[KATARIBE 13930] [WP01] EP: 『風、きたる』改訂版

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Date: Tue, 29 Jun 1999 11:13:47 +0900
From: ごんべ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 13930] [WP01] EP: 『風、きたる』改訂版 
To: kataribe-ml@trpg.net
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99年06月29日:11時13分44秒
Sub:[WP01] EP:『風、きたる』改訂版:
From:ごんべ


 ごんべです。

 鞍馬の視点による彼自身の紹介エピソード『風、きたる』の改訂版です。


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[WP01] EP:『風、きたる』
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上野公園 〜鞍馬、序章〜
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 少年		:『昨日まで、「尾瀬」に行ってたんだ。まだすごく寒かっ
		:たけど、良かったよ』
 青年		:『「オゼ」? 聞いたことはないが……観光地なのかい?』

 会社帰りの人々も散見される上野公園。
 夕刻と言っても、既に五月のこと。まだ空は明るく、昼の陽気の名残も強く
残っていて、過ごしやすい。夕日が射す公園の不忍池のそばに、熱心に語らう
青年と少年がいた。

 少年		:『そうだよ。……観光地というより、自然公園、かな。
		:自然のままの湿地が残っていて、珍しい……「きちょうな」、
		:かな? 貴重な花や動物が保存されているんだよ』
 青年		:『「湿地」か……それも私は見たことがないんだ。
		:そこの池のようなものなのかい?』

 少年、と言ったが、見た目にはちょっとボーイッシュな少女と言っても通じ
るかも知れない。外見、表情、それに立ち居振る舞いも、同年代の今時の小学
生とは違う、大人びた感じ……と言うよりエキセントリックな風情……を帯び
ている。
 その彼が話している話し相手も、取り合わせとしては変わっていた。どう見
てもアラビア系の青年のようである。

 少年		:『違うよ。そう言うありきたりの池とは違うんだ。
		:うーん……きれいな水と、草や花が生えているままの土と
		:が混ざり合って……混ざり合ってるって言っても「泥」と
		:は違って……きれいなまま、一緒にあるって感じかな……』
 青年		:『ハハハ……いや、失礼。
		:私には結局わからないけれど、クラマ、君がその「オゼ」
		:に行って、とても素晴らしいものを見てきたと言うことは
		:何となくわかったよ。』
 鞍馬		:『もっとうまく伝えられればいいんだけどね』
 青年		:『そんなことはないさ。君が私たちの言葉を使って話して
		:くれるおかげで、私は普通なら想像すらできない「日本」
		:について、教えてもらえているよ』

 クラマと呼ばれた少年……日本語では鞍馬と書く……とアラビア人の青年が
話をしているところに、やはりアラビア人の男が近付いてきた。

 男		:『おい、もう少しでMAGHRIBだぞ。 (※)
		:もうみんな集まる時間だ』
 青年		:『……(時計を見て)……そろそろ時間か。
		:すまない、クラマ。礼拝が終わるまで待っててくれるかい?』
 鞍馬		:『うぅん、今日は帰るよ。また遊びに来る』
 青年		:『そうか。また、面白い話を聞かせてくれ』
 鞍馬		:『うん。じゃあね』
 青年		:『悪いな』

 青年を見送り、鞍馬はその場に一人残された。
 よく見ると、何人かのアラビア人が同じように公園を歩いているのが見える。
皆、先ほどの青年のように集まり、あるいは思い思いの場所で、自分たちの神
に祈りを捧げるのだ。
 それが毎日決まって繰り返される彼らの慣習である事を、鞍馬は知っている。
異国の地でそれを守り続けるには、どれほどの確固たる想いが必要だろう。

 しかし、それを思う彼の視点には、感傷はない。
 人は皆それぞれに違うのだから、違う想いを抱くのは当たり前だ。
 ……彼はこの歳で既に、そう思っている。
 人と人との違いを見つけるために、そこから自分を見つけるために、彼は走
り出したのだから。

 教えられるだけ、待っているだけでは、自分が本当に知りたいことは、いつ
までもわからない。
 そのことが、解ってしまったから。
 そんなところにじっとしているのはまっぴらだったから。
 そう思ったとき彼は、待つことをやめた。

 鞍馬は公園を後にした。
 知らず、足取りが速くなっていく。彼の中に内在するエネルギーは、性格的
には大人しい彼を、一つ処にはなかなか留めておかない。やがて彼は走り出し
ていた。その足はだんだんと速まり、疾走へと変わる。
 一人の少年がどこか近所の自分の家へ向かうために走っている、すれ違う人
が彼が走るのを見たら、そうとしか思わないだろう。しかしその足で彼は、ゆ
うべまでいた北関東の山中から上野まで、文字通り自力で帰ってきたのだ。

