[KATARIBE 15616] [WP01P] :「個展会場にて(仮)」

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Date: Thu, 7 Oct 1999 20:06:03 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15616] [WP01P] :「個展会場にて(仮)」 
To: kataribe-ml@trpg.net
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99年10月07日:20時05分54秒
Sub:[WP01P]:「個展会場にて(仮)」:
From:E.R


    E.R@呼び水 です。
  WPの方々、こんにちは。

 今年、6月頃にIRCを中心に出来てきました、三ッ木珠樹さんの個展会場での
出来事EPがありまして。
 それを、適当に繋いで見ました。
 出来るだけ、背景はIRCの会話からとった筈ですが、それなりにこちらで
手を加えていますので、チェックお願いします>皆さん。
#なお、本当に己の主観でまとめてます。
#どんどん手直しお願いします m(_ _)m

というけで、試作品ですが。

*****************************************
個展会場にて
============

点景〜飴色の未来の断片
----------------------

 日光ごと作品の一部になっている気が、風音にはした。

 一枚の硝子を挟むだけで、街中の喧騒がすう、と吸い取られるように消える。
梅雨の時期だというのによく晴れた午後。日光は、けれども、硝子の前の和紙
で一旦遮られ、和らげられている。
 飴色の塊が、その光の中でやはり柔らかな艶を帯びている。

 三ッ木珠樹の個展会場は、練馬の一角にあった。
 住所は聞いていたものの、やはり少し道に迷って辿り着く。日中、少し汗ば
むほどの陽気だったが、会場に入った途端、その汗がすうと引いた。勿論冷房
のせいもあったろうし……また、会場のしんとした空気のせいもあったかもし
れない。

 志郎は、風音の後ろに黙ってついて来ている。

 珠樹の個展には、是非行きたいと思っていた。珠樹の作る不思議なかたち。
それはどこか、未来の破片を思わせた。それでいてそれらは崩れることの無い
まま、静かに存在し続ける。
 初めて、珠樹の作品を見た時から、そんな感覚はあった。めまぐるしく生成
され、砕けてゆく未来が、ふと、止まったような。
 静かな錯覚。
 すう、と一瞬、水面が鏡面になるような。
 木。悠々とした時の中を、人よりもゆるやかに過ぎてゆくもの。その中から
珠樹によって彫り出された作品群は、その周りに彼らの持つ緩やかな時間流を
保ち続けているのかもしれない。
 故に……風音は珠樹の作品に立っているのが好きだった。見る、というより、
見ることによって、それら作品群の時間を共有する感覚。

 とは、いえ。
 志郎を連れてくることについては、多少の不安がなかったとは言えない。が、
一人置いてくると考えると……こちらは多々不安が残るもので。
 騒ぎを起こすな、自分から離れるな、と、家を出る前に志郎に言った。その
言葉の通り、彼は今まで殆ど口も開かず、三歩と風音を離れない。
 やたらに長い髪を濃灰の布で纏めた少女めいた女と、その後ろからしんとし
てついてくる男。
 多少妙な取り合わせに見えるかもしれない……とは、風音の自覚である。
 大概にして、自覚は他覚より控えめなものである。

 若手の中では結構有名な彫刻家であるせいか、個展会場は平日の午後という
のに、案外人が入っていた。さわさわと小さな声、そして忍ばせるような足音。
 音を立てないように、風音もその人々の中に入ってゆく。一つ一つ、作品の
前を歩きながら。

 風音     :「……あ」

 ふと、足を止める。
 一つの作品。流れを連想させるオブジェに、やはり流れのように布が一枚絡
められている。
 その布に、覚えがある。

 風音     :(こんな風に、使って下さったんだ)

 以前、珠樹に渡した布。作品の下にでも敷いてもらえば、と思って織ったの
だが。
 
 風音     :「…………」

 使いかたが、見事である。
 自分が考えていた……予想していた以上に、彫刻と布が調和して見える。
 曲がりなりにも、織り手……創り手としては、それは本当に嬉しいことで。

 風音     :(お兄さん……いないかな)

