[KATARIBE 15039] [HA06P] 『「吹利史」』完成版

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Date: Thu, 26 Aug 1999 01:31:45 +0900
From: Takuji HOTTA <gombe@osk3.3web.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 15039] [HA06P] 『「吹利史」』完成版
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 ごんべです。

 春先に走っていた「吹利史」関連の最初のエピソードの完成版を作りました
ので、お送りします。
 いー・あーるさんのチェック済みです。


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[HA06P] 『「吹利史」』
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さがしものはなんですか
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 祐司     :「……ない」

 吹利大学通りのとある古本屋に入っていた堀川祐司は、やがてがっくりと肩
を落として店を出てきた。

 吹利の古代王朝史・豪族史を研究していると、どうしてもある戦前の文献の
名前に行き当たる。しかしその本、どこを探しても出てこないのだ。
 既に週末に奈良市内の古本屋という古本屋を調べてみたが、見つからなかっ
た。(もっとも、元々奈良市内に古本屋は多くはないのだが) そして今日も、
吹利の大学通りにおいて既に数軒を「はしご」している。

 祐司     :「大学(※紅雀院大学)の図書館にもあれへんだしなぁ。
        :大学通りやったら、と思ったけど……望み薄かな……」

 駅に向かいとぼとぼと歩いていた祐司は、ふと目に入った落ち着いた風情の
本屋に思わず吸い込まれていた。ここならあるかも、との一縷の望みを抱いて。
 その名は、「瑞鶴」。


 SE     :からからから
 花澄     :「いらっしゃいませ」

 ふ、と歩を進めようとした祐司の足の前には、一匹の猫。

 祐司     :「……通しておくれでないかね」
 瑞鶴の猫	:(ちらりと見上げて)
        :「…………(言葉遣いがなってないけど、礼儀はわきまえ
        :ているようだね)」(すい、と立ち上がる)

 花澄は、入ってきた客が、棚の一つの前に釘付けになったのに気付いて顔を
上げた。歴史書の並ぶ一角をのぞき込む男は、まるでなめるように視線を動か
している、というか、並んだ本の **背表紙たちをまさに熟読** していた。

 花澄     :「(苦笑)……何かお探しですか?」
 祐司     :「あ、すみません……戦前の本なんですが、扱っておられ
        :ますか?」
 花澄     :「えーと……物にもよると思いますけど、どのような?」
 祐司     :「日本の古代史の論文本なんですが……吹利が題材なんで
        :郷土史かも知れませんが、昭和12年の本で、山口淵鳴と
        :いう著者の『吹利史』という本なんですが」
 花澄     :「…………棚に出ていなければないかも知れませんね……
        :今日は店長が留守ですので、また聞いて探しておきますけ
        :ど?」
 祐司     :「そうですか? 是非お願いします」

 そう言って一礼して店を出て行った祐司の肩は、花澄が見てわかるほどがっ
くりと下がっていた。目の光も、書棚をにらんでいたときのそれとは比べるべ
くもない。

 花澄     :「あるといいんだけど……また来てもらえるかしら」

 で、翌日。その客は再び来た。

 SE     :からからから
 花澄     :「いらっしゃいませ……あ」
 祐司     :「こんにちは。
        :……ちょっとごめん」>猫
 瑞鶴の猫   :「なう(勝手におし)」

 祐司     :「昨日お聞きした本なんですが……ありましたか?」
 花澄     :「それが……もう少し探してみますね」
 祐司     :「そうですか……」

 ……と、急に祐司の目が一点に引き寄せられる。
 その目の光の変化に花澄が驚いていることにも、もはや気づいていない。

 祐司     :「こっこれは……『ローティス・ナージャ』の単行本、
        :しかも新刊! こんなところで、今頃……
        :(花澄に)あの、これは売り物ですよね?!」
 花澄     :「(……あんな漫画、仕入れたかしら?)
        :はい、もちろん」
 祐司     :「あ、じゃあ、これ下さい!」
 花澄     :「……はぁ」

 どうも彼の場合、本当の意中の本が湧くようになるまでには、相当の時間が
かかりそうである。


出現
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 さてその夜、瑞鶴閉店の後。

 花澄     :「で……この前言ってた本だけど」
 店長     :「ああ、名前、書いといてくれたか」
 花澄     :「はい」

 『吹利史』 …… 著者:山口淵鳴、昭和12年初版

 花澄     :「何だか、只事でない様子で探してたから……出来るだけ早く
        :探し出せるといいんだけど」
 店長     :「……うん」

 本に関する執着については、この兄妹揃って、人事には思えぬのだろう。
 
 店長     :「しかし、昭和12年……(汗)……親父の生まれた年か」
 花澄     :「あ、本当だ(笑)」

 とにかく後はお願いします、と、花澄が帰っていった後。
 店長は瑞鶴店内に戻った。
 電気をつけ、歴史書の並ぶ辺りに題名を書いた紙切れを突っ込む。

 店長     :「さて、鬼と出るか蛇と出るか」

 一度なりとも読まれて、その後捨てられるのならばともかく。
 印刷され、製本され……そのまま廃棄されて行く本の恨みは如何ばかりか。
 それも、遠い時の果てに、その本を呼ぶ者がいるというのに。

