[KATARIBE 13282] [HA06]EP :「明けない、夜」これまでのまとめ・承

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Date: Sat, 05 Jun 1999 16:36:43 +0900
From: NaoNami<ikegami@kt.rim.or.jp>
Subject: [KATARIBE 13282] [HA06]EP :「明けない、夜」これまでのまとめ・承
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なおなみです。
「明けない、夜」まとめ其の二

承の部分
○五行(3/28深夜)
○一十の回想(1991年羽黒山)
○松蔭堂の土蔵(3/28深夜)
○連絡
○松蔭堂  母屋二階
○
○打ち返し(3/29)早朝
○影追(3/30 夜)
〇情報(3/30 夜)

**********************************************************************

○五行(3/28深夜)
--------

 前野    :「失礼しますよ」

 ここは、松蔭堂の土蔵‥‥一十の住居である。

 十     :「おや、前野君じゃないか‥こんな時間になんの用かな?」
 前野    :「少々聞きたい事がありましてね……」
 十     :「聞きたい事?」

 いつに無く冷めた様子に、少し身を正す。

 前野    :「まずは、これらを見て下さい…(バサッ)」
 十     :「こいつは…」
 前野    :「例のビデオの解析結果です。」
 十     :「ああ、あれか」
 前野    :「専門的なところは、十さんのほうが詳しいでしょう。こ
       :っちで抽出した『素材』とそこからの推論です」
 
 無言のまま渡された資料に目を通す十。
 読み進むうちに、足を崩しあぐらになる。そしてそのまま読みふける。
 やがて、
 読み終えた資料をばさりと畳の上に置いた。

 十     :「茶も出さずに失礼したな。待っててくれ茶をいれる。な
       :んなら酒の方が良いか」
 前野    :「酔うわけにはいきません。そういう状況であることは判
       :ってる筈です」
 十     :「確かに、な。
       :一体誰がこんなことを……」
 
 前野は答えない。
 
 十     :「呪詛の形式は気学に基づいてるな」
 前野    :「水気を弱め、土気を高める。水気の抑制を受けなくなっ
       :た火気は昂進し、土生金の流れに沿って生じる金の気も昂
       :進した火の気に克されて水の気の供給が絶たれる」
 十     :「バランスを崩して死に至る。体力の低下が先に立ってる
       :から、直接の死因がこれとは判らないだろうな。無差別霊
       :的テロとは……。物縛霊程度と思ってたが」

 前野    :「いや、そうとは思えないんです」
 十     :「そうかい、だからか」
 前野    :「そうです」

 向かい合ったまま、二人の男の注意が傍らの包みに向かう。
 僅かに反った棒状の包み。

 十     :「やれるのかい?」
 前野    :「したくはない。けれど、必要となれば」
 
 一瞬ガラスのごとく空気が張り詰める。
 
 母屋で時計の鐘が鳴った。

 十     :「何があったか、教えてくれ。知らずに切られるのは嫌だ」
 前野    :「この写真、見てください。明るさを調整してみてわかっ
       :たものです。あの、林の中で術式を行っていた者です」

 大きい男だ。
 手にした黒塗りの刃の日本刀が常寸ならば、男の身長は180を越すだろう。
 広い肩幅、太い首。
 黒いスーツに、ロングコート。
 そこに映っている姿は、十だった。

 前野    :「説明してください、どう言うことか」
 十     :「……馬鹿な」

 食い縛った歯の隙間から、ようやく言葉が漏れ出でた。

 十     :「十(つなし)。死んだ筈じゃ、なかったのか?」

 前野    :「知り合いですか…?」
 十     :「………」

 歯を食いしばったまま、押し黙る……

 前野    :「…では、無差別ではない、と言った理由を聞いてもらい
       :ましょうか……」
 
 別の資料を取り出すと、床に広げる。
 
 前野    :「これは、素材が画像に出てくるタイミングをグラフにと
       :ったものです…
       : 明らかに、一定のリズムが存在することが分かるでしょ
       :う?」
 
 ゆっくりとグラフの上を指でなぞる。
 それは、一見乱雑に見えながら、一定のパターンを繰り返している。
 
 前野    :「さらに、より大きなリズムによって全体が支配されてい
       :ます」
 
 うねるように波を描くグラフを示しながら、静かに語る。
 
 前野    :「これに似たものを、以前見たことがあるのを思い出した
       :んです…」
 十     :「……それは?」
 前野    :「……バイオリズムです…
       :そして、これが無差別ではない……いや…」
 
 いったん言葉を切る
 
 前野    :「特定の個人を標的とした呪詛であるという根拠です。
       : このテープは、無差別の対象を攻撃するには、あまりに
       :堅固な構造なんです」
 十     :「…………」
 
