[KATARIBE 18724] [HA07N] :「春巡〜花水木の君」

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Date: Thu, 20 Apr 2000 13:52:01 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 18724] [HA07N] :「春巡〜花水木の君」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200004200452.NAA72535@www.mahoroba.ne.jp>
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2000年04月20日:13時52分00秒
Sub:[HA07N]:「春巡〜花水木の君」:
From:E.R


 こんにちは、E.R@とにかく書いているらしい です。

 更毬さんに捧ぐ、の、西生駒話です。
 だーっと書いてみて、多少、お約束破りなのですが(^^;;
 己的、日常です(笑)

************************************************
「春巡〜花水木の君」
==============

 春の初めに。
 一つの噂が流れた。

 西生駒高校に入って、丸一年。通学路にもすっかり慣れた。
 校門を出て、素直に家に向かう。本を読みながら歩いて28分、早足で23分、
大急ぎで走れば20分の距離。
 その途中、一本道をずれたところに児童公園がある。前衛芸術に似た遊具が
二つとジャングルジム。ぶらんこは片方の鎖が外れている。
 その公園のぐるりを取り巻くように、花の木が植えられている。その殆どが
桜なのだが、そのうちに一本、花水木の木がある。
 白い、桜より木蓮より先に花開く……

 花水木の花は、取りたてて好きな花、というわけでもない。
 木蓮ほどの重さも無ければ、桜のような艶もない。遠目には木蓮に良く似て
いるのだが、風にたなびく様子が違う。もっと薄手の花片が、ひらひらひらと
せわしなく動く。
 ……その分、華奢な、可憐な花なのかもしれないが。

 その木の下に、出る、という。
 ……まあ、高校の噂で「出る」といえば大概幽霊だったり物の怪だったりす
るのだろうが……しかし、それでも。
「…ろくな噂じゃないよなあ」
 手を伸ばし、件の木の幹を一度ぽん、と叩く。妙にしみじみとした声で、水
無瀬川兪児は呟いた。


 発端は、数日前になる。

「花水木の君」
 えらく文学的な表現に、兪児はほんの少し眉をひそめた。
「……見たって、……組の佐々木さん」
 わざわざ隣の教室からやって来た女生徒が、友人の机に半分座る格好で話し
ている。その周りに、いつもの集団が数人。
 間違っても、文学的表現を好んで使うメンバーではない。
「佐々木さんって、あの?」
「そーそ……でさ……だっから」
 声は高くなったり低くなったりする。
「えー……だってそれって」
「その後が、さあ…」

 西生駒高校。
 一応、それなりの進学校であり、人気もそれなりにある学校なのだが、どう
も……学生に奇妙な能力者が多いらしい。その所為でか何でかは知らないが、
この高校、妙な噂が流れる頻度が、それなりに高いように思われる。
 そして……どうやら彼女達が話しているのも、その一つであるようだった。

 花水木の君。
 夜目にも白い腕を花に差し伸べている、それはそれは美しい少女なのだそう
である。ならば偶然会ったら幸運とでも思えばいいじゃないか、と、兪児など
は思ってしまうのだが……勿論、それで話は終わらない。
 花に手を延べていた美少女に、その佐々木さんとやらはエネルギーを吸い取
られたか、血を吸われたかしたらしい。蒼白になった彼女は、それでも何とか
家に辿り着き、以降、延々と二日眠り続けた、らしい(らしいらしい、の連発
である辺りが……まあ、噂話というものである)。
 そして……魅入られたまま、今に至るのだ、という。
(女が女に魅入られる……まー、あるかもね)
 目立たない、友人が居ない、ついでに口を開かない、の兪児である。彼らの
きゃわきゃわとした声の届く範囲で本をめくっている限り、誰も彼女の存在を
気に留めない。
 そして、情報はそれなりに流れ込んでくる。
「でもだってさー、彼女って……」
「そうっ。だから今、彼必死で探してるって……」

