[KATARIBE 15422] HA14N 「坂の途中で」

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Date: Sat, 25 Sep 1999 17:36:21 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15422] HA14N 「坂の途中で」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199909250836.RAA08244@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 15422

99年09月25日:17時36分16秒
Sub:HA14N「坂の途中で」:
From:E.R


   こんにちは、E.Rです。

 長々動いていない狭間14。
 の……某、キャラクターの一断片。

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坂の途中で
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   坂の途中で
   受話器をおいたら
   しゃがみこみたいほどさみしくなった


「………紗耶様?」
 声をかけられた相手は、首をひねって声の主を見上げた。
「あ?」
「あ、ではございません。どうなさっておいでです」
 えらく時代がかって聞こえる言葉遣いの主は、絶世の、と言って間違いの無
い美女である。さらさらと長い髪、白皙の顔。作り物めいてさえ見えるほどの
美貌が、しかし今は如何にも困った、と言いたげな表情を浮かべている。
「……見てのとおりだけど?」
 応じるのは、これはごく平凡な顔立ちの女だった。銀縁の眼鏡に、高く結ん
だかなり長い髪。娘というにはとうが立っているが、かといって女性、という
響きも似合わない。奇妙に乾いた印象の女は、軽い苦笑を口元に浮かべてそう
言った。
「見てのとおり、と仰言いましても」
「だって……清姫。あんた、あたしが何してるように見える?」
「…………坂の途中で、座り込んでらっしゃるように見えますが」
「どんぴしゃり」
 くくっ、と、喉の奥で笑う声と共にそう応じてから、彼女は額にかかった数
本の髪を指で払った。
「……紗耶様」
「だーから」
 長いスカートは、濃い茶色。それで膝を包み込むように座り込んでいた女は
多少困ったように……それでも、笑った。
「座り込んでるんだってば。坂の途中で」
「それは、私にも分りますが」
「じゃあ、訊かなくってもいいじゃない」
「……紗耶様」
 三度目の呼びかけには、流石に非難の色が濃い。女は、ふと視線を逸らした。
「…………冗談だよ」
 どこか遠くで、最終電車のアナウンスの声が聞こえた。



「……あーのさ」
「……はい?」
 暫く、しんとした中に、遠く車の行き来する音だけが響く。幾度目かの音が
遠ざかった、その沈黙の中で、ふと、女が口を開いた。
「いや……遅くなったからさ。連絡取ろうと思ったら……ここしか電話が空い
てなかったんだわ」
「はい」
 清姫、と、呼ばれた女は静かに頷く。白い顔がやはり静かな無表情を浮かべ
たまま、宙に浮いているかのように見える。
「で、まあ電話かけて……で、ここから下の街見てたら、何だか座り込みたく
なってさ」
「……はい」
「で、座ったら……立てなくなった」
 何でもなげに、女が言う。
「そうでございますか」
 何でもなげに、もう一人の女が応じた。

 きい、と、妙に浮世離れしたブレーキの音が響いた。
 

「……変、かね」
 問い掛けられて、相手は小首を傾げた。
「……私には、何とも」
「可愛くないなあ」
「そうでございますか?」
「そういう時は、そう思ってなくっても、変じゃありません、くらいは言うも
んだよ」
「……そうでございますか」
「………………清姫」
 じろり、と、白い顔を見上げて。
「あんた今の台詞、厭味で言ったら殴るよ」
「厭味……でございますか」
 やはり、無表情のまま、首を傾げている美女の顔を見やって、女は苦笑した。
「そんなことは無い、って知ってるけどね」

 銀縁の眼鏡を、つう、と、遠くのヘッドライトが伝って動いた。
 

「……失礼します」
 ふい、と、細い影が動いた。
 やはり長いスカートをふわりと捌いて、立ち尽くしていた女が座り込む。相
手がきょとん、と見やる視線に、やはり無表情のままの顔を向ける。
「立てないものだろうかと、試してみようと思いまして」
「………ふうん?」
 それで?と、暗に問い掛ける視線をしっかりと見据えたまま、彼女はすい、
と立ち上がった。
 何の苦も無く。

「……私は、立つことが出来ます」
 スカートの裾が広がって、一瞬、ひどく奇怪な形をとった。
「私は」
「清姫」
「傀儡でございますから」


 ふう、と、女は表情を消した。
 銀縁の眼鏡が、つるりと光った。

「……そんなつもりで言ったんじゃないのに」

 静かな、張り詰めたような声だった。
 声は、すう、とそのまま宙に消えた。


 ごお、と、トラックの通る音が、低く大気を震わせる。
 まるでそれが眠りを破ったかのように、紗耶と呼ばれた女は頭を一つ振った。
「……かえろ」
「はい」
「………引っ張ってよ」
「はい」
 子供のような物言いに、清姫は素直に手を伸ばし、相手の手を引っ張った。
 根の無い草のように、存外あっさりと紗耶は立ち上がり、ぱたぱたと長いス
カートを払った。

「行こうか」


   坂の途中で
   受話器をおいたら
   しゃがみこみたいほどさみしくなった

   道の途中ですわりこんだらなおさみしかろう



*****************************************

 てなもんで。
 紗耶というのは、痛覚の無いくぐつ使い、こと、叶野紗耶。
 清姫とは、そのくぐつの片割れです。

 では。




    

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