[KATARIBE 15950] [HA06N] :「前略、月待坂から」半月

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Date: Thu, 21 Oct 1999 12:25:38 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15950] [HA06N] :「前略、月待坂から」半月 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199910210325.MAA20873@www.mahoroba.ne.jp>
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99年10月21日:12時25分26秒
Sub:[HA06N]:「前略、月待坂から」半月:
From:E.R


        こんにちは、E.R@へろへろへろへろ です。

 MLの流通量を増やそうという企みのもと(これ以上増やす気かおまいは(汗))
流しつづけております、花澄の過去話。
 三日月から飛んで半月になっているあたりがまあ己の限界です(爆)

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半月:水の国
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「花澄お姉ちゃん、明日、ひま?」
「………ひま」
 明日で一週間。沙都子叔母の「探し物」は未だにさっぱり見つからない。そ
も手がかりらしいものが無い。そんなに一所懸命探すことはないのに、と、叔
母は笑うのだが。
「ふうん、じゃあさ」
 十歳以上年の違う学にしてみれば、そういうことは関係無い。姉の結希乃よ
りもよっぽど優しくって甘えられる相手である花澄が長々居ればいるだけ嬉し
いらしい、とは、その姉の結希乃の報告である。
「なあに?」
「明日の朝、虫捕りにいこっ!」
「………学、あんたねえ……」
 結希乃の溜息混じりの声ににこ、と笑ってから、花澄はやはりにこにこと学
に応じた。
「学君の虫の穴場、教えてくれるの?」
 流石にう、と一瞬詰まったものの、学はこの点に於いては母親や姉まで含め
て感服するほどの寛大さを見せた。
「花澄お姉ちゃんにだったら教えるもんっ!」
「……ふーーーん」
 感服だけではなさそうな口調に、学は身を縮めた。
「そおれはすごい。あたしになんか『ぜっったいに教えない』っつって威張っ
てたのにねえ」
「そりゃそうよ、結希乃ちゃん」
 あうあう、と、椅子に座っている状態で可能な限り姉から遠ざかろうとして
いる弟の代わりに、花澄は苦笑して弁解した。
「だってほら、私ならば方向音痴だから、教えてもらったって一人では絶対に
穴場に戻れないもの。結希乃ちゃんは方向音痴じゃないでしょ?」
「……そーれは、そうだけど」
 ちがわい、そんなんじゃないやい、と、手を振り回して抗議しかけた学を、
花澄は人差し指を口元に立てる合図で黙らせた。にっこりと笑って続ける。
「だから、お姉さんは妬かない」
 違うってば、妬いてなんかないって、と、今度は姉のほうがむきになる。
 傍らで黙って麦茶を飲んでいた二人の父親が、やはり黙ったまま笑っていた。


「ここだと毎日でもかぶとむし取れるんだよ」
「あ、成程」
 ラジオ体操の後。
 すこしどんよりとした空から、何となく湿った風が吹いてくる中、学はどん
どんと歩いてゆく。暫くしてから従弟が指差した先を見て、花澄は頷いた。
 学の『穴場』は、つまり歩いて二十分のところに在る大学の研究林だった。
夏休みの間も実習の為か、学生がヘルメットを被って歩いているのが見えたが、
しかし彼らは虫に関してはとことん無頓着である。当然虫のほうはこの森に居
付く。夕方のうちに砂糖水を薄く入れたプラスチックのトレーを仕掛けておく
と、朝には虫が取れるのだという。
「この場所、どうしてわかったの?」
「んと…何となく」
 何でもなげに学は答えたが、花澄はその答に一つ合点した。
『それが、学君の、鬼海の能力?』
『そう考えてもらっても良かろうよ』
 そもそも四大元素のひいきで与えられた能力である。何故、と問うのも変だ
ろうが、しかし何故か風見の力は女性に偏って顕現する。やはりひいきをされ
ているのだろう花澄の兄、英一も、風見としての力は持たない。空気を固体化
する、という類の無い力を持ってはいるものの、それは風見とは異なるもので
ある。
『つまり、何とはなしに情報を仕入れる、ってこと?』
『まあ、そんなものだろうね』
「…お姉ちゃん?」
 空を仰いでいた花澄は、ふいと視線を落とした。ちょっと心配そうな従弟と
視線がぶつかる。
「何かあった?」
「ううん」
 にこにこと笑って、花澄はかぶりを振った。
「で、学君、かぶとむし、今日はいたの?」
「今日はね、クワガタ!」
 うようよと、少年の手から逃れようとでもするように、大きなクワガタが足
を動かす。固い殻をしっかりと持っている少年はけろっとしたものである。
「立派なの見つけたわね」
 誉め言葉に従弟が得意そうに笑う。その様が愛らしくて、花澄はまた微笑ん
だ。

