[KATARIBE 17824] [MMN] 古仏と衆生

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Date: Wed, 02 Feb 2000 17:11:59 +0900
From: 軍光一 <kazuki@kurume.ktarn.or.jp>
Subject: [KATARIBE 17824] [MMN] 古仏と衆生
To: kataribe-ml <kataribe-ml@trpg.net>
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 軍光一@霙の街のコードはMM です。
 西夜一人称です。
 ふかにゃ色々宜しく。

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古仏と衆生
 
 京都は寒い。別に九州が暖かいわけではなかったが。
 第二次大戦では空襲を逃れ、「この前の戦争」といえば応仁の乱を指すこの都
も、押し寄せる難民の前に自壊せんとしていた。
「もともと日本の首都は京都なのですよ。平安京以降、遷都令は出ていませんか
らね。歴史的に見ても、正当性は京都にあります」
 パリッとしたスーツを着た男が、隣の外人になにか熱心に話している。
 わたしはそれに見向きもせずに、かじかんだ手をすり切れたジーンズにこすり
つけると、すぐに作業に戻る。
 難民を受け入れるために、京都の寺院の多くが収容場所として提供されること
となった。それに伴い寺院に補完されている文化財を「保安その他の理由によ
り」「一時的に」「移動」させねばならない。
 仏像C-8、仏像C-9、仏像C-10……。カードに記入し、ラベルを針金でくくりつ
け、箱に入れる。包む新聞紙もない。そのまま、無雑作に箱に押し込める。痛み
の激しいものも多い。移動の際の破損もかなりでそうだ。
 文化財の移動等必要な処置が終わってから、収容施設として使用するという政
府の決定。そして政策というものは、常に現実よりはるかに遅れているものだ。
現実にこの作業は、住み着いた難民を押しのける形で行われている。
 寒い。
 どれほどの貴重な美術品や文化財であろうとも、難民たちにとってはただの暖
をとるための焚き付けの材料に過ぎない。現にかなりの数の文化財が既に失われ
ている。それを危惧した京都政府と、ヨーロッパを中心とした「有識者」や「篤
志家」たちが慌てているらしい。
 一時的に退出を命じられた難民たちが、こちらをじっと見ている。その視線を
言葉に翻訳すれば、「俺たちがこんなに困っているのに、ものなんかになんでそ
んなに手間をかけやがる」「そんなことの前にするべき事があるだろう」といっ
た所だろう。
 意図的にそれを無視して、作業に集中する。カードを作り、ラベルを付け、箱
に詰める。
 視線が冷たい。
「京都には文化財が日本で最も多くありますが、最近関東からの難民のせいでそ
の多くが失われつつあります。世界的に重要な文化財の多くが危機にさらされて
いるのが現状です」
 周りに誰もいないような発言と、それに対する反応を全て無視する。
 仏像E-1-1右腕、仏像E-1-2左手、仏像E-1-3胸部、仏像E-1-4腰……
「現在日本国政府を名乗る勢力がありますが、本当に正当性があるのは京都で
す。まあ首都機能は京都に戻るべくして戻ったわけです」
 嬉しそうだな。
 口をつきそうになった言葉を飲み込み、作業に戻る。唇を噛んで、仕事を続け
た。口を開けば何を言うか、自分自身にもわからなかった。

 翌日、わたしは軽トラに荷物を積んで九州への帰路にたった。この荷物は一旦
九州に行った後、博多港より上海に移動した後、イギリスへ空輸されることにな
る。
 古都で長い時を過ごした仏たちは、列島の衆生を見捨てて異国の空へ向かうこ
ととなった。
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