[KATARIBE 15990] [HA06N] :「前略、月待坂から」

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Date: Sun, 24 Oct 1999 15:57:31 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15990] [HA06N] :「前略、月待坂から」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199910240657.PAA32223@www.mahoroba.ne.jp>
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99年10月24日:15時57分20秒
Sub:[HA06N]:「前略、月待坂から」:
From:E.R


      こんにちは、E.Rです。

 月待坂、十二夜です。
 舞台はようやっと見なれた場所に向かいます。

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十二夜:白昼一閃
---------------

 電話が鳴った。

「え?あら英一君」
 朝食の片付けも終わり、結希乃と学曰くところの「朝の勉強時間」も終わっ
た時刻。一応これも宿題のうちなんだよね、と……それにしては嬉々として…
…ぬいぐるみを作る結希乃に付き合っていた花澄は、叔母の声に思わず身を縮
めた。
「花澄ちゃん?うん、元気。替わろうか?……あらなんで」
 どうせ、いや結構、とでも言ったのだろう。
「え?……………ああ、そりゃそうね。そう……うん、うん」
 暫しの、間。
「うん…うん。こちらは構わないわよ。……うんそう。見つからないって……
沙都子もねえ……え?」
 結希乃が小首を傾げて、花澄のほうを見やっている。何時の間にか止まって
いた手に気付いて、針を動かしながら、それでも花澄は耳を澄ませている。
「そりゃあんたが厳しいわよ。ヒントも何も無しで……何言ってるの。あんた
だってそれで見つけられるかどうか」
 今度は結希乃の方が、首を伸ばすようにして電話の声に耳を傾けた。
「うん、それはいつでも…そうよね、そちらにあってもおかしくはない…違う?
わかんないわよ、沙都子だもの」
 いなすような、たしなめるような……そしてやはり、悼みを含んだ声。
「それはいつでも……え、明日?うん……わかりました。そう言えば良いのね?
はい……はい、それじゃ待ってますよ」
 ちん、と、電話が切れる。廊下を歩く音に続いて、軽く扉を叩く音。
「はい?」
「結希乃、花澄ちゃんいる?」
「うん」
 かちゃり、と扉が開く。叔母はにこにこと笑ってこちらを見た。
「花澄ちゃん、今英一君から電話でね。こちらに来たついでだから瑞鶴に来な
いかって。明日朝、開店前に迎えに来るって」
「……兄が?」
「そう」


 書店、瑞鶴。
 瑞鶴は、沙都子叔母の店だった。
 何度も行ったことのある店。さほど大きくも無く、目立つことも無い本屋だ
が、結構珍しい、それこそ古本屋でなければ見付からないような本まで、新刊
本で売っている店。兄である英一がその手伝いとして雇われ、叔母が病気で倒
れてからはそのまま店を継ぐ格好になって、今に至る。

『ここはね、絶対に本屋でなければならないの。本屋として継いでくれる人じ
ゃないと、困るのよ』
 商店街の並びの……外れ、とはいえ、立地条件としては決して悪くない。近
くに大きな書店があることを考えれば、他の店にしたほうが良いようにも見え
る。しかし、沙都子叔母は、がんとして譲らなかった。
 
 書店、瑞鶴。
 そこに、沙都子叔母が……亡くなるほんの間際まで住んでいたのだ。


「行ってきていいのかなあ」
「どうしていけないね?」
 足を投げ出して座り込む。子供の頃と同じような格好で、ぺたんと畳の上に
座り込んだ孫娘に、やはり昔と同じように祖母が問い掛ける。
「だって……沙都子叔母ちゃんの探し物、まだ見つかってないもの」
「あ、なあんだ」
「なあんだって……おばあちゃん」
「なあんだ、ですよ。それはいいに決まってるでしょ」
 おやおやそんなこと気にしてたの、と、祖母は苦笑した。
「沙都子は、こればっかり探せって言ってないでしょ。それに、自分の大切に
した店だもの。花澄ちゃんが見にきたら、それはそれで嬉しいものですよ」
「……そう、かな」
「そうですとも」
 にこにこと。笑いながらそう言った祖母は、そこで少し笑いを収めた。
「……聞いておいで。花澄ちゃんのお兄ちゃんに、ねえ」
「……え?」
「あの子が、ね」
 笑い皺に埋もれた目を、尚更に細めて、祖母が呟く。
「沙都子を、最後まで看取ったのだから」