 嬉しいから、お礼を言いたい。
 きょときょとと周囲を見まわしていると、

 志郎     :「誰を、探している」
 風音     :「……三ッ木の、お兄さん」

 少し、間。そしてすぐに志郎の視線が会場の隅に向かう。
 視線を、追う。と、すぐに珠樹が椅子に座っているのを、風音は認めた。
 
 風音     :「……ありがとう」
 志郎     :「…………」

 返事は、無い。
  風音も返事を待たなかった。


二度目の必然
------------
 
 個展会場は、静かだった。
 作品を見るのに、言葉は要らない。
 空調も、ほどよい。光の具合も、やはりほどよい。

 三ッ木珠樹、という名前は、それなりに知られたものではある。若手の彫刻
家としては破格に名を知られている、と言っても良い。
 が、まあ、その人の彫刻が知られているほどには、その顔は知られていない
わけで。
 自然、個展会場の隅っこで椅子に座っている珠樹に声をかける人も居ない。
 故に………………

 珠樹     :「…………(こっくり、こっくり)」

 何だかんだと言っても、この数日忙しかったのだ………………が。
 すう、と、影が一つ近づいた。
 黒尽くめの、背の高い女性だった。

 奏雅     :「すいません、三ッ木さん」
 珠樹     :「………………(こっくり、こっくり)………あ(?)」
 
 反射的に顔をあげたものの、まだ頭の九割がたは眠っている、といった風情
である。

 奏雅     :「……(間抜けな顔だなぁ)」

 一瞬の、間……というよりも、躊躇。何といっても相手が起きていない。
 と。
 足音が二つ。

 風音     :「…………あ、三ッ木のお兄……」

 言いかけて、丁度自分と珠樹を挟んで反対側にいる奏雅に気がついたらしい。
そのまま風音は一歩後退した。

 奏雅     :「あ…(風音に気づいて)……すいません、どうぞ」
 志郎     :「‥‥‥‥‥」

 で、肝心の珠樹は、というと。

 珠樹     :「………あれ?4番の彫刻刀が………」

 辻褄の合わないことを呟きながら、右手を眺めている。
 どうやら自分の個展会場にいることを未だに認識できていないらしい。
 それを目の端で何となく捉えながら、奏雅はふと心中で小首を傾げる。

 奏雅     :(この子、見覚えあるな…)

 青白い顔。膝あたりまでありそうな、やたらと長い髪。
 どこかで……見たような。

 風音     :「いえ…………どうぞ」
 
 更に三歩後退したところで、とん、と背中に手応えがあった。
 反射的に振り返る。

 風音     :「……っと、ごめんなさい」
 志郎     :「………」

 避けてくれれば、と、一瞬思い、すぐ考え直す。志郎からすれば、騒ぎを起
こすな、自分から離れるな、との注意を守っているに過ぎないのだ。
 だから、謝る。
 志郎の表情は変わらない。
 それでも慌てて一歩前に戻った風音の手を、ひょいと奏雅が掴んだ。
 
 奏雅     :「私は後で構わないから…」
 風音     :「っと…………(あれ?)」

 黒い髪、黒尽くめの服装。
 雨の中、傘を持って近づいてきた…… 

 風音     :「………あの、この前の、雨の時の……?」
 奏雅     :「え?」

 二人の意識が、当の珠樹から逸れている間に。

 珠樹     :「…………」

 目をこする。
 ようやく目の前で揉み合って(?)いるふたりのうち一人がご近所の「ふう
ちゃん」であることを認識する。
 そして、もう一人、女性。
 どうやらお互い、見知っているらしい、と、判断する。

 珠樹     :「…………えっと、お知り合いですか?」
 風音     :「あの、この前、雨の日に、家まで送って下さった方なん
        :です」
 奏雅     :「あ…(ああ、あの時の)」

 思い出す。
 雨の中、長い髪を重たげに濡らしていた少女。
 その背後に立っている男が、こちらをじっと見ている。
 その顔には……これは確かに覚えが無い筈なのだが。

