[KATARIBE 16339] [HA06N] 『 Mailto: 美樹』

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Date: Wed, 10 Nov 1999 16:09:07 +0900
From: 不観樹露生 <fukanju@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 16339] [HA06N] 『 Mailto: 美樹』
To: ML <kataribe-ml@trpg.net>
Message-Id: <38291A130.74D4FUKANJU@sv.trpg.net>
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ども、不観樹露生です。

 宿題を一つ〜〜〜片づけっ片づけっ♪
 去年の9月から2月までの不在を埋めるエピソードであります。

#うわ〜〜い、一年以上前だぁ(汗)

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『Mailto:美樹』
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>From:
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  手紙を書いている。もう十年近く、音沙汰も何もなかった男に。
  手紙を書いている。かつて、無二の親友だった男に。
  手紙を書いている。俺を恨んでいるかもしれない男に。
  手紙を書いている。かつて、俺が奪った彼女に、惚れていた男に。
  ……………
  手紙を書いている。過去に。
  手紙。喪った友宛ての。

  郵便ポストの金属製の定形郵便物用受け口は、銀色に鈍く輝いて。
  ゆっくりと、俺の手紙を呑み込んだ。
  9月。秋とは名ばかりの、やたらと蒸し暑い、夕暮だった。



Received:
---------

  京都。京阪出町柳駅の出口の階段の最後の二段を。いつものよう
にひょいと登り切る。
  夕方だった。
  初秋の午後五時の落ちかけた日差しを背に受けてみる。
  残暑はまだ、厳しい。ただゆるりと存在しているだけで、額と汗
が音もなく浮きだす。
  駅裏の放置式駐輪場の自転車の群の中の、愛車に手をのばす。力
まかせに持ち上げて。路上へと出す。ばねがもうへたりかけたロッ
クを解除する。
  ゆっくりと。ペダルを踏みしめる。
  ペダルを踏む力とペダルから返る力。そして、蒸した空気をかき
分けて進む自転車。
  流体力学。
  生温い空気は。肌にも、頬にも、髪にもまとわりついて。
  この千年の都には、少しだけ風が足りない。吹利から戻ってくる
度にほんの僅かに皮膚が感じとる。
  細い路地。小さく最小限度に越える、大路。
  細い人生。静かに最小限度に越える、試練。
  そんな風であり得ればいいのだけれども。
  ゴミ集積場の前のひからびた生ゴミなどに汚れたアスファルトを
空気の抜けかけたタイヤが柔らかく音を鳴らしながら抜ける。
  別にそう。色々と汚れても。汚れの意味を忘れさえしなければ。
  何かがカウントされる。
  路地裏の豆腐屋。韓国漬け物屋。
  琴さんと出会った路地裏。
  琴さんのカウンターはたぶんこれで今も回り続けている。
  ハンドルにわずかに角度を付ける。120度の緩い曲がり角を。曲る。
  たいしたことのない短い距離のラスト数十メートルを、体重とハ
ンドルコントロールだけで愛車を操り。自分のアパートの自転車置
き場へと滑り込ませる。
  滑り込ませてから。降りる。後輪にキーロックをかける。一つ、
サドルを軽く叩く。
  今日は猫たちは留守。餌用の皿だけが空のまま。それをまたぎ越
えて、銀色の郵便受けの自分の棚の扉を引き開ける。
  ピザの宅配屋の広告。扇情的な名刺大のビラ。握りつぶして。電
話代の請求書。京都市からの広報。
  そして。
  茶封筒。裏書きはない。ひっくり返す。記憶の底にわずかに引っ
かかる宛名の筆跡。記憶の底でわずかに身じろぐ、古い痛み。
  他の郵便物を小脇に挟んで。封筒の最上部を指先で破る。
  レポート用紙。三つ折りの。あの頃使っていた高校購買部のレポ
ート用紙のまま。
  開く。

    北元です。
    狭淵君。お久しぶり。
  『木梨の国の記』を。もし見つけたならば。貸してもらえないで
  しょうか?
    では。



Content:
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  全然美味しくない。醸造アルコールの味がする日本酒。それを半
ば無理矢理に口の中に流し込む。
  不味い酒を口の中に含み続ける事なんて。拷問に等しいから。喉
の奥へとそのまま送り込む。味蕾が何かを捉えてしまう前に。
  つまみはシーフードサラダ。氷水で戻した乾燥わかめの癖のある
生臭さの上に。安いツナ缶の内容物をぶちまけて。醤油。
  食物繊維とタンパク質。ツナ缶のサラダオイル。脂肪。
  荒れ果てたこの部屋には、生活臭がないわけではない。むしろ、
有りすぎる。
  荒れ果てている。コンビニ弁当の残骸。空き缶、空き瓶、紙コッ
プ。脱ぎ散らかされて奇妙な臭いを発している下着。澱んで、腐っ
ている、流しの中の食器に貯まった水。
  そして、荒れ果てているのは、自分の精神。