 要するに、佐々木さんとやらには、付き合っている相手がいたらしい。そも
そも、花水木の君に魅入られるような時間帯に外にいた原因が、その彼らしい
のだが……
 そうなると確かに、彼女が女性に魅入られたとくれば、面白くもあるまい。
(難儀なことで)
 きゃわきゃわと、彼女達は無責任にカップルの行く末を占う。だんだんと興
が逸れて、兪児は意識を目の前の本へと移行した。
 取られたくなければ、頑張ればいい。叶わなければ……諦めるのはそいつの
勝手である。

 翌日。
 噂は…教室の隅に移行した。
 つまり、堂々と噂にして良い範疇を超えた……ということらしかった。

 曰く。
 佐々木嬢の彼氏が、木の下で倒れていたとのこと。
 佐々木嬢が、その横でやはり立ち尽くしていた、とのこと。
 
 見つかった二人に、びっしりと、虫がたかっていた、とのこと。


 放課後。
 紺のサージの制服の裾を翻して、兪児は階段を駆け降りてゆく。靴箱に上履
きを突っ込み、黒の靴を履いたところで。
 ざあ、と、風が唸る。

 花水木の君、とやらを見てみたい。
 ごく、単純な好奇心でもあり、また、奇妙な負けん気でもある。勿論兪児に
相手を「魅入らせる」ような真似が出来るわけではない。が。
(エネルギーを吸い取る、ってのが……ね)

 異能、という。不可能を可能にするだけの能力。それを持つ学生が、何故か
西生駒には多い。
 水無瀬川兪児もまた、その一人である。
 生体エネルギーを抜き取り、また与えることが出来る。人を癒し、また打ち
のめすことの出来る能力。
 特殊技能であることはよく分かっている。だからこそ。
 ある意味酷似した能力が使われていると知って、興味が湧いたのだ。
 と同時に……ふと、思う。
(どちらが、勝つのかな)

 魅入られる、夢中になる、というのは、どういう感情なのだろう。
 そも……それが、向うには可能か?
 魅入られたら………負けを甘受して、生命力を差し出すのか?

 ……………要するに、どれを取っても、ひねくれているとしか言いようの無
い疑問ではあるのだろうが……まあそれでも疑問は疑問であり、疑問を疑問で
終わらせない性格をしているのが兪児であり。
 故に………

「……しっかし、なあ」
 物の怪が出そうなくらい立派な木、というわけではない。寧ろ街路樹に良く
ある大きさ、太さの木でしかない。確かに今は花の盛りで、一面真っ白に花が
咲いているにしても。
(悪意、は、無さそうなんだよなあ……)
 気配。それは決して暗い方向を示していない。どちらかといえばこの春うら
らかな天気の下で、ほっとしたような空気だけが感じられる。
(と、すると……なんだろうね)
 もう一度ぽん、と、花水木の幹を叩く。
 と、ふわりと風がたなびく。

 春爛漫。
 風が柔らかい。
 午後3時過ぎの陽射しは、それでも案外きつい。
 丁度人の来ない時間帯なのだろう。椿の葉がつやつやと陽光を照り返してい
る、その光の揺らぎも柔らかで。
 ひどく、静かな…………