 志郎     :「……………」
 奏雅     :「………?」

 こちらを見ているのはわかるが、その表情が読めない。

 志郎     :(栄養状況が悪いな、朝食を摂ってこなかったに違いない)

 ……読めなくて正解だったかもしれない。
 
 珠樹     :「……………」

 ようやっと、状況が頭の中に染み込んでくる。
 少なくとも、ここは自分の個展会場である。そして、彼女たちはお客である。
 故に、もてなすことは自分の義務であり……礼儀である。

 珠樹     :「あ、そうですね、そっちの奥の方のテーブルにお茶があ
        :りますから、みなさんそちらにでも」

 座り込んでいた椅子から立ち上がる。
 ひうっと背が伸びる印象に、風音は目を一度瞬く。
 今まで背を丸めて眠っていたせいもあるのだろうが。

 志郎     :「…………」

 その動きを追うように、志郎の視線が動く。

 風音     :「…………(何か視線が頭の上を通過してるのを察知)…
        :…?(振りかえって志郎氏を見てる)」
 志郎     :「…………(何で見られてるのか分らない)……(ちょっ
        :と考えてる)……(なでなで)」<分らないから、とりあ
        :えず撫でてみた
 風音     :「………(何で撫でられたんだろうと思っている)……
        :(何か誤魔化されたような気がしている(爆))」

 ほんの数秒の、無言劇に似た風景に、珠樹は微かに目を細めた。


未来事象〜回旋舞
----------------

 珠樹     :「ま、こちらへどうぞ」
 風音     :「お兄さん、この方、何か用事のある方みたいで……」
 奏雅     :「…いえ、私の用事はとくにいそがないので…」

 どんな関係かは分からないが、目の前の少女が珠樹と親しいことはわかる。
一応取材ではあるものの、やはりこの少女のほうを優先すべきだろう。
 
 珠樹     :「あ、まぁ、いそがれないのでしたら、作品の感想でも聞
        :かせていただくと嬉しいです」
 奏雅     :「はあ……」

 人のいい笑顔。
 あいまいに頷きながら、奏雅はちょっと首を傾げて会場のほうを見やる。
 誰かを探す動きに、風音が小首を傾げる。

 珠樹     :「どうぞ」

 腕が、動く。一緒に空気もするりと動く。
 その動きに同期するように、三人も動く。
 何となく、テーブルについたとき。

 奏雅     :「あ」

 今度ははっきりと、奏雅の目が誰かを捉える。
 その視線の先に、まだ若い女性。
 丸く膨らんだ腹部。おかっぱの髪。どこかあどけない顔立ちの女性は、きょ
ときょとと誰かを探すように辺りを見ていたが。

 奏雅     :「……睦美ってば」

 流石に、大きな声では呼べない。が、かたんとテーブルから立ちあがった音
に、おかっぱの女性は振り返った。

 睦美     :「あ、そこに……」

 途端に、その目が大きくなる。 

 睦美     :「あ、三ッ木さんですねっ(歓喜)」

 丸いおなかをものともせず、ててててとかけてくる。本人は平気かもしれな
いが、見ているほうは背筋が寒くなる風景である。

 奏雅     :「走らないのっ」

 奏雅の声が、聞こえているのかいないのか、ててて、と、スピードを緩めず
に走ってきた彼女は、真っ直ぐに珠樹に向かった。

 睦美     :「あのっ(嬉々)」
 珠樹     :「……はあ」
 睦美     :「サイン、お願いしますっ」

 さっと差し出される、個展のパンフレット。

 珠樹     :「ああ……はい」

 幾つかのポケットを叩き、探り、なんとか発見したペンで、差し出されたパ
ンフレットにサインをする。

 睦美     :「有難うございますっ」

 その表情が、何だかとても愛らしくて。
 思わず口元を綻ばせた風音を、ふいと相手が見返した。
 
 視線から、未来が零れた。

 はっきりと、素直すぎるほどの表情を湛えた瞳が……ふっとその表情を喪い
今の彼女と分離してゆく。
 未来の、彼女と、今の彼女。
 二重映しの未来の片割れは、緩やかに回り始めた。くるくると、それは何か
神事の舞に似ていた。
 くるくると。何かの回りを。

 彼女の、丸い腹部を中心に。
 ごぼごぼと………………湧き出し、流れてくる……………
 異なるもの。
 
 ………あれは、なに?

