[KATARIBE 17033] [MMN] :「烽火」

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Date: Sun, 19 Dec 1999 16:51:09 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 17033] [MMN] :「烽火」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199912190751.QAA75033@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 17033

99年12月19日:16時51分04秒
Sub:[MMN]:「烽火」:
From:E.R


      こんにちは、E.Rです。
 霙の街の皆さん、こんにちは。

 こちら、地の利を活かしての……断片。

***********************************
「烽火」
=======

 走る。
 走る走る走る走る走る。

 走る。

 ぐしゅぐしゅと変に灰色の空が、今にも落ちそうに曇っている。

 走る。



 きっかけは他愛が無かった。

「えー、夏美先輩、筑波山行ったこと無いんですかっ?」
「大声で言わないでよ、恥ずかしいっ」
 相当恥ずかしいかもしれない。先輩は既に筑波大の三年生。東京や大阪等、
名所が一杯あるところならばともかく、つくばみたいな周りに他に何も無い所
でのほぼ唯一の観光地に行ったこと無い、っていうのも……
「だって。うちほら、実家が埼玉でしょ?休みになると速攻帰るし。車無いし、
あたしも免許持ってないし、筑波山って一人で行くには面倒なんだもの」
「まあそれはそうですが……」
「というわけで、るみちゃん、良ければ乗っけてって?」
「はあ……」
「お昼おごるから」
 夏美先輩は、ワンルームマンションの隣に住む人で。女同士、結構いろいろ
とお世話になっていたりする。その方の頼みをそう簡単に断るわけにもゆかな
くて。
「いーですけど……えーと、こちらも戻るのが4日で、5日は用事が入ってる
んで、6日でいいですか?」
「あ、おっけ。こちらもそれまでには戻るから……お願いしまーす」
「はい」

 約束の日は、朝からあまり良い天気ではなかったけど。
「寒いねー」
「本当に」
 それでもロープウェーの乗り場まで車で行って、二人だけでロープウェーに
乗りこんで。
「それでも、良く見えるわ」
「ここら辺で唯一の山ですから」

 筑波山。
 東京都心ではわからないだろうけど、ここから見ると本当に、関東って平野
なんだなあ、ってよくわかる。一面まっ平な中、都市と田園を分けるのは色だ
け、みたいな。
「えーと、帝都はあっちかな?こちらからだと南西?」
「もちょっと南よりだと……あっちかな?」

 灰色の空の下、けれども本格的に灰色な地域を指差しながら。


 前触れには、気がつかなかった。

 だって、前触れなんて、あるとも思ってなかったから。


 閃光。


 太陽がもう一つ……とは思わなかった。そも太陽が出てなかったから。
 それに……一瞬で、目をつぶってしまったから。
 あたしも、夏美先輩も。


 数瞬遅れて、音。
 どんとぶつかるような風。

 閉じた目蓋の裏にまで斬り込むような光が、ふっと途切れたのがわかった。
 目を、あけて。


 きのこ 雲。
 さっきまで。
 ゆびさしていた……


   エノラ・ゲイの機体は、その時数メートル跳ね上がったと言う 

 嘘。

   蝉がね、鳴いていたって言うんです。そんなことないって言われても

 嘘。

   どうっと一瞬、風が吹いたって

 嘘、嘘、嘘。

 …………嘘、だよねえ?



「ひ………………」

 調子の狂った高い声で、ようやく我に返った。
 声の主は、やはり隣で風景を眺めていたご夫婦らしき二人の、奥さんのほう
だった。下手に塗ったくったような化粧が、ゆがめられた顔に張り付いて。

 ひどく。
 ひどく、あまりに。
 あまりに……普通の光景すぎて。

 すとん、と。
 現実がおなかの中に落ちた気がした。
 落ちて……爆発した。

「……せんぱいぃっ」

 叫んだ筈の声は、かすれて、まるで夢の中の声みたいだった。
 それでも、流石に……先輩の耳には届いたようで。

「せんぱい、降りようっ」
「あ……うん」
 うん、うん、と、二三度弾みのように頷いてから、夏美先輩は急にご夫婦の
ほうに振り返った。
「降りましょう、雨が降ったら大変ですっ」