 静かさの中で、動くのも躊躇われるような気がして。
 兪児はただ、花を見やる。
 白い、それだけが風にせわしなく揺れる…………

 と…………

 すう、と、気配。
 まるで、滲み出るように、ゆっくりと……

「……………」
 振り返る。
 害意、悪意は、一切存在していないことを、瞬時に見取ってから。
 むしろそれは、春爛漫の気配に紛れかねないほど似通った……

「こんにちは」
「…こんにちは」

 少女。どこか幼く見える少女。
 細い、華奢な体つき。白い小さな顔。肩を少し過ぎるくらいに伸ばされた髪
は、ふっつりと切り揃えられている。顔の横の髪を後ろでまとめ、細いリボン
で飾っている。黒目がちの大きな目。可憐な印象のある顔立ち。
 白いワンピース、白いリボン。白い靴。
(……絵に描いたようなお嬢さんだねえ)
 ちょっと感心する思いで見ていた兪児に、相手は少し困ったような顔を向け
た。
「私を、御存知ですか?」
「花水木の君、って呼ばれているらしいね」
 噂では、と、内心付け加えたのに気付いたのか、少女は小首を傾げた。
「私を、何と思われました?」
「うーん…と…」
 周りを見る。
 花水木の気配は……しかし変化していない。否、変化は確かにあるのだが、
気配がこの少女に移ったとも思えない。
 けれども、変化は……存在する。

 と、すると?
 
 兪児は目を閉じた。
(変化…………は、どこに存在する?)
 気配を探る。うらうらと春の、眠くなるような陽射しの中で。
 少女はやはり、白い顔に笑みを刻んだまま黙って立っている。
 沈黙。

 ふ……と。
 兪児は目を開ける。
「おわかりになりました?」
 答える前に、兪児は右手を伸ばし、くるり、と宙に円を描いた。
「この、公園」
「はい、正解」

 あっけらかん、と、言われて、かえって気が殺がれたらしく、兪児は溜息を
一つついた。

「正解、ってなあ……」
「だってそうなのですもの」
 にこにこと微笑んで相手……花水木の君はそう言ったが、そこですい、と手
を伸べた。
「お座りになって下さいな」
「……ありがとう」
 すえつけてあるベンチに座る。隣に少女がふわんと座る。
 白い残像が、糸を引くように伸びた。

(……魅入るようには、見えないけどなあ……)
 横に座った少女を見やって、兪児は思う。魅了するだけの美貌ではあるのだ
が、そのような手段を取るようには見えない。
(ま、いいか)
 とりあえず、その手の危険は無い、と考えてよい。そう判断して兪児は一つ
息を吐いた。
(それならばそれで)
 尋ねたいことは、あるのだから。
「で、何で私に正体を言う?」
「というより。私何も隠してませんわ」
「……って?」
「私は、ただここに居るだけなのですもの」
「……………」
 だからって、正体あっさりばらすことも無いじゃないか、と、兪児としては
思ったりするわけなのだが。
「私がこんにちは、と、御挨拶申し上げますと、大概皆さんもごもご言って、
どこかに行ってしまうのですもの。正体も何も、申し上げる間がありません」
「……………」
 何となく、溜息をついてしまう兪児である。
(綺麗すぎるんだよなあ)
 綺麗。顔立ちではなく、纏う空気そのものが。
 澄明。その声ではなく、発する気そのものが。
 恐らく……善良な人ならば、一瞬の下心を恥じるほどに。
 彼女の気は綺麗なのだ。
「妙でしょうか?」
「いや。でも皆行ってしまうだけ?」
 ……流石に、善良な人間だけが、ここに住んでいるとは思いかねた。
「そうですね」
 少女は首を傾げた。
「御挨拶申し上げますと……何といいますか、厭な声で返事をなさる方もそれ
は確かにいらっしゃるのですが……」
「が?」
「私も、正体を申し上げますのに、相手を選びます。その程度は」
「…………まー、そーだね」
 ということは、自分は悪党の範疇には入らなかったわけか、と、兪児は苦笑
した。
「それに」
「?」
「私、貴方は存じ上げていますもの」
「………え……ってああそうか」
 この学校に行き出してから、よく帰り道、ここで油を売ってから帰る。暫く
本を読んだり、しんどい時にはぶらんこに座って休んでみたり。
「悪い方とは思いませんでしたから」
「それは、光栄な話で」
「悪い方ならば、お友達を助けたりしませんでしたでしょう?」
「…………お友達を助ける?」
 一瞬、なんじゃそりゃ状態になった兪児である。その顔を見て、少女はくす
くすと笑った。
「小さなお友達をお連れになって、ここで癒しておいででしたね」
 笑う顔が……否、全身が陽炎に揺らめくように変化する。
「………この方」
 にこ、と笑いながらこちらに向いた顔を見る前に、兪児は大きく溜息をつい
た。
「……あの、時か」
「はい」