 
 睦美     :「……あの?」

 ちょっと怪訝そうな声に、風音は、はっとして視線を上げる。

 睦美     :「どう……か?」
 風音     :「あ………あの、いえ」

 彼女の腹部を、そろっと見やる。
 得体のしれない……未来。
 だけど。

 睦美     :「……?」
 風音     :「あ、あの……どうぞ」

 彼女からぼんやりと流れる、感情。
 不審、そして、若干の不快。けれどもそれ以上に、心配と心遣い。
 いい……ひとなのだ。

 風音     :「どうぞ、座ってくださいな」

 だから、椅子を譲る。丁度奏雅の隣の椅子。

 睦美     :「え?あ、いいのに……」
 風音     :「いえ」

 するり、と椅子から抜け出して。
 
 風音     :「向こう側見てなかったから、見てきます……志郎は」

 続いて、やはり静かに立ち上がりかけた男を見やって、付け加える。

 風音     :「ここにいて。今は、ここにいて」
 志郎     :「…………」

 そのまま、男が椅子に座り直す。
 風音は一礼して、そのままその場を離れた。


未来事象〜多重染影
------------------
 
 未来、未来。
 目眩のするような。

 多少、非礼だった自覚はあるが、しかし、あの奇妙な未来が零れてくる女性
と一緒に座っていることは出来なかった。未来を気にすることなく、話しかけ
てくる現在の彼女に礼儀正しく反応することが、多分、出来ないだろう、と。
 それくらいは、わかっていたので。

 だから、未来を、鎮める。
 静かな未来を持つ、この彫刻群の中で。
 静かに、静かに。

 しばらくの、間。

 
 と。
 ごとん、と、何かが足元に落ちた。
 風音の視線が、ごく自然にそれを追い………そしてその目が見開かれた。

 首。

 風音     :「………っ」

 声を上げかけたのをぐっと呑み込み、もう一度視線を足元に落とす。紛いよ
うも無い質感を備えた首は、しかし、視線の先でぐずぐずと割れ、砕けた。

 風音     :「…………(溜息)」

 戸惑うほどに、リアルな未来であったらしい。
 安堵する自分。そしてそれを自嘲する自分。
 どうせ、未来には実現することであるのに、それでも幻であることに安心し、
溜息をつく自分。

 風音は足を止めた。
 目の前に、丁度、頭ぐらいの大きさの、彫刻が置いてある。
 目も、鼻も、口もない。しかしそれは、それでも何故か頭部を連想させた。

 風音     :「………(苦笑)」

 どうしてこう、頭ばかり連想するのだろうか。いや、それとも先程の未来が、
連想の幅を狭めているのだろうか。
 苦笑混じりに、その彫刻を見やる。片側に流紋、もう片側に鋭い線刻。
 対比。矛盾。
 そして。

 風音     :「…………!」

 不意に、その彫刻が変じる。急激に分離し、重なり、丁度葡萄の房のように
ごとごとと同じような大きさの塊を生み出してゆく。
 奇怪なもの。
 一番奇怪なことは、それでもそれが、人の形状をどこかに保っていたことか
もしれない。幾重にも重なるそれらは、しかし、一つ一つがはっきりと人の頭
部の形をしていた。

 ………………あなたたちは、なに?

