[KATARIBE 19726] [HA06N] 小説『未来保留』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Wed, 21 Jun 2000 03:47:09 +0900
From: Paladin <paladin@asuka.net>
Subject: [KATARIBE 19726] [HA06N] 小説『未来保留』
To: "ML" <kataribe-ml@trpg.net>
Message-Id: <200006201847.DAA14627@ns.asuka.net>
X-Mail-Count: 19726

 ぱらでぃんです。


 なんとなーく書いてみました。なんか暗めになったような気がします。

**********************************************************************
小説『未来保留』
================

 桜の季節も終わり、静謐な日常へと戻っている神域に幽かなしゃりしゃりと
砂利を踏みしめる音が響く。吹利春日神社の境内の奥へと環は向かっていた。
『変わらないね』
 外界はどんなに変われども、信仰の場という結界に守られたこの中は、いつ
か見た風景そのままに変わっていない様に見える。もちろん、気のせいだ。旧
い樹は倒れ、若木が芽吹き、全ては転変している。しかし、ここにはそれを思
わせない落ち着きがある。
 社殿の近くにある桜林に足を踏み入れる。さわさわとした優しい風が頬を撫
で、桜の影から少女が顔を覗かせた。桜の色をした羅を纏い、艶やかな黒髪を
風に揺らめかせている。
「お久しぶり」
 にっこりと頬笑みながら言う少女に、環も微笑み返す。
「お久しぶりです」
「いつ、戻られました?」
「今年の……初め頃ですかね」
 話をしながら、二人は林の奥へと歩を進める。
「お探し物は、見い出せなかったご様子ですが?」
「さっぱりですねー。まあ、むしろ見つからない方がいいんですけど」
 何かを見つけられなかった様子の環だが、特に気落ちした様子もなく笑って
いる。それにつられて少女も笑った。
「相変わらずですね」
「手に入れたら醒める質ですから」

 そうこうしているうちに、林が途切れ、古ぼけた四阿が目に入る。桜見の為
に造られたものだろうか。季節外れのこの季節、しかも平日に誰かいるわけで
も無し、二人はそこに腰を下ろす。
「あー。これ、おみやげです」
 背中のリュックから瓶を取り出す。透明の瓶には赤い液体が詰まっており、
表面に貼られた和紙のラベルには筆で『ぺとりうす』と大書されている。
「葡萄酒ですか?」
「山ぶどうの。姉さんが作ったから持って行けって」
「お姉さまも来られたらいいのに……」
 少女は瓶を受け取りながら少し顔を曇らせる。
 暫しの静寂。遠くで小鳥が鳴き、風が木々の間を通り抜ける。そんな中、二
人はぼんやりと景色を眺めていた。
「それにしても……」
 遠くを見ながら少女が呟く。
「へ?」
「お互い、長生きしてますね」
 環に向かってくすりと笑いかける。
「歳の話は……やめてください。気にしてるんですから」
 なんとなく悲しげな表情で応える環。
「社に入ることとかは……考えてられませんの?」
「祀ってもらう様な事して無いし……それに、充分生きてるんだからいいかげ
ん隠居したいですよ」
 半分冗談の様な顔で言って、またぼんやりとする。
「謙遜なさらなくとも」
「人に交じって生きるのもなかなか楽しいですから」
 葉桜がかさかさと鳴る。
「私は……」
「みんながみんなボクみたいだとダメダメですけどね。立派ですよ、姫様は」
 なんとなく雰囲気が悪くなる。いつもそうだ。余計なことを言う。
「立派」
「ですよ。千年以上ですから」
 姫の憂いを帯びた顔がふっと明るくなる。
「そういえば、貴方と初めて会ったのも」
「ここでしたねぇ。その頃は、この形じゃ無かったですけど」
 その頃、ここに四阿は有っただろうか?有ったような、無かったような。記
憶が曖昧だ。怖い。過去が無くなるのが、怖い。
「そういえば」
 自然と声が震えてしまう。
「この建物、いつ頃からありましたっけ?」
 姫は怪訝な顔をしている。
「五十年程前からだと思いますけど?あの頃からの建物は……本殿の裏にある
祠くらいしかありませんわ」
「五十年」
 そういえば、そうだったような気がする。しかし、最早自分の記憶ではない。
他人の記憶が混じっている。こうやって記憶は交差し、混濁し、胡乱なモノと
なって消えて行く。
 それが怖い。大切な記憶が、思い出が、消えてしまうことが。
 だから自分は浮世に埋没して、余計な思い出を作らずに生きる。そうしたつ
もりだった。しかし、何もせずとも記憶は時に薄められて拡散してしまう。日
記を書いても、写真に撮っても、データとして保存しても、それは欠片に過ぎ
ず、真実記憶しておきたい思い出は消えていく。
「ダイヤモンドも、いずれは石墨になるんですよね」
 訳の分からないことを言って、遠くを見ながらと立ち上がる。
「お帰りですか?」
 姫が心配そうにしている。
「ごめんなさい。今度また、姉さんとでもゆっくり来ますから……」
「楽しみにしてますわ」
 瓶を持った姫から送られ、環はふらふらと林から出る。
「じゃ、また」
「お気をつけて」

 浮世へと戻って来ても、未だに心の不安は消えない。
「社、ねえ」
 雑踏の中で考える。
 確かに、山奥の社に祀って貰えば誰とも関わらず、思い出だけを友に生きら
れるかもしれない。
『でも、今の生活も案外気に入っちゃってるからね』
 姐も居るし、吹利にも楽しげな人達がまだ居る。だから、まだ――
『この話は、保留ってことで』
 そんな訳で、問題は先送りにするだけ先送りにする環であった。

時系列
------
 2000年、初夏。

解説
----
 桜姫と話してるうちに、自分の世界に入って思い悩む環なのでした。

$$
**********************************************************************

 そんなわけで、思いつくままに書いてみました。

 それでは。



――華胥の夢など刹那に醒める。後の始末をお願いします。
Mail:<paladin@asuka.net>                ・.
 Web:<http://www.asuka.net/~paladin/>   ●・  ぱらでぃん
098B 73C0 5786 E30F 252D  C048 7428 D1F2 CFEA F25E

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage