[KATARIBE 17263] [MMN]: 「遠雷」(「霹靂」改め)

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Date: Mon, 3 Jan 2000 10:24:27 +0900 (JST)
From: 勇魚  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17263] [MMN]: 「遠雷」(「霹靂」改め) 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2000年01月03日:10時24分26秒
Sub:[MMN]:「遠雷」(「霹靂」改め):
From:勇魚


こんにちは、勇魚です。

不観樹さん、チェックありがとうございました。
一応OKが出たみたいなので、「霹靂」の完全版流します。
内容からして、ちょっと題が適当じゃなくなっちゃったので、変更いたしました。

てなわけで。

**********************************************
「遠雷」

 夜勤あけの眩しさをやたら辛く感じたのだけが、異常と言えば異常。
 しかし関係はあるわけがない。
 人を莫迦にしたように晴れ上がった空は青黒い程だった。冬とはいえ、
この地には珍しく寒く、新聞の一面は寒波のニュース。たまには、ある話
だった。…異常では、なかった。
 
 のろのろと起き出して、昼飯を食っていた。
 テレビのニュースが地方版に切り替わり、正月気分が舞い戻ってくる。

「英昌、今日は病院は」
「ああもう、大変だったさ。個人病院はまだ閉ってるしよ、救急がもう、
てんやわんやで」
「いやそうじゃなくて、また行くか?」
「悪いけどよ、船で酒飲んでるわけには、たぶん、いかないさ。明日もあ
るしよ」

 ちゃぶ台の向こうで、親父が小さく息をつく。正月が慌ただしくなった
のは、俺が大学を出て家に戻ってきてからだ。それでも毎日帰っては来る
のだから、まだしも親孝行だと思うのだが。

「英弥も三が日済ませたらもう飛んでっちゃったものねぇ」
「ああ、学校のスキーだって…今日からだっけ。うらやましいさ。俺の出
たとこはそんな気のきいた行事なかったしよ…親父、もう酒やめとけって。
松取れたら船出すんだろ」

 お袋の寄越した湯飲みを受け取った時、急にひどい雑音が耳を打った。
テレビの画面が砂嵐になっていた。

「…まったく、急に壊れるしよ…」

 古いテレビの角を親父は二、三度叩いたが、砂嵐はおさまらない。

「アンテナじゃねえの」

 外に出た。
 ぽかんと晴れていた。
 アンテナは、いつも通り立っていた。
 
「…おっかしいなぁ…ベランダから回ればいいか」

 ふと気付くと、言い合わせたように周りの家から人が出て、一様にアン
テナを見上げていた。

「おじさん、」
「英昌、お前のところもか?」

 嫌な予感がした。
 全員が、通信基地のほうを睨んでいた。
 
 しかし。
 どうやら睨む方向は間違っていたらしい。予感などまるであてにならな
い。暫くして、台湾の国営放送から、東京で何か大災害が起こったらしい
という情報が流れた…という。これは聞いた話だ。電波状態がえらく悪い
ようで、九州からの日本語のニュースが入るには今少しの時間が必要だっ
た。

 東京を中心に災害が発生したらしい。それも尋常のものではないらしい。
それだけは確実だった。なにしろ、関東方面への電話は一切が不通になっ
ていたし、テレビにしろラジオにしろ東京方面にキー局を持つ番組は、ど
うチャンネルを回しても、キー局との連絡は途絶えており番組の再開の目
処はたたないということをくりかえすばかりだった。

 米軍基地でも、混乱と緊張は同じだったようだ。
「よくわかんないけどよ、横須賀も壊滅的な被害をうけたらしいさ」
「宇宙人と戦って負けたって」
「え、うちの聞いた話によるとよ、富士山が噴火して…」
「阿呆、富士山の噴火で横須賀が潰れるか?」
 基地に仕事を持つ人間から、いくつかの極めてあてにならない情報がも
たらされた。…まぁ、本当に横須賀が潰れたのなら、それは機密に属する
ことで、現地人にあっさりと教えてくれるわけがない。しかし、異常な緊
張状態は隠せまい。なにかは、あったのだ。どこかとの紛争勃発などでは
ない何か。
 それならばもっと白昼堂々と緊張するものだと誰かが訳知り顔で云った。
云ったあとで寒気に背中を撫でられたような表情をした。確かに何かがお
きている。米軍が恐怖を押し殺さねばならないような何かが。

 不安。不安。不安だけが膨らんでゆく。その裏腹のように、莫迦話とも
つかない噂が街を飛び交う。
 何も変わらない日が昇る。
 何も変わらない風が吹く。
 その中で不安な噂だけが澱のように溜まっていく。

 したり顔の解説者。
 知ったかぶりのニュースキャスター。
 まともな新聞に載った記事は、派遣記者とも連絡がとれなくなったこと
を告げ、タブロイド版にいたっては、憶測だらけの、ハリウッド映画を見
過ぎたとしか思えない記事がでかでかと書きなぐられた。そんな報道態度
に対する攻撃と、そしてあいかわらずの不安。それで数日が過ぎた。

