[KATARIBE 17248] [HA06N]: 『蕾の朝』

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Date: Sat, 1 Jan 2000 03:09:30 +0900 (JST)
From: 勇魚  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17248] [HA06N]: 『蕾の朝』 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2000年01月01日:03時09分25秒
Sub:[HA06N]:『蕾の朝』:
From:勇魚


あけましておめでとうございます、勇魚です。
今年のもの書き、第一弾、ということで…
グリーングラス発、お正月の風景です。
あちらこちらからキャラクターお借りしています。
どうぞよろしくお願いいたします>をーる。

*********************************************
『蕾の朝』

ほのぼのと。
ほのぼのと。

そんなふうに、夜が明ける。

ゆうべは楽しかった、と美都は思った。
いつもは容赦なく遅い時間に家に辿り着くユラが、昨日は一日グリーン
グラスにいて、一週間ばかりまえからのろのろととりかかってはいた店
と二階の掃除を片付け、ここ数日なんだか色々と作ったり作らせたりし
ていた鍋や冷蔵庫や貯蔵庫の中身をまとめ、美都は云われた通りにぱた
ぱたと動いているうちに、すっかり「お正月」の支度が整っていた。

あざやかで、はなやかで、清々しい空気が何かを待っている。

年越しだから、とユラが打った蕎麦を食べていると電話がかかってきて
友人連がそろって初もうでに行こう、と云ってきたという。
「いってらっしゃいよ、迎えに来てもらうわね」
電話を置きながらユラはにこにこと云った。
「ユラさんは」
「わたしは遠慮しとかないと…明日があるから」
「明日って?」
「お年始回り。美都さんも一緒に行こうね」
「え、二人とも明日お年始があるのに、どうしてユラさんだけ来ないの」
「初もうで、寒いもの。寒いのが続くときついから」
そう云うので、ひとりでグリーングラスを出た。

みんなに混じって夜中の寺や神社をいくつか回った。
鐘の音があんなふうに響くなんて知らなかった。
帰ってくると、ユラは熱い甘酒を用意してくれていた。
もぐりこんだ布団はいつもよりふんわりとふくらんでいるようで。

それから、ほのぼのと、夜が明けた。
挨拶、お雑煮、年賀状。
マヤと、それから今朝は猫の姿の紫苑が、新しいリボンをつけて座って
いる。そのすましぐあいが置き物のようで、思わず笑った。
「ほら、美都さんにもけっこう来てるわ、年賀状」
渡される、葉書の束。
触れただけで、何だか嬉しい。ここに来て、ここに居て、よかった、と、
唐突に思う。
「そりゃね、年賀状だもの」
どっさり届いた葉書を仕分けながら、ユラがにこりと笑って云う。

そういえば、グリーングラスからも年賀状を出したのだ。
もう随分前から隣近所にも頼んで集めていた牛乳パックの空き箱を、それ
はもう呆れる程の量になって積み上がっているのを裂いて、煮込んで、香
草を漉き込んで。美都も夜中まで、ずいぶん手伝った。バイトあるのに悪
いよね、こっちのぶんのバイト料も出すからね、と汗を拭いながらユラは
云い、云いながら大量の手漉き葉書をこしらえていた。
「まぁ、年賀状っていったって、店のは量が量だから、殆ど書けないの。
だからせめて」
代わりに紙を凝るわけ。

去年は訪ねて下さってありがとうございました。
今年もどうぞいらして下さいね。
この店があなたに安らぎを届けられますように。
あなたの健やかな日々への一助となれますように。
あなたにとって気に入りの場所のひとつとなれますように。
…ありがとうございました、またどうぞ…
あなたにすばらしい一年がおとずれますように

これだけの言葉を、幽かに香る葉書が運んでくれるように。だから。
遅く帰ってきて、さらに遅くまで、ユラと美都は年賀状をこしらえたのだっ
た。

「お年始行くから…せっかくだから、着替えようか」
ユラが、えい、と立ち上がって云った。
「着替え?」
「そ、美都さんは振り袖。わたしは琉装するから」
深い赤に黒の差し色。艶やかに裾に咲き乱れる牡丹、袖に舞う鳳凰。
「うわ、すごい…」
「うん、いいのいいのお正月だから、これくらいして」
白に錆びた金色で亀甲を織り出した帯を締める。帯締めの燕脂で全体がきり
りと引き締まる。
「うん、やっぱりだわ美都さん。あなた何故かこういう古典柄が合うのよね」
そういうユラは帯を使わず羽織物を何枚か重ねた上から紐で止め、最後に不
思議な色に柄の打ち掛けを羽織った。
「…ユラさん…寒くないの、それ」
「寒い。もともとここの気候のじゃないもの」
だから、この下にカイロ何個仕込んでるかは内緒ね、と、お年始用の香茶と
菓子を詰め込んだふろしき包みを抱えながらユラは笑った。

