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Date: Sat, 07 Aug 1999 20:14:06 +0900
From: Djinny <djinny@geocities.co.jp>
Subject: [KATARIBE 14716] [HA06P] 『命の光:後編』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199908071112.UAA11751@mail.geocities.co.jp>
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こんにちは、 Djinny こと 古旗 仁 です。
エピソード『命の光:後編』の正式版をお目に掛けます。
『命の光』『鏡介の決断』……と非常に限定されたメンバーでの連続性の高
いお話が続いていますので、完結した際には一つに纏めることも考えています。
手間暇があればですが……。
暗くて重い話に付き合ってくださっている BOBU さん、 Gallows さんをは
じめとする皆さんにお礼を申し上げます。
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エピソード『命の光:後編』
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登場人物
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佐久間拓巳(さくま・たくみ):
自分が幽霊だと思いこんでいる。実は幽体化能力者。
津村佳奈(つむら・かな):
吸血鬼のクォーター。津村奈津の双子の妹。
津村奈津(つむら・なつ):
吸血鬼のクォーター。津村佳奈の双子の姉。
ふたり
------
丸い月が出ていた。柔らかい風が吹いていた。
吹利市の、幾つかある小さな公園の一つ……
佳奈 :「今日は……来てくれるかな……?」
公園の木製のベンチ。白いペンキは剥げかかっていた。
常夜燈の光もよく届かない場所だった。
佳奈はひとりで、少し背中を丸めた姿勢で、所在なげに座っていた。
時折、嫌な音の咳が漏れた。風邪をひいているのかもしれなかった。
公園の入り口には、佳奈が待っている、佐久間拓己がいた。
彼は立ったまま目を閉じ、息を吸い、公園に入るのを逡巡していた。
先月、この公園で偶然「命の光」を見ることが出来るという少女に逢ってか
ら、彼は意識的に此処に来るのを避けていた。
しかし、何時までも逃げ回っているわけにはいかなかった。
いつかは自分の心にけりを付けなければならなかった。
今日なら、月のいいこの晩なら、彼女はここにいるはずだった。
やっと気持ちを固めたつもりだったが、しかし、いざとなると彼にはまだ迷
いがあった。彼は不決断に足を止めていた。
似て非なるもの
--------------
佐久間の耳に、じりじりという耳に障る音が届いた。
振り返ると、回転式発電機特有の音とともに、赤い自転車がこちらにやって
きた。
奈津 :「あ、こんばんわ〜〜」
佐久間 :「!! あ、こんばんは…」
一瞬、佐久間の心を戦慄に近い物が走り抜けた。
自転車の上の少女の顔に、見覚えがあったからだ。
奈津 :「……? どうしたんですか、こんなところで、こんな時
:間に……」
少女は陰のない声で言うと、気軽に自転車を降りて佐久間の隣に立った。
奈津 :「何か珍しい物でもあるんですか?」
およそ警戒心を感じさせない声で彼女は言い、公園の中を覗いた。
佐久間 :「あ、いえ。散歩ですよ」
彼女に似ているが、…ちがうな、と佐久間は感じた。
あの少女が、この少女と同一人物でであるはずはなかった。
なぜなら、あの娘はおそらく……
奈津 :「月夜の晩は危ないですよ……吸血鬼が出るから」
佐久間 :「! そうかも、しれませんね」
奈津は、佐久間の心を読んだような言葉を口にした。
奈津 :「あはは、やだなあ、冗談ですよ、いたらいやでしょ」
およそ屈託のない言葉だった。が、その目は笑っていなかった。
その言葉づかいと視線が、佐久間に公園の中に居るであろう待ち人をまた思
い起こさせた。彼はさりげなく答えた。
佐久間 :「そうですか? いてもいいと思いますよ?」
奈津 :「そ、そうですか? いても、いいって思いますか?