沈黙…
 
 前野    :「……では、この写真について、何か心当たりは?」

 前野はファイルから一枚の写真をつかみ、一の前に示す。
 うすぼんやりとした露出。定かではない輪郭だが、中央の表情だけははっき
りと見える。
 女性だった。
 耳の当たりで切り揃えられた髪。薄く透ける肌。色を失った唇。
 病に蝕まれてでもいるのか、やつれた故の線の細さが危うい均衡を保ってい
る。今はまだ整って見える表情も、あともう少し病魔が強くなることで凶相を
浮かべかねない。

 一十    :「双逢(ふたえ)……さんだ」
 前野    :「誰です?」
 一十    :「さっきの男、十一(つなし・はじめ)の妹だ。俺の従妹
       :にあたる」
 前野    :「何者なんです?」
 一十    :「……」
 前野    :「……」

 何分沈黙は続いたろうか。
 耐え切れなくなったのは十だった。

 一十    :「明日まで待ってくれないか。羽黒山に問い合わせる。十
       :は死んだはずなんだ。あと、双逢さんの事も」
 前野    :「それはわかりました。なら、いま一さんが話せる事、知
       :っている事を聞かせてください」

 口調は要請だが、有無を言わせぬ力強さがあった。

 一十    :「わかった」
 
 きしるような声で、一十はつぶやいた。

○一十の回想(1991年羽黒山)
---------------------------

 その頃の俺は高校の長期休みを利用して羽黒に入峯していた。
 漠然と地理風水という事をやって行くのだろうなと言う希望はあったが、そ
のために入峯したのではない。ただ、山形で風水に関して知る人をさがしてい
ったらその人は羽黒で修験を収めていたのだ。
 名を、雪爪と言った。
 雪爪師はまず、山を巡る事から俺に教えた。故に、俺は羽黒の夏峯、秋峯、
冬峯の修行に出向いた。
 修行は楽しかった。
 楽ではなかった。
 だが、山の中で感覚を磨くにつれ自分の中にうずもれていた、感覚が目覚め
て行くのを感じた。一日ごとに目に見える景色の意味が違って見えた。肉を痛
めつけ、精神を追い詰めて行く事で新たに地平が開けて行く。そんな日々だっ
た。

 そんな日々に俺は従兄弟に逢った。
 名を十一といった。

 最初、俺は奴と自分が似ているなどとは思いもしなかった。
 奴は俺とは違い元から羽黒の修験として修行を積んでおり、俺が羽黒に赴い
た時点ですでに院号を持つ術師だった。
 十(つなし)は俺にとって一番年齢の近い修験であり、師だった。
 そして何より、狭間に生きる者としての先輩だった。

 術を使うという事、人とは違う力を持つという事、人とは違う物を見るとい
う事。十はそのいずれにおいても強く自分を律していた。

 十一    :「『むこう側』の事など、普通は知らないほうが良い」
 
 奴はいつもそう言っていた。
 
 十一    :「俺たち狭間に棲む者はその事を常に思わなければならな
       :いはずだ。俺達の力は特別だ。それゆえに力の行使には細
       :心で無ければならない。普通に生きて行く人々の為に俺達
       :の異能は存在する。俺達の技術は此の世と彼の世を分かち
       :両者の不幸な衝突を避ける為のものだと思う。
       : だから、本当なら俺たちの事すら知られていないほうが
       :望ましい。俺はそう思ってる」
 一十    :「極端じゃないか?
       : 異能を持つが故の責任は分かるが、その為に自分を捨て
       :る気には俺はなれないぜ」
 十一    :「甘い、と思う。最も自分だっていざその決断を強いられ
       :た時にどうするかは分からん。だが、俺達の力が幸福をも
       :たらすばかりじゃないって事は、お前だって知ってるはず
       :だ。自分達に災いが及ぶ事だって十分にある。自分達以外
       :に及ぶ事も。
       : 俺達は人を巻き込んじゃいけない筈だ」
 一十    :「確かに、な。だが、お前はそうして捨てられるのか?」
 十一    :「その覚悟はして居るつもりだ」
 一十    :「家族にはどう説明する?双逢ちゃんには?」
 十一    :「……」
 一十    :「んなことは、いざそういうことが起きてから考えても良
       :いと思うけどな」
 十一    :「一、」
 一十    :「ん?」
 十一    :「お前、長生きするよ」
 一十    :「ありがと」
 十一    :「だが、お前に俺の背中預ける気にはならねぇな」
 
