[KATARIBE 20178] [HA06P] 拈華微笑

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Date: Sun, 16 Jul 2000 22:59:17 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 20178] [HA06P] 拈華微笑 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200007161359.WAA35223@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 20178

2000年07月16日:22時59分17秒
Sub:[HA06P]拈華微笑:
From:E.R


こんにちは、E.Rです。
……今日は月蝕。
…………ふ。<おい

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エピソード「拈華微笑」
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登場人物
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 狭淵麻樹
 平塚花澄:書店瑞鶴の店員。ここ数ヶ月ほど行方不明。
 るりるり

本文
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承前
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 時を選び、場所を選び、初めて見える番いの糸。
 繋ぐ片割れは己が手に。
 繋ぐもう片割れは、見るに時を選ぶ。

 見渡せる場所がいる。

 ……河原。
 …………あそこならば見える……


 ………………会える?


遭遇
----

 月は、既に皆既触に入っている。
 月蝕の時間はわかっていても、そこに急患が入れば月を悠長に見ている暇な
ど麻樹には無い。こうやって蝕の終わりを見ることが出来るだけでも運は良かっ
たのかもしれない。

 河原の横を通りすぎようとして、麻樹はふと足を止める。

 麻樹     :「…………」

 月が消えた今も、周囲は真っ暗にはならない。離れたところにある街灯のお
こぼれのような光。それが土手に立っている人影をぼんやりとだが映し出して
いる。
 長い髪。スカートの裾が時折風に揺れる、影。
 表情こそ判然としないものの、うろうろと、頭を動かしているのはわかる。
 それが、ふと、止まった。

 薄明かりの中で。
 
 麻樹     :「…………」

 無言で、手を上げる。
 挨拶。

 花澄     :「……こんばんは」

 まるで昨日会ったばかりのように、当たり前に。
 やはり挨拶が返る。

 ざん、と、風が吹いた。

 花澄     :「こちらはまだ夏なのね」
 麻樹     :「あぁ」

 ふわ、と笑いかけた顔が、けれどもそこで、困り顔に移り変わる。

 花澄     :「ね、麻樹さん」
 麻樹     :「ん?」
 花澄     :「月は、いまどっち側にある?」

 おいおいおい、ってな問いである。
 方向音痴は……相変わらずなのだろう。

 麻樹     :「あちらだ」

 指差した方向を見上げて、花澄は、ああなるほど、と小さく呟いた。

 花澄     :「言われると、見えるわね」

 蝕の中の月は、赤黒い色をしている。見にくいが、完全に見えないわけでも
ない。

 花澄はそれを黙って見上げる。
 麻樹も、それを黙って見上げる。

 最後に会ったのが、3月の終わり。
 それから既に3ヶ月以上。
 一切の音信も無かった相手。

 と……

 花澄     :「あ、駄目っ」

 慌てたような声を、花澄は上げた。

 花澄     :「麻樹さん、その猫。こちらに近づけないで」
 麻樹     :「っと……」

 とことこと近づきかけた子猫を、麻樹が掬い上げる。
 真っ白な毛並みに、瑠璃の色の瞳の子猫。
 るりるり。
 恐らくは麻樹のあとを付いてきたのだろう猫は、みう、と小さく鳴いた。
 
 花澄     :「こちらにあまり近づくと、帰れなくなるから」
 麻樹     :「帰れない?」
 花澄     :「うん」

 少し困ったように、首を傾げて。

 花澄     :「こちらはもう、秋なの」
 麻樹     :「……未来?」
 花澄     :「そうなるのかな」

 さらん、と。
 ごく、何でもなげに。

 花澄     :「繋ぐ用事があったの」

 花澄の手に、細い糸様のものが絡みついているのが見える。
 微かに、発光する……糸。
 否、糸状の光だろうか。

 花澄     :「こちらの糸は、秋にしか見えなかった。でも、繋ぐ先は
        :今日でなければ見えないから」
 麻樹     :「それで?」
 花澄     :「つれてきてもらったの」