:おにいさんは……」
少女は何故か狼狽えたような素振りをした。
佐久間 :「こんなにいい月の夜ですからね」
奈津 :「……そうですね……」
佐久間 :「じゃ、僕はこれで……。あなたも、気を付けて」
奈津 :「はい、気を付けてくださいね(にこ)」
意を決して、少女に片手を上げて歩き出す。
公園の中に入ろうとすると、後ろから少女が声をかけてきた。
振り替えると、彼女は先ほどとは明らかに違う、ひどく真剣な顔でこちらを
見ていた。
奈津 :「あ、……ほんとに、気を付けてくださいね。
:吸血鬼って、怖いんですから」
佐久間 :「ええ。気を付けますよ」
軽く会釈して、佐久間は公園の中へと足を向けた。
少女は無言でそれを見送った。
ふたたび
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待っているという予感があるとは言っても、それが具体的に何処なのかはわ
からなかった。佐久間は噴水を回り込み、以前彼女に逢った場所に足を向けた。
佳奈 :「ん……」
人の姿を見付けて、佳奈はベンチから立ち上がった。体に僅かに精気がよみ
がえった。にび色の髪がふわりと宙に舞った。
佳奈 :「あ……」
一瞬、ひどく嬉しそうな表情がよぎった。
佐久間はそっと一礼した。
佐久間 :「……お久しぶりです」
佳奈は、また、自分の部屋で客人を迎える者のように振る舞い始めた。
客を迎える部屋にしては随分寂しい場所だった。しかし、ここ以上の場所は
彼女にはなかった。
佳奈 :「ようこそ、人間さん」
佐久間 :「今日も月を見ていたんですか?」
佳奈 :「いいえ、違うの」
佐久間 :「……じゃあ、何を?」
佳奈 :「貴方を……待っていたんです」
幾分、前より素直な表情だった。
佐久間は息を吸い込んだ。それを吐き出す勢いにあわせて、決意を口に
出す。
佐久間 :「…僕も、あなたに会いに来たんです」
佳奈 :「ふふっ、私に会いに来たのではではなくて、命の光の
:ことが気になっていたのでしょ?」
佳奈の顔に皮肉そうな、それでいて悪戯っぽい表情が浮かぶ。
佐久間は苦笑いするしかなかった。
佐久間 :「まぁ、そうですね」
佳奈 :「心は……決まりましたか……?」
佐久間 :「ええ」
佳奈 :「本当にいいの?」
佳奈の瞳には明らかに迷いがあった。
佐久間は一つ首を振った。
決意
----
佐久間 :「あ、いや。そうじゃなくて……今日は、断りに来たんで
:す」
佳奈 :「……え?」
佳奈は驚いたような表情で佐久間をみた。
佐久間 :「あれから、少し考えたんです。……自分が何であれ、
:僕は僕なんですよ」
佳奈 :「……」
佐久間 :「逃げかもしれませんけどね……でも、僕はそれでいい
:と思います」
佳奈 :「……そう。そうですか」
言葉が途切れた。
会話という魔法でささやかに飾られていた佳奈の部屋は、本来の寂しさを取
り戻しつつあった。
佳奈 :「私は……私は、毎日待ってたのに」
それは、言ってはいけない言葉だったかもしれない。
しかし、佳奈はそれを言葉に出してしまった。
佐久間は佳奈の顔を見詰めた。少女は何かに怒りを抱いたような表情をして
いた。
佐久間 :「返事をお待たせして、すみませんでした」
佳奈 :「でも、それが貴方の結論なら……仕方ないですね……」
佐久間 :「……すみません」
まさか毎日待っていたとは思っていなかった。佐久間の心に、ちくりと痛み
のようなものが走った。
佳奈はゆらりと佐久間に背を向けた。
佳奈 :「いいえ……」
また、風が吹いた。佳奈の髪がばさりと宙に舞った。
しかし、それは佐久間にとってあまり魅力的な光景ではなかった。どこか、
生気が欠けた眺めだった。
簡単なこと
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佳奈 :「人間さん……」
佳奈はゆっくりと口を開いた。
佐久間 :「……はい」
佳奈 :「命の光を見るより、……もっと簡単な方法があるんです
:よ……」
佐久間 :「……何ですか?」
佳奈 :「吸血鬼の存在……信じますか? 人間さんは」
いきなりの言葉だったが、佐久間は慌てずに答えた。
佐久間 :「吸血鬼ですか。いるでしょうね……世界は広いですから、
:どこかには」
自分のようなあやふやな存在もいるのだから、吸血鬼がいてもおかしくはな
い、と佐久間は思った。
佳奈 :「幽霊だったら……吸血鬼は、血を吸えませんよね……」
佐久間 :「……でしょうね」
佐久間は一歩後ずさった。
何か、触れてはいけないことに触れてしまったような気がした。
佳奈 :「……私、吸血鬼なんですよ? 人間さん」
月を見上げた横顔は、さっきの娘と似ていた。
だが、その口からは明らかに牙のような物が伸びていた。
疑問
----
佐久間はふと息をついた。
佐久間 :「……あなたは、それでいいんですか?」
佳奈は黙って佐久間に向き直った。
