[KATARIBE 19149] [MMN] 「乾杯」

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Date: Wed, 24 May 2000 15:18:18 +0900 (JST)
From: "E..R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 19149] [MMN] 「乾杯」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200005240618.PAA06498@www.mahoroba.ne.jp>
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2000年05月24日:15時18分18秒
Sub:[MMN]「乾杯」:
From:E..R


 こんにちは、E.R@半覚醒もしくは幽霊 です。
 軍光一さん、こんにちは。
「いのち」…ついつい反応してしまいました(^^;;

 ちょっと、続き……というか、かなり視点が違うので、別個、の話ではありますが。

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「乾杯」
=======

「お母さんっ」
 手の中に握りこんだ鍵を鍵穴に滑り込ませ、出来るだけ急いで扉を開いて、
また閉じる。
「なあに」
「お父さんが、今日、うちに一人…泊めてあげるって」
「え?」
 怪訝そうな顔の母親に、美咲は大慌てで説明を続ける。
「赤ちゃん、生まれた人だからって。赤ちゃんが小さいから、あそこに置くと
危ないかもって…」
「まあまあ」
 丁度手に持っていた包丁とほうれん草…家の庭で育てたものだ…をまな板の
上に置いてから、母親は慌てて玄関に向う。
「じゃ、急がないと。お父さんは?…ああでも、お父さんだけじゃ無理…」
「あ、あのねっ、運ぶのは、向こうの人がやってくれるってっ」
 ああ、それは良かった、と、母親が足を止める。
「でもそれならば、赤ちゃんは無事なのね?」
「うん。ちいちゃいけど元気だって、お父さん言ってた」
「そう」
 ふ、と、母が息を吐いた。
「…良かったこと」
 それが何より、と、言いかけて、母親は美咲を見やった。
 美咲は、大きく目を見開いていた。
「……どうしたの?」
「……良かったの?」
「え?」
「赤ちゃん、良かったの?」


「先程は、すみませんでした」
 不意に声を掛けられて、白夜は振りかえった。
 先程の医師がそこに立っている。
 片手に瓶。片手にプラスチックのコップを二つ。異変が起こる前には使い捨
てで使われていたようなぺこぺこのそれは、もう既に数度繰り返して使われた
らしかった。
「いえ」
「すっかり、ご主人と勘違いしてました……驚かれたでしょう、突然」
「……いえ」
 ありがとうございます、と、医師は頭を下げる。
「母子共に、とりあえず元気なようですよ。今日はうちに泊めますが」
 流石にこの環境は、あまり良くないですからね、と医師は笑う。
 良くないとは、また控えめな言いかただ、と白夜は思う。
「赤ちゃんも……小さいですけれども呼吸器等、全体に異常は見られませんで
したから…多分、大丈夫でしょう。生き延びますよ」
 わざわざと、この医師はそのことを知らせに来たらしかった。
「だから、大丈夫ですよ」
 大丈夫。
 今、生き延びることについての、保証。
 
 その後については、誰一人保証は出来ないというのに。

「どうぞ」
 ふと気がつくと、医師はコップに瓶の中身を注いで差し出していた。
 奇妙な匂いが漂った。
「たんぽぽで作った酒、なんですよ」
 医師は笑ってそう言った。
「たんぽぽと水から、自然発酵させて」
 何だか緑くさい。
「こんな御時世になっても、こういうものは生き残るもんですね」
 差し出されるコップを何となく受け取る。
「じゃ…あの赤ちゃんの誕生を祝って」
 ほんの少し、カップを掲げる。
 祝いの、仕種。

 同調は、しなかった。
 無表情のまま、酒を含む。一口だけ。

 コップを空けて……そして、医師は、笑った。
「どちらからおいでです」
「……九州から」
「そうですか」

 どうして、この状況下に生まれてきてしまった子供の為に、祝えるのだろう
か、と。

「……以前、先輩から聞いた言葉なんですが」
 ふと気がつくと、医師は一歩白夜に近づいていた。
「生きていることを呪うことも、生きている今を呪うことも、どちらも生きて
いる者の特権だ、と」
「………」
「あの、お母さんもいつか、嘆くかもしれない。取り去られるくらいならば、
どうしてこの子を与えられたろう、ってね」
 柔らかな口調。どこか淡々とした。
「でも…嘆くことも、生きてなくっちゃあ出来ない。その子のために出来るこ
とが、嘆くことだけかもしれないけれども」
 月明かりの元で、医師は笑った。
「生まれてこない子供の為には、嘆くことさえしてやれない」
 
 一瞬の、無言。

「…っていうのは、まあ…これから先に、お父さんになられるだろう方に」
 医師はそう言うと、名残惜しげにコップを傾け、最後の一滴を啜り込んだ。
「どちらにせよ、ありがとうございました」
「……いえ」

 たんたん、と戻りかけて、医師が振りかえった。

「私達は」
「……」
「私達は、滅びない、と、九州の方にお伝え下さい」

 鋭い笑みが、口元に浮かんでいた。



「赤ちゃん、良かったの?」
 見開いた目は、じっと母親を見ている。見据えている。
 その目を、母親は見据える。やはりじっと見据える。
 そして……
 やがて、微かな理解の色と、深い確信を込めて。
 母親は頷いた。
「良かったのよ」
「……本当に?」
「本当ですとも」
 一瞬の遅滞もなく。一瞬のためらいもなく。
「生まれてきて、良かったのよ。その赤ちゃん」
 ね、と念を押すように笑う。その笑いに圧されたように、美咲の顔が歪んだ。
「……良かったよね」
「そうですとも」
 顔全体をくしゃくしゃにして泣いている美咲を一度抱きしめる。そして母親
は、ことさら明るい声で美咲に告げた。
「だから、美咲ちゃん、お父さんに言って。こちら用意しておきますって」



 私達は、滅びない。
 私達は、この程度ではまだ滅びない。
 踏みつけられ、叩きのめされ、死んだがましだと時には呪いながら。

 それでもまだ、産声を上げる赤ん坊がいる限り。

「……乾杯」
 小さく呟くと、医師はまた避難民のほうへと戻っていった。


***********************************************

 というわけで。
 時期としては、光一さんが一行掲示板に書かれたように、
美咲の祖母が亡くなって数ヶ月、1995年の秋頃、であったと思います。

 以前、「疑問符」という話を書いて。
 光一さんの「いのち」を読んで。
 
 死んだほうが運が良かったのか?という問いは、実はこの時代、誰だって問うだろうし、
運が良かったねえ、と言う人だって、勿論いるだろう、と思うのです。
 じゃあ、自分はどう答えるんだろう?
 勿論、生き続けるほうが良い、って答えます。でも、その根拠は?
 死んだがましだ、と呪うような相手に、尚生きろ、と言い得る、その根拠は?

「私達は、滅びない」
 ……なんかつくづく思いますけど。
 霙の街に関しては、キャラクターが、肝心の言葉を思いついてくれてる気がする(^^;;
 美咲のとーちゃん発、です、この言葉は。
 理屈や説得力ではなく。
 その揺るがなさで、己はこの話を書きました。

 ……しかし、はからずも。
 書いてみて、美咲のとーちゃんとかーちゃんが、自分に気合入れる話になりました(笑)
 揺らぐんですよね。本当は彼らも。
 でも、口に出したら、後には引けない。
 そうやって、強くなってゆく。

 ……白夜さん、だかだかお借りしました、すみませんっ(滝汗)>光一氏
 まずいな、と思ったら、どかどかちぇっく入れてください(礼っ)

 では。


    

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