[KATARIBE 16645] HA06N :「風を放つ」

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Date: Mon, 29 Nov 1999 10:34:09 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 16645] HA06N :「風を放つ」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199911290134.KAA04673@www.mahoroba.ne.jp>
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99年11月29日:10時34分07秒
Sub:HA06N:「風を放つ」:
From:E.R


      こんにちは、E.R@さむひー です。

#あーほんとに灯油買ってこないとなあ……
#…………あ、灯油のポリ容器忘れた(でんでろでん)

 というわけで。

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「風を放つ」
===========

 秋から冬へ。
 容赦なく時が流れてゆく。

「灯油、買ってこないとなあ」
「はい?」
「もう、そんな時期だ」
「……はい」
 どうも反応の鈍い妹を見やると、瑞鶴店長はふんと一つ鼻を鳴らした。
「お前に同意を求める積りはない」
「………そーですか」
「そーだとも」
 求めて同意が得られる筈が無い。相手は四大にかっちりと護られ、毎度毎度
春の中に過ごす身分である。
「もうそろそろ本格的に冬だもんなあ」
 なあう、と、レジの前に寝そべっていた猫が、同意するように鳴いた。

「あ、いらっしゃいませ」
「あ、どーも」
 手をこすりながら入ってきた、痩せぎすの常連の青年を、花澄は小首を傾げ
て見た。
「狭淵さん、外、そんなに寒いですか?」
「えーと……」
 相手は暫し首を傾げていたが。
「そうですね。風が無ければさほどでもないんでしょうが」
 穏やかな答えに、花澄は外を眺めた。
「あ……ほんとだ」
 折りしも、向かいの家の庭の木が、ぐうんと大きくうねったところだった。
 ざん、と、聞こえない筈の音と一緒に、赤褐色に染まった葉が風に乗って飛
ぶ。
「段々、木枯らしの季節ですね」
「そうですねえ」

 ざざ、ざあ、と。
 吹き飛ぶ音。
 猫が座り直して、にい、と鳴く。

「じゃ、これとこれとこれお願いします」
「あ、はい」
 数冊の本は、どれもこれも、人の手に触れられないまま時を経た証のように
染みひとつないまま古ぼけている。
「あらっ」
「はい?」
「魔の沼……って、これ、あったんだあ……」
 一冊の本を、つくづく打ち眺めて花澄が呟く。
「御存知ですか?」
「ええ、題名だけは。天沢退二郎さんの児童書、ですよね」
「そうです」
 本と花澄を交互に見やって、美樹は苦笑した。
「……読んだら、今度お貸ししましょうか」
「あ……」
 既に相手の言葉は疑問ではない。本に関して、時に気違いじみてしまう面々
の、それは言わば相互救済措置に似ているかもしれない。
「…………はあ、ありがとうございます」
 いえいえ、と笑うと、美樹は買った本を丁寧にナップザックに入れた。

 どう、と、風が吹く。
 するっと、美樹が出ていってしまうと、風の音だけが瑞鶴の本の間を共鳴し
ているように聞こえる。

「………沙都子叔母みたいだね」
「……………ああ」

 風。
 突風。

 色に染まることなく。
 力も優しさも振り払い吹き飛ばす風のように。

「ちょっと……外出てみるけど、いい?」
「うん」

 入り口からレジへと、猫が移動するのを見てから硝子戸を開ける。

 どう、と。
 風が、鳴る。

 その昔、見た風景が克明に蘇る。

 掌に風を受け、そのままその風を送り出してゆく姿。
 沙都子叔母の姿。

 沙都子叔母の掌で安らいだ風は、一瞬後今までに倍する勢いで飛び立ち、
どうどうと並ぶ木々を鳴らしていた。
 その姿と……音。
『叔母ちゃんは、風をつくるの?』
『まーさか。放つだけよ』

 風。
 捉え、囲めば既にそれは風ではなく。
 どんなに捉え、囲んでも、その全てをすり抜けて流れ行く……風。
 風。

 風の中に、掌を上向けて差し出す。

 すう、と、流れが淀む。それを掌に一旦受けて。
 力をこめて、放つ。
 放つ。
 風を放つ。



 どう、と、離れた街路樹の枝が大きく撓った。

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 てなもんで。
 寒いですが皆様風邪を引かぬよう(^^;;

 ではでは。





    

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