 そう言うと奴は少しさびしげに微笑んだ。

 やがて俺は高校を卒業、大学でようやく院号を得て術師として羽黒から、地
相鑑定などの仕事の見習を世話してもらっていた。
 奴は羽黒の修験としてあちこちの仕事に借り出されているようだった。電話
をするたび、兄の不在をわびる双逢さんに、ふと奴の科白を思いだし、俺は少
し、十に腹を立てたりもした。
 だが、そんな日も長くは続かなかった。

 ある日、双逢さんから電話が来た。
 奴、十一の死を告げる電話だった。

○松蔭堂の土蔵(3/28深夜)
-------------------------

 前野    :「その男、十一さんは本当に死んだんですか?」
 一十    :「ああ、通夜から焼き場まで俺は同行した。確かに、奴は
       :死んでいた。仕事中の事故でな。遺体の損傷は、さほどで
       :も無かったよ。奴だと分かったからな」
 前野    :「本当に、死んでいたんですか」
 一十    :「骨は俺が拾った」
 前野    :「そう言うことを聞いてるんじゃないって事ぐらい分かっ
       :てるはずです!本当にその死体は十一という男のものだっ
       :たんですか?」
 一十    :「双逢さんをあれほどまでに悲しませてまで、死を装う必
       :要がどこにある!」
 前野    :「奇麗ごとだけですむ世界じゃないでしょう?あなたがど
       :う思おうと、その十という男はその時、何らかの要因で死
       :を装う必要があったんです。他に、何か今この状況を説明
       :できますか?その十という男が、」
 一十    :「待て、言うな!」
 前野    :「直紀さんを呪っているんです!」
 一十    :「違う!たとえ、十一がまだ死んでいないとしても、十に
       :は理由が無い!」
 前野    :「なら、この人はどうなんです?この女性は、一さんの話
       :によれば、この人は双逢さんだ。あなたの従姉妹だ。なぜ
       :、この人があのビデオに映っていたんです?
       : このデータ、」

 そう言うと前野はグラフを指し示した。
 
 前野    :「直紀さんのバイオリズムに沿って、調整された呪詛。
       : 一さん、何度だって言って見せる。
       : 直紀さんは、呪われたんだ。あなたのいとこのどちらか
       :一方に!
       : 原因に一番近いところに居るはずなのは、一さん、あな
       :ただ!」

 途中から二人は叫んでいた。
 しかし、冷静なままで叱責する前野に対し、一は明らかに肩を波打たせ、動
揺を明らかにしている。

 再び、母屋で鐘が鳴った。
 
 一十    :「明日、羽黒に問い合わせてみる。
       : 俺が最後に知る限りでは、双逢さんは十の葬儀のあとは
       :実家に帰っているはずだ。連絡するよ。
       : 声を、荒げて、すまない」
 前野    :「人の命がかかっています。緊急に、お願いします。何か
       :あったら。無道邸の方へ来てください」
 一十    :「調査、ありがとう。感謝している」

 前野    :「いえ……念のためにこれを…」

薄いプレートを差し出す。

 前野    :「携帯の番号です。くれぐれも、忘れずに持っていて下さい」
 一十    :「わかった」

 前野    :「それでは」

 前野を松蔭堂の前まで見送ると、一は春冷えの空を見上げつぶやいた。

 一十    :「何が、起きているんだ……」

○連絡
------

街は完全に寝静まっている

 前野    :「この時間だが……」

呟くと、携帯電話を取りだし、ボタンを押す。
静かな夜道に、電子音が響く。

 前野    :「………」

電話を耳に当てながら、しばらく歩く

 前野    :「………出ないな…」

○松蔭堂  母屋二階
------------------

 麻樹    :「ふむ」

  携帯電話の通話終了のボタンを押して、麻樹がひとつ、鼻を鳴ら
す。

 美樹    :「どーしました?」

  麻樹の真新しいノートパソコンにしゃがみ込むように貼り付いて
いた美樹が、顔を上げる。

 麻樹    :「あぁ。急患だ」

  そう応えながら、麻樹はタンクトップに短パンという姿から、曲
がりなりにも外に出られるまともな服装に着替えている。

 美樹    :「あらら」

  どこか他人事のように、美樹がノートパソコンに向いたまま返事
をする。

 麻樹    :「美樹、お前も来い。たぶん、人手が足りんかもしれん」

  白衣、携帯用の医療器具。鍼灸治療用のキット。
  一通りあるのを確認しながら。

 美樹    :「え?  わたしは病院じゃそんなに役には立ちま……」
 麻樹    :「病院じゃない。小滝の所だ」

  美樹の台詞の途中を、麻樹が奪う。

 美樹    :「え?」
 麻樹    :「柳とかいう小滝の友人が倒れたらしい。そのメールの設定
       :とかそういうのはは後でいい。早く準備しろ」

  麻樹の台詞の中の「小滝」という言葉に、美樹は小さく、しかし
敏感に反応する。
  ノートパソコンの液晶を畳む。HDDがカラリと鳴り、ファンが沈黙
する。

 美樹    :「わかりました。すぐに行きましょう」

○
------------------
夜の始まりの空気が、生温くわだかまっている。
ハーブショップの扉はとっくに閉められ、窓にもカーテンが降ろされていた。
建物の脇の錆の浮いた鉄階段は、やたら足音がひびいた。じゅうぶんに呼び鈴の役を
果たすと見えて、ノックするまえに扉が開いた。

