[KATARIBE 15962] [HA06N] :「前略、月待坂から」上弦の月

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Date: Fri, 22 Oct 1999 12:29:34 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15962] [HA06N] :「前略、月待坂から」上弦の月 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199910220329.MAA19761@www.mahoroba.ne.jp>
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99年10月22日:12時29分30秒
Sub:[HA06N]:「前略、月待坂から」上弦の月:
From:E.R


    こんにちは、E.Rです。

 月待坂、続き行きます……の前に。
 感想有難うございます(感涙)>勇魚さん
…………ああ流して良いんだなあ、こんなたらたら長い文章でも読んでくれる人
いるんだなあ、と………
 #いあ、長いだけならともかく、「たらたら」ってとこがまずいっすから(自覚)

 …………ほんでも、一応、お月様が満ちたところでこの話終わりですので(滅)

 さて、それでは、今日は上弦の月。
 曰く付きの話です。

*******************************
上弦の月:そこに立つ者
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 どうどうと、夜半から鳴り続けた風雨が、朝を迎えると同時に一際強くなっ
ている。
「すごい雨だね」
 麦茶を飲みながら、何だか嬉しそうに学が窓の外を眺めて呟いた。
「台風、ここら辺通るの?」
「天気予報ではそう言ってるけどね」
 その横で、祖母がゆっくりと熱い緑茶を啜っている。ふと気がついたように、
学が湯気の立つ湯飲みを見た。
「おばあちゃん、暑くない?」
「それは熱いですよ。熱くないとね、美味しくないからねえ」
「その熱い、じゃなくって。暑く……ない?汗かかない?」
「大丈夫」
 祖母の笑い顔。見覚えていた筈のその顔が、確実に老いを刻んでいることに、
ふと花澄は気付いた。
 15年。幼児が娘になるに十分な年月。そして老人がより老いるのにも十分
な。
「これぐらいがねえ、おばあちゃんには丁度いいよ」
「でも………」
 言いかけた学の言葉が、と、宙に立ち消えた。
 かたり、と、祖母の腕が、湯飲みを食卓に戻す。視線が焦点を違え、そのま
ま宙に浮く。
 結希乃が椅子を引いて立ち上がった。
「……母さん」
「下の川、だね」
 四人の風見の女達が、焦点の合わぬ目を見交わす。薄紙一枚隔てた向こうで、
やはり薄紙一枚乖離した現実を見定めながら。
「……」
 かたん、と、それでもどこか遠慮がちに椅子の足が鳴った。
「おばあちゃん」
「ああ、行っておいで……あ、花澄、傘だけは忘れないようにね」
「はい」
 ぺこん、と、叔母の方に頭を下げて。
 そこでふと気がついて、花澄は学の方を見やった。何となく面白くなさそう
な顔になっていた学は、視線に気がついて……そしてひどく悔しそうな顔をし
た。
 昔の、兄と似た顔。
 苦笑というには、苦味の強すぎる……すまなげな顔を、花澄はした。それで
もやはり一礼すると、小走りに台所を出て行く。
「…って、待ってよ花澄さんっ!」
 ばたんっ、と、椅子が倒れる。
「こらっ、結希乃っ!」
 玄関の辺りで何かが倒れたような音が、返事になった。

「……って、大丈夫、結希乃ちゃん?」
「だ、だいじょうぶっ」
 慌てた所為で、思いっきり派手に転びかけた結希乃は、それでも引きつりな
がらにっと笑った。
「花澄さん、合羽使って。そこにあるから」
「あ、どうも」
 風見…と、いい得るだけ、強い庇護の元に置かれた二人である。雨に濡れず
に歩くことなど何程のこともない。しかしそれでも、台風の直下で濡れずに歩
けるなぞ、妖術の範疇に入ってしまう。
 それなりに必要な、これは誤魔化しの一つ。
 身支度をして、二人は外へ出ていった。


 どう、と鳴る風が、背中を押す。
「……って、あの、結希乃ちゃん……どっちにいけばいいの?」
「えーと、この坂下って、商店街抜けたあたりなんですけど」
 視線の端に、つやつやと雨に濡れて光る鮮やかな緑を認める。月待坂の月花
は、風に従いながらもなお、しなやかに伸びている。
「かなり下の方ね」
 商店街も、その殆どがシャッターを半分閉めている。ばたばたと足音が、丁
度トンネル状になった通路に響く。
「……わあっ」
 風を遮っていた店の列をつき抜けた途端、どん、と空気の塊がぶつかってき
た。そのまま通りを抜けると、両側一車線ずつの橋の前に行き付く。
 橋が、微かに振動している。
「…結希乃ちゃん、あそこ」
 橋のへりから川を見下ろして、花澄が示す。指の先を辿ると。
「あんなに増水してるんだ」
 いつもは歩くことが出来る土手っぷちの道も、完全に水中に没している。そ
の横、川が少し曲がっている辺りで、何人かの男達が川を眺めているのが見え
た。
 泥の色に濁った水が流れてくる。ごうごうと、音が一面を満たしてゆく。
 流れに沿うように、花澄の視線が動く。

 と。

「……?」
 川の中ほどに、先程までは無かった……否、居なかった筈の、影。
 若い、女性である。長い髪は後ろで一つにまとめられているが、ぐっしょり
と濡れているのか、風に流れることも無い。濃い茶色の、袖なしのブラウスか
ら伸びた腕は、白い。
「あの人……」
「え?」
 怪訝そうに問い返されて、花澄は瞬きした。
「……見えない?」
「って……え?」
 結希乃の声にも、表情にも、嘘は無い。

 ………では、誰?