 昨年の夏。
 偶然、この近くで、海馬に出会ったことがある。
 その際、やはり偶然巻き込んでしまった男子生徒がいる。どう考えてもその
ままうっちゃらかすとまずい状況だったので、仕方無しにここまで運んでから
癒したのだが。
「あの時に、私、感服したのです」
 すう、と、また元の姿に戻って、少女は何故か神妙な顔になる。
「……って?」
「人もまた、命を人に譲ることが出来るのだな、と」
「……それ違うって」
 答えは既に、溜息混じりである。
「違いますの?」
「もともと、あたしの特殊技能。それもエネルギーを人にあげたら、その反動
でどこかから取るか……回復を待たなきゃいけないもの。無限に出来るわけじゃ
ない」
「ですから、譲る、と」
「…………」
 根本に果てしない誤解があるのだが、しかしそれを解く術が、兪児に無い。
(まさか抱えて家まで運ぶわけいかないじゃないか)
 それが不可能な重さであったわけではないのだが………しかし、やはり、昼
日中に男子生徒おぶって、てくてく家まで行きたくはない。
 と……言ってみても、何だかとことんまで善意に善意にと、解釈されかねな
い。それくらいは彼女を見ていてわかる。
「……まあ、それはいいけど」
 ふう、と一度溜息をついて、兪児はそこら辺の誤解については放り投げるこ
とにした。
「聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「昨日、ここで、誰かの生命力抜いた、ってほんと?」
 出来るだけさりげなく問いながら、それでも一瞬肩に力が入ったのだが。
「えーと、ああ、はい」
 ぽん、と一つ手を鳴らして、少女はかろく頷いた。
「はい、本当です」
 あっけらかん、としたものである。
「……ってなんでまた」
「だって」
 少女は、口元を少しとがらせた。
「花水木の木に、石をぶつけるんですもの」
「……って、男?、女?」
「男の方でしたわ。それを女の方が止めようとして、かえって石をぶつけられ
そうになっていましたの。だから私、止めようと思って……」
「虫を、たからせたの?」
「虫?」
 きょん、と、少女は目を丸くしたが、
「ああ、サネモリのことですわね。はい、そうです」
「さねもり……」
「バッタ、とか申しましたっけ?私の一部なのですが、あれに良く似ておりま
す」
 ほら、と、手を伸べる。掌にちんまりと乗っかったバッタは、しかしやはり
緑の光を放っているように見えた。
(……これは恐いわ)
 昼の光の中、こののほほんとした中で見るからこそ、怖くも何にもないので
あるが、しかし夜中の人気の無い公園で、これに一斉にたかられたら……
「で、これ使って、生命力を抜いた、と」
「翌日まで響かない程度、と思ったのですけど……」
 少女はそこでちょっともじもじした。
「この化け物ー、って叫ばれるのですもの。つい焦って……」
「……成程」
 溜息をついてから、しかし兪児は、もう一つの問いを思い出した。
「じゃ、女のほうは?」
「え?」
「女の子、いなかった?」
「はい、いましたけれど?」
「彼女は?」
「……あの方は……」
 途端に少女の顔が、途方に暮れたようになる。
「あの方は…………」
「何か、まずいことがあったの?」
「いえ、というか、あの………」
(……癸野巧みたいだな)
 相当に失礼な……この場合、例に引っ張り出された相手に、である……感想
を内心呟いてから、兪児はじろっと相手を見た。
「まずいこと、したわけ?」
「…………えと………」
 それでも彼女はしばらくもじもじしていたが、不意に勢いよく兪児の方に顔
を向けた。
「でも、でも仕方がありませんでした!あの方が先になさったのですもの、私、
他に方法がありませんでしたし……」
「だーかーら。何が仕方なかったの」
 この輝くばかりに善良な少女(というか公園の意志というか)が、率先して
悪事を働くわけがない、と判断してのことだったが。
「あの………」