 ユラ    :「麻樹さん。…美樹さんも。お待ちしてました」

待つ、という言葉におよそつりあわぬひきつれた気配がユラの能面のような表情の奥に
沈んでいるのを、麻樹は見て取った。

 麻樹    :「患者は」
 ユラ    :「奥の和室です」
 美樹    :「何時間ぐらいですか」
 ユラ    :「6時間。ときどき意識が戻ります」
 麻樹    :「薬は」
 ユラ    :「こちらが記録。投与した薬と反応と」
 麻樹    :「……ふむ(ちょっとした集中治療室並、か)」
 ユラ    :「診てみればわかるわ…わからなくなる、というべきかしら」

麻樹の眉が小さくはねあがる。
答える言葉を待たずに、ユラは二人を直紀の枕元に通した。
直紀の脈をとり、簡単に診察する麻樹の隣で、美樹は記録に目を通している。

 ユラ    :「…何を出しても裏目に出るの。このままでは体力がなくなってしまうから、
       :今はただ補うことに集中しているけれど…」
 美樹    :「…変、ですね…確かに」
 麻樹    :「変も何もないだろう、水気の不足じゃないのか?」
 ユラ    :「今…そこまで、戻したんです」

明らかに憔悴しているな、患者も、小滝も、だ。
口の中だけでつぶやきながら、麻樹は記録に目を落とし…顔色を変えた。

 麻樹    :「…治療方針は」
 ユラ    :「この記録から…何か割り出せない?」

麻樹はゆっくりとため息をついた。

 麻樹    :「割り出せないか…ったって。かなりむちゃくちゃじゃないか」
 ユラ    :「呪い、なんだそうです」
 麻樹    :「呪い?」
 ユラ    :「紘一郎さんが、そう言ってました。…でも、そんなことはどうでもいいでしょう」
 美樹    :「どうでもいい、ですか?」
 ユラ    :「ええ。ただの…新しい、症例。そうでしょ?」
 麻樹    :「…ま、そうだな。誰かが悪意を持って人為的に新種の病原菌にでも暴露させたと思や
       :いいんだからな。問題は感染経路じゃない。彼女を治療できるかどうかだ、と」
 ユラ    :「ええ。だから…」

がさがさ、と記録をめくる音が暫く続き、

 麻樹    :「漢方治療は一時中断だ。患者の体力が落ちすぎてる。とりあえず輸液と…あ、ここ
       :じゃ無理か」
 ユラ    :「できるわ」

DKのほうの収納扉を開けると、何やら器材が詰まっている。

 ユラ    :「病院みたいなわけにはいかないけど…これとこれと、こんなもんで代用できる?」
 麻樹    :「どっから持ってきたんだ、そんなもん」
 ユラ    :「うちの師匠のとこに運び込まれた患者さんにくっついてたのをどさくさにまぎれて
       :頂戴したり、大学の器材室で古くなったのもらってきて直したり、実験用のを流用したり。
       :医者もどきやってると、なかなか便利で」
 麻樹    :「…違法」
 ユラ    :「わかってるって。でも、訴える前に、直紀さんのことどうにかしないと」
 麻樹    :「病院に運び込むってのは?」
 ユラ    :「…これだけ無茶な状態になってるのを?病院で対応できる?」
 美樹    :「…わかりました。手をこまねいている暇はありませんね。それにたぶん、ここで私たちが張り付いていた方が彼女にとっても…」
 麻樹    :「御託はあとだ。輸液の準備。小滝を訴えるのは患者が…」
 ユラ    :「縁起でもない」

それを最後に、無言のまま三人は動き出した。名詞を告げるだけの会話。誰かの手が常に直紀
の体に触れ、異常が生じればそれをあとの二人に告げる。

 ユラ    :「チューブはその引き出しに滅菌済みのが入ってる。封を切って使って」
 美樹    :「脱水が…」
 麻樹    :「もうすぐ回復するはずだ。暖めるな」
 ユラ    :「それは逆…」
 麻樹    :「逆治を徹底させる。それでたぶん…」
 美樹    :「脈、回復してます。不整も収まりました」
 ユラ    :「強さは?緊が続いてたらまた発熱が」