 花澄の内心の疑問が聞こえたかのように、見据えた視線の先の娘がこちらを
向く。かなりある筈の距離を越えて、大きな目がその視線を捉える。ほんの少
し、驚いたように。
 すぐにその視線は、ふわりと和んだ。軽く会釈をし、また川の上流へと視線
を向ける。

 ……………誰?
 ……あれは、誰?

 もう一度心中で問うてから……花澄は息をのんだ。

 土手の道が没するほどの濁流の中、上半身を水の上に出したまま、微動だに
せず立ち尽くしている娘。

 …………まさか……

『……そうでは、ないよ』
 ごう、と、うなる風に混ざる、小さな声。
『あれは、縛られているものではないよ』
 静かに、目に見えぬ手が肩に置かれる感覚。
『あれは、望んでそこに立つ者だ』
「……そこに立つ者?」

 改めて、花澄は、川の中に立ち尽くす娘を見た。
 細い、背中。
 顔を見たのはほんの数瞬。けれども、そこに現れる、不思議と明るい……突
き抜けたような表情。

『あれはね』
 水の、静かな声。
『あれは、この川で、何年も前に亡くなった者』

 たあん、と、響くように。
 視界の半分を埋め尽くして広がる、波紋。
 現実の視野の上に、半分紗をかけたように。
 叩き付ける雨の音に埋め尽くされた中の。
 無音の、風景。


『子供が、流されたのだよ』

 小さな子供。ざんざんと雨の叩き付ける中、手に持った袋を風に攫われて川
に落とされ、それを追って慌てて水に入る。それを追って、その友達と思しき
小さな子供が、やはり川へと入ってゆく。

『決して、泳ぎの上手い娘でもなかったのだがね』

 あっという間に小さな体は流れに攫われ、呑まれてゆく。片手に持った手提
げを振り落とすようにして、娘が川へと飛び込んでゆく。

『あの二人は、助かった。けれども、あの娘はそのまま流された』

 声を聞きつけたか、何人もの男達が川沿いに三人を追う。何とか、水中の岩
に引っかかったらしく、娘と、それにしがみついた子供達が止まる。
 伸ばされる、手。そして、その手にすがり付く、小さな手。

 と……………

 それが何のはずみか、花澄には分からなかった。
 驚いたような娘の顔と、悲鳴をあげる形に開かれた子供達の顔。必死にのば
される腕をかいくぐるように、そのまま流されてゆく、濃い茶色のワンピース
の………


『あの娘は、最後に笑ったのだよ』

 ふと、花澄は瞬きをした。
 紗のようにかかった過去は、手応えひとつないまま、溶けるように消えてい
った。

『あの娘は、本当に笑っていたのだよ』

 それは、水に写された記憶。
 静かな、けれども深い……満足の。


   あたしは。
   たぶん、いままででいちばんいいことをしたんですね。
   これからさき、うんといきてても、できないような………

   いきてる?
   あのこたち………

 そして、かすれるような………ひそめた声のような。


     ………いきてるね…………………


 それは、けれども、つらいほどに嬉しそうな………
 嬉しそうな、声。


 花澄は、もう一度娘を見やった。
 細い背中は、やはり……ひどく、明るかった。

『だから、あの娘は、ここに立っているのだよ』
 吹きなぐるような風。その中を寥々と突き抜けて響く……これは、風の声。
『何が出来るわけでもないけれども、見守るだけならば出来ると言って』

 見守る。
 見、そして、守る。
 あの、明るい視線で。
 
 
「………花澄……さん?」

 おずおずとした声に、花澄の肩がびくんと跳ねた。

「なに、見てるの?」

 合羽のフード越しに、見上げる視線。

「………きりしとほろ上人」
「え?」

 川を渡るものの、守護聖人。
 視線の先で、娘は、やはりその声を聞きつけたかのように振り返った。

「……そうだよね?」

 娘が、笑う。少し照れたように。
 そんな大したものじゃないよ、とでもいいたげに。

 そして、また、川の上流へと視線を戻した。

 ざん、と、また雨は叩き付けるように降る。
 ざん、と、また風はよこなぐりに吹き付ける。
 けれども、その風も雨も……明るい。
 明るい…………あの視線があるが為に。

 覚えず、花澄の口元にも笑みが浮かんだ。従妹の怪訝げな視線がそれを追う。
 誤魔化すために、上を見上げた視線の先で。
 
 どんどんと雲が流れていった。
 台風が、近づいてくる。

**************************************

 で、さて、これのどこがどう曰く付きかといいますと。
 これ、酔っ払った際の書きこみから出てきた話なんです(爆)

 もともと、この話、瑞鶴ベースで考えてたんですが、それを
途中まで書いたところで、眠くなりまして<呑みすぎです
 んでも、今、思い付いたことだけでもかいとかないと、絶対明日は忘れる、と、
確信を持っておりましたので(結果としてとても正しうございましたが)
 で、ぱたぱた書きこんで……寝て……で、翌日。
 書付を見た途端、こちらが凍りました。


 きりしとほろ上人伝より客を取る。
 そこに立つ者。
 ルターの言葉からのイメージ

 下手な生き方を。
 下手な人々へ。


 …………なんつかこれなんだろうなあ、みたいな(^^;;

 まーつまり。

 すいと背を伸ばして、今にいたるまで河に人が流されないよう、守ろうとす
る誰かがいると。
 河の中に立って、流される子供達を庇おうとする人がいる、と。
 見守る、見る事によって守る、そんな人。
 それが、水の中でふっとこちらを見て笑う………

 ……というイメージだったんじゃないかなあうん(おい)<適当

 というわけで、明日は十日の月です(ええ、休日出勤で(;_;))

 ではでは。




    

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