 ようやっとまともな派遣記者が避難民の前線と遭遇したのが、「爆発」
の一週間後だった。もっと早く出会ってはいたのだろうが、情報の確認に
時間をついやしたらしい。
 
 東京に、出所不明の核弾頭落下。
 首都壊滅。
 一瞬にして蒸発。
 拡大を続ける危険地域。
 難民流出。
 死の灰。
 黒い雨。
 黒い霙。
 詳細不明。
 不明。不明。不明。
 無明。
 …

 NHK沖縄から、東京のどまんなかにぽかりと穴のあいた衛星写真の映像
が流れた。米軍基地に日本人向けの放送局が設置されたらしく、俺は米大
統領の6回目の談話をリアルタイムで聞いた。あとで翻訳された談話も聞
いたが、俺の英語力が特別に低下していたわけでも、過ってハリウッドの
今期新作の予告編を聞いたわけでもないことを確かめたというだけのこと
だった。

 その前に、台湾の、中国の、韓国の、九州の、放送が情報を流してはい
た。その情報は、実は少しずつ、少しずつ、核心に近づいてはいたのだ。
 ただ誰も信じたくなかっただけのことだ。あまりにも莫迦ばかしくて。
…そう思いたくて。信じずにいられたのは約十日間。騒いで思考を止める
には長過ぎる。
 それから、無気力がきた。パニックよりも質が悪い。
 街中の空気が、どよどよと哭いていた。爆発の時刻にそれをしらなかっ
たことが、無責任な憶測を囁いたことが、最初に噂に混ざって流れた真実
を信じなかったことが、拍車をかけた。内地に家族や親戚を持つ者は多い。

 内地に飛んで、親戚の安否を確かめようというものもいた。しかし、そ
の頃には米軍のあからさまな活動により、すべての空港や港は封鎖されて
いた。軍事行動なみの素早さだったらしい。いや、軍事行動だったのだ。
 十日間は、長過ぎた。
 思考を止めるにも。
 行動を起こすにも。
 
 無気力のあとのパニックは、子供の地団駄のようで方向性を持たなかっ
た。
 港への襲撃や船の乗っ取りを試みる無謀としか思えない事件が散発的に
起こった。死人は極力出さないようにと、米軍はかなり気を使っていたら
しい。
 それでもとりあえず病院のほうは忙しくなった。俺の勤めているのは総
合病院とはいえ小作りなほうだったから、一度事件が起きると、よこされ
る患者は警察病院やら何ゃらに入り切らなかった分だけではあるのだが、
随分仕事を急がされた。

 家のことも心配しなければならなかった。お袋は半分気がふれたように
なってしまっていた。仕方なく、お袋の母親である川平のばあちゃんに来
てもらうことにした。親父は船を差し押さえられてすることもなく、毎日
飲んだくれていた。

「英昌、英弥は何時頃、東京を出ていたか?」
「…わっからん。爆発の時刻は、ホラ、あの、テレビが消えた瞬間だとし
てもよ、どのへんまでが助かってるのかも皆目わからんしよ」
「は、あっきれた。調べなさい。噂でもいいから…」
 家でまともな会話ができるのは、ばあちゃんと俺だけだった。それも、
俺よりもばあちゃんのほうがよっぽどしっかりしていた。そういうと、
「そうでなきゃ生き残らんさっ」
 と、怒ったように早口で答えた。ばあちゃんは、沖縄戦の時のひめゆり
部隊から生きて還ってきたひとりだった。
「ほんとはねぇ、違うさ」
 深夜、患者のひとりから聞いた「危険区域」を、何時発の電車までなら
爆発時刻までに通過しているか調べている俺のそばで、ばあちゃんはぽつ
りと呟く。
「しっかりしているもいないも、変わらんよー。
ほんのちり紙みたいなもんさー、人の生き死にの境目なんて…」
「縁起でもないさ!」
 酔って、まだ酔いつぶれない親父が吠えるように云う。
「莫迦、諦めてどうするか、英弥をどうするか!?…あっがよー…、なん
とか、東京に行ければよー…」

 俺は、どうすることもできない。
 
 飛行機は、飛ばない。
 船も、出ない。
 わからない。なにも、わからない。
 与えられた情報を、検証する術がない。
 満足な五体を遣る場所がない。

 次の日、思い出したように、雨が降った。
 拡声器を積んだ車が、濡れるな、危険だと叫びながら通って行った。
 階下で物の壊れる音と怒声、それからばあちゃんの俺を呼ぶ声がが聞こ
えた。

「…何かぁ……!!」

 雨が降りしきる庭に、お袋が裸足でうずくまっていた。英弥、ヒデミと
弟の名前を呼びながら泣きじゃくっていた。その上にばあちゃんが覆いか
ぶさり、その隣で親父が怒鳴っていた。
 そしてお袋を必死に抱き起こそうとしていたが、すぐにほうけたような
顔になった。
 庭に、飛び出した。
 庭木に、雷が落ちた。大エノキの枝が根元から裂けた。
 
 両親達の側に行った。
 三人を無理矢理に家に押し込みながら、空を見上げた。

 灰色。いつものスコールの色。
 海に目隠しをされて、俺たちには何も見えない。
 ただ、吐き気がこみあげた。

****************************************************************

というわけで。

ではまた。


    

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