 つまり。
 佐々木嬢の呪いが、発端であったらしい。
「あの方、この子の足元に呪具を埋めたんです。そのせいでこの子、折角花の
為に溜めた力をどんどん吸い取られるって泣き出して……」
「掘り出せば良いじゃない」
「いえ……」
 少女は困ったように、それでも微笑んで、兪児へと手を伸ばした。
 手は、すっと、兪児の手を通過した。
「私、私の一部には、こうやって触れることが出来ます」
 少女の手が、とん、とベンチを叩く。鈍い音が、確かにした。
「でも、私、私でないものには触れることが出来ません」
「成程ね」
 二日の後に、佐々木嬢はここに戻ってきたらしい。呪いは上手く行った、だ
から追加するのだ、と。
「呪具を掘り返して下さい、ってお願いしたんです。でも、そんな事出来ない、
そんな事したらだいなしになる、って……」
「で、エネルギー吸い取った、と……でも、じゃ、まだ埋まってるの?」
「いえ」
 きっぱりと、少女は首を横に振る。
「掘り返して頂きました」
「……どうやって」
「あの方の呪具の力を、私が使いました」
 結局、人の心に作用する……人の思いを左右する呪い、であったのだという。
「あの方が、左右したかった人のことは存じません。でも、私は、あの方の心
を動かしました。あの呪具を使って」
 凛として、少女は言う。
「良いことではなかったと思います。けれども、あの方も、何がどうであって
も、人の心を左右させる呪いなんてお使いになってはならなかった筈です」
「うん」
「ですので……」
 埋まった呪具の力を使って、佐々木嬢を操り、呪具を取り出させる。そのつ
いでに花水木の奪われた力を彼女から抜き取る。その途端に、花水木は用意し
ていた花を一面に咲かせたという。
(…………だーからだ)
 自分の身に起こったことをどの程度理解したのかは知らないが、自分から力
が抜けると同時に花が咲いてゆくのを、佐々木嬢は見た筈である。
 そしてまた。
 多分……その呪具の、もともとの使い道を鑑みるに。
(恋愛成就とか、その類なんだろうなあ……)
 その関係で。捻じ曲げられた心が、この少女の方向を向いた……としても、
まあ不思議ではあるまい。
「それで、花水木の君が、女の子を魅了した挙げ句、花の為に力を抜き取った、
ってなるわけか」
「……まあ」
 少女は、もう一度目を丸くした。
「そんな風に言われてますの?」
「…………」

 返事のしようが無くて、兪児は何となく空を見上げる。
 日の光は、やはりうらうらと心地よい。

「……本当は」
 少女はしゅん、と、下を向いた。
「本当は、私が悪いんです。本当は、呪いで吸い取られる力くらい、私がこの
子にあげられれば良かったのですけど……」
「仕方ないよ」
「いえ、以前は、それくらい私にも力がありましたもの。……でも今は」
「無い?」
 不躾な問いに、はあ、と、力無く応えが返る。
「ここに、人が来なくなりましたし……」
「……人って……人から力取るわけじゃないんでしょ?」
「それは、違いますけれども」
 少女は眉根に皺を寄せた。どう説明すればよいのだろう、と、暫し迷ったよ
うだった。
「……力は、空から来ます」
 やがて、少女はすいと細い手を延べて、空を指差した。
「空から……天から、来ます」
 伸べた手が、ぼう、と、燐光に似た白い光を放っている。
「私も、この子達も、このベンチも、その力を受け取ります。でも、私達が受
けとってそれっきりだと、それで終わり。受けただけの力しか残りません」
「……うん」
「でも、人が居れば。人がここで遊んで……いえ、一緒に光を受けてくれてい
れば、力はその間で行き来するんです」
「……って、今も、そう?」
 ええ、と少女は笑った。
「今も、私と貴方の間で、力はくるくる行き来しています。その度に力は、膨
らむんです」
「……ふうん」
 兪児の能力から言えば、どうにも不思議な話である。
「力は、そういうものです」
「………そう、なんだ」