 翌朝八時前に、玄関のブザーが鳴った。
「あ、お兄ちゃんだっ」
 既にラジオ体操と虫取りを済ませて、お味噌汁を待っていた学が椅子から跳
ね上がり、玄関へと走ってゆく。
「……なんでこんな早く……」
「ああ、そりゃ英一君、店を開ける前だもの」
 叔母が笑う。
「え?」
「確か瑞鶴は、朝は10時から開くからね」
 その言葉に重なるように、おにいちゃんおはようっ、と、学の高い声が聞こ
えた。
 返事は、音程が低いせいか内容までは聞き取れない。
 そして足音。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう、英一君」
「……おはようございます」
 ぺこり、と一礼した花澄を、結希乃が面白そうに見ている。
「で、行く用意できてるか」
「あ、うん、はい」
「じゃ、行くぞ」
「あ……と」
「こらこら」
 口篭った花澄の代わりに、叔母が笑った。
「朝ご飯くらい食べさせてあげなさいな。……って英一君は食べた?」
「…………はあ」
「食べてないのね。結希乃、ご飯茶碗取ってあげて」
「はーい」
「いや、おばさん」
「いいから食べていきなさいって」
 言うなり、叔母は皿に取った鰯の味醂干しを、英一に突きつけた。


 祖母に改めて挨拶をしてから、二人は瑞鶴に向かった。
 電車で暫く。一度乗り換えて、また暫く。
「………ここで降りる」
「はい」
 鞄を一つもって、兄の後に続く。
「道、憶えてるか?」
「憶えてない」
 その返事に兄は少し肩を竦めたが、それ以上何も言わなかった。


 書店、瑞鶴。
 店の構えは憶えているとおりだったが、その周囲はやはり少しずつ変わって
いる。
「……こんな風だったっけ」
「最近、な」
 店、それも新しい店が増えている。以前はこの場所は、商店街の外れの外れ、
だった筈なのだが、今はその先にまだまだ店が続いている。
「……ふうん」
 きょろきょろと眺めているうちに、兄は店のシャッターを開けた。
「ほら、ぼーっとするんじゃない。裏に廻る」
「あ、はいはい」
 店と店の間の細い道を通って裏に廻って……
「………あ、変わってないね、こっちっ側は」
 うん、と頷くと、兄は家の鍵を開けた。

 書店、瑞鶴。
 沙都子叔母の、終の住処となった場所。
 ………ついこの前まで、元気だったのにねえ、店長さん………
 それは、告別式の日にふと聞こえた声。おそらく瑞鶴の常連客か、この商店
街の誰か、なのだろうと思った記憶がある。
「……叔母さんの部屋は?」
「そのまんまにしてある」
 からり、と襖を開けると、六畳一間に本棚が二つ。
 微かに、淀む…………風?
「……っておいこら花澄」
「あ、はい?」
「ほら、少しは手伝え。開店まで時間が無い」
「あ…………はいはい」


 雑誌を外に出して、本を並べて、等々。
「………で、あと何したらいい?」
「何でも」
「ってことは、手伝いは要らないってこと?」
「いらんいらん……ああ、昼だけ作っといてくれ」
「………」
 台所に入り、冷蔵庫を開けて……花澄は溜息をついた。
「………………」
 買ってから半月は経っている卵。しなびた牛蒡の切れっぱし。何故か缶詰。
 一応、料理をしている形跡はあるものの、それが不定期、かつ適当であるこ
とが良く分かる香辛料の瓶の数々。
 その中からパンの塊と胡瓜、その他使えそうなものをを引っ張り出して。
「…サンドイッチ作っとくけど、それでいい?」
「うん」
 返事の前に手が動いている。やかんに水を入れて、火にかけて。
「……お料理作ってくれる人くらいいないのかな」
「いるか」
「…ってっ」
 独り言のつもりだったのだが、何時の間にやら兄は店から台所に来て、棚か
らインスタントコーヒーの瓶とカップを二つ引っ張り出している。
「砂糖は?」
「あ、いらない」
 うん、と頷くと、冷蔵庫から……これは完全に昨日買ったらしい……牛乳の
パックを取り出す。
「で、お兄ちゃん、自炊?」
「うん」
「沙都子叔母ちゃんがいた時は?」
「日々交代……まではいかなかったけど、週に二日は俺が作ってた」
「…………」
 花澄は改めて、台所を見まわす。
「……何が言いたい」
「その割に、何だか寂れてる」
「そら、沙都子叔母……亡くなる前は病院だったから」
「…………ふうん」
 祖母の言葉を、思い出す。
「じゃ、ご飯作るどころじゃなかったんだ」
 うん、と一つ頷いて、兄は沸きはじめたやかんを取り上げた。


