[KATARIBE 15598] HA06N :「夜を征く」

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Date: Thu, 7 Oct 1999 09:25:22 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15598] HA06N :「夜を征く」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199910070025.JAA31064@www.mahoroba.ne.jp>
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99年10月07日:09時25分15秒
Sub:HA06N:「夜を征く」:
From:E.R


    こんにちは、E.Rです。

 最近、風邪を引きまして、夜寝るのが早いです。
 故に、朝起きるのが早いです。
 朝もはよから………………話書いてんじゃねえよ>己

 というところで。
 ちょっと、通勤時間に考えた話。

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「夜を征く」
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登場人物
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 平塚花澄:瑞鶴店員。「春の結界」に護られている。
 軽部真帆:某研究所京都支所在。花澄の高校時代からの友人。
 平塚譲羽:木霊の宿る人形。花澄の擬似娘。

本文
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 電話があったのは、もう夜の7時を回った頃だった。

「急にだもん、びっくりした」
「……って、一時間はあったっしょ」
「一時間しか、なかったって言うの、そういうのは」
「そーかね」
「そうよ、急に電話掛けてきて、今から行く、ちょっと時間頂戴って、あれ
何?」
「いあだから、時間頂戴ってこと」
「………」
 助手席の背もたれにわざとらしくもたれ掛かって、花澄が溜息を付く。それ
に構わず、運転席の女性は横目で花澄の膝の上の少女人形を見やった。
「で、木霊娘も元気?」
「ぢいっ」
「をー、そりゃあ何より」
「……真帆、この子のいってることわかるの?」
 意外そうに尋ねた花澄に、真帆は肩を竦めて見せた。
「そらあんた、言葉の意味はわからなくったって、この場合、元気一杯手をあ
げて答えられたら、『元気だよ』くらいの意味は取れるでしょうよ……ねえ?」
「ぢいっ」
 声と一緒に大きく頷く。真帆はひょいと片手を伸ばして、譲羽の頭を撫でた。
「いい子だ」
 譲羽が、にこにこ笑った。

「で、どこに行くの?」
「どこって……暫く高速乗って、で、戻ってこようかな、と」
「……………高速?」
「あんたねえ、少しは信用しなさいよ」
「出来ると思う?」
「出来るってば。あたしこれでもこの車で120は出してるんだから」
 花澄は疑わしげに辺りを見回した。
 軽の、ころんとした形の車。どう見ても、スピードをあげて飛ばす為の車で
はない。
「……大丈夫?」
「今のとこ、警察にとっ捕まったことはないわよ」
「……それって、運一つに頼ってない?」
「運も実力の内ってね」
「……実力にはして欲しくないな」

 暗い中、真帆はそれでも慣れた手つきでハンドルを切る。

「っと、花澄。そこのボックスの中にCDが入ってんだけど、適当に入れてく
れない?」
「適当にって……」
「TOTOの Isoration とかあるでしょ?」
「………また、そやって危険な曲を……」
「あれの Endress とか好きで。アクセル踏み込むにはいい曲だよ」
「……だーから。せめて『聖なる剣』か『ファーレンハイト』はないの?」
「今は無いけど……ああ、Mr.mister のCDならあるっけ」
「ああ、『キリエ』の入ってる?」
「そそ。キリエ・エレイソンのサビでだーっと走ると気持ち良いんだよね」
「…………真帆」
「ブルース・ホーンズビィの The Way It Isなんかも入ってるけど」
「却下。あれ一曲目が Western Skyline だもん」
「ラストが Red Plain だしねえ」
「……………」
 ボックスの中をがさごそと探る花澄の手元を、譲羽が心配そうに眺めている。
「……ねえ、要するに、真帆ってば」
「かっ飛ばす為の曲しか持ってきてないわよ、御賢察の通り」
「……あーのねえ」
「良いじゃない。余程フィリップ・ベイリーのCD持ってこようかと思ったの
諦めたんだから」
「…………で、何が聞きたいの?」
「じゃ、無難なとこで、Yes の Lonry Heart の奴」
「…………………………了解」
 がさごそと、ボックスの中を掻き回す花澄の手元にちらと視線をやって、真
帆はくすくすと笑った。
「言うけどさ、このCD皆、あんたが一度は聞かせてくれた奴だからね」
「それは知ってるけど、少なくとも私、車の中では聞かせなかった」
「…まーね」
 言うなり、真帆はぐい、とアクセルを踏み込んだ。
 ぢい、と、木霊の少女の声が聞こえた。
 どちらかといえば……喜んでいる声に、聞こえた。


「……………真帆」
「なに?」

 一時間ほど走ると、真帆は適当なインターに入った。言わば年中無休の店の
一つに入り、冷たいコーヒーを買い込む。

「何か、あった?」
 返事に先立って、一瞬、沈黙があった。
「………何かって?」
「…変だもの。こんな時間に」
「変、だけどねえ」
 こくり、と、コーヒーを一口含んで、真帆は少し首を傾げた。
「……まあ……変か」
 その顔を、苦笑が覆う。
「どうか、したの?」
「……いあ」
 紙のコップを、二本の指で弄びながら、これははっきりと真帆が首を横に振っ
た。
「どうもしてない。何か特別なことがあるわけじゃない」
「じゃ、何故……」
「ちょっと、ね」
 ほろ苦いような笑いが、彼女の口元をかすめる。
「…………ちょっと……なんだけど、しんどくなった」