その時、電話が鳴った。

 麻樹    :「無視」
 ユラ    :「出るわ。紘一郎さんかも知れない」

美樹が受話器を取り、ユラに渡す。

 ユラ    :「はい、小滝…前野さん!?…ええ。今…え、なんて!?…はい。…それで…そう、
       :いいえわからないわ…ええ。それで?…ええ。わかりました。ええ…」

くるりと振り向き、手まねでメモを要求する。暫く小さな相槌と紙に鉛筆の走る音だけがして、

 ユラ    :「わかりました。ありがとう。できるだけのことはします。絶対に…これ以上彼女の
       :体力は落とさない、持たせますから。そちらの領分はよろしく頼みます。ああ、それと…」

言いかけて、ため息をひとつ。
受話器を置いた。

 ユラ    :「…切れちゃった」
 美樹    :「何でしたか?」
 ユラ    :「呪いの法則性がわかった」

無言で、麻樹の目が鋭くなった。ユラがメモを渡す。

 ユラ    :「これ、見て」
 麻樹    :「…犯罪だな」

○打ち返し(3/29)早朝
----------------------

 バイパスを走る長距離トラックの音が傾きかけた空家にまで届いてくる。
 空家の中に明かりは無い、外を通る車のヘッドライトが時折差し込んで中の様子が照ら
し出される。
 埃の積もった畳、所々にさびの浮いた流し台。
 人の生活していた痕跡はほとんど無い。しかし、プリントの剥げた合板のちゃぶ台の上
には銘柄の違う缶コーヒーの缶がいくつか並んでいる。他には、ビスケットタイプの栄養
補助食品の包みがいくつか。誰かが本来は無人であるはずのこの空家に侵入し、生活して
いるようだった。

 どこか遠くで風の鳴る音が聞こえた。
 と、不意に闇が動いた。空家の宵闇の中から染み出すように男が一人。
 藍よりも深い闇色のコートに身を包んだ男だ。

 十一    :「定石通りか。よく今まで生き延びてこれたな、十」 

 暗闇の中で男は一人口を歪め笑った。
 風の音が近づいてくる。灯る筈の無い空家の蛍光灯が一瞬、明滅する。

 十一    :「震為雷、巽為風……。共に木行のまま用いるか。それがおまえのや	
       :り方か?」

 一瞬の沈黙。
 そして、
 轟音。

 安普請の戸が蝶番ごと吹き飛ばされた。
 ちゃぶ台がひっくり返り、埃が巻き上がる。びょうびょうと吹き付ける風は明確な意思
を持って男を取り巻いた。
 
 閃光と共に蛍光灯が炸裂する。ばらばらと破片が風に乗り、舞い上がる。

 十一    :「………」

 男はコートをはだけると、内ポケットに右手を差し込む。そして、首をかしげるように
して降りかかってくる蛍光灯の破片を避ける。
 男の背後、色褪せた襖に音を立てて破片が突き刺さった。
 
 十一    :「こけおどしはやめておけ」

 男は表情を変えずに告げた。
 その言葉が届いたか。男を包む旋風がひときわその鋭さを増す。

 き……ん。
 
 男の周囲で気圧が急激に変化する。風に乗ってガラスの破片がコートにかぎ裂きを作る
。
 と、青白く閃光が走り、電光の舌が天井の電燈から迸る。
 イオン化した空気と焼け焦げた埃が乾いた匂いをたてた。
 電光の舌が男を舐め上げた。
 と、その動きが止まった。
 いや、違う。
 電光の流れが制されているのだ。

 男は内ポケットから、数本の白く光る棒状のものを取り出した。鋭く先端の尖らされた
それに、電光は捕らえられているように見えた。
 
 空気が弾け、電光のきらめきが男の手から逃れた。

 十一    :「震は雷。二陰一陽を圧し、一陽は天を目指し、多いに轟く様を持っ
       :て雷と為す。雷は三碧木気にて……」

 電光が姿を取った。一時とてその姿はとどまることは無かったが、たてがみのように髪
を振り立てた少女の姿が現れては消えた。

 十一    :「克するに金気を持って撃つ」

 男の手から、光芒が飛んだ。
 光芒は電光を身にまとった少女の眉間を貫き、その姿を流し台に縫いとめた。
 凄まじい音がした。流し台から、水道の蛇口へ電光の奔流が殺到した。オゾンの香りが
充満する。
 少女の声無き悲鳴がエーテルを震わせた。