「あなたは、この街が好きですか」
  そう、尋ねられたことがある。
「別に」
  そう応えた。狭いようで、広く、広いようで、狭い。
  そんな、中途半端な都会。好きにも嫌いにもなれそうもない。
  それはたぶん仕方のないこと。
  それはたぶん、何かを好きになることも嫌いになることも、自分
に禁じてしまっているから。あれ以来。あの日以来。
「さよなら」
  彼女の台詞。
  あれ以来。
  かつて自分に禁じていたいくつかのことがなし崩しに解禁され。
  新たに自分に禁じる別の項目が増え。

  そして、自分を蝕み続ける自己嫌悪。
  自分を蝕み続ける自己憎悪。

  厚ぼったいカップ酒のカップの縁から。底にわずかに残る液体を
喉の奥へと流し込む。

  こみ上げる激情。自己破壊衝動。
  こみ上げる激情。それは世界へと向けられることを潔しとせず。
  自己を蝕む。
  自己を食む。
  醸造アルコールのまだ乾ききらぬ唇のまま。
  右の二の腕に。かぶりつく。内出血。歯型。自分に痛みを与える
ことで。まだ、壊れない。

  J.S.バッハ。ハープシコード。イギリス組曲。
  ブルーバックな画面しか映していないテレビのスピーカーから流
れて。

  右の二の腕を、咬む。唾液。歯型。内出血。
  汗の。味。
  まだ、壊れるわけにはいかない。まだ。

  神がもし。本当に天より全てを知ろしめるのならば。
  届け。手紙よ。
  届け。かの書物よ。
  そして、あいつのために。
  いまはもういない、あいつのために。

Errors-To:
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「旅行、ですか。また急な話ですね」
  ふみさんが小首をかしげる。
  あぁ、そうだ。荷造りの手をふと止める。
「ちょうどよい機会ですし。ふみさんと琴さんのお二人で、一年ほ
ど旅行に出てみられませんか?」
  最悪の場合があっても。一年も経った後なら、跡形もなくなって
いるだけで済む。
  ふみさんは怪訝な顔をする。
「わたしが留守の間、この部屋にずっと居るというのも退屈なこと
でしょうし」
  いつ帰ってこられるか。否、本当に帰ってこられるのかどうか。
  それすら判らない旅かもしれないのだから。
  無責任にも。
「そうですね、それも楽しいかもしれません」
  ふみさんが微笑む。
「旅行?  行く行くっ」
  琴さんがはしゃぐ。
  わたしの意図は、間違いなく彼女らに伝わって。
「あ、そうだ」
  ついでのように。
「それからですね。帰ってきたときにだれもこの部屋にいなかった
ら。この手紙を投函しておいてもらえますか?」
  ふみさんに。手渡す。
「美樹さん、出発はいつです?」
  出発は。一旦吹利に立ち寄ってから。だから。
「そうですね。明日の朝、出ます」



Reply-to:
---------

  下宿の大家に、しばらく旅に出ることを伝える。
  実家の留守電に、しばらく連絡が付かなくなることを吹き込む。
  SF研の面子の一人に、しばらく例会には出れないと告げる。
  仕事をくれるクライアントの人々に、しばらくお役に立てないと
書いた手紙を投函する。
  研究室の助教授に、しばらく休むことを報告する。
  そして、ベーカリーの店長に、しばらく旅に出るからと話して。

  ベーカリーの扉を開いたところにいた人物。
  練原氏。詩を書かれる方。瑞鶴をご案内する、予定だった。
「あぁ、申し訳ありません。ちょっと急に旅に出なくてはならなく
なったものでして。瑞鶴までご一緒するのは無理になってしまいま
した」
  それほど面識があったわけではないけれども。
  約束を破ってしまうことは心苦しい。
「おや、それはそれは」
  さほど気にされた様子もない。それで、少し安心する。
「そろそろ出発しなくてはなりませんので。失礼します………あ、
瑞鶴の店員の花澄さんに、よろしくとお伝え願います」
  頭を下げる。
「それでは、佳い旅を」
  その言葉を背に。駅へと向かう。

  そして。
  電車が駅のホームに滑り込んできた。
  わたしは、PHSの電源を切った。
  旅が始まった。

                                                      (Fin.)

時系列
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 1998年9月初頭。『棚卸し』の後。

解説
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 1998年9月頭〜1999年2月頭にかけての、狭淵美樹の不在。
 その旅行の発端部のエピソード。
『二十五、あるいは四分の一、もしくは十分の一』
『休日………朝微睡』
『帰還』
『回想構造』
 へと繋がる、美樹と旧友北元に関わる諸小説群の発端部であり
ます。
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 とゆーわけで。
 流さん、練原さんの描写など、チェックお願いいたしまする(汗)

では。

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不観樹露生(ふかんじゅ・ろせい)    11月の標語
fukanju@trpg.net           全てを見ること。
UIN:21125410            そして生きて帰ること。
http://www.trpg.net/user/fukanju/  それが偵察機の戦い。
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