 緑の匂い、水の匂い。
 虫籠に今日の戦果を入れて、ほくほくと歩き出した従弟の後を歩きながら、
花澄は大きく息をを吸った。
 緑の国。水の国。
 事実、多くの他国の人々が、この国の夏に驚くという。夏の真っ盛りになお、
途絶えることなく緑の続く国。その風景。
『我らの国だとも』
 風の中に含まれる水。さらりと重みを感ぜぬほどに、しかし確かに風の質を
変えるほどの水量。水の国。
「お姉ちゃん。向こうの国にもこういうの、いる?」
 不意に聞かれて、花澄は目をぱちくりさせた。
「こういうの……って、甲虫とかクワガタとか?」
「うん」
「ええっと……気を付けて見たことないから、はっきりしないなあ…」
 所謂『つやつやと固い外殻を持つ』という意味での甲虫はいる。……ただし
スカラベとカブトムシを一緒にするのは、流石に花澄にも躊躇われた。
「じゃ、一杯いる虫ってなに?」
「蝿」
「はえ?」
「あれも虫でしょ?」
「…そーだけどさあ」
 ぶすっとした顔で、学が呟く。
 本当に、蝿は多い。それも水を求めるように人間の口の周り、目の周りに寄
ってこようとする。
「もっと別の」
「ゴキブリ」
「………」
「本当よ。日本みたいに家の中を走り回るだけじゃないの。家の外をぶんぶん
飛んでるんだから」
 あれは集団農場に住まわせてもらっていた時。教室で夜遅くまで勉強して、
眠気覚ましにと外へ出た時のことだ。その途端目の前に飛んできた虫が、丁度
後ろ手に閉める形になった扉に激突したのだ。そのまま、扉の向かいの木との
間でごつごつ音を立てながら飛び回っている虫の種類を見切った途端……流石
に花澄も慌てて教室へと飛び込んだものである。
「でも、そーじゃなくって」
「じゃ、蟻」
「……花澄お姉ちゃん」
 恨めし気な学の声に、花澄はくすくすと笑った。
「でも、向うの蟻だったら、砂糖水じゃ捕まらないの。私、一度、日本から送
ってもらった桜海老食べられたもの」
「え、ほんと?」
「本当。隣にチョコレートがあったのに、そっちは少しも食べられてなかった
の。他にもチーズを食べられた子とかいたわ」
 あの時は正直、砂漠の人食い蟻とは斯く有らんか、という気分になったもの
だが。
「すごいねえ」
 目をまんまるにして従弟が言う。
「すごいとこなんだね、お姉ちゃんのいるとこ」
「そう?」

 風の国、沙の国。
 一般的な日本人の印象よりも遥かに、彼の国には緑が多い。夏の最中でも街
路の木々は葉を揺らし、その影は涼をもたらす。
 けれども風が違う。
 からからと、沙を巻き上げて吹く風。天からの熱は素通しで地上まで届き、
その鋭い先端をそのまま突き立てる。そのままだと火傷になるところだが、布
一枚の影でその鋭気は和らげられる。熱を保ち続ける水が、大気の中に無い。
汗はかいた途端に皮膚から蒸発する。
 水。生物を育む基。それが肌一枚隔てた空間の中に、無い。
 幾度か友人達と沙漠に行ったことがある。
 その度に、己一人で立ち尽くす錯覚を覚えた。隣にいるとわかっている相手
さえ、希薄に感じるほど。
 大気の中に、水が無い。
 薄い大気を、つんざくような青の色。

