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Date: Sat, 05 Jun 1999 16:36:31 +0900
From: NaoNami<ikegami@kt.rim.or.jp>
Subject: [KATARIBE 13281] [HA06]EP :「明けない、夜」これまでのまとめ・起
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199906050737.QAA24804@mail.kt.rim.or.jp>
X-Mail-Count: 13281
なおなみです
「明けない、夜」これまでのまとめ。流しますー
#多いので2つくらいに分けて流そうかと思ってます。
起の部分
○黄昏に
○影の入場
○始まり
○ビデオ
○拡大
○ビデオの噂
○そのころの松蔭堂
○疑心
○噂
○侵食(3/28)
〇見鬼(3/27)
○紘一郎動く(3/28)
○松蔭堂の蔵(3/28夕方)
○前野自室(3/28夜)
**********************************************************************
EP:「明けない、夜」
====================
○黄昏に
--------
窓から冬の西日が差し込んでいる。
吹利市街のビデオ制作、販売会社(有)ELnetのオフィスで、在庫のビデオテ
ープと格闘しているOLが一人。
直紀 :「だー!だから、香港映画ははけないって言ったのに!」
散乱しているビデオのパッケージは香港製のカンフー映画。町場のビデオ屋
では人気があったが、こんな物はふつう長距離バスの中では見ない。
社長 :「おかしいなぁ、面白いし。それにこっちは結構話題にな
:ったじゃないか」
直紀 :「だからといって、バスの中で『スピード』なんて見たく
:ないです」
社長 :「つまりあれだね、誰も船に乗ってる時には『ポセイドン
:アドヴェンチャー』は見たくないって言う(笑)」
直紀 :「(わかってりゃするなっつーの)……あれ、これは……
:なんだろ」
社長 :「ん?どしたね柳くん」
直紀 :「しゃちょーこのビデオ、制作のほうのが混じってますよ。
:パッケージが真っ黒でなにも書いてないです」
社長 :「ンなはずはないと思うが……」
一時間後。
黄昏時、部屋に明かりがともる。フローリングの部屋。少し乱雑にものが散
らかっているのはここしばらくすーが来ていないせいだ。
直紀 :「今度また、こーいちろーに来てもらわなきゃなぁ」
ぱたぱたと部屋着に着替えると、紅茶のマグカップを抱えてテレビの前に座
る。
会社からちっと借りてきたビデオを取り出す。
役得というやつらしい。
直紀 :「『スピード』と『タクシー』は今見てもいいけど、『カ
:ンフー・カルトマスター魔王教主』は一さんとこで見たほ
:うがいいか」
と、抱えたテープの中からなにも書いていないパッケージがぽとりと落ちる。
直紀 :「あれ?なんであたしこんなの持ってきたんだろ?」
何も書かれていないただのパッケージ。落とした拍子に開いたパッケージの
中からは同じようになにもラベルされていないカセットが見えている。
直紀 :「っかしいな。制作のほうじゃないのかな?」
取材や素材としてのビデオでも、どんな物かというラベルぐらいは貼る。
未使用の物かと思ったが、爪は折られていた。
SE :「がしゃこん、きゅるるる」
直紀 :「なんだろ、真っ暗でよく見えないなぁ」
暗闇の中、かすかに明滅する光。蛍か、蝋燭か。
音は風と木々の葉ずれにも似たかすかなざわめき。
と、光が動いた。
いつのまにか直紀の視線はその光に誘われている。
スピーカーからの音は相変わらずだが、何の編集もされていないその音が却
って見るものに緊張感を抱かせた。
そして、
直紀 :「……あれ?」
画面にノイズが流れていた。部屋は暗闇に飲みこまれている。唯一の光源で
あるテレビの青白い光が直紀の顔を照らし、窓に映していた。
直紀は外を見る。
直紀 :「……わっ!」
人がいたように見えた。
すぐにそれが窓に映った自分の姿だということに気がついたが、なにか不安
は拭えなかった。
それはきっと、白いノイズに照らされた自分の表情がその時あまりに虚ろで、
まるで死に顔を思わせたからに違いなかった。
SE :「きゅるるる。がしゃ」
画面がブルーバックになる。
テープが終わったらしい。
直紀 :「……っていま何時?!」
時計を見る。
暗いはずだ。八時を回っている。
二時間近く直紀はこのテープを見ていたことになる。少なくとも時計はそう
言っている。
直紀 :「ねてた、のかなぁ」
直紀は気味悪げにぶるっと震えると、電話を取り松蔭堂に電話をかけた。
一の在宅を確認すると、直紀は『カンフー・カルトマスター魔王教主』のテ
ープをかばんにつめこんだ、そして一瞬ためらい、なにもラベルされていなか
ったテープを取って部屋を出た。
○影の入場
----------
