[KATARIBE 19855] {MMN] 『古里』

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Date: Mon, 26 Jun 2000 17:16:44 +0900
From: kazuki <aaq45040@hkg.odn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 19855] {MMN] 『古里』
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 軍光一@リレー小説は楽しいな です。
 MM白夜の栃木編(そんなものあったのか)の最後の話(?)です。
 ぱぱ、又お借りしています。ばしばしつっこみ入れちゃって下さい。台詞の挿
入とかも可>いーさん
 ……こー、うまく書けないのは鬱のせいだろうか。


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小説『古里』
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旅の終わり
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「かたきを……」
 今当に死なんとする壮年後期……いや、今の平均寿命から言うと老人が、かす
れ声で最後の言葉を漏らす。
「かたきを、うってくれ」
「……」
「事実を綴り、こんな事になった原因を突き詰め、いつの日か、告発してやるん
だ」
「……」
 無言で肯くと、老人は安心したように目を閉じ、そして二度と目を開けなかっ
た。
 黙って老人の身体を抱え、公民館の一室に抱えていく。
 死体置き場。
 その一室には生者はいなかった。老若男女。数える気にもなれないほどの数の
遺体が、そこにごろごろと転がっていた。もう2週間は断続的に続いている雨の
おかげで、火葬にされることもなくそのまま放置されている。
 雨があがり次第、野焼きで荼毘にふされるらしい。
 死臭。
 放り出すように老人の身体を部屋の中に置き、廊下に出て窓を開ける。
 嘔吐。
 胸の底から湧き上げてくる不快感。恐怖感。まるで内蔵が感情に絞りあげられ
たかのように痛み、身体の中に入った穢れを絞り出さんとするように吐く。
 ぜいぜいと荒い息をつき、落ち着くのを待つ。
「……もったいない」
 食糧は貴重だ。
 窓を閉めて、そのまま廊下に座り込む。後始末などしなくても、どうせ雨で流
れてしまうだろう。
 ふと人の気配を感じて顔を上げると、蒼い顔をした小学生ぐらいの少女が紙と
ペンを持ったまま立ちつくしていた。
 安心させるように笑いかけ、黙って手を差し出して紙とペンを要求する。
 死んだ人の名前を書き残す。いつ、誰が始めた慣習なのかは知らない。しか
し、この慣習はこの一帯に広まっていた。
「あ、あの……お父さん呼んできますっ」
「呼ばなくて良いよ」
 返事は聞き入れられることなく、少女は走り去っていった。白夜は紙とペンを
持ったまま、その場に取り残される。夕暮れの雨の音が五月蠅い。
 東京への水爆投下直後には、黒い雨が降ったという。
「かたきを……か」
 何の力もない自分に言われても困る、としか思えない自分が悔しかった。
「こちらでしたか」
 以前知り合った医師に声をかけられる。立ち上がり、頭を下げる。
「……お亡くなりになられましたか」
「ええ。先ほど」
「でも、間に合って良かった」
「先に断っておきますが、親族でも何でもありません」
 以前勘違いされたことを未だに根に持っているらしい。医師は苦笑で返す。
「大学でお世話になった先生なんですが……忙しい人で、一週間の半分を九州で
講義をして、もう半分は関東で講義をしていました」
 その半分の日に、東京へ水爆が落ちた。
「有志の人々に頼まれて、探しに来たんです。……探すのを手伝って下さってあ
りがとうございました」
「いえ、ついででしたし。見つかったのも偶然ですよ」
 そう言うと、医師はポケットから手紙を取り出す。
「沢山の人と接する毎日ですから……人捜しを頼まれるときも時々あります。こ
れはあなたへ、でしょう」
 宛名を確認して、頷いた。
「ではわたしはこれで」
「お世話になりました」
 もう一度、去りゆく医師の背中に頭を下げる。
「……あ」
 紙とペンを返すのを忘れていた。

帰るべき場所
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 翌日、雨はやんだ。遺体が庭に運び出され、野焼きで火葬される。その光景の
中、探していた人物を見つけた。
「お世話になりました。明日戻ります」
 一段落して、庭で休んでいる医師を見つけて紙とペンを返しながら告げる。結
局少女は見つからなかった。
「そうですか」
「……父が、死ぬんです」
 煙を見つめながら、ぽつりと呟く。
「別に時代がどうとか、そういうのじゃないんです。うちは田舎の方で、現代で
も解明されていない風土病があって……それでも、最後はそこで迎えたいって」

 なぜこんな事を話しているのだろう。自分でも不思議な気分になる。止めよ
う。聞かされている方も、迷惑なだけだ。
「晴れてよかったですね」
 話題を変える。
「ええ。……早めに亡くなられた方を埋葬しないと」
 伝染病が発生する。
「骨壺は用意できませんが……お骨の方は九州の遺族の方の所まで持ち帰って差
し上げて下さい」
 煙を見つめながら、医師が言う。
「帰るべき所へ……」
「ええ。帰るところのある人は、帰るべき所へ……」
 煙を見つめ続ける。あの中の多くの人は帰るべき所はない。放射能に汚染され
た関東ノーマンズランドには帰れない。
 帰りたい。帰りたい。煙からそんな声が聞こえてくるようだった。
 帰りたい。帰りたい。あの運命の日の前に日々に。
「帰るべき所のない人は……」
「帰るべき所のない人は」
「生きている限り、これから帰るところを作ればいい、というのは無しにしまし
ょう」
 言うだけなら誰にでもできるけど、けれども。
「かつての帰るべき場所の記憶を、消せやしないから」
 帰るべき場所を失った記憶を。
 もう一度煙を見上げる。
 帰りたい、帰りたいと煙は上る。
 そこにはもう帰れないけど。
 帰ったとしても、何も残っていないけど。
 更に上を見上げる。青空。
「帰るべき所は、天さえ有れば良し」
 決意するように呟く。
 例え追いつめられようとも、
 例え傷つけられようとも、
 例え帰る場所が無くても、
 為すべき事がある限り、命が失われるその時までは、懸命に生きよう。
 そう思った。

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