「じゃ、ちょっと周り見てきます」
「迷子に…………なるなとは言わないが、ちゃんと聞けよ」
「…そーします」
 薄暗い店内から外に出ると、十時の日光は一瞬目を瞑るほどにまぶしい。
「わ………」
「何時ごろ帰る」
「……お昼過ぎには戻るね」
 暗がりから聞こえる声に返事をして、花澄は後ろ手に硝子戸を閉める。丁度
向こうから痩せた、如何にも学生らしい男性が来る。
「こんにちは」
「……あ、こんにちは」
 返事に対するほんの少しのずれが、日本にいることを実感させる。
 挨拶。風の国では、行き会うものがごく反射的に口にし、そして返すもの。
しかし水の国ではそうではない、と。先に帰った者達から、そう注意は受けて
いたのだが。
 覚えず、口元に苦笑が浮かぶ。それを隠すように軽く頭を下げて、花澄はそ
のまま歩いていった。

 日の光が、眩しい。
 入道雲。そして街を歩く、たくさんのたくさんの人。それが皆黒い髪に黒い
目、そっくりの顔立ちに見える。どこか猫背で小さくて。
 ……つまり、向うの人には、私もそう見えてるわけね……
 そう思うとおかしくて、やはり自然に笑みがこぼれる。
 わいわい言いながら走ってくる、まだ小さな少年二人を避けて、その母親ら
しい女性と行き合って。高校生らしい、染めた髪の女の子達とすれ違う。きつ
い化粧。日焼けした肌。
 ……変なの……
 花澄の意識の中では、金や明るい茶の髪にはやはり西欧系の彫りの深い顔が
繋がる。その代わりに、どこかのっぺりとした日本人の顔が続くのは、感覚的
に妙である。
「でさー、そこのお店で」
 すれ違いさまの、きゃわきゃわとした声。その意味が聴かずとも全て分かる
ことに気がつく。
 情報の過多。
 ……私、やっぱりあの国に長くいたんだなあ……
 苦笑と一緒に、花澄は伸ばしたままの髪を一度揺すった。
 軽い、目眩がした。


 と。


 響くように、静けさが広がった。

 熱を放つようなアスファルトの道。飾り塗りを施した、店の外壁。一瞬前ま
で人で溢れていた筈の通りから、その一切が掻き消えて。

 どう、と、風が、無人の通りを吹き過ぎていった。

「…………え?」

 視界に、一人。
 淡い蒼の長い上着に、長い袖。後ろで束ねられた髪は砂の色。さほどに長く
はない。やはりすこしぶかぶかのズボンが、やはり風を孕んでいる。
 少年、と、花澄は見た。まだ、小学生くらいの少年、と。
 しかし同時に、花澄はそれが人では無いことに気がついていた。うねる風の
中にあって、しかし風を圧する力を少年は放っていた。
 少年は、花澄の視線の先、こちらに背を向けて立ち尽くしている。

 ………誰。

 無言の問いに、少年はこちらを向いた。やはり淡い……日の光にさらされた
蒼の色の瞳が、まるで良く磨いた玉のような光を宿してこちらを見ている。
 白い硬質な顔には、表情が無い。