「おねえちゃん、そしたら今、向うも夏?」
「そう。……って言っても、一年のうち七ヶ月は夏ね」
「じゃ、冬は?」
「四ヶ月」
「春は?」
「春と秋は二週間」
 げー、と学は顔を顰めた。
「でもそしたらさ。お姉ちゃん、春か秋に帰ってきたら良かったのにね。こっ
ち帰っても夏だったら面白くなくない?」
「面白いわよ、充分」
 そうかなあ、と、首を傾げる従弟に、花澄は笑って言った。
「今だって、向こうでは絶対見ることが無いもの見てるもの」
「え、何?」
 身を乗り出す学の視線を、指で誘導する。その先にあるものを見て、学がき
ょとんとした。
「……そら?」
「こんな天気、今の時期絶対ないの」
「……なんで?」
「雨、降らないから」
 夏の間は、まず滅多なことでは雨は降らない。一度、ほろほろと雨が降った
時など「天変地異の前触れか」と、真剣に言っていた知り合いがいるほどだ。
「雨……どれくらい降らないの?」
「えーと……六ヶ月か七ヶ月。夏の間は殆どずっと」
「そんなに?!」
「そんなに。日本の夏と全然違うでしょ?」
「台風、来ないの?」
「台風……そう言えば」
「あるの?」
「そういうの、あったの忘れてた」
 がくーっと、学がわざとらしくこける振りをする。
「そういえば、台風なんてもうずっと見てないなあ」
「………ふうん」
 野球帽を被った頭の脇を、こりこりと掻く。と、学は急に立ち止まると、
へちゃっと座り込んだ。
「なに、どうしたの?気分悪いの?」
 突然のことなので、かなり驚いたのだが。
「違うよ、お腹減った」
 憮然として言う。花澄は吹き出した。
「じゃ、帰ろ。……おんぶしてあげようか?」
「いっ、いいよっ!」
 慌てて立ち上がる。日焼けした顔が、それと分かるほどに赤くなっている。
羞恥と……恐らくはこの年齢らしい自負心。
「じゃ、帰ろ」
「うん」
 虫籠を揺らして、従弟は歩き出した。


 朝食を片付けて、花澄はつっかけを履いて庭に下りた。
 どうも空模様がすっきりしない。
『……本当に、なったのかな』
『はて』
『はて、じゃなくって。台風近づいてるの?』
『昨日の天気予報を見なかったのかね?』
『………見てない』
 夏の間に天気予報を見る習慣が、そも花澄にない。勿論天気予報は毎日ある
のだが、主に気温と風の方向を示すのみなのだから、花澄にすれば必要ない情
報である。
『見ておけば良かったに』
『……って、本当に、台風来るの?』
『お前が望もうが、望むまいが、ね』
 さわんと吹く風。軽く振動する足元。
『……………』
『久方振りのこと。存分に楽しむが良かろうよ』
『楽しむって……』
「花澄さん?」
 言い返そうとした花澄の後ろから、結希乃の声がした。慌てて振り返ると、
高校生の従妹がじっとこちらを見ている。
「はい?」
「うん……いやうん、雨が近い、って言おうと思って……」
「あ、ありがとう……台風?」
「うん、そうだけど」
 まだ何か言いたげに、結希乃は花澄を見ている。強いてその視線を無視し、
つっかけを鳴らして花澄が歩きだそうとすると、声がかかった。
「……花澄さん?」
「なあに?」
「花澄さんも、風見、でしょ?」
「…………少し、そうかな」
 用心しつつ、答える。途端、結希乃の表情がきゅっと引き締まった。
「嘘」
「うそ、って」
「花澄さん、だって」
 言いかけた結希乃の言葉が、ふと、止まる。何かを言おうとして……ふ、と
視線が焦点を喪って宙を泳いだ。
「……結希乃ちゃん?」
「え……えと……」
 すっと、焦点が花澄の顔のところで結ばれる。明るい……それまでの屈託を
忘れてしまった顔で。
「台風が多分明日の朝くらいにかけてここら辺通り過ぎるんじゃないかって。
学に聞いたけど、花澄さん、台風久しぶりなんでしょ?」
「え、うん」
「楽しみ?」
「………そうだったら不謹慎かな」
「ううん。……まあ、学校のあるときに来て欲しかったけど」
 笑いながら年下の従妹が縁側から部屋へと入ってゆく。その姿が消えると同
時に、花澄は庭のほうを向き、虚空を睨み据えた。
『何をやったのっ!』
『物忘れの香を作り出したのは人間達だがね』
 皮肉混じりの声を遮るように、花澄が右手を一閃させる。
『……そういうことを言ってない』
『では、どうすれば良かったかね』
 今度ははっきりと揶揄であることがわかる、その言葉の響き。
 耳元で鳴る、風の声。
『どう、ではないわ。何で結希乃ちゃんの記憶を消すのよ』
『あの子はね、声を、気配を読む』
 答えは、足元の地面から返ってきた。
 風よりも生真面目な、落ち着いた応え。
『但し、風のみ。我々の気配こそ読めても、話す内容は聞き取れない』
 風見は四大に守られる存在、とされる。しかし各々の家に対し、特に守護を
任ずる存在があるのが普通だ。地守の家は文字どおり地。風祭の家は火。ここ、
鬼海の家では風が守護となる場合が多い。
『今、結希乃はお前が私と話している気配を読取った。しかし、その声は彼女
には聞こえなかった。故に彼女は正しい結論へと至ったわけだ』
『正しい?』
『お前の守護のほうが、結希乃のそれよりも強い、とね』