 その顔に、恐怖は無い。怒りもない。
 ただ、ゆるゆるとした微笑。

 ぬるま湯のような…………


 だん、と、椅子の叩き付けられる音に、後の三人ははっと息を呑んだ。
 奏雅と睦美、そして珠樹はお茶を前に話しているところだった。というより
は、睦美が質問し、奏雅がそれに付け加え、珠樹がそれに答えていたのだが。
 本来、奏雅の取材だった筈だが、この点、睦美の問いは秀逸だったと言える。
案外立ち入った……というか、プライベートに関わりそうな問いも、彼女が発
すると、ごく単純な疑問に変じる。そこに好奇心の持つ厭らしさが生じないの
は、睦美の育ちのよさ、そして何より、その人柄の賜物だったろう。
 その、問いが。途中で断ち切られる。

 珠樹     :「……どう」

 しました、と、続く筈の言葉は、ぷつりと途切れた。
 滑るように走る男の先に、見知った少女。上体がゆっくりと泳ぎ、後ろへと
倒れてゆく。長い髪が、残像のようにその動きを追う。
 差し伸べられる、腕。
 床に倒れ込む寸前に、少女の体は、落下を止めた。止めた男は相変わらず無
表情のままである。

 奏雅     :「っ」

 一瞬呑まれたように、その光景を眺めていた奏雅が立ち上がった。

 奏雅     :「大丈夫?」

 かつん、と、靴の踵を鳴らして走り寄る。聞こえているのかいないのか、男
は黙ったまま少女の体を掬い上げ、立ち上がっていた。

 珠樹     :「……こちらに。救護室がありますから」

 落ち着いた声に振り返ると、珠樹が静かに扉を指差していた。

 珠樹     :「連れていってあげてください、懸さん」

 では、この男を知っているのか。
 男は、こっくりと頷いた。


夢の通い路
----------

 風が、吹く。
 どこかひいやりと、冷たい水を含んだ風。

 風音     :「………………」

 ぼんやりと、辺りを見回す。
 ほのじろい空が一面を囲んでいる。座り込んだ風音の、胸のあたりまで伸び
た草が、さわさわと思い出したように揺れる。
 
 風音     :「…………(あ、だれもいないんだ)」

 霧のせい、だろうか。風景はどことなく輪郭を柔らげられ、やさしげに、そ
してものがなしげに見える。
 ふう、と、また風が吹く。その軌跡を追うように、風音は首を巡らせた。
 と。

 奏雅     :「……どうしたの?」
 風音     :「…………あれ?」

 視線を、そのまま後ろへと滑らせる。
 黒尽くめの服装、そしてやはり漆黒の髪。
 浮かべる表情次第で、厳しくもなるだろう目元に、今は柔らかな微笑を浮か
べて。

 風音     :「誰も居ないなら、眠ろうと思ってました」
 奏雅     :「……眠ってたのかと思ってた」

 静かに、近づいてくる女性。
 奏雅、という名前の。

 奏雅     :「…あんまり何もしゃべらないで景色眺めてるから…」

 静かな、微笑みごと。

 風音     :「…………そう……ですね」

 近づいても、やはりその空気は静かで。
 静謐。そんな言葉を思い出す。
 静けさは鋭く尖ることもなく、まあるく周囲を包む。

 しばし。

 と。

 すう、と、二人の視線の先に、色が凝った。
 見えない輪郭の中に色が満ちるように、それはみるみるうちに奇妙な姿を取
った。
 複数の、頭。異様に長い手は、けれども確かに人の手の形をしている。

 ヘッドコレクター。人の頭部を奪い、集めるもの。

 ふと、そんな言葉が風音の頭に浮かぶ。
 けれども、不安はやはり感じない。まるで周囲の乳白色の霧に吸い取られで
もしているように。

 ヘッドコレクター:「あそんで」「遊ぼう」「遊ばないとね…」

 和する、声。様々の高さと質。

 風音     :「遊ばないと……なに?」
 奏雅     :「……遊ばないと…どうなっちゃうのかな?」
 ヘッドコレクター:「欲しくなる」「奪いたくなる」「頭部」「人間の価値
        :を決定する…」
 風音     :「……頭が、人の価値を決めるの?」

 すうっと、奏雅が風音の前に移動した。

 奏雅     :「…ふぅん、価値ね」
 ヘッドコレクター:「そうだよ」「違うよ」「平穏なる精神」「完全なる知
        :識」「無価値…」
 奏雅     :「じゃあ…伸ばした腕も足も、あなたには不要なものなの?」
 風音     :「…………(少し目を細めてヘッドコレクターを見ている)」
 ヘッドコレクター:「僕には既にないもの…」「先生…」「服、自在の」
        :「美しきは我がコレクション」