「お正月」の空気は特別。
何かを待っている気持ちが、期待が、鼓動が、呼吸が、いっぱいに空気を膨
らませている。
その感じはユラにとても親しいもので、記憶を必死に辿ってゆくうちに思い
出した。
蕾。咲こうとする蕾。
蕾の奥にはいつもなにか期待に満ちた視線があって、それは言葉になる前の
思いでユラの中にまっすぐ入り込んでくる。
今朝の空気はそれに似ている。
師走の張り詰めた刃物の空気が、破顔一笑、咲く日を待つ蕾の形にふくらむ。

ほのぼのと。
ほのぼのと。

人が行き交う。

「とりあえず、マリカの店長さんのところには行かなくっちゃね。わたしも
御挨拶したいし」
「あと、ベーカリーのとこも」
「…それは御自宅の方だから…あっちの方面だな。ほかにどなたの家があっ
たっけ…あ、直紀さんはいるかな」
「ユラさんユラさん、その前に…」
「あ、そうそう、お隣お隣」

道に出てから道順を決めたりしている。それでも今日は構わない気がする。
今日は始まったばかり、今年は始まったばかり。時間はたっぷりある。だか
ら。

隣のフラワーショップ・Mikoから始めて、挨拶をかわして歩く。
香茶をひと包み、花の菓子をひと包み。
ことしもどうぞよろしく、と。すれ違う人も互いに目礼をかわして、街はや
わらかな視線と言葉で美しい網の文様に織りなされる。

「あ、美都さん。…あら、ユラさんも。いいですねぇ」
「花澄さんも、お年始ですか」
「いえ…散歩。ゆずが、お外に行く、って聞かないから…」
「お正月だものね、ゆずちゃんも」
「ええ。ついつい凝っちゃって…でも、喜ぶものだから」

木霊も、今朝は晴れ着に友禅の古裂を縫い込んだ髪飾り。

「今年もよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそ、よろしく」

挨拶している側を、高校生らしい二人連れの少女が、破魔矢を持って歩いて行
く。こちらに気付いて、ぺこりと一礼、立ち止まろうかと一瞬考えた素振りで、
でもまた歩いて行く。

「…あれ、今の子たち…前、ベーカリーで会ったような…」
「うちの店の常連さんになってくれてるんです」
「あ、それじゃ今の挨拶は花澄さんにだ。わたしのほうは…多分白衣で覚えら
れてるから」
「…ベーカリー、白衣でいらしたんですか?」
「一に叱られました。…それはそうと、さっきの子たち、うちの店にも来てく
れないかしら」
こないだ買い付けに行ってきて、いい雑貨、ずいぶん仕入れてきたんですよね、
と美都が云い足す。
「そう、だから早くいろんな人に見ていただきたくて」
「そうやって…ユラさん積極的に待ってらっしゃるから」
くすり、と花澄は笑った。

織り成す縁の糸。思いの糸。また一本づつ絡み合ってゆく。
織り出される模様がさらに色彩を増す。

そして。
松陰堂。
ユラの足が止まる。

「ここは?」
「行くわよ、もちろん」

ふわり、と笑顔が戻って、手はもう引き戸を引いている。
胸の奥で何かが確かに波立ってはいるけれど。
私は過っているのかもしれない。
私は罪を負ったかもしれない。
いや、罪はとうに負っていて…

けれど、縁の糸の切れないことを、つい願う。
…なんと虫のいい…
けれど、願ってしまう。縁の糸の切れないことを。過ったのなら一本の糸
に、いまいちど解いてこの手に戻して…そして正しい綾が織れたなら。
…なんと虫のいい…

「松陰堂さん、あけましておめでとうございます、
グリーングラスの小滝です」
「ああ、あけましておめでとうございます…また酔狂な格好を。風邪ひくよ」

闇は声を交わすまでの一瞬。
新年の魔法が、今は穏やかな綾を織る。

「さて、次はどこへ行きます?」
「そうねえ…」

首をかしげたところにぴゅう、と風が吹いて、ユラは思わず小さなくしゃみ
をした。だから昨日は初もうでになど行けなかったのだ。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、次、行きましょうか」

歩き出す。行き交う。綾を織り成す。

ほのぼのと。
ほのぼのと。

日は中天を傾き。

蕾がゆっくりとほころびる。

*******************************************************

というわけで。
ええ、長々と申し訳ありません、新年早々(^^;;;;
E.Rさんから銀佳さんへの「空の糸」の話があまりにも素敵だったので、
つい後をつけてしまいました。

…でもなんというか…こっちのは長いばっかりで(^^;;;;;;;;;;;;
へたくそで申し訳ありませんでしたっm(_ _)m

てなわけで
今年も佳い年となりますよう…

from 勇魚







    

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