と分別、そしてそれを真っ正直に受け入れる
だけの真面目さと柔軟さを初音は備えていたし、それなりに自分の能力と性質
を判断し、前進するだけの気概も持っていた。いわゆる天才肌でこそ無いが、
真面目にこつこつ進む性格は、人に充分評価されるだけのものであった。
 そして半年、きちんと努力して入った高校の、その第一日目に……ここに引
きずり込まれたわけだが、流石にこればかりは彼女にはどうにもならないこと
だったと言える。


 …………まともに、真面目に生きてたら、莫迦見るばっかりだって言われた。
 …………それが、悔しかった。
 …………だから、まともに、真面目に生きようと思った。


 高校生活一日目に、初音はアコーディオンを担いで学校に向かった。
 小柄で真面目、三つ編みにしても膝までくる髪以外は見掛けも成績も取り立
てて目立つほうではない初音の、一つだけ人に秀でていると言い切れることが、
このアコーディオン演奏だった。ほんの幼い頃にアコーディオンを初めて聴き、
帰り道にさんざん泣き喚いて玩具のアコーディオンを買ってもらって以来、既
に十年以上の付き合いである。
 受験中も続けていたレッスンに、その日も学校の帰りに向かう予定だった。
学校にアコーディオンを持っていくことの是非については、春休みのうちにき
ちんと学校まで行き……多少構内で迷ったものだが……きちんと教師に了承を
得ている。そこら辺は手を抜く初音ではない。

 学期の始めの、様々な注意、クラスメートの名前と顔。
 そして…………


 ふ、と、蛇腹の規則正しい動きが止まる。少女は暫く、妙に生真面目な顔を
して小首を傾げていたが、一つ小さく頷くと、すい、と指を動かした。
 三拍子の和音。
 やはり『アルルの女』の中の、鐘の曲が、やはりかなりのアレンジを加えら
れて流れてゆく。


 無限都市というものに引きずり込まれて、どれほどの日数が経ったか、既に
判然としていない。
 最初の数日は、パニック状態になった。一階の窓からでも地は霞がかって見
える、飛び出せば死亡確定。螺旋状の塔の中には学生寮から食堂から全て揃っ
てはいたから、最低限度の生活は保証されているのだけれども。
 学生寮の一室を、先住者が割り振ってくれた。一人一部屋。充分過ぎるほど
部屋はあるのだ、と。
 部屋に据え付けられたベッドと机、そして棚。
 ベッドの上に座って部屋の中を見渡したときに、不意に泣き出してしまった
のを覚えている。
 帰る術が無い、と、何だか腹の奥のほうで納得してしまった気がして。


 教室の外、廊下から足音が聞こえる。ざわざわと、数人以上の声。
 アコーディオンを弾いている初音の口元がきっと薄く結ばれた。
 無意識のうちの仕草のようだった。


 授業とクラブ活動は、毎日あった。
 授業の時間は、けれども滅茶苦茶だった。日に数回、法螺貝のような音が塔
全体に響き渡る。この音を目安に授業は進むのだが、あいにくこの音がちっと
も規則的ではない。教科書を開いた途端に授業が終わる時もあれば、延々二日、
音が響かなかった時もある。流石にこの時は教師が、食事用時間と睡眠用時間
を割り振ってくれたものだが……それにしても二日間、同じ授業を延々と聞く
のは、真面目一本槍の初音にさえきついものだった。
 クラブ活動には、必ず入るようにと言われた。けれども教師に問いただすと、
一人からでもクラブ活動だからと言われた。クラブの活動場所はあるのか、と
訊くと、教師は一瞬ひどく面倒臭そうな顔をしたが、それでもすぐに書付けを
引っ張り出してきた。
「ああ、3年21組ね。ここまだ空いてるからここで活動しなさい」
「21組ですか」
「そう。ここから……三階上だったと思うね。教室の外にはちゃんと札が出て
るから」
「わかりました」
 何故、そんなに沢山の教室があるのか、とは初音は訊かなかった。
 訊こうとするには既に、この世界の異常さを思い知りすぎていた、ともいえ
るかもしれない。