 少女を縫いとめたもの、白く光る釘は彼女の体から容赦無く力を奪って行く。

 旋風が男を押し包んだ。
 無数の真空が男の肌を切り裂き、赤く金気臭い霧が立ち込める。しかし、男に動ずる気
配は無かった。

 十一    :「巽は風。一陰二陽に服し、一陰は陽に順い、伏して入りゆく様を持
       :って風と為す。風は四緑木気にて……。克するに金気を持って撃つ…
       :…薙鎌!」

 再び、男の手から光芒が走り柱に突き立った。突き立った釘に霊気の飛沫が飛び、幼い
少年の苦痛の声が響く。
 
 風は止んだ。
 電光は消え失せた。

 ずたずたになった部屋の中に立ち、男はしばらくは耳をそばだて他の襲撃を警戒してい
るようだった。
 相変わらず、バイパスを通るトラックの音だけが聞こえてくる音だった。
 明かりだけは、二体の侵入者を縫いとめた釘の発するぼうっとした光がある。
 男は懐より折り結んだ紙片を取り出すと息を吹きかけた。そして、光を発する釘をその
紙片に突き刺す。
 流し台の釘に一つ。
 柱に撃ちこんだ釘に一つ。

 見る間に紙片が解け、ふくらみ人の姿を取った。
 全裸のキノエとキノトの姿だった。

 十一    :「職神ではなく、霊を使役しているとはな。しかも、共に木気とは無
       :駄なことを。これでは、陣を張る駒が足りないだろうに」
 キノエ   :「き……貴様ァ!」
 
 キノエに目をやった男の表情がふと止まる。そして、顰められる。

 十一    :「しかも、自律させているとは。甘い」
 キノエ   :「お前、これで……これで済むと思うな!」
 十一    :「済ませる気も無いよ。しかし、未練がましい奴だ。道具にこの姿を
       :取らせるとはな」
 キノエ   :「うるさい!あたしの姿になんか文句でもある!」
 十一    :「それは、お前のほうから聞いてみるがいい。すぐだ。すぐにわかる
       :さ、式として使役されているのなら、自分達がどう扱われるか承知し
       :ているだろう」
 キノト   :「何……を」
 十一    :「撃ち返させてもらう。こちらの式としてね。安心するんだ、それほ
       :ど形は変えないで返してやるよ。もしかしたら奴はおとなしく殺され
       :てくれるかもな。その姿をしている限り。
       : 使い捨てにする道具に執着していては、情が生じるだろうに……。
       :馬鹿な奴だ」
 キノエ   :「そんな、こと!」
 十一    :「お前達に、拒否はできない。式として『作り変えられて』いればよ
       :かったのにな。そうすれば、嘆く自由もなく、苦しみも無かったとい
       :うのに」
 キノト   :「ミツルが、そんなことするはず無いよ!」
 十一    :「しなかったから、こうなる」

 男はキノエの髪を掴み、機械的に顔を上げさせる。
 抵抗する手首を無造作に、折る。くしゃりと、紙の音がした。
 
 十一    :「あいつに会わなければ、こんなことにはならなかったんだ。可哀想
       :にな」

 耳元に唇を寄せ、耳朶に歯を立て、呟く。
 恐怖の表情がはじめてキノエの顔に浮かんだ。
 男は耳朶を噛み破った。キノトは、男の歯が肉を噛み破りかちりと音を立てるのを聞い
た。
 がくがくとキノエの身体が跳ねる。
 縫いとめられた眉間を軸に身体が回る。男は眉間の釘を抜くと、その釘を少女の耳朶に
突き立てた。

 キノエ   :「……やだ、あたしが、あたしが変わる!」

 男の哀れみを帯びた瞳が、キノトに向けられた。
 
 縫い付けられた釘が、うずいた。

○影追(3/30 夜)
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夕食を終え、台所に向かう。
食器同士がふれる音と、水が流れる音が狭い部屋に響いた。

 すー    :「どういうことなのかな」
 紘一郎   :「………」

紘一郎は答えない。
一に姉の急変を告げた翌日から紘一郎達はファイルをもとに噂の拡がりだした
付近の中・高校を駆け回った。確かにそういう噂は実在していた。

だが…

証言1 松岡良文(仮名)(中学2年)

あー、それ聞いたことある!なんでもそのビデオ見ちゃうと呪われるって話だ
よね。部活の先輩が話してたよ。でもこれって意外と有名な話なのかな?
こないだ塾の友達にその話したんだけど、なんだよそれー?ってバカにされて
さぁ!(以下、関係ないので略)

証言2 佐野森卓(仮名)(高校3年)

呪いのビデオッスか?
そういえば聞いたことがあるようなないような… 女子の間では少し話題にな
っていたようですけど、それがどうかしたんスか?
え?いつ頃聞いたかっていわれても…ちょっと話しているのが聞こえただけだ
ったし、正確に何時とは