 鬼海の家を継ぐものは、その世代で最も風見の力の強いもの…………
………というわけでは、実は、ない。彼らの母の世代でも、継いだのは結希乃
の母であり、沙都子ではなかった。その前の祖母の世代においても、祖母は従
兄妹の中で風見としては二番か三番目、最も優れた風見は彼女の年下の従妹だっ
たという。勿論、本人に風見の力が一切無い場合は家長になる順番としては後
回しにはなるが、しかし完全に候補から外されるわけでもない。
 鬼海の家を継ぐものの、最大にして唯一の条件は、必ず次の世代を生み出す
ことである。何故か優れた風見たちは、この条件から外れるのである。祖母の
従妹然り、沙都子然り。
 四大達が、風見たちを手放さないのだ、と、戯言のように言われる。
 ……それが、実際なのかもしれない。

『でも、構わないじゃないの』
『構うのだよ。彼女の心情的には』
 苦笑。すっかり拗ねてしまった風の代わりに地が言葉を紡ぐ。
『どうして』
『あれの母親が悪いなあ……結希乃に強くあることを念じ続けている。要求し
続けている』
『何のために』
『支配するためだろうさ』
『逃げるためにだろうさ』
『握り込むためだろうさ』
 三つの声。風と、その中に混ざる水、そして大地。
『………』
『無意識のうちに、ではあるだろうがね』
 さら、と流れる水が細く呟いた。

 基本として、仲のいい姉妹だった、と、これは当の三人姉妹の一致した意見
である。
 勿論、喧嘩もあり、険悪な状態が一ヶ月続いたこともあり、風見の能力差の
為にいざかいやわだかまりや嫉妬があったこともあり、で、そうそう絵に描い
たような姉妹でもなかったそうだが、それにしても根深いこだわりや恨みがあ
る訳が無い、と。
 そう、聞き、またそう考えていたのだが。
『恨みでは、ないよ』
 風に含まれる水の声が、耳朶を震わせた。
『さまで強いものでは、ないよ。けれども、澱のように溜まっていることも事
実だね』
 かき回すまでは澄みとおった水。けれどもかき回せばその澱は舞い上がり、
上澄みを濁してしまう。
『……その、かき回すものが、私?』
 返事はなかった。
 ただ、ふわりと風が花澄の髪を揺らした。


「かーすみねえちゃんっ」
 元気一杯の声が、縁側から響く。
「あ、はい?」
「ねえねえっ!今日、雨降るかもしれないから、ビデオ借りためとこうって!」
「……は?」
「結希乃が!」
「……結希乃ちゃんが?」
 学が嬉しそうにこっくりと頷く。
「そんでね、お姉ちゃんも一緒に行かないかって」
「レンタルビデオ屋さんに?あ、行く行く」
 つっかけを、縁側の降り口の石の上に揃えて。
 いつもの笑顔を、ごく自然に浮かべて。
 溜まってゆくものを、けれども静かに底へと……鎮めて。
「どんな映画が流行ってるの?」
「うーん……」

 ここは、水の国。
 邪念無く静かに澄みわたる心を明鏡止水と称す国。深く澄んだ水の内に、け
れども本人すら知らぬうちに溜まってゆくものもあるのかもしれない。
 花澄の口元が、ほんの少し、自嘲の色を浮かべる。

 ここは、水の国。
 明鏡止水の心をもつ人々の国。

**************************************************

 てなもんで。

 ここでいうところの風の国、ってのが、中近東某国です。
 ついでにいうと、虫の部分は実話です(滅)
 なんせ、大学寮、床の石のタイルをめくればそこは蟻の巣(爆)
 ……ええ、何度か、タイルの隙間から酢だの洗剤だのを流しこんだものです。

 ではでは。




    

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