 ざわざわと音は近づく。不意にがらっと引き戸になった扉が開き、そこから
恐らくは先輩だろう男子生徒が数名入ってきた。
「なんだここ、空いてるじゃん」
「……あいて、いません」
 アコーディオンの手を止めて、ぼそりと言った初音の言葉は見事に無視され
た。
「俺らの部室、あと8階上に上がれとか言われるもんな」
「不便不便」
 だから、と、そこで初めて、最初に入ってきた男子生徒が初音のほうを見る。
「あんた出てってくんない?俺らの部室代わりに使っていいからさ」
「そう。1年19組だってさ」
 二年生か三年生の男子、6名。力づくでは敵わない、と、向こうは踏んでい
るらしい。
 そうやって、見くびられたことは、一度や二度ではない。

 アコーディオンの陰で、初音の唇がもう一度きつく結ばれた。

 右の指を、鍵盤にセットする。
 左の指を、和音コードに合わせる。
 曲は………ファランドール。


 最初の一音が響いた途端、男子達は弾けるようにこちらをみた。その顔が、
段々とゆがんでくる。
 アコーディオンの動きに、初音は意識を集中する。小柄な身体は見てくれか
らは想像もつかないような力強さで蛇腹を押し開き、教室中を暴力的な音量の
和音で満たしてゆく。
「………ぃっ」
 何か声が聞こえた。
 丁度、曲のボリュームが下がるところで初音は顔を上げた。
 男子生徒たちが、机の間に崩れている。うち一人がよろよろと顔を上げると、
何か言いたそうにした。
「ここは、アコーディオン部の、部室なんです」
 一端、弾く手を止めて、初音はきっぱりと言った。
「だから、私が使ってます」
 聞こえているのかいないのか、男子生徒達はよろよろと立ちあがる。
 耳から一筋、紅いものがこぼれている。
「だから、ここからは、出て、いきません」
 一番手前にいた相手を真っ直ぐ見据えて、そう言う。
 相手の目に、怯えが走る。
 一瞬。
 そして、初音は手を動かす。弾こうとする意思を示すように。
 ひいっ、とかすれた声をあげて、生徒たちは教室から転がるように出ていっ
た。


 自分の弾くアコーディオンの音色が凶器になりうることを知ったのは、ここ
に取りこまれて暫らくしてのことだった。ここから出ることの出来ない事実に、
半ば狂気と化した面々に向けて、もう無我夢中でアコーディオンを弾いたのが
その最初だろう。気がつくと何人もの生徒たちが耳から血を垂らして倒れてい
た時の恐怖を、未だに初音は忘れられない。
 そしてまた……これしか、自分の身を護る術が無いことを、実感したことも。


 誰もいなくなった教室の真中で、初音は一度目をつぶった。

 …………まず、生きること。
 …………誤魔化さず、最後まで、一度だけと思って生きること。

 倒れていた生徒たちは、翌日当たり前の顔をして教室にやってきた。
 そして……前日に勝る恐慌がクラス中を襲った。

 …………一度と思って生きること。

 だから、その時。
 そう、決めた。

 だんだんと薄暗くなる教室の中で、初音はもう一度溜息をついて目を開けた。
 すっかり馴染んだ楽器の上にすとんと手を乗せる。

 曲は、ファランドール。
 最初の三音が、教室一杯に響いた。

*********************************************

 というわけです。
 ………なんだかんだいって、売られた喧嘩をきっちり買うし(汗)>初音

 しかし、この殺人楽曲。
 ふと気がつくと……
 …………セロ弾きのゴーシュから第一の印象を取っている気が(爆)
 #おのれってやっぱりよくわかんなひ

 んではでは。


    

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