 和する声。まるで耳障りでない程度に抑えられた、ラジオのノイズ。

 風音     :「……どうやって遊ぶの?」

 遊ぶ。ふと口元に笑みが浮かぶ。
 目の前の異形と、その言葉との落差に。

 奏雅     :「……鬼ごっこ…かな?」

 奏雅が、小首をかしげる。

 ヘッドコレクター:「鬼ごっこ?」「愛の再現」「口づけ、或いは接吻」
        :「殺し合いさ」「僕達の中においで」

 すう、と声が一つの波に合わさって。

 ヘッドコレクター:「永久不変のおままごと」

 視線。
 どこか執拗なものを含んだ。
 見下ろす視線を、風音は受け止めてそのまま見上げた。

 風音     :「……再現されるような愛は無いよ」

 まるで、小さな子供に言い聞かせるように。

 風音     :「再現されるなら、誰も泣かない」
 奏雅     :「……おままごとか」
 ヘッドコレクター:「僕には涙はない」「私には孤独はない」「俺には怒り
        :はない」「在るのはただ平穏」
 風音     :「……では愛も無いんだね」

 見上げた視線の先の、幾つもの顔。どれも穏やかな、どれも平坦な。
 どれも……まるで既に死者の列に並んだような。

 風音     :「平穏ならば、風も吹かない」
 奏雅     :「……群れているだけね、愛じゃない、意志さえない」
 ヘッドコレクター:「愛もまた流動、変化は危険な可能性だ」「先生と私の
        :絆は絶対に崩れないものなの…」「群ですらない、我らは
        :集合体…」
 奏雅     :「怒りがなければ、悲しくもない、嬉しくもない」
 風音     :「……群れですら、ないの?」

 見上げていた視線を滑らせ、奏雅のほうへと移す。
 柔らかだった奏雅の瞳が、今は鋭く研ぎ澄まされている。
 何故か……安堵して、風音はもう一度異形へと視線を戻す。

 風音     :「じゃあ……一人なんだね、貴方は」
 奏雅     :「変化をとめることは…進化を放棄したことなんじゃない
        :かな?」
 ヘッドコレクター:「そうだよ、僕らは一つになったんだ…」「完成したモ
        :ノに進化は不必要なのよ」
 奏雅     :「……混ざり合うことが、一つになることとは思わないな」

 さら、と、後れ毛を後ろに流して。

 奏雅     :「それぞれの個を消して一つになったって、それは何の意
        :味も無いと思うな」
 風音     :「混ざり合って……一人ではないのに、一人を選んだの?」
 ヘッドコレクター:「君もここに来ればわかる、ここには安らぎがある」
        :「完成者はある意味常に孤独なのかもね、人はそれを神と
        :いう」
 奏雅     :「…違うわね、選ばされただけ」
 風音     :「完成者になんてなりたくないもの」
 奏雅     :「……絶対者であり、絶対の孤独者は神っていうものね」
 風音     :「……完成、したかったの?」

 首を傾げた風音に、奏雅が答える。
 微かに、苦笑を含んでいたように聞こえた。

 奏雅     :「完成できないから、ここにいるんでしょうね、きっと」

 ざわざわと、無数の首が揺れた。

 ヘッドコレクター:「可哀想に…藻掻くのね」「でもだからこそ愛らしい」
        :「あのお姉ちゃん達にも来て欲しいな」
 奏雅     :「そして、できもしない完成をもとめて…いつまでも首を
        :求め続けるんだわ」

 厳しい声音。
 風音は奏雅を見上げる。

 風音     :「…………では、悲しいね……」

 少し眉をひそめるようにして、奏雅が風音を見返す。

 風音     :「…一人が増えても、一人なのに」
 奏雅     :「…………悲しいわね……でも、このあてのない増殖は…
        :とめなきゃいけない」
 風音     :「…………」

