[KATARIBE 15947] [HA06][Novel] 『おっさんの打ち明け話』

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Date: Wed, 20 Oct 1999 23:09:30 +0900
From: Djinny <djinny@geocities.co.jp>
Subject: [KATARIBE 15947] [HA06][Novel] 『おっさんの打ち明け話』
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 こんにちは、 Djinny こと 古旗 仁 です。

 向坂の話をちょっと書いてみました。
 流してみます。

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『おっさんの打ち明け話』
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登場人物
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 向坂次郎(さきさきか・つぎお)
  神出鬼没(?)の男。自称おっさん。


本文
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 お、あんがとさん。いやあ、まさかこんな美人の傘に入れて貰えるとはね。
傘は持たずに歩くもんだな。
 あはは、そう引くなって。

 ん? ああ、なんでぼーっとしてたかって言うとさ、昔の事を思い出してた
んだ。あれもこんな季節の、ちょうどこんな雨の日だったな、ってな。
 うん、まあ、ありがちな失恋の話。暇だったら、聞くかい? お代はただで
いいよ。


 あれはまだ大学に行ってた頃の事だよな。10年近く前になるよな、もう。

 丁度ほら。あそこのさ、あの住宅街の角辺り。あいつ、あそこで立ってたん
だ。頭からずぶ濡れになってさ。


 俺があいつから、つきあってる人がいるって聞いたのは、その年の5月の
連休明けの頃だったかな。

 別に彼女ってわけじゃなかったけど、高校からずっと一緒だったもんでさ、
お互いに、それなりにいろいろ人にできない相談なんかもしたりしてたんだ。
 だから、ちょっと冗談じみてこう言ってやったのさ。

「振られたら戻ってこいよ、なんなら合鍵渡しとくから」

 あいつ、けらけら笑いやがってさ、でも真面目な顔して、頂戴って手を出し
たんだ。
 もちろん、冗談だよって言ってやったら、あいつも笑って、
「まぁ分かってたけどね」
 って返したんだ。

 もちろん、俺は内心未練たらたら。”顔で笑って心で泣いて”ってやつさ。
 あいつ、確かに俺にはもったいないいい奴だったし、それにこっちも好きと
か嫌いとか言ってなかったけど、でも、もしかしたら……ってな、5年もそれ
なりに仲良くしてると、当時からもてなかった俺はちょっとそう思いたかった
わけ。

 あいつも、どっかでそれには気付いてたのかもしれない。
 彼氏が出来た記念に、ってことで、ささやかにワインで乾杯した後、酔っ払っ
て帰るのを送ってった俺に、自分の下宿の前で言ったんだ。
「ごめんね」
 俺は何て答えていいか、ちょっと詰ってから、白々しく言ったもんさ。
「ああ。次からは彼氏に送って貰えよな」
 そしたら、あいつ、妙に神妙な顔つきで、何も言わずに頭を下げたのさ。

 アパートに入ってく後ろ姿を見ながら、だんだん切なくなってきてね。
 ああ、こいつが失恋ってやつか、と。
 みっともないが家に帰って酒かっくらった。あいつには呑ませなかった焼酎
一升空けて、次の日は一日中頭がんがんしてたっけ。


 とまあ、そんなわけでね、ずぶ濡れのあいつを見ても、直ぐには手が出せな
かった。たっぷり一分くらい突っ立っててから、俺は漸く動き出したんだ。
「どうしただ、こんな雨の中」
「あ……ツギちゃん」
 傘を差しかけてやると、あいつはくしゃくしゃに濡れた顔でこっちを見上げ
た。
「ツギちゃんじゃねーだろ、なんだよこんな恰好で。風邪ひいちまうぞおめー」
「待ってたの」
「デート?」
 そんな筈はなかった。その日は朝から雨だった。デートなんて日和じゃない
し、仮にそうだとしても傘も持たずに突っ立ってる筈がなかった。
 大体わかってはいた。わかってたから、直に手が出せなかったんだな。
「ツギちゃん、戻ってこいって言ってくれたから、待ってたの」
 合鍵を渡しておくんだった、と俺は間抜けな事を考えた。合鍵があっても
こいつが濡れずに済んだとは思えなかったんだが。
「今日、降られたから」
「ああ、降ってんな」
 俺はあいつを抱えるようにして下宿の階段を登った。
 馬鹿な奴だった。
「言葉を引っ掛けるためにだけ、雨の中で待ってるなんて、馬鹿だな」
 本当はわかってた。わかってたから、そう言ってやった。
「うん、馬鹿じゃなくちゃツギちゃんになんか頼んないよ」
 あいつの頬には、空以外のところからやってきた雨も流れてた。
 それを素直に見せるのが好きじゃない奴だって事くらい、いくら俺でも知っ
てた。それなりに、あいつのことは知ってはいたんだ。

 あいつはシャワーを浴びて布団に転がった。俺は仕方なく長座布団にサンド
イッチ状態で眠った。
 朝になったらあいつが出て行くのは判ってた。俺が起きないように、猫みた
いに、足音を忍ばせてこっそり出て行く奴だった。ずうずうしい割に、そう
いうところには妙に気を遣う奴だった。
 そういうことが判ってたから、俺としては少しばかり意地悪もしたくなった
んだ。
 明け方、雨が止んで、こっそり出て行こうとしたあいつに、俺は小さな声で
言ってやった。

「降られたら戻って来いよ、……今度だけだけどな」

 あいつが頷くのが気配で判った。俺はそのまま目を閉じて、ドアの音がする
のを聞いてから眠った。


 ……え? ああ、それだけだよ。うん。

 ん、なんでこんな話をしたかって? うーん。強いて言えば、似てたから、
かなぁ。
 あいつもさ、Mで始まる名前だったし、なんつーか、あの時のずぶ濡れの
子猫みたいなあいつと、このごろちょっと元気ないお前さんが似て見えたから。

 今の彼女? いや、知らないなあ。そろそろ結婚して子供がいてもおかしく
ないけど。ストレートで卒業して、就職もすっぱり巧く行ったはずだけど、
その後はわかんないなあ。ほら、俺こっちに残っちゃってるしな。

 お、そろそろ家だ。あんがとさん。助かったよ。
 じゃ、また今度ベーカリーでな。


解説
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 ある雨の日のおっさんの問わずがたり。


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 それでは失礼します。


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 Djinny(ランプの魔物)
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