[KATARIBE 17265] [HA06N]: 「夜ごとの月」

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Date: Mon, 3 Jan 2000 18:28:46 +0900 (JST)
From: 勇魚  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17265] [HA06N]: 「夜ごとの月」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200001030928.SAA52659@www.mahoroba.ne.jp>
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2000年01月03日:18時28分46秒
Sub:[HA06N]:「夜ごとの月」:
From:勇魚


こんにちは、勇魚です。
ずっと懸案だった、”十五夜からひとつづつ月が欠けてゆく話”
目処が立ったもので、流させていただきます。

…まぁなんというか。それなりにあたためてきたもので。

********************************************
「夜ごとの月」:満月〜さまよう、または、プロローグ〜

 天文薄明が消えるのを待って、夜の中にすべりだす。今夜の空は
硬質。つるりとした手触りの空に、磨き上げた鋼の月。
 
「ユラ、今夜は仕事はいいの」

 足もとで、黒猫がとがめるように鳴く。かまうものか。今夜は満
月。やわらかい風が流れて、身体中をしん、とすませば遠くで花が
香るのまでわかる。

「いいんだ、今日は。体調もいいし」
「月夜の調子もいいし?」

 こんなふうに歩き出すのは何日ぶりだかね。そう云って猫は小さ
く笑う。忙しい、忙しいで、あんたどれだけの時間を殺したかね。

「うん、だからたまには時間と自分を生き返らせに」
 
 ぴたりと身についた長袖の上着。足首までの長いスカート。色は
闇色。光も影も吸い込んで風に流れる布。夜のための正装。襟元か
らこぼれる首筋が、少しだけ月光を溜めて光る。

「マヤ、一緒に行っていい?」
「久しぶりすぎて、転ばなければね」

 こんな夜に出歩くときは、猫道を通る。誰にも会わないように。
誰の知る自分にもならなくていいように。闇にとけて、不定形の自
分のまま、歩く。音のしない布靴が、猫の足跡を踏んでゆく。猫の
ステップ、猫のステップ、塀から屋根へひらりと移る。

「ユラ、足取りが踊ってるね」
「うん、あんたの足跡踏んでるから」
「何、それ」
「パ・ド・シャ。猫のステップ。そういう振付があるんだ」
「知らないわよそんなの。舞台のつもりではしゃいでると、足踏み
外すわよ」
「わかってるって…ただ、風が気持ちよくて」
「理由になってない。ほら、行くよ」

 猫だけの知る道。外に影も落ちない。誰にも足音を拾えない。そ
んな場所を通って、夜明けまでさまよう。目的地は夜の明けぬ場所。
月だけが照らす場所。そんなところはあるわけがないから、いつま
ででも歩き続けられる。
 ざわざわと風がゆれる。
 ざわざわと樹が答える。
 樹がこちらに気付かないうちに通り過ぎる。
 今夜は何も聞きたくない。
 今夜は何にも答えたくない。

「ユラ、どっちに行く?」
「どっちって」
「大学のほうと、山に向かうほうと」
「こないだどっちに行ったっけ」
「こないだは商店街のあたりを回っただけじゃない。忙しいから二
時間だけ散歩に連れてって、なんてふざけたこと云うから」
「え、そうだったっけ」
「そうよ。そのあとあたし、このへんの猫仲間で随分評判落とした
んだから。ろくに挨拶もできないようなうすらでかいぼーっとした
の連れ歩いてたって」
「うわ、そりゃ悪いことを」
「あんた月うかれしてふらふら歩いてるし、誰とすれ違っても気付
きもしないし」
「だってマヤ、目を合わせないのが礼儀って」
「莫迦、目をあわせなきゃいいってもんじゃないわよ。気付いて、
認めて、知らぬ顔をする。尊重して、不干渉。それが礼儀ってもん
でしょうに」

 あたしとしたことが、なんて不粋な言い回し。
 そう付け足して、黒猫は小さく鼻の頭を掻く。

「…っとね、それじゃ、今日は人っ気のないほう」
「山へ向かう方?何が出るかわかんないわよ」
「取って喰われやしないでしょ。知った顔に会うほうが、今夜は」

 ろくでもない生き方してるからよ、と猫は鼻先で笑う。

「まあね。…まぁ、こんないい月の夜なんだから」

 ごちゃごちゃしたことをリセットするために歩くんだもの。あた
しの中の澱を月に凍らせて、風にちりぢりに流すために歩くんだも
の。…大丈夫、解決しなきゃいけないことは、明日の朝になればちゃ
んと枕元で待ってるから。

「わかってるなら、よろしい。行くわよ」

 ふわん、と黒猫の体が月に跳ぶ。
 追いかけて、走る。
 スカートが風の形に足にまつわり、するりと流れる。

 光と影が交互に体の中を通り抜けて、少しづつ体がからっぽになっ
てゆく。思いつめたことどもを風が押しながす。樹がそれを投げ返
してよこすときには、もうずっと先に行っている。この道はもう暫
く通るつもりはないから、体からこぼれたものは風化して、仕方な
く樹の根に吸われたりして、それはそれなりに葉や花になったりす
る。
 …といい、と思っている。
 実際のところは知らないが。

 走って。
 暫く、走って。
 ゆるゆると立ち止まる。

「…こんなもん?」
「うん…まぁね」
「あたしからすると、あんたまだ余計なもんかかえてるけどね」

 しょうがないよね、あんた人間だし。
 そう云って黒猫は笑う。諦めているのか満足しているのかよくわ
からない笑い。ひょっとしたら莫迦にされているのかもしれない。

「どうだかね。そのへんはおいおい検討することに」
「ま、そんなもんだね」

 さらさら、と風が流れる。
 それと戯れる早さで、今度は、歩く。

 まだまだ、月の光の中に融け出してゆく、体。後ろに蒼灰色の影
が尾をひいて伸びているように思う。

 深呼吸。
 身体を、すます。
 月光が花の香にかおる。

 花の色は、白。透明な蒼白。今夜は白い香が身にまつわる。

 そして、歩き続ける。
 夜明けの口笛を聞くまで。

***********************************************

うーん、いきなりこれだけじゃ、なんなんだか、って感じですが、
第2夜めからはそれなりに起承転結らしきもののある話になります。

…誰も読んでなかったら…
とりあえず流量無駄に増やすことになったら申し訳ありませんっ
#でも、書くことは書くらしい<をい

そんなわけで、ではまたっ

 



    

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