証言3 暁尾順子(仮名)(高校2年)

え?その話??ああ、あたしの彼氏ビデオ屋でバイトしててさ、そんでそんな
噂がこの辺のガッコで流行ってて客がこないーって愚痴ってたからどんな話か
聞かせて貰ったんだよね。
でもさー、その話って客がいなくなるほど流行ってたっけ?
あたしだって聞かされたとき「えーそんな話あんのぉ?」ってカンジだったし。
何時聞いたかって? えーーーっとねえ、ん?あれ?? ちょ、ちょっと待っ
てね。あ、あれ??何時だっけ?

その後も話を聞くがみんな揃って、
”呪いのビデオの噂があったことは知っている”
”でも有名な話じゃないし、すぐにそんな噂消えたよ”

堂々巡りだった。

 紘一郎   :「作為的だな」
 すー    :「うん。なんか不自然な気がするよ、この噂。よくわかんな
       :いけど」
 紘一郎   :「ああ、とりあえず今回のことではっきりしたのは。噂を流
       :したのは呪いのビデオ自体を作った本人もしくはそれに関係
       :する人物。多分、数は多くない。そして呪詛系が使える術者
       :…けっこうレベルの高い奴だと思う。…こんくらいかな」
 すー    :「うえ?なんでそんなに解っちゃうのさ??」
 紘一郎   :「そうだな、順を追って説明するか。
       :第一に噂の範囲。極限られた場所で発生したってことは相手
       :は少数ってことだ。
       :第二に噂が流行らなかったわけ。
       :噂が長くその場に留まっているには、その噂が少しは真実味
       :があるって事が重要なんだ。 すー、昨日までの聞き込みの
       :内容覚えてるか?」
 すー    :「え?えっと…みんな同じようなこと言ってたよね」
 紘一郎   :「そう、伝わっていた噂はあれだけ。別にそこから派生した
       :情報は出ていなかった。だからこそ変なんだよ」
 すー    :「こうちゃん、よくわかんないよう(;_;」
 紘一郎   :「このファイルには吹利のありとあらゆる噂が書き出される。
       :どんな小さな事でもだ。それはすーも知ってるよな。
       :だけど、噂は消えてもいく物だろ?実際あの場所でも、噂は
       :消えていた。だれか言えば思い出す程度に。
       :だけど、このファイルの中の噂は消えていなかった」

ぱら、とファイルを捲る。
 都市伝説No.2956「呪いのビデオ」
…確かに項目は残っていた。そして、今も

 紘一郎   :「何かしらの方法で噂は残るようになっているのかもな。こ
       :の事で、普通に流れた物でなく誰かが意図的に仕組んだこと。
       :それによって、呪いのビデオがあって、その内容を見た第三
       :者が噂を流したという関係は削除される。噂を流しているの
       :はビデオを作った本人。もしくは、その考えに賛同する関係
       :者だと考えられる。そして、噂を残すように細工したことと
       :いい、俺の結界に干渉した事を考えると少なくとも呪詛系を
       :使える能力者。範囲内に入っただけで結界を食い破ろうとし
       :た所から見て、そいつはかなりレベルの高い能力者だと解る。
       :…以上が今回解ったことの説明」
 すー    :「うーーうー。なんとか解った…と思う。はっきりしないの
       :は、なおちゃんが狙われたのかって事…だね」
 紘一郎   :「そうだなぁ…」
       :(よくわからないのは、何で噂なんて言う不安定な媒体を使
       :うんだって事なんだが。そんなまどろっこしい事をしなくて
       :も他に方法はいくらでもあっただろうに。わざわざ時間をか
       :けて呪いをかける必要なんてあるのか?)


きゅ…と蛇口をしめると
居間に向かい電話の下をごそごそ探し始めた。

 すー    :「なぁに?タウンページなんか出しちゃって」
 紘一郎   :「すー、姉ちゃん所から吹利の地図持ってきといてくれるか?
       :航空地図がいい、ビル名がはっきり載ってる奴。
       :あと、姉ちゃんの取引会社の住所録も」
 すー    :「うん。いっけどさ、何するの?」
 紘一郎   :「噂が流れた近辺のビデオ製作会社を探す。姉ちゃんはあの
       :ビデオを素材集かなんかって言った。あれでも一応2年近く
       :そういう世界にいるんだ、家庭用ビデオで撮られた物を素材
       :集とは言わないだろ。そのビデオはちゃんとスタジオかそう
       :いう設備のある所で撮られた物だ」
 すー    :「そっか。あ、でもなんで住所録まで?あれ、なおちゃんの
       :パソコンの中だと思うんだけど」
 紘一郎   :「断定は出来ないけど、あのビデオが姉ちゃんを狙った物だ
       :として考えると、取引会社の荷物に紛れて運ばれたっていう
       :可能性がある。どうせやるならそっちも押さえてた方がいい
       :だろ?」
 すー    :「おっけー!んじゃ、行って来るねっ」