 沈黙。


 ……と、花澄が息を呑んだ。

「………し……き?」

 じっとこちらを見ていた顔が、はじめて和んだ。と言っても、その口元がわ
ずかに笑いを刻んだに過ぎなかったが。

「風貴?…風貴でしょう?叔母ちゃんの言ってた……」

 少年は、今度は莞爾として笑った。
 無音が、その口元からこぼたれた。

 我正体、知れたか。
 
 どう、と、よろめくほどに強い風。
 一瞬、目を瞑って………


 ざわめきは波になって、花澄を打った。
「風、強いねー」
 わらわらと、重ね合わされる声。その一筋までも、意味の取れる。
 花澄は一つ息を吐いた。

 ……何だったの、今の……

 風貴。沙都子叔母から、何度か聞いた名前。最も親しみを込めて、呼ばれた
名前。
 しかし、それが本当であるならば。

「………………あれ?」
 瑞鶴に帰らねば、と思って……気がつく。
「……ここ、どこ?」
 吹き出すように風が跳ね、周囲の街路樹を揺らした。


 迷ったついで、でもないだろうが、一番近くにある面白そうな店はどこ、と、
風に尋ね、そのまま連れてこられたのは、どうやら骨董屋であるようだった。
 墨で書かれた、松蔭堂、という文字は、かなりかすれていた。
「…………」
 入り口、引戸はほぼ閉まっている。
「………どうしよう」
『入れば良いのに』
 足元から、苦笑混じりの声。
「だって、買わないのに」
「見るだけでもどうぞ」
 不意に引戸の中から声をかけられて、花澄は半ば飛び上がった。
「ああ、これは申し訳ない」
 暗がりから出てきたのは、如何にもこの店の主人、といった風の老人だった。
「脅かしてしまいましたかな」
「い、いえ……」
「見るだけでも、面白いものです。どうぞ」
「宜しいんですか?」
「歓迎しますがの」
 言葉以上に、その表情に安堵して、花澄は老人に従った。

「………わ」
 当然といえば当然ながら、そこにあるのは日本の骨董品で。
 その繊細さ、微妙な色彩の妙は、とても彼の国では見ることの出来ないもの
で。
 ぬくみのある、生成りの色の茶碗。飴色の櫛と笄。
「失礼ですが……どちらから?」
 きょときょとと、店の中の一つ一つを見回していた花澄は、その声に振り返っ
た。板の間に端座した老人は、やはり目元に笑いを込めながらこちらを見てい
る。
「あ……っと……イスラエルから」
 言ってからしまった、と思ったが、もう遅い。 
 老人が目を丸くしている。
「イスラエル……ですか」
「いえ、あの、留学してて、一時帰国してまして……こちらに遊びに来てまし
て」
 ああ、成程、と、老人はまた笑みを浮かべた。
「……でも、こんな色、日本にしかないですね」
「そうですかな」
「はい。向うだと……派手が先に立つから」
 成程、と、また頷いた老人は、そこで少し考え込むような顔になった。
「………失礼かもしれませんが」
「はい?」
「……鬼海沙都子さんの、お知り合い……でしょうかの」
「え?」
「いや、失礼。違いますか」
「いえ、そうですけど」
 何だか噛み合わない会話では、ある。
「あの……あ、叔母を……御存知ですか」
「ああ……姪御さんですか」
「はい、あの……」
「鬼海さんとは知り合いでしたのでな」
 そう言えば確かに、叔母は、20年以上ここで店を持っていたのだ。
「では……平塚、花澄さん、ですかの?」
「……え」
「ちょっと、待っていて貰えますかな」
 すっと立ち上がり、奥に消えて行く姿を、花澄は困惑して見やった。

「………どういうこと?」

 質問に対する応えは、無い。

「ああ、これだ……お待たせしました」
 老人はすぐ戻ってきた。片手に、何やら袱紗のようなものを大切そうに持っ
ている。
「……あの?」
「鬼海さんから、お預かりしておりましての」
「……沙都子叔母から……ですか?」
 差し出された包みを受け取り、深い紺の縮緬の布を開く。
 中には。
「……水晶?」
 三本の、細い水晶が、やはり細いてぐすの糸に繋がれている。糸の先を持っ
て摘み上げると、意外なほど澄み通った音が、豊かに流れ出た。
「あの、これは」
「以前……鬼海さんから小包を受け取りましての。これを預かって欲しい、姪
御さんが来たら渡して欲しい、と」
「……………叔母が?」
 困惑して、花澄は、手の中の包みと相手の顔を交互に見やった。
「でも何故」
「さて、そこまではお聞きしませなんだが」
 半ば独り言にきちんと返事をされて、はっと気がつく。
「あ、すみません。……あの、有難うございます。わざわざ」
「いえいえ。儂は預かっておっただけですからの」
「有難うございます」
 深々と頭を下げてから、花澄は、ふと気がついて尋ねた。
「あの……叔母の知り合いだと、どうしてお分かりになりました?」
 老人は、やはり微かに笑った。
「……空気が」
「え?」
「周りの空気が、似ておられますからの」
 老人は笑った。
 つられて花澄も、どこかおぼつかなげに笑った。
 蝉時雨が、ふと耳朶を打った。

******************************************

 というわけで。
 えーと、凍雲先生については、蘆会さんのチェック済みです。
 あと、文中、瑞鶴から出て行く花澄とすれちがったのが、実は美樹さんだったり(爆)

 さて、吹利商店街のろぷ・のおる、こと瑞鶴ですが、
どうやら、商店街の端のほうにあることだけは確かなようです(苦笑)

 で、次は……続十二夜だったりします(爆)
 いあ、流石に一まとめにするにはちょっと分量が…………
#と、これ書いた時は思った(謎)

 ではでは。




    

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