 やはり、なんでもなげに。

 花澄     :「だから、私の周りはもう秋なんだけど……見えない?」
 麻樹     :「…………」

 うっすらと。
 その言葉と同時に、花澄自身を中心に淡い光が放たれる。

 光の中、彼女から数メートルの範囲に。
 幻のように咲く花。

 麻樹     :「そちらはそういう季節か」
 花澄     :「そう」

 曼珠沙華。
 赤黒く闇に似た色の花が、群れ集うように花澄の周りに咲き誇っている。

 花澄     :「この花の範囲が、私の時間になってる」
 麻樹     :「…………」

 それは、多分。
 両方から手を伸ばしても、届かない距離。

 花澄     :「……残念だね」
 麻樹     :「ん?」
 花澄     :「この距離だと、酒を酌み交わせない(笑)」
 麻樹     :「……(苦笑)」

 互いに。
 黙ったまま、幾らでも呑むことの出来た相手同士。

 花澄     :「折角、お酒あるのに」
 麻樹     :「今?」
 花澄     :「うん……届く?」

 最後の問いを、空に放つ。
 風がひゅるんと流れる。

 花澄     :「了解……麻樹さん、はい」

 すとん、と投げられた酒瓶は、それでも麻樹の手に届いた。
 300mlの瓶。
 桃川。
 上着のポケットからもう一本の瓶を取り出して、花澄は蓋をひねる。
 
 麻樹     :「用意がいいな」
 花澄     :「そりゃあ(笑)」

 きり、と花澄の手元で音がする。
 麻樹も、瓶の蓋を開ける。

 花澄     :「一緒に呑めたらな、って、思ってたから」

 言葉は、やはり短い。

 花澄     :「会えて良かった」
 麻樹     :「……ん」
 花澄     :「乾杯」

 ちょっと行儀悪いけど、と花澄は笑って、瓶からそのまま酒を呑む。
 
 麻樹     :「一緒に飲む相手はいないのか」
 花澄     :「兄だけ。後は全員高校生なんだもの。彼らに付き合わせ
        :るわけにはいかないし、兄と呑んだって泥仕合だし」
 麻樹     :「……(苦笑)」

 後は双方黙ったまま、互いに瓶の中身を干してゆく。
 酒は喉にするりと溶ける。
 曼珠沙華の花が、時折揺れる。

 闇に溶けこんでいた月の半面が、おぼろな赤銅色を帯び出した。

 花澄     :「蝕から抜ける時に、繋ぐもう片方が見える筈なんだ」
 麻樹     :「…………」
 花澄     :「繋げば、また戻る」

 この吹利には、戻るのか、戻らぬのか。
 花澄は何も言わなかった。
 麻樹も何も問わなかった。

 そういう、付き合いだった。

 花澄     :「でも」
 麻樹     :「ん?」
 花澄     :「……呑めて、良かった」

 最後の一口を流し込むと、花澄は瓶の蓋を閉めてポケットの中に入れた。
 月の色は、だんだん明るくなる。

 花澄の手に絡みついた細い糸が、すう、とその光を増した。
 月の端が、鋭い光を帯びた。

 花澄     :「……」

 その光に応じるように。
 二人の立つその間の中空に。
 一瞬、蜘蛛の巣に似た細い光の構造物が浮かび上がる。

 花澄     :「見えた」

 とん、と。
 地を蹴る音は、小さかった。

 普通の人間には有り得ない、緩やかな動きのまま花澄は宙に浮き上がり、光
の蜘蛛の巣の上空まで行きつくと、そのまま手の中の光を『巣』の中心に突き
立てた。
 一瞬。
 反動で花澄は高く跳ね飛ばされ、麻樹の頭上を越えていった。
 花澄の後ろにまで続く細い筋が流れるように光り、そして消えた。

 そのまま頭から、花澄は落ちてゆく。ゆっくりと、天女の飛翔する速さで。
 逆さになった顔は、笑っていた。
 その口元が、動いた。

 花澄     :「…………ね」

 そしてそのまま。
 空に、溶けるように。
 その姿は、消えた。

 麻樹     :「…………」

 ごめんね、とも読めた。
 またね、とも読めた。
 どちらとも……判断はつかなかった。

 そしてやはり、最後に麻樹に向けた顔は、微笑のまま。

 みう、と手の中の猫が鳴く。

 麻樹     :「…………」

 そっと、猫を下ろしてやる。
 ゆっくりと元に戻ってゆく月光と街灯の光を透かして、花澄が今までいたあ
たりを見やる。
 
 曼珠沙華の花が一本、蒸し暑い夏の夜の中に浮かび上がるように咲いていた。
 

時系列
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2000年7月16日。皆既月蝕の夜。


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 というわけで、隠し玉的EP(笑)
 こういう……話、なんです。
 であであ。


    

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