まかせとけーとばかり胸を叩くと、相変わらずの勢いで外に飛び出していった。

〇情報(3/30 夜)
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 直紀のアパートのことは良く知っていたが、それにしても必要なデータを全て手に入れるには
多少の時間が必要だった。
 外は、とっぷりと暮れてしまっている。

 すー    :「急がないと……ってひわああっ」
 花澄    :「え、えっ?!」

 急停止。
 細々とした街灯の光は、すーの目には如何にも頼りない。

 すー    :「か、かすみさんだあ(安堵)」
 花澄    :「そうだけど……どうしたの、すーちゃん、こんな時間に」
 
 譲羽が、背後の鞄から頭を出している。

 譲羽    :「ぢい……ぢいぢ?(すーちゃん、直紀さんは?)」
 すー    :「それが……なおちゃん……」

 斯く斯く云々。

 花澄    :「倒れてる?直紀さんが?……呪いのビデオを見て?」
 すー    :「えと、よくわかんないけど……」
 花澄    :「……でも…それって、私もゆずも見たんだけど、何にも異常はないわ」
 すー    :「え、花澄さん見たの?」
 花澄    :「ええ、一さんのところで…………」

 ふと、言葉が途切れる。

 すー    :「…………花澄、さん?(恐る恐る)」
 花澄    :「……もしかしたら、関わるかもしれない人、見たわ」
 すー    :「え?」
 花澄    :「一さんにそっくりな人」

 そこまで言うと、また言葉を切る。今度の沈黙はさほど長くはなかった。

 花澄    :「ね、すーちゃん、私も一緒に行っていい?…地図か何か、紘一郎さん
       :持ってるでしょ?」
 すー    :「うんっ、今取ってきた」
 花澄    :「私が見たのは氷雨が降ってる日……えと土曜日、の筈なんだけど」
 すー    :「なおちゃんが倒れたの、その翌日だよ」

 ふい、と花澄は視線を流した。

 花澄    :「関わりは?」
       :『確かに』
 花澄    :「……そう……行っていい、すーちゃん?」
 すー    :「うんっ」

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ここまで。
現在、花澄さんと行動のところ書いてますー。

時間軸
==========
これまでの行動を時間軸に分けて整理してみました。
なお、今後の予定として書かれていた行動で、日にち等がはっきりしている物は
予定として時間軸に組み込みました。

 3/24(水)	夕方	直紀呪いビデオを見る。
			観楠店長十一を目撃
		夜	松蔭堂土蔵にて直紀と一十普通のビデオみる。
			(少し体調悪くなる)
 3/25(木)	朝	直紀会社休む。紘一郎呪いのビデオの話をする
		昼~夕方	松蔭堂にて一十、前野、煖、花澄呪いのビデオに気づく
 3/26(金)	早朝	直紀疑心暗鬼、その後会社へ
		昼	紘一郎情報収集、夕方直紀宅へ
 3/27(土)	昼	花澄、十一目撃
 3/28(日)	朝	直紀グリーングラスへ、ユラ寝かせる。紘一郎へ連絡
		昼	紘一郎グリーングラスへ直紀容態急変、呪詛と判明
		夕方	紘一郎、一十に連絡。その後、一十はキノエキノトを
			打つ。
        夕方  美樹、麻樹グリーングラスに到着
		夜	前野調査完了、一十宅へ
		深夜	前野と一十の話し合い。その後、医療班(ユラ、麻樹、美樹)
            に呪いの法則性が伝えられる
 3/29(月)   早朝  キノエキノト、十一に式神返しされる。
        夕方  キノエキノトベーカリーにて一十を連れ出し、吹利市郊外で
            強襲(予定)
 3/30(火)  夕方  紘一郎、すー、これまでの調査よりビデオ製作所の割り出しに
            移行
        夜   すー、花澄と遭遇。
            その後紘一郎宅で十一出現場所の割り出し(予定)

修正等よろしくお願いします。
では

                        なおなみでしたっ!
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               e-mail  : ikegami@kt.rim.or.jp
                                :suigen@geocities.co.jp<ぽすぺ始めました☆>

               −新刊情報之巻 出張版−(笑)
               06月05日:極東十二華仙・柚紗、登場
               URL:http://www.kt.rim.or.jp/~ikegami/ 
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