 力は。
 一度流せばそれっきりと思っていたのだけれど。
 力は。
 流せば流した分、どこかで取り入れる必要があると思ったのだけど。

(だから、かあ……)
 だから。
 だからこそ。
 この少女は、ここまで底抜けに綺麗であり、善良なのだろう、と。
 ふと。

 流したものはいつかは戻るのだと。
 ごくごく自然に、知っている…………

「……とするとさ」
「はい?」
「私がここに来てぼーっとしてると、貴方も元気になる」
「はい!」
「私も、元気になる」
「多分」

 そんなものなのだろう。

「夏になったらさ」
「はあ」
「ちょっとここで本読むの、私も避けたいけど」
 流石にそれをやると、日射病が怖い。
「それまでは、じゃ、本借りたらここに来るわ」
「あ……はいっ」
「そんなに長々居られないけど、出来るだけ」
「はい!」
 嬉々として、少女が頷く。纏めた髪が、ふわん、と揺れた。
「……それで、力になるの?」
「なりますとも!」
 力強く頷く。
「心にかけて下さるだけでも、力になるんです」
「………」
「嬉しいです」

 嬉しいです、と、言われるほどに。
 心にかける、とも言えないのに。

「……………あのさー」
「はい?」
「それ、私が実行してから言ってくんない?」
「はい?」
「私がさ、ちゃんと心にかけて、そっちに力が流れてから言ってくんない?」
「…………は?」
「…………………」

 溜息。
 
(……まあ、いいか)
 一度天を仰いでから、兪児はその一言で事態を放り投げた。
 放り投げるより……この場合仕方が無い、とも言うのだろうが。
「じゃ、こちら、今日は帰るわ」
「はい、お気をつけて」
 少女はにこり、と笑った。
 春爛漫とした、笑みだった。


 そして。
 翌日、昼休み。
 兪児はぼんやりと屋上に座り込んでいる。
 
 噂は、それなりには流れているようだが…しかし肝心の二人が今日も休みで
ある。それ以上どうもなりようが無いのだろう。
 風は、やはりうらうらと吹く。
 日の光は、案外と鋭い。

(力が、巡る………か)

 少女の動きを真似して、天に手を差し伸べる。
 
(力が巡る……ねえ)

 もしかしたら、と思う。
 それが出来ないのは……否、気が付かないのは、人間だけなのではないか。
 力を与え、また受け取る。それは実は普通のことで、人間だけが出来ないの
ではないだろうか……と。
(なんだか、なあ)
 そう考えると、妙に滅入る。
 ごとん、と、兪児はコンクリートの上に仰向けに寝転がった。

 目を、つぶる。
 日の光は、瞼越しにそれでも差し込んでくる。

 ざん、と、風が流れた。

 ふ、と。
 …………笑い声?

(え?)
 思わず起き上がる。その周りを取り巻くように、ざん、と。
 緑の風が流れる。

(………ああ………)

 力を。
 命を。
 取り入れて、取り出して。
 流して、受けて。

 緑の、風。


(そういうこと、なのかな)
 苦笑しながら、膝を抱え込むように座る。抱え込んだ腕の上に、頭を乗せて。
(そういうこと、ですとも)
 微かな、声。
 朗らかな。


 ざん、と、風が吹いた。
 緑の、風が吹いた。

 春が、巡る……………………… 


******************

 というわけで。
 ほぼ完全に、自きゃらがための話です(笑)
 西生駒にふさわしくなければ、切ってください(苦笑)

 この中の、「海馬云々」という部分については。
 ……つっこみは不観樹さんにお願いいたします(ほーほほほほっ)<こんじょわる

 んではでは(笑)


    

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