[KATARIBE 16000] [HA06N] :「前略、月待坂から」続十二夜

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Date: Mon, 25 Oct 1999 13:20:02 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 16000] [HA06N] :「前略、月待坂から」続十二夜 
To: kataribe-ml@trpg.net
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99年10月25日:13時19分56秒
Sub:[HA06N]:「前略、月待坂から」続十二夜:
From:E.R


     こんにちは、E.R@限界近い です。
 ちょっと、文章書けないので、もーそのまま流します。

*****************************
続十二夜:謎切片
---------------

 記憶。

 幾つも重なる記憶。


 今日は早仕舞い、と八時で店を閉めた兄と、買い出しに行って料理を作った
妹と。
 異国土産のワインと地酒、ついでに貰い物のブランデーまで引っぱり出して
の酒盛り。


 ………ぽつり、ぽつりと。
 ………記憶槽の中から浮き上がる、記憶の断片。
 ………そこから始まる、幾つもの疑問符の連なり。


「……風貴に、会った?」
 数年来の兄妹の会話である。共通の話題と言えば、沙都子叔母と、この数日
の話くらいしか無い。
「お兄ちゃん、見たことある?」
「俺は、ない………ああただ」
 叔母が話していたところに行き会わせたことはある、と、兄は言った。
「それで、見てないの?」
「俺が踏み込んだ途端、気配が消えたからな」

 風貴は、沙都子叔母の護り主。
 鬼海の家の風見たち。それぞれ異なった段階で四大に護られる彼らは、やは
りそれぞれ異なった見方で四大を捉える。主に聴覚のみで捉える結希乃、五感
全てで捉えているのだが、擬人化を行わない花澄。そして沙都子叔母は。
「あの人みたいな風見も結構珍しいって言うよな」
 冷酒をするりと飲み干して、兄が呟く。
 妹も頷く。
「きっちり擬人化してたものね」
 風を人に擬す。実は、風見は、この方法を滅多には取らない。
 風は無数にして一つ。無数の面の一つだけを取りだし、名づけ、人と化す。
その時に、風の他の面は、擬人化の裏に隠れてしまう。
 それよりは、風を風として捉えるほうが……ことに、風見たる者にとっては
普通なのだが。
「……にしても、風貴か。お前は見えたんだっけ、昔から?」
「……一度だけ、見たと言えば見たけど」
 風貴と呼ばれる風を見てみたい、と、駄々をこねて風を困らせたのは、かな
り昔のことだ。
「でも、その時でも、私には、風にしか見えなかったんだけど」
 さあさあと、流れる風が沙都子叔母の向かいに渦を巻いている。彼女の意識
ではそうとしか見えなかったのだ。
「でも……何て言うかな。あれは、風貴、という風だった。一吹きの風だった」
 風の始まりと終わり。そんなものは知らぬ、と、風自身が笑う。しかし、風
貴、と、沙都子叔母が呼ぶ風には、確かに『始まりと終わり』があったのだ。
「……変な、話だな」
「うん」

 ぽん、と、ワインのコルクを抜く音。
 よく冷えたワインを、不揃いのグラス二つに注ぎながら、兄が首を傾げる。
「なあ」
「え?」
「もしかしたら、風貴は……元の風に戻れないってことは……ないか?」
「え?」
 揚げだし豆腐を突ついていた花澄は目を丸くした。
「…いや、俺は良く分からんけど。沙都子叔母が擬人化やらかして、風が風貴
に…人に近い状態になったとして。沙都子叔母が亡くなった後も、そのまま始
めと終わりのある風であり続ける……ってあり得るか?」
「…………うーん、どうだろ」
 正確に言えば、花澄もまた四大を擬人化している、と言える。人の常識、人
の良識の通用せぬ相手。彼らが何故風見なる存在を選び出し、その願いを叶え
よう、などという酔狂を行うのか、実は風見にも分かってはいない。ただ、四
大がそれらの酔狂に関わる時、願いを理解し、実現させようとする際には、や
はりその風見の意識を必要とする、という。彼らが喜び、または悲しむ、その
反応から四大達は取るべき行動を学んでゆく。
 己が行動を、人の常識へと近づけてゆく。その過程で、地水火風と呼ばれる
もの達は、その反応を人のそれに似たものへと近づけざるを得ない。
 それは……確かに、擬人化、というに値する。
 しかし、沙都子叔母が行ったことは、その程度には収まるまい。
 始まりも終わりもない筈の風を切り取り、一つの塊とし、名づける。その時
点で既に、風は大きく変質しているといって良い。
 しかし。
 その変化は、名づけた相手が消えた後まで続くものだろうか。
 それほどに、沙都子叔母の名づけた名は、力を持つものなのだろうか。
「もし……未だに風貴が、はぐれの風であり続けているのならば、少なくとも、
本人が人である……人の姿を取ることを望んでいるんだとは思うけど」
 ふむ、と、英一は一つ頷き……そこで、苦笑した。
「………何だか、卵が先か鶏が先か、って話だな」
「………うん」


 ………そしてまた、断片。


「おばあちゃんが、お兄ちゃんに……沙都子おばちゃんのこと聞いたらいいっ
て言われたんだけど……亡くなる前のこと」
 瞬時、英一の眉間に皺が寄った。
「……何か、あったの?」
「………………まあ、そうなるだろうな」
「って?」
 答える前に、兄はグラスを干した。

 沙都子叔母の病気は、言わば不治の病であり、それが最終的に行き着く先に
ついては、既に医師もさじを投げていたらしい。しかし、行く先が如何に同じ
でも、行くまでの道は異なるのが道理で。
「…本当は、亡くなる二週間前くらいまで、自宅療養で充分、って言われてた
んだ。沙都子叔母も……元気でいられる間は、元気にしていよう……って、言っ
てたんだから」
 その付近の叔母の心情は、花澄にも納得がゆく。最後の矢まで射尽くした後
には素手で戦う、渾身の力が尽きるまで戦い抜く。病が己を負かすとしても、
しかし負かされるまでは戦おう、という人だったから。
「それが」
「……それが?」