 ゆらゆらと、無数の首が揺れた。
 からからと、乾いた無数の実が鳴るように。

 ヘッドコレクター:「…僕達はまだ増え続ける」「永久に拡張する完成者に
        :もっとも近いモノ…」「先生、私は幸福よ」

 奏雅     :「…求めても、空虚なだけよ」
 風音     :「……加わりたい人も、いるのかもしれない」
 奏雅     :「……すべての人の意志を確かめるすべなんてないわ」

 たん、と振り切るような鋭さを含む言葉。

 奏雅     :「…あなたは…加わりたい?」
 風音     :「私?……私は、厭」

 首を、振る。一瞬の遅滞も無く。

 風音     :「平穏でなだらか。それでは風の音もしない」
 奏雅     :「…あたしは彼らを拒む、あなたもね」

 微かに嘲笑と憫笑を含んだ声が、細かな波のように押し寄せてくる。
 ざわん、と、風に揺れる木々のようなざわめき。

 ヘッドコレクター:「わからない人達、やはり可哀想」「藻掻く者達よ、藻
        :掻くだけ藻掻いて完全なる安らぎの価値を知るといい」
        :「それはまた誰もが……」

 と。
 ぷつん、と。
 まるでラジオのスイッチをひねったように、その姿は虚空に忽然と消えた。

 その、代わりのように、やはり色が流れるように凝って。
 
 直人     :「……やれやれ」

 呆れたような、声と表情。

 風音     :「…………ああ、もう、遊べないんだ、あの人は」
 奏雅     :「……あの人の遊ぶってことは、あの人達と一緒にならな
        :ければいけないってことじゃない?」
 風音     :「……でも、一人では遊べないのに……」
 奏雅     :「だから……求め続けるのよ」

 波のような、声。
 ほんの少しずつ、ずれながら重なり、最後には全てぼやけてゆく。
 そんな風に、ゆっくりとゆっくりと、二人が消えてゆく。

 背景の中に、全てが溶け込みかけた……刹那。
 鋭利な刃物で切り裂いた裂け目のように。
 浮かび上がる、少女。
 
 珠希     :「全て刈り取ってチャラにするしかないのよ…既に、手遅
        :れなんだわ」

 片手に、長い柄の鎌を持った少女。吐き捨てるような声。
 そしてふわりと跳躍する。ゆっくりと上昇する放物線を描きながら、死神を
連想させる、その鎌をゆっくりと振り上げ…………
 放物線の変曲点で、それを振り下ろす。やはりゆるゆると、その先端は見え
ないほどの細い線を空に描く。

 瞬間。

 空間がはじけた。
 弾け飛ぶ、少女。緋色、朱……いやあれは鮮紅色。憶えのある金気を含んだ
臭い。
 その、全てがやはりスローモーションのように、時を引き伸ばされて………

 駆け寄ろうとして、体が動かないのに気がつく。助けなければ、と、意識だ
けは焦るのに、指一本さえ動かない。
 視線の先で、やはりゆっくりと、少女は地面へと叩き付けられてゆく。
 ゆっくり、ゆっくりと、その顔に驚愕と恐怖が滲んでゆく……………


時間象限の原点
--------------

 はっと、風音は目を開いた。
 開いて……一瞬混乱した。

 白い、天井。
 蛍光燈の、光。

 ふと、額に冷たいものが置かれた。

 志郎     :「風音…大丈夫か?」

 声。
 現在に属する、声。
 
 風音     :「…………夢、みてた」
 志郎     :「夢?」
 風音     :「…………」
 
 夢……だったのだろう。
 夢は、すべからく現実ともなりうる可能性を含むもの。
 しかし……可能性、であるもの。

 ほっと、安堵の溜息が漏れる。
 額に置かれた物に、そっと触れてみる。どうやら濡らした布のようだった。
 その手を、そっと抑えられる。

 風音     :「……志郎」

 出会った当初の恐怖ではなく。
 安堵が、ゆっくりと染み込んでくる。
 
 風音     :「何……が、あったの?」

 額から、布が外される。そのまま、額に手が当てられる。
 ゆっくり、ゆっくりと、ささくれ立った感覚が、その波を鎮めてゆく。

 志郎     :「寝ろ」

 すうっと、滑るように。
 眠りの中に…………


夜来
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 送って行こう、と、珠樹が言ってくれた。

 珠樹     :「どうせ私も、家に帰りますから。多少遅くなりますが、
        :それで構わなければ送っていきます」
 風音     :「……有難うございます」