  選択肢の片一方に、本。
 選択肢の片一方に、読者。
 結ぶ糸の有りや無しや。

 店長     :「まあ、後は運だ(達観)……っと」

 仕事は終い、と思っていても、ふと気がつくとつい手を伸ばしてしまう。
 近くの棚の本が、半分引っ張り出されているのに気づいて、手を伸ばし……た時。

 店長     :「……?」

 微かに、きな臭い。

 店長     :「…………!」

 慌てて、先程紙を挟んだ本のあたりを引きずり出し、床に落とす。
 どさばさ、と落ちた本の数は………

 店長     :「なんつう本を探してるんだか(嘆息)」

 両隣の本のカバーが、一冊は焦げ、一冊はわずかに変色している。
 その間の、完全に表紙が焦げた本を店長はそっと拾い上げた。
 
 店長     :「…………ふむ(思案)」

 背表紙の下側、著者名は確かに「山口淵鳴」。

 店長     :「…………しかしなあ(思案)」


知る由もなく……
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 で、何だかんだと悪戦苦闘した末に、祐司は結局とある結論を出さねばなら
なくなった。
 ……実際はいい線いっていたのだが、まあしかたがない。>瑞鶴での本探し

 祐司     :「教授」
 教授     :「どうした、堀川君」
 祐司     :「すみません……この文献だけ、どうしても当たれそうに
        :ないので」
 教授     :「あー……いいよいいよ。この"1937山口"を基にある程度
        :の結論を出した文献の方には、当たれたんだろう? この
        :"1948森本"とか、"1953境"とかがそうなのかな?」
 祐司     :「えぇ、まぁ」
 教授     :「ならいいんじゃないかな」
 祐司     :「わかりました。ありがとうございます」(ぺこ)
 教授     :「まぁ参考資料には書けないが……"森本""境"があれば大
        :丈夫だろう。それ以外に、"山口"に言及している資料はな
        :いのかね」
 祐司     :「ありませんね。その後の研究者は、僕のようにこの"山口"
        :に当たれていないだけ、かも知れません(^^;」
 教授     :「ははは、なるほど」
 祐司     :「何を読んで"森本""境"がこういう論の展開をしたのか、
        :は、どうにも気になるんですが」
 教授     :「まぁね……ただ"森本"や"境"は他の文献も使って持論を
        :補強しているから、それらを参考にするとして、"山口"自
        :体の内容にはあまりこだわらなくても支障はないんじゃな
        :いかね? その……『吹利史』だったかね」
 祐司     :「ええ」
 教授     :「まぁ無視しておきたまえよ。確かに思わせぶりな題名で、
        :気になるがね」
 祐司     :「はぁ……わかりました。じゃあ、もう少し書き上がった
        :ら見ていただきますので」

 そう言って教授の部屋から退出したとき。

 SE     :ぶつっ!(右の靴ひもがはじけ飛んだ音)
 祐司     :「…………何つう不吉な(-_-;;;;
        :これは論文にリテイクをくらうと言う前触れだろうか(汗)」

 これから待ち受ける真の運命について、祐司には知る由もなかった。


登場人物
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堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
    静電気を操る、生きた電源装置。
    紅雀院大学の考古学教室に助手で勤務。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
    四大の力を従え「春の結界」を身にまとう女性。
    書店「瑞鶴」の店番でもある。
平塚英一(ひらつか・えいいち、店長)
    書店「瑞鶴」の店長。花澄の兄。
    自身も異能者だが、「本が湧く本屋」である瑞鶴の性質を
    最もよく知る人物。


解説
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 ごく普通の歴史学者・堀川祐司が、吹利の古代史を研究するうちに知った謎
の文献『吹利史』。祐司は気楽な気持ちで本探しを開始するが、捜索は困難を
極める。偶然彼が足を運んだのは、書店「瑞鶴」。本に記された内容とは……?

 堀川祐司が『吹利史』の捜索を思い立つ、『吹利史』シリーズの初作品です。
平成11年(1999年)3月上旬、吹利市内での出来事です。

 各章の作者と元原稿は下記の通りです。

  さがしものはなんですか
    1999/3/8 ごんべ
    [KATARIBE 12168] [HA06][EP] さがしものはなんですか(仮)
  出現
    1999/3/8 E.R
    [KATARIBE 12173] Re: [HA06][EP] さがしものはなんですか(仮)
  知る由もなく……
    1999/3/12 ごんべ
    [KATARIBE 12261] [HA06] EP: 「『吹利史』」

(解説・文責:ごんべ)


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堀田 拓司 (ごんべ)  gombe@osk3.3web.ne.jp
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