[KATARIBE 17347] [MMN] 「カディッシュ」

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Date: Thu, 6 Jan 2000 21:16:03 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17347] [MMN] 「カディッシュ」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200001061216.VAA91221@www.mahoroba.ne.jp>
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2000年01月06日:21時16分03秒
Sub:[MMN]「カディッシュ」:
From:E.R


      こんにちは、E.R@ばくはつちう です。
 ええ、ばんばんとおひです(汗)

 霙の街。
 オンタイムだったらこういう風景見てたろうな、ということで。

********************************
「カディッシュ」
=====================

 異変が起こっている。
 それを初めに知ったのは……確か、6日の昼……だったろうか。

「なんだか変なことになってる」
 下宿先のご主人の、それが第一声だった。
「変なこと?」
 今日は金曜日。夕方には店が閉まる。慌てて買い物に行って、帰ってきたば
かりの奥さんと、丁度珈琲を入れていた私とは、異口同音にそう尋ねた。
「うん。成田空港が使えない」
「成田……あれ、クブツァー今日が帰りですか」
「今日の、現地時間だと昼の2時だったんだけど」
 ご主人……というか真田さんは(おじさんと言うと怒られてしまう)、日本
人ガイドとしてこの国で長く働いている。クブツァー…グループが日本に帰り
つくまでは事務所に詰めているのが普通なのだが。
「視界不良の為、飛行機が着地できない。……この季節に」
「それで、どうしたんですか」
「関西国際空港に移動した。それも2時間遅れでついたそうだ」
 あらあら、と、奥さんが眉をひそめる。現地時間は4時過ぎ。それから足を
確保するのはなかなかに大変だろう。
 とりあえず、それだけ言うと真田さんは奥の部屋に入り、すぐ出てきた。
「また、行かれるんですか」
「うん。どうもなんか変だ」

 鞄といつもの靴。それに奥さんが慌てて渡したサンドイッチを持って、真田
さんは歩いて10分の職場にとんぼ返りした。
 
「……どうしたのかしらね」
「…………ええ」

 真田さんの眉間の皺は、数分の間だけど、解けることがなかった。
 なんとなく……うやむやのまま、私はそのまま珈琲を持って部屋に入った。

 小一時間。

 電話が……鳴った。

「ケン……あ、はい………え?」
 奥さんの声が只事ではない。
 シャーペンを置いて、耳を澄ます。
「はい…羽田が?…………わかりました」

 ちん、と、切れた電話。そしてすぐに光ちゃん、と、呼ぶ声。

「……何か、あったんですか?」
「羽田もね、使えないって言うの」
「……羽田も?」
「正確に言うと、羽田には、もう一切なんの連絡も取れないみたい」
 関西空港から東京まで。飛行機の不備の場合、何らかの措置が取られる。こ
の場合、成田が駄目なら羽田にお客を送るよう、切符の手配がされる筈なのだ。
 ……けれども。
「連絡が、取れない?」
「そう。添乗員さんから連絡があってね。とにかく東京の方の情報が得られな
いらしいの」
「それって……変じゃないですか?」
「変なのよ」
 きっぱりとした返事が来る。
「……日本に、聞いてみますか?」
「電話?光ちゃんとこ、どこだっけ」
「うちは…千葉なんですけど」
 かけてみて、と言う代りに、奥さんは受話器を突き出した。

 電話は。
 ……かからなかった。

 後でかけてみましょう、と言いつつ、帰ってきた子供達にご飯を食べさせて。
 今日は金曜だから、と、家中を片付けて、パンを焼く用意を手伝って。
 だんだんと、空が暮れる頃に。

 電話が鳴った。

「ケン……はいっ!」
 奥さんが跳ねあがるように見えた。
「光ちゃん、テレビつけてっ!有線放送のっ」
「はいっ」

 只事ではない……声に。
 押されるように、ボタンを押して。

 しばらくの間。
 
 ……何が映っているのか、わからなかった。
 青い海に、緑。それは見なれた日本の形をしている。
 ……ただ。

 ズーム。
 ゆっくりと…東京に近づく。
 近づいて………

 きめの粗い画像からでも。
 東京は…………

 妙、だった。

「………なあに、これ」

 奥さんの声が、遠い。

 雲?灰色の…なんだろうこれは。
 画像が切り替わる。白黒の…………

「これ光ちゃんっ」
「……東京が……」

 東京が。
 真っ白になってる。

 アナウンス。異国の…いつもはとても早口である筈のアナウンサーが、沈痛
な表情で語る。
 聞き取れる。
 このようなニュースを流さねばならないのは大変残念だが、と、前置きして。

 …………………ばくだん?
 …………東京と連絡は一切つかない……
 ………………アメリカの横須賀基地も…………

 原子爆弾の恐れあり?

 …………不明?


 ……………………なにそれ?