 何があったわけでもない、と、彼女は繰り返した。
「何かがあったんなら、あたしもっと堂々とあんた呼び出すわよ。そんでもっ
と堂々とすっ飛ばすわ」
「…………これ以上?」
「こんなの大した事ないって」
 そうかなあ、と、花澄としてはかなり疑問なところであったが、この際黙っ
ておくことに決めた。
「じゃ……」
「だからさ。なあんにもないけど、少し疲れたんだよねえ」

 空になったコップを、ぽうんとごみ箱に放って、真帆は笑った。

 走り続けること。
 少なからぬ外圧の中、己の我侭を通し続けること。
 お前が強いからそれが出来るのだ、お前の所為で何人が道理を引っ込めてい
るのか、と、責められながら走り続けること。

「てかさ」
 花澄がゆっくりと缶コーヒーを飲み干す。その横で、真帆はとんとんと弾む
ような足取りで歩いている。
「走り続けてない連中にはさ、走り続けるしんどさはわかんないっしょ」
「……まあ、ね」
 花澄の口元にも、苦笑が浮かぶ。
「走り続けるのは、お前の身勝手。身勝手を通すに何のしんどさがあろう」
「そうそう、それそれ」
 ぽん、と、手を打つ真帆に、花澄が苦笑する。
「私も、言われるもの」

 走り続けること。
 世の中一般の常識を破ること。
 人として欠けている、まともではない、それはおかしい。
 そう、面と向かって、罵られること。

 走り続けること。
 風など無かろう、自分勝手のことだろう、走るのを止めれば済むことだろう。
 ああ貴方の幸せを願っています、それを幸せと認定できるように。
 その言葉で、呪われ続けること。

「死ね、と、言ってると同じなんだよねえ」
「うん」
「それを、最大限の好意で言ってるんだよね、性質悪いことに」
「うん」
 かあっ、と、一つ叫ぶと、真帆は手を大きく振る。
「冗談じゃねえや、ったく」

 乱暴に運転席に乗り込み、ざっとシートベルトを引っ張る。同様にしてから
譲羽を膝の上に載せた花澄が、ふと、口を開いた。
「……ねえ、真帆」
「え?」
「私がもし、走るのを止めたらどうする?」
「あんたが?」
 真帆の手が、留め金から外れる。戻りかけたシートベルトを掴んで留めてか
ら、彼女はもう一度花澄を見た。
「……あんたが……まあ、穏便な方法で走るの止めるんなら」
「うん」
「あたしは……案外喜ぶかもしれない。ああ良かった、ってね……でも」
「でも?」
「あんたが穏便に走り止めるっての、考え付かないからなあ」
 すい、と、真帆が目を見据える。冗談にするにはあまりに鋭い視線に、花澄
は多少居心地悪げに身動きした。
「あんたが走り止めたら……あたしだったらこの野郎、っていうだろうなあ」
「そう?」
「こーの莫迦、死ぬ前にもすこしましな方法考えな、ってさ」

 口元だけで、笑って。

「……違う?」

 花澄もまた、口元にだけ、笑いを浮かべる。

「…………多分、違わない」


 走り続けること。
 自分勝手を通すこと。
 人の好意を踏みつけ踏み荒し、己であることを選び続けること。
 故に。
 
「そこまでやったら、只では走り止められないよなあ」
「……まあね」

 ぐい、と、キーをひねり、アクセルを踏み込んで。

「じゃ……もどろっか」
「うん……って、真帆、そっちこそ大丈夫?」
「あ?」
「これからうちまで来て……あと、帰るってしんどくない?」
「しょうがないよ。明日休日出勤だもの」

 よいしょ、と、走行車線に車をねじ込んで。

「これも、代償でしょうさ」


 夜を。
 夜を突っ切って。

「強くもなろうさ」
「強くならないが可笑しいかもね」

 夜を征く。
 どこまでも。
 
「……あ、そだ、花澄、Hootersのアルバム、かけてくれない?」
「Zigzag?」
「そそ」

 兄弟、どこかに行っちまわないでくれ、と。
 繰り返し繰り返し歌う、声。

「……花澄」
「え?」
「…………走り止める時には、教えてね」
「……………」
 ふい、と、真帆は苦笑した。
「………止めないから」
「……………うん。でも」
 ふい、と、花澄もやはり苦笑した。
「教えられるほど、ゆとりは無いと思う。多分」
「そっか」

 互いに。
 やはり、走り続ける者である故に。

「…………そうだろうね」


 走り続けること。
 夜の中を、征くこと。

 それでも、その道を選ぶこと。


 ざあ、と、幾つものテールランプが流れてゆく。
 窓の端に、欠けた月がこびりついていた。



解説
----
1999年、8月中旬。
花澄と、その友人である真帆との会話です。

*********************************

 てなもんで。

 真帆、というのは、「ヒバの森から」で、花澄を誘った、あの「真帆」です。
 設定としては、一番本体の現在に近いかな。職業とか(笑)

 TOTOのIsorationとファーレンハイトは、最近、CDを買いまして、
毎度のように聞いてます。
 しかし、Isorationは聞き覚えがあるのに、ファーレンハイトはそうでもない。
どーしてかな、と思って、アルバム発売の年を見たら、前者が84年、後者が
86年でした。
………よーするに、86年ってったら、こちとら大学受験だったわけだ(爆)
#ああすっかりなつめろなのねー(滅)

 というわけで、結構、その手の古めの曲をばかばかかけつつ、毎日
職場にいっているわけで。
 今回、その曲を使っております。
 HootersのZigzagなんか良いぞーー。

 というわけで、ではでは。




    

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