[KATARIBE 17315] [MMN]EP: 「晩餐」

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Date: Wed, 5 Jan 2000 20:30:37 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17315] [MMN]EP: 「晩餐」 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2000年01月05日:20時30分36秒
Sub:[MMN]EP:「晩餐」:
From:久志


 久志です。
EP二弾目、霙の街のEPですー

#なんか前半が霙の街になってないよーな気がするのは気のせい(どきゃーん)

EP:「晩餐」
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「何にする?」

 二人で飲む時は大抵全国チェーンの若者向け居酒屋だった、こういう店は安
いかわりに大学生集団でえらく騒がしい。
「んーファジーネーブル」
「じゃカンパリソーダで」
「かしこまりました」
 わたしらより年の若そうな店員の女の子が、手元の電卓みたいな端末を叩い
てせかせかと店の奥に引っ込んでいく。
「何頼もっか?」
「とりあえず、三種の神器」
 とりなんこつ、ビーフン、いもだんご。この系列のチェーンには必ずあって
毎回頼むメニュー。いいかげん飽きてもくるもんだろうと思ってもこの三つだ
けはどうにも外せない。
「じゃプラスチーズはさみ揚げで一旦注文しとこ」
「りょーかい」
 荷物の上にのせたコートを奥におしやって、おしぼりで両手を拭う。
 ぱたぱたと先ほどの店員が両手にグラスを持って小走りに近づいてくる。
「ファジーネーブルとカンパリソーダお待たせしました」
「注文いいですか?」
「はい、どうぞ」
「とりなんこつとビーフン、あといもだんごと……チーズはさみ揚げとタコワ
サお願いします」
「はい、かしこまりました、ご注文くりかえします…」
 ステレオタイプに注文を繰り返して、立ち去っていく。愛想も面白味もない
が、自分の学生の頃のバイトを考えると誰も似たようなものだと思う。

「あのさ、ひとつ増えてない?」
「おいしそうだったし、いいじゃない」
「あたし協力しないよ、タコワサ」
「食べてみなよ、おいしーんだから」
「いいってば」
 どうにもワサビ、カラシといった辛い物はてんで苦手だ。お寿司のサビくら
いなら我慢できるのだが、刺し身のワサビは食べられない。

「とりあえず乾杯しとく?」
「異議無し」

 こつん、と二つのグラスが小さな音をたてた。

「で、さ、どうだった?」
 乾杯から三分と経たないうちに半分までへったグラスを置いて、あいつが顔
をあげた。
「んーーーまぁまぁ……じゃ、ないかな」
「なーに言ってんの、はじめが肝心でしょうが」
「ま、ね」
 どうにもあいつの視線から目をそらしてしまう。別にあいつの所為でなく自
分がなんとなく目を合わせづらいだけなのだけど。
「そんな……印象は悪くないと思ったな。いいんじゃないかなぁ、もうそれな
りにあたし歳だし」
「歳ってほど歳でもないでしょうが」
 そのまま残ったグラスを一気に飲み干した。
 あいつのピッチについていけるわけもなく、ちびちびとファジーネーブルを
口に運んだ。

 昨日、彼氏が家に挨拶にきた。

 別に挨拶といったって深い意味があるわけでもなかったのだが、単に家が少
し遠いことと、あたしが一人暮らしをしていることでなかなかうちの親と会う
機会がなかったので、せめて一度顔を合わせしておこうということで、わざわ
ざ大宮からあたしの実家のある吉祥寺まで遊びにきてもらった。

「だってさ、顔合わせだよ、ただの。あたしだってとっくに向こうの親と会っ
てるし、家に遊びにいったことも何度もあるからさあ」
「ばぁか、男と女じゃ実家の居心地の悪さが違うの。男が彼女連れてくるのと
女が彼氏紹介するのとじゃ、ね」
「ふぅん…」
 とりなんこつをつまんで頬張る。
「そーいうそっちはどーなってんの?」
「うち?……ま、あるといえばあるな」
「なに?」
 二杯目のカンパリオレンジのグラスがもうなくなりかけている、グラスを回
してカラカラと氷がはねた。
「今度ね、金沢いくんだ」
「え?」
 唐突に話をすっ飛ばされて拍子抜けする。
「んー正確にはお披露目かな」
「……それって」
「そゆこと」
 今度はあいつが目をそらす。今更のようにあいつの左手にはまっているいつ
もと違うリングに気づいた。
「あのさぁ、フツーもっと早くに気づかない?」
「気づくってったって、あたしがそーいう身の回りの事に気がつかないって、
あんたが一番知ってるじゃない」
「まぁね」
 肩をすくめて笑う、妙に余裕があるのが小憎らしい。

 妙に白けた間。
 ほとんど中身のなくなったカンパリのグラスがオブジェのようにくるくると
回っている。


「………辞めんの?」
「うん」
 返事はあまりにあっさりと返ってきた。
「そか」
「別に言われたわけでも辞めたいわけでもないけどね。実際、あたしアンタと
違って技術職でもないし、総務ってこう言っちゃナンだけど代わりはいくらで
もいるじゃない?」
 なんとも言えない。
「彼の実家がさ、金沢でね。どっちみちいずれは家業継ぐためにあっちに帰る
つもりだって、前々から知ってたし」
 手を止めてグラスをコースターに置く。
「だからね、あたしもついてく。東京には……帰らないと思う」
「そ……か」
 手持ちぶさたになって箸をとりあげたが、注文した皿はほとんど空になって
いた。辛うじて残ってたタコワサをつまんで口に放り込む。
「………辛っ」
「ばぁか」
 慌ててファジーネーブルを口に含む。あいつはくすくすと憎たらしく笑いな
がら、空のグラスをテーブルの隅に追いやった。

「ね」
「なに?」
「……それなりに、お幸せに」
「ありがと」



 それなりに、お幸せに。


 それなりに、おしあわせに。


 そして、それなりな幸せを願っていたあたし達を、悪夢が覆い尽くした。


 滲んだ空を見上げる。
 ぶるぶると空気を震わせる音。方向は………西。
 配給された米の袋を持ったまま物陰で息を潜める。別に縮こまっていたって
銃弾がばらまかれてしまえば意味はないのだ、映画みたいに物陰でやり過ごせ
るようなやわな代物じゃないくらい、子供だって知っている。
 それでも、ただ息を潜めて通り過ぎるのを待っている。
 もしくは刷込まれているのかもしれない。

 空から悪夢が降り注ぐ恐怖を。

 糸をひくように微かに音がたなびいていく。もうそろそろ平気だろう。
 袋を……ほんのわずかな米の入った袋を抱えて家へと帰る。

 あたしたちは運がよかった。
 少なくとも知り合いは皆口をそろえて言う。
 悪夢の日、あたし達一家は父親の実家である長野にいた。
 実家に報告するためだった、あたしの……

 大宮、埼玉の中心地。
 いくら遠くとも。
 いくら運がよかろうとも。

 助かるわけはないのだ。

 万一でも、急に出張が入りでもしていたら。
 万一にでも、家族を連れて遠出でもしていたら。

 無駄だろう、無駄だとしても。


 それなりに、おしあわせに……
 しあわせ?あたしはしあわせなのか?


 それなりに、おしあわせに。


 あたしが助かったなら、あいつも助かったはず。
 金沢で、あいつは生きているはずだ。

 遠くを見てみる、けれど、濁った空が続いているだけだった。
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いじょいじょ

 ええと、前に流したEP『猫』に出ていたおねーさんです(名前きめてないや)
ちなみに飲み屋でのの風景は、まんま久志&友人の飲み風景だったりする(笑)



    

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