 雨が。
 雨が降るのか。

 それでもロープウェーは動いていた。
 四人、走って乗りこんだ。
 降りてゆくにつれ、奇怪な形の雲は、どんどんと頭の上にその笠を広げてゆ
くように見えた。
 どんどんと。

 嘘。

 頭の片隅ががこがこと動いている。
 一杯読んできた風景。今までに何度も、小説に漫画に映画に出てきた風景。

 嘘。

 幾度もそうやって、人類が滅亡とかさ、そういう小説あったし。漫画風の絵
本まであった。丸い顔のご主人と奥さんと

 嘘。

 交通が途切れるんだよね。その後放射能影響がどんどん広がって。ノーマン
ズランドとかグインサーガでも出てきてさ。フィリピンかどこかの人工衛星か
ら宇宙に向けて飛び出した少年の話、あれも確かはじめは

 嘘、嘘、嘘。


 ……うそおっ――――――――


「……みちゃん、るみちゃんっ」
 いつのまにかあたしたちは、車のところに来ていた。
「かえ……帰る?」
「帰る……でも先輩っ!」

 あああでも駄目だ、あんなに大きな雲、あんなに大きな閃光、頭上一杯に広
がった雲、あれじゃあれじゃあれじゃ

 ―――――ここも。


「に、逃げようっ」 
「逃げるって」
「うち、群馬だから。群馬、ここより北だからっ」
「でもるみちゃんっ」
「もっと北に逃げないとっ」
 でも、でも、と、先輩が繰り返す。
「でも、うち……うち埼玉」


    あ


 目が、合った。
 さあっと、先輩の顔から血の気が引いた。

「うそぉ……っ」
「……せんぱ」
「うそ、うそっ」

 きいんと。
 耳の鳴るような恐怖。
 ああでも……っ。

「でも先輩、今は北に逃げようっ!埼玉は大丈夫でもここからだと電車も道も
東京通っちゃうよ!」
 はっと、先輩の目が焦点を結ぶ。
「き、北からなら、ほら長野出て、そこから埼玉入れるし、群馬から長野にな
ら行けるからっ……」
 がくがくと、歯の根が合わない。
「にげよう、せんぱいっ」
 うん、と、夏美先輩は頷いた。

 
 ガソリンは満タンにしてあった。
 窓をきっちり閉めて。

 そらが……
 どんどん、膨れ上がってる?

「るみちゃん、これ、外部から排気?」
「あ……あ、はいっ」
 慌てて換気のレバーを動かして。
「行きます……あ、先輩、50号線に出ますから、地図見てナビやって」
「はいっ」

 はいいろの。
 はいいろの、ぐしゃぐしゃした雲。

「落ち付いてね、るみちゃん」
「はい……」

 ハンドルを握った手が真っ白なのが、まるで他人事みたいで。
 ゆっくりと……ゆっくりとアクセルを踏んで。


 走る。
 走る走る走る。
 
 変にどす黒い雲が、なんだか空一面に張り付いて。

 アスファルトがタイヤの下で、溶けて行くような頼りなさ。
 
 ぴしゃん、と。
「あ」
 大粒の、雨。
「……くろい?」
「ううん、黒くない」

 霙混じりの、大粒の、雨。

 前を行くあの銀ねずの車は知っているんだろうか、この空のことを。
 この空の……

「るみちゃんっ」
 はっとして、アクセルから足を外す。
「ぶつからないで、帰ろう?」
「はい……」

 ああでも逃げたい。
 逃げたい。

 でもどこへ?

 走る。
 走る走る走る走る。
 走る。


 霙混じりの雨が、だんだんと強くなってくる。
 霙混じりの雨が、だんだんと降り注いでくる。

 走る。
 走る走る走る走る走る。

 走る。

 タイヤの端をきしらせて、走って行く。
 走って行く。

************************************

 というわけで。
 核爆発、その日の風景。

 いあ、某日、どこどこと車を走らせていまして。
 どこ走ってても筑波山が見えるなーと。
 で。
 ああ、この上からなら、ほんとうによく爆発が見えるだろうなあ、と。

 というわけで…
 彼女達はどうなったんでしょうねえ(おい)

 ではでは。


    

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