 金曜日の夕方から、シャバットとなる。
 安息日。その前にこの国の人々は、近くのクネセットに集まる。

 留学生。電話がかかる…電話番号の分かる、そしてバスが止まってしまった
今、歩いて集まれる範囲に居るメンバーに、召集がかかった。
 そのかなりが、テレビのない生活をしている。そしてそのうちの幾人かは…

 クネセット。
 一番分かりやすい集合場所。
 
 見なれた顔が駆け寄ってくる。すぐ近くに住むご夫婦の……

「日本のこと、聞いたわ」
「はい」
「ご両親は」
「東京の近くに……東京じゃないんです、でも」
「近くに」

 オィ、と。
 この国の哀しみを表す小さな声をあげて、おばさんは絶句した。


 集まってくる。
 留学生達…8人、9人?

 受話器の向こうで、悲鳴を上げた者。
 嘘だろう、と絶句した者。
 バスで聞いた、あれは本当か、本当だったのか、と、放心したように呟いた
者。

 
 私達は、そう度々クネセットには来ない。
 ユダヤ教徒でないと入れないところもある。大体私達はユダヤ教徒ではない。
 それでも。

 今日はクネセットに行こう、と言ったのは、真田さんの奥さんだった。
 頷いたのは、私だった。
 
 祈りを知る訳ではない。
 分厚い祈祷書の、飾り文字がすらすら読めるわけでもない。
 けれども。

 カディッシュ。

 死者を悼む祈り。
 この週に亡くなった人の為に。そして数年を経てその人を記念するために。
 記念する者達は、祈る者達は、立ち上がる。

 カディッシュ。

 ざっと……立ちあがる気配。
 スカートのこすれる音。椅子の軋む音。


 どうするのだ私達は。
 どうすればいいのだ私達は。
 ああ何故今日本にいなかったろう、早く帰らねば、と。
 思う…思うのだけれども。

 
 ………………帰れるのか?

 ふと、気がつくと。
 顔なじみのおばさんが立っていた。
 目が合うと、おばさんは口元を動かした。
 『あなたは、わたしの、かぞく』と………

 かたり、と、椅子が鳴った。
 あれは…真田家の子供達と仲の良い兄弟のお母さん。
 立ちあがる。


 幾つもの疑問符があって。
 そのどの一つにも答えられなくて。
 答えるすべさえなくて。
 考えることさえ怖くって。

 
 でも。


 視線。
 悼みを……痛みを、知る人達の、視線。
 祈り。

 ふと。
 鈍器で頭を殴られるような。


 この国の人達は。
 この思いを味わったのか――――――――


 死者を悼め。
 今は…まず。
 そしてこれから恐らくは増えてゆく死者の為に。

 だって。
 だって。
 今はもう、祈るしか出来ないじゃないか……………


 しゃくりあげる声が、響いた。
 必死で…私は前を向いた。


 カディッシュの最後の声が、宙に溶けた。

**********************************************************

 えーと。
 現実問題、1995年1月6日には。
 己は、イスラエルにおりました。

 んで、現実界で起こった、阪神大震災の時にも、当然この国に
おりました。

 私は、クネセット(ユダヤ教の教会みたいなものですな)には
行かなかったんですが。
 次の金曜日、友人が行きまして。
 帰って来て一言。
「俺さ、今日、カディッシュの祈りの時に、立ってきた」
 
 彼の親戚も、家族も、震災の地にはいませんでした。
 けれども、同胞…同じ日本人だからと。

 情報入手経路、と言う面では、恐らく次のようになっていると思います。
 6日昼(現地時間)には、恐らく、横須賀基地は爆風、火災の影響が
あったと思います。これは即、本国(アメリカ)に流れます。そして、昼頃
受信されているNOAAデータを解析して……(見えりゃあいい、程度に)
 ……それが、イスラエルに流れるまで、というより、アメリカの番組を
イスラエルで見るまで、約12時間。(有線放送ばんばん入ってますー)
 イスラエル時間は、日本より、この時期7時間遅れてますので、5時だと
日本では夜の12時。
 ………充分、あり得ます。

#ちなみに地震の情報は、やはり添乗員の方の電話で知りました。
#添乗員の人って……情報が早い早い(汗)

 反対に、この情報を日本では受け取れるか。
 ……うーん…
 電話も何も、通じるか通じないかっぽい(苦笑)

 クネセット内の風景は、想像ですが。
 こういう場合、起こり得る、と…

 阪神大震災の際、どれだけの電話が日本人留学生にかかってきたか。
 安否を気遣い、無事を祈る電話がどれほど多かったか。
 情報の早さも、肉親を喪うつらさを知ることも。
 この国の人ならではだな、と。

 というわけで。
 もし、霙の街に、リアルタイムで自分が居たら、こういう風景があったかもと。
 ふと、思い付いて書いてみました。

 では。



    

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