 どうどうと、風の強い夜だったという。
 いつものように、煎じた薬を持って英一が叔母の部屋の襖を軽く叩き、やは
り返事を待たずに襖を開けたのだという。夜の八時。いつも決まった時間で、
叔母もその時間には起き上がって薬を待っているのが常だった、という。
 が。
 襖を開いた途端、英一は息を呑んだ。

 はっと、驚いたように振り返った叔母。見開いた目。
 その目に、背筋が凍る思いがした、という。

「………人の目じゃなかった」

 気。気配。表情。それら全てが一瞬、人ではなかった、と。
 ほんの一瞬。
 そして、叔母が瞬きをし……途端に彼女は人に戻った、という。

「驚いた、とは言われたけどな」
「……本当に驚いてたんじゃないの?」
「いや、本当だとは思う。……ただ……人じゃなくっても驚くぐらいはするだ
ろうさ」

 そして、その翌日。
 叔母は、布団の上を一面血で染めて倒れていた。
 喀血。
 予想はされていても、しかしあまりにも急激な病状の変化に、医師も首を傾
げたという。

「そのまま、後は良くならずじまいで……結局」
「………うん」


 ………意外なところから、解けた謎。


 松蔭堂に預けられていた水晶。
「病院で、あの人も懲りずに寝たまま色々書き物して、看護婦さんに怒られて。
で…よく、郵便局に使い走りをさせられたな」
 そういえばあの中に松蔭堂行きの小包があったような気もする、と、兄が言
う。
「……小さい?」
「うん。文庫本より小さい、って記憶がある」
 それともう一つ、と、二つのグラスに最後のワインを等分に注ぎながら。
 呟くように、兄は付け加えた。
「……お前をこちらに連れてくる日程は、沙都子叔母が決めた」
「え?」
「十二夜にこちらに連れて来て、十三夜の月は、こちらで見せること……結構
面倒だったぞ」
「じゃ……沙都子叔母さんが、満月までにって言ったのと何か関係が……」
「あるんだろうな」
 ごく軽く、返る言葉。
「ついでに言えば、松蔭堂の先生から預かりものを受け取ることも、沙都子叔
母のことだから、上手く行くように決めてたんだろうさ」
「って……」
「……風貴が、導いたんだよ、だから」
「……………」
 不満、というのではない。むしろ、漠とした不安が満ちる。
 一体、そこまで手の込んだことをして……一体沙都子叔母は何を伝えようと
したのか。
 何を、知らせようとしたのか。

 不意に、くつくつと兄が笑った。
「……本当に秘密の多い人だったなあ」
 軽い、物言い。沙都子叔母の想いの重さも知り、なお、それを軽く受け止め
てゆくような。
 つられて、花澄の口調も軽くなる。
「現在進行形で、そうだよ」
 くい、と、グラスを干して。
「まだ沙都子叔母の隠したもの、見つかってないんだもの」
「…………たーしかに」

 妹が笑う。
 兄が笑う。

 確かに……悼みを残したまま。

「……お兄ちゃん、ずっとこの店をやっていくんだ?」
「当然だろ」
「あの部屋、どうするの?」
 さて、と、兄が腕を組む。
「どうも……あそこに風がとぐろ巻いてる気がして、手を出せなかったんだが
な」
「………って、見えてる?あの風」
 莫ぁ迦、と、兄は一言で両断してのけた。
「お前な。確かに俺は風を見ることは出来ないが、だからって完全に盲でもな
いぞ」
「それは知ってるけど」
「それくらいは……勘で分かる」

 ふっと……沈黙。
 つついていた鰹のたたきから目を上げると、じっと見据える目と、視線が合っ
た。
 奇妙に、無表情なままの目だった。

「……お前を、待ってたんだろうよ」
「え………?」
「お前がここに来るのを、待ってたんだろうよ」

 断定する言葉。
 どこか奇妙な響き。
 ふと…………………小さな従弟を思い出す。駆けてゆく姉と従姉を恨めし気
に見送っていた学のことを。

「………おにいちゃん?」

 問い返す声が、頼りなげに宙に消えて。
 そのまま…………


 と、兄が身動きし、ワインの瓶を持ち上げる。
 沈黙が、霧消する。

「まあ、早いとこかたをつけてくれ。あの部屋、片付けるなり、あのまま置い
とくなり、まあそれはそれからだ」
「うん……って、お兄ちゃん、そのワインつまみ無しでかぱかぱ呑まないでよ、
勿体無い」
「呑む為の酒だろうが」
「だけど!運賃伊達じゃないんだから」
「お前が持って帰ったんだろうが」
「もう少しで、超過料金取られるとこだったんだけどなあ」

 恐らく。最後の最後まで、沙都子叔母に一番近いところにいたのが兄で。
 けれども……四大達は、妹を選ぶ。遠く風の国に住まう妹を、後押ししてで
も水の国に返し、叔母の言葉を伝えようとする。
 嫉妬といい、羨望という。そんな言葉で形容するには、既に兄の感情は風化
し、さらさらと粘りのないものになっている。それはよくわかる。
 けれどもやはり、時折波のようにその感情は兄妹の間に現れる。

 それだけの、こと。


 兄が肴に手を伸ばす。
 妹がグラスに酒を注ぐ。


 重なる。
 重なる記憶。
 重なる…幾つもの。

 そしてまだ重なり続けている、謎。


 静かに、花澄はグラスを空けた。


**************************************

 いじょ。
 ではでは。




    

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