***

 昼間の程良い疲れを残した身体で、都区内をゆっくりと横断して自分の住む
町まで戻り、家族の顔を見て安心させてから寝床につく。彼の毎日は、いつも
そんな風に暮れる。
 年老いた家族が彼の行動をどう思っているか、鞍馬も普通の子供と違う対応
を家族に要求している自分を重々承知していたが、互いに何も言わないことが
暗黙の了解事項になっていた。ちゃんと自分を律するほどの節度とプライドを
彼はだんだんと身に着けていたし、羽目を外すほどの度胸もなかったから、実
際には家族はあまり心配してはいなかったのだが。

***

 その日も信州から中央線沿いを抜けて帰ってきた彼が、東京郊外の町並みに
さしかかったのは、既に夜中になってからのことだった。
 自然に早まる足を抑える何かが、ふと彼の感覚に触れた。


東京郊外 〜展開〜
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 鞍馬		:「…………?」

 足取りを緩める。すれ違う世界がだんだんと減速する。
 通り過ぎてはいけない……そんな感じがした。惹かれる……何か。

 それは、近付くにつれて人の姿とわかった。髪の長い、女性の姿。

 女性		:「……?」

 膝まで伸びる髪を夜風になびかせ、女性は彼に気付いて足を止めた。

 肩から掛けたストールに包みこまれそうな小柄な身体に、しかし何かを秘め
ている女性。吸い込まれそうな、強い瞳。
 街灯一つ分の距離。それはスポットライトのように鞍馬と女性とを照らす。

 女性		:「……あの」
 鞍馬		:「……はい?」
 女性		:「……どうしたの、こんな時間に?」
 鞍馬		:「…………っと」

 ……どんなことを言ったかは覚えていない。
 流れるような、風にそよぐような姿だけが、彼の脳裏に焼き付いた。ゆるや
かな身のこなし、頼りなげでいてしっかりと立っている姿勢。その姿はまるで
アポロンの神殿の予言者のようで、鞍馬に何かを告げるためにこの場で待って
いたかのように思えた。

 しかし彼女が口にしたのは、お告げではなく普通の優しい心遣いだった。二
言三言言葉を交わし、女性がつと足を踏み出したところで、鞍馬はようやく我
に返った。
 すれ違う女性が、立ちつくす鞍馬をいぶかしげに振り向く。その姿は、あく
までも生身の、暖かい女性の姿。深夜に一人歩きするには、あまりにも危うい。

 鞍馬		:「……あのっ!」 
 女性		:「……?」 
 鞍馬		:「あの……お姉さんも、気をつけてください」
 女性		:「はい……ありがとう」

 優しい、さざ波のような笑みが女性の顔に浮かぶ。
 もう一度頭を下げると、鞍馬は真っ赤になって走り出していた。彼女が見て
いたとしたら、その速さに目を見張るであろうほどに、無我夢中で。

 鞍馬		:「……おやすみなさい」

 心を込めて呟いたその言葉は、彼女に聞こえるはずもなかったが。

***

 何かの予感。
 正反対だからこそ、惹かれる人。あるいは、似ているからなのか。

 何かの予感。
 澱んだ時間を押し流すために、集まる人たち。


 風が、吹いた。


(終)

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※ MAGHRIB(マグリブ):イスラムにおける、夕刻の礼拝。
  1999年5月の東京では、日本時間で午後6時30分前後になる。
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解説等
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 鞍馬の初登場・キャラ紹介エピソードと、鞍馬が風音に初めて出会うシーン
を『ニアミス』の逆の視点から描いたものとを合わせたものです。

 原文:語り部メーリングリスト(kataribe-ml@trpg.net)
    「[KATARIBE 13316] [WP01][EP] 風、きたる」
    1999/6/7 Takuji HOTTA <gombe@osk3.3web.ne.jp>
    <9906061837.AA00211@gombe.osk3.3web.ne.jp>
 1999/6/29:「終末の住人」内の設定変更を受けて加筆修正。(ごんべ)


登場人物
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 岡崎鞍馬       :無敵の身体を持つ少年。放浪癖があり、不登校。
 女性(=白鷺洲風音) :カッサンドラの如き宿命を帯びた未来予知者。


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堀田 拓司 (ごんべ)  gombe@osk3.3web.ne.jp
http://www2.osk.3web.ne.jp/~gombe/TRPG/BOUKEN/





    

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