[KATARIBE 17496] [MMN] :「帰郷」

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Date: Fri, 14 Jan 2000 12:02:56 +0900 (JST)
From: 勇魚  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17496] [MMN] :「帰郷」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200001140302.MAA24104@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 17496

2000年01月14日:12時02分55秒
Sub:[MMN]:「帰郷」:
From:勇魚


ども、勇魚@仕事はどーした、です。
…スライド作ってるはずが、なぜかこんなところに<をい

というわけで、沖縄版霙の街、別のシーン。
「祈り」の後編はもうちょっと練れてから。

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「帰郷」

 雨のない嵐の下を行く。
 大揺れの甲板。船室は息がつまって苦しいと連れが泣いて訴えるので、
毛布の塊を膝に抱え込みながら、こんなところで息をついている。

 進んで、いるのだろうか、船は。
 那覇港を出たのが夜中前、十一時過ぎ。どれだけ経っただろう。時計を
した腕は毛布の中の背中を支えているので動かせない。
 上下に揺れ続ける、船。屋根の破れから空を見上げても、どろどろと闇が
渦をまいているだけだ。弱い明かりに照らされた甲板の、手すりの外も、闇。
 時折ひらめく稲光に映るのも…泡立つ、闇。
 
 腕の中の連れが、かすかに身じろぐ。
 泣きそうになる。

 ほっとしているのか辛いのかわからない。

 北の方で爆弾が落ちたっていうから。
 あれは…爆弾だったっていうから。
 放射能が追ってくるっていうから。
 逃げた。

 連れの実家は東京。行くところがないっていうから。
 逃げられるところまで逃げようって。
 あたしには帰るあてがあるから一緒に逃げようって。
 行けるところまで一緒に行こうって。

 …から。
 …って。

 …途中で、おかしくなってきたのに。
 …なおりのわるい風邪なんかじゃなくって。
 どんどん悪くなってくる連れを抱えて。

 車。
 電車。

 途中で、止まるべきだったかもしれないのに。
 病院だってあったはずなのに。薬だってなんだって。
 何も見えなかった。帰り道しか。

 飛行機は全部だめで、でも鹿児島から船は出てるっていうから。
 
 あのへんはだめなのは飛行機だけだったかもしれないのに。
 止まっていれば…連れは助かってるのに。
 きっと。

 でもあたしは帰りたくて。
 …見捨ててゆくわけにはいかなくて。

 …本当?

 那覇から飛行機が出てなんかいなければ、よかったのだ。
 離島便は一応飛んでるけど、本数減っちゃってるし、管理うるさいから、なんて
聞かなければ。飛行機はだめでも今日の夜に出る船なら乗れるんだけどなんて
聞かなければ。船底の二等船室ならまだ空きがあるかもなんて…

 帰れるよ、あとちょっとだよ、って笑ったのはあたしだった。
 連れにはどのみち異郷の地に変わりはなかったのに。
 あたしは笑って、毛布の塊抱えて…

 何も無い黒い海の上を船は行く。
 …闇の中にゆれているだけではないなんて保証、どこにもないのに。

 船が傾く。
 背中が身じろぐ。

 甲板から、船室から、ため息がどよめきになって。

 稲光の中に、影。
 巨大な船のようにも見え、でもあれは島影。
 嵐が吠えるたびに、船が傾いて。でももう、稲光に浮かぶのは闇の空間じゃなく。
 幽かでも、遠くでも、あれは…あたしの島。
 傾きながら舵を切る船が向かう、あたしの家。

 帰れるよ、帰ってきたよって。
 泣いてる。毛布の下の手を握り締める。
 見えるでしょ。休めるよ。やっと休めるよ。
 あたしも休める。あたしだって気分悪かったんだもの。
 いい島だよ、みんな優しいし。これだけ逃げれば絶対安全。だいじょぶだものね。
 きれいなお布団とまっすぐの床と。
 お風呂…はいりたいよねぇ。

 …ねぇ。

 ああ、疲れた。
 もう、大丈夫だから。

 ここまで島影が見えたらね、あとはゆっくり休んで、寝ながら夜明けを待つだけ。
 ここにいようか。そしたら夜明けに目が覚める。
 母さんがね、言ってたの。
 学生時代にね、あのころ飛行機なかったから、船で帰るんだって。
 海で、海で、海で、海の中で迷ったかって思う頃に島影が見えるんだって。
 朝の光の中で、めちゃめちゃきれいなんだって。青くて、緑で、やわらかくて。
 そこを、ぐうっと、ぐううっと、船が回り込んでいくんだって。
 港に、抱き込まれていくんだって。
 その度に、嬉しくてほっとして、ちょっと泣いたんだって。

 あそこには、みんな居るから。
 だから、旅のおわりに、うんときれいな島を見ようよ。

 疲れた。

 寝ようか。
 あたし寝るね。

 おやすみ。

 毛布の塊を抱え直して…目を閉じる。
 ちょっとだけ、笑いながら。

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てーなわけで。

ではまた。

勇魚


    

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