幼さを残してはいるが、妙に年寄り染みた顔だった。そのアンバランスさは、
もしかしたら月の光のせいかもしれなかった。
佐久間 :「あなたは人間でもあるのでしょう?」
佳奈は、躊躇したが、やがて口を開いた。
佳奈 :「ええ……普通に考えれば、四分の三は人間です」
佐久間 :「それでも、あなたは吸血鬼としての……」
生き方を選ぶのか、と言いかけて、佐久間はやめた。
自分が言うべき言葉ではないように思えたのだ。
佳奈 :「……そうです」
その言葉を引き取ったかのように、佳奈は頷いた。
佳奈 :「先祖帰りなんです、私は。人間としての特徴や強い所は、
:全て双子の姉が持っていってしまった……」
さあっと風が渡っていった。
それが、佐久間の心から躊躇を連れ去っていった。
彼はそっと口を開いた。
同時に佳奈も言葉を継いだ。
佐久間 :「あなたは、人として生きたくはないんですか?」
佳奈 :「あなたは……?」
同じ質問が交錯した。こっけいな情景かもしれなかった。
しかし、二人はそれを笑うほどの心のゆとりを持ちあわせてはいなかった。
佐久間 :「僕は、生きたいように生きますよ。必要なときにはこの
:力も使って」
佐久間は僅かに痛みを覚えながらも言い切った。これを言うために、ここ何
日かのためらいがあったようにも思えた。
しかし、佳奈は、彼の決意を見守ることが出来るほど大人ではなかった。
佳奈 :「……人間の癖に!」
まさに吐き出すという形容がぴったりする言い方だった。
しかし、それにひるんではいけなかった。佐久間は躊躇せずに続けた。
佐久間 :「あなたは人間ではない? それでいいんですか?」
佳奈 :「人の血を吸わなければ生きていけず、太陽の光に当たる
:こともできず、ひとにあるはずのない能力を持った物が、
:人間なんて言えるの!?」
佐久間 :「そうだとしても……人間として生きようとするのなら、
:あなたは人間です」
佐久間には、目の前の相手が、ひどく小さな子供のように思えた。
出来るなら、目の前の不幸に酔っ払っている少女を何とかしてやりたいとさ
え今の彼には思えた。
佳奈 :「そんなの、無理だもの……」
佳奈は握っていたこぶしを開き、肩を落とした。宙に舞っていた髪が、だら
りと垂れた。
佳奈 :「人間じゃないもの、私……奈津とは違う……」
佐久間 :「あなたは、あなたですよ」
奈津というのが何者かはわからなかった。おそらく、姉だろうと思えたが、
それはこの際関係なかった。
佐久間 :「ひとと比べてもしょうがないでしょう」
佳奈 :「……」
佐久間 :「あなたは、どう生きたいんですか?」
佳奈 :「わかんない、そんなこと……」
それは、佳奈には難しすぎる質問だった。
それでいて、痛い質問でもあった。
彼女が話に出した双子の姉は、今まさにそれを見付けたように佳奈には思え
ていたからだ。
佐久間 :「まぁ、少しずつ考えていけばいいですよ。自分を誤魔化
:さずに。そうすれば、何か見つかります」
佐久間の言葉は穏やかだった。暖かい大人の言葉だった。
だが、佳奈はもうそれをまともに聞いてすらいなかった。
にんげん
--------
佳奈はぽつりと立ち尽くしていた。親に叱られた小さな子供のようだった。
佳奈 :「あなたは、幽霊じゃないわ……にんげんだもの……」
ややあって、悄然とそう告げると、佳奈は佐久間に背を向けた。
佐久間 :「それは考え方次第……!……見たんですか?」
佳奈は答えなかった。肩がわずかに震えただけだった。泣いているようにも
見えたし、笑っているようにも思えた。
佳奈 :「それは、関係のないことなんでしょ? あなたには。
:人間として生きていれば人間なんでしょ」
やはり、泣いているようでもあり、笑っているようでもある声だった。
佐久間の心に、また、小さな痛みが走った。
佐久間 :「そう…ですね。……たしかに、僕は僕です」
佳奈はちらりと振り向いた。
佳奈 :「さよなら、人間さん」
なにかをしてやった方がいいのかもしれない、という思いが、佐久間の脳裏
をちらりと掠めた。
だが、彼はそれをすることはなかった。それは自分の仕事ではない、と思い
直したのだ。
佐久間 :「…ええ。今日まですみませんでした」
佳奈 :「いいえ、ここでは他にすることもありましたから……」
それは佳奈の精一杯の虚勢だった。
佐久間 :「そうですか…」
佳奈はそれには答えなかった。
そのまま、彼女は、疲れた足取りでゆっくりと佐久間から離れていった。
佐久間はそれを無言で見送った。
少女の姿は、前の時と同じように、噴水を回り込んで消えていった。
佐久間 :「僕は僕、か……」
そう呟くと、佐久間もまた歩き出した。
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Djinny(ランプの魔物)
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