 どうせ、急いで帰っても、何も無いのだ。
 志郎は黙っている。
 反対でもなければ、賛成でもない沈黙。


 そして、夜半。
 都心の混雑で少々手間取った後は、するすると流れるように車が進んでゆく。
 途絶えることのない、光の流れ。
 
 無言。
 振動。

 風音     :「………(目をこすってる)………………」
 志郎     :「………眠いか?」
 風音     :「………(無言で目をこすっている)」
 志郎     :「………俺は寝る…(目をつむる)」

 走る車の音。

 風音     :「………………」

 静かな、規則正しい呼吸音。
 何時の間にか。

 珠樹     :(あんぜんうんてんちう)
 風音     :「…………(ことん、と横に倒れてる)」
 志郎     :(ぽふっ)<受け止め
 風音     :「…………(熟睡)」
 志郎     :(肩を貸して、目を開ける)
 珠樹     :(ちらっとバックミラーで後部座席を確認する)

 
 とんとん、と、肩を叩くと、風音は目を開いた。

 珠樹     :「…………んーと。着きましたよ」
 志郎     :(髪を撫でてたてをどける)
 風音     :「……(目をこすってる)……はい」

 目をひとしきりこすって……で、ぼーーーっとしている。
 まだ、半分は眠っているらしい。

 志郎     :(目をつむってる)
 珠樹     :「着きましたから。ゆっくり休んでください」

 起きていない、と判断して、また、肩を軽く叩く。

 風音     :「…………はい、ありがとうございます……」

 声が、まだ眠っている。

 志郎     :「おりないのか?」
 風音     :「……降りる」
 珠樹     :(だいじょぶかな……)

 と、思った矢先に。
 座席から降りて、立とうとしたところで、風音が転びかける。

 珠樹     :「おっと(受け止める)」
 志郎     :(がちゃ)
 風音     :「……あ、すみません……」

 言いながら、目を何度か瞬く。
 何かまだ寝てるな、と、本人も思ったらしい。

 珠樹     :「………ちゃんと立てます?」
 風音     :「……はい(こっくし)」
 志郎     :「………持っていこうか…」
 風音     :「大丈夫」

 眠そうな顔のままだが、それでもとことこと歩き出す。しかしそのまま前進
し、すんでのところで門にぶつかる前に、慌てて珠樹が門を開いた。
 そのまま、一歩先に進んで、玄関に向かう。ドアのノブを廻す。
 鍵が、掛かっている。

 珠樹     :「鍵は?」
 風音     :「えと……はい、あります(引っ張り出す)」
 志郎     :(ぼーーー)

 かちゃり、と、鍵を開けて、ドアを開けて。
 そこで風音は深々と一礼した。

 風音     :「三ッ木のお兄さん、ありがとうございました」
 志郎     :(ぺこり)
 珠樹     :「ゆっくり休んでください。では、これで……」
 風音     :「有難うございました……」

 かつ、かつ、と、歩く音。そして程無く、走り去る車の音。

 志郎     :「入れ」
 風音     :「……うん」

 ドアが、閉まった。

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 まあ一応、これで落ちかな、というところまでは会話がありましたので、
時系列順に繋いではあります。

 あ、あと、纏めてて、多少考えこんだのが、ヘッドコレクターさんで。
 いや、内容については、まとめ易かったのですが(^^;;
 名前が(爆)

 E.R    :「むう、最初の部分、一文字多いっ」
 
 名前のところに収まらんのです(苦笑)
 どうすれば良いかちょっとわからなくて……
 お願いします>gallowsさん m(_ _)m

 ではでは。




    

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