吹利駅前。夕暮れ時。
店の常連と本宮に店を預けて、湊川観楠は銀行にやってきていた。
大した用ではない。
観楠 :「さてと、用事も済んだし早いところ戻らないと」
うんと伸びをして、商店街をベーカリーに向かって歩き出す。
冬の黄昏時、商店街は夕食の買い物をする人々で心地よい喧騒に満ちている。
と、観楠の目の前を一人の大柄な男が横切っていった。
観楠 :「あれ?あれは一さん?」
一瞬観楠が別人と思ったのも無理はない。背格好や顔立ちは似ていたものの
、その男は仕立てのよさそうなスーツにグレーのロングコート。きれいに櫛の
入った髪の毛にきっちりと髭をあたってある。
おおよそ、観楠の知る一とは思えなかった。
観楠 :「(一さん、就職の面接にでも行ったんだろうか)一さん
:!」
観楠は呼びかけた。
が、男は答えなかった。
やがて、男の姿は吹利の雑踏の中に消えた。
観楠 :「人違いだったかなぁ」
○始まり
--------
松蔭堂にて
かしゃんと小さな音を立てて垣根の扉が開く
直紀 :「へへへ、こんばんわぁ」
十 :「あ、いらっしゃい。いま暖房つけるから」
直紀 :「…って、この寒いのに暖房切ることないでしょうに(^^;」
十 :「さっきまで居間の炬燵にいたから。ほら、浮かせられる
:モノは浮かせないと!それに布団をかぶれば寒くないっ(
:うんうん)」
直紀 :「まぁ一さんらしいか(苦笑)それはそうと、何か好みっ
:ぽいビデオがあったから持ってきたよー」
がさごそとバッグを漁り、先ほど持ってきた『カンフー・カルトマスター魔
王教主』の文字が妙にポリゴナイズされたテープを目の前に突きつける。
十 :「こ、これわぁ!!伝説のカルトマスターと呼ばれた老祖
:父が主人公にその技を伝承したが、直後に魔王の儀式によ
:り生け贄にされ、村は37秒で壊滅!唯一生き残った主人
:公の娘が主人公の技を密かに盗み富を欲しいままにしてい
:る男に弟子入りをし、いつかは魔王教主を倒すという壮大
:なストーリーー!!(ここまで一気)と噂に高いあのビデ
:オではっっ」
直紀 :「………………………むちゃくちゃB級っぽいよ、それ(^^;」
第一噂にはなってないぞ、おそらく。
十 :「早く見よう、見よう!直紀さん(わくわく)」
直紀 :「はいはい。…みゅ?」
パッケージから取り出し、デッキはどこだったかいな?と
きょろきょろしてると、じーーっと顔をのぞき込まれる
十 :「じーーーーーー」
直紀 :「な、なにかな??」
十 :「なんだか顔色が良くないようだけど…」
直紀 :「うーん、そっかなぁ。最近忙しかったから疲れが溜まっ
:てるのかもね」
がさごぞとテレビ前に散乱した本やらビデオやらをかき分けテープをセット
する
ビデオは妙な盛り上がりを見せ、そうそうやっぱりB級なりのこだわりとア
ジがたまらないね!とか、あそこでの無意味な効果音や爆発音が何とも言えん!
だのそれぞれ感想を言い合ってると
十 :「あれ?こっちのビデオは?」
直紀 :「あ、それ?何だか制作の方のビデオも一緒に持って来ち
:ゃったみたいなんだ。だけどねえ、なんか変なんだよね」
十 :「変?」
直紀 :「うーーんと、うまく言えないんだけど…こっちは明日み
:よっか、もう遅いし」
○ビデオ
----------
ブラインド越しに朝日が射し込む
すがすがしい朝の雰囲気
直紀 :「あ”ぉ”う”ーーーーーー。だるーーーーーーーー(ぐ
:てぇ)」
…年頃の女が『あ”ぉ”う”ー』はないだろうに(;_;
直紀がもそもそ布団の中で動いてると、玄関の方から声が聞こえてくる
すー :「あれ?鍵あいてるよ、こうちゃん」
紘一郎 :「いくら姉でも、鍵開けたまま外出しないはずだし、まだ
:中に居るんじゃないか?」
直紀 :「(うにゅ、うるしゃいやい)」
SE :もぞもぞ
すー :「あー、なおちゃん、何してんのよう!会社始まってるじゃ
:ないよ」
直紀 :「あう”ーー。なんか、だるいんだよう、動く気しないん
:だよう(もそもそ)」
すー :「もーー!昨日まで元気だったくせに何言ってんのよ。ほ
:らぁ、退いた退いた。掃除できないでしょーー」
紘一郎 :「俺がな(はぁ)」
一通りの片づけを終え、かちゃかちゃとお茶の準備をする。
直紀 :「でもちょうど良かったさーー。そろそろ片づけに来てく
:れないかなーー
:って思ってたのさーーー(ぐてーー)」
紘一郎 :「この時間居たのは予定外だったが、まぁちょっと聞きた
:いこともあったからな」
直紀 :「ふぅん。あ、すーちゃん、そこの週日野菜取ってぇー」
すー :「もう、結構元気なんだから自分で取りなよねー(ぽい)」
直紀 :「さぁんきゅう。水分補給ーーーっと、あれ??」
コップを横に傾け、液体を取ろうとするが、出てきたのは
オレンジ色のとろっとした液体だった。
どう見てもゼリーには見えない。
すー :「むう、ゼリーにする気力も残ってないのか(^^; だいじ
:ょぶ?」
直紀 :「???おっかしいなぁ、ちゃんとゼリーになってるハズ
:なんだけどなぁ。…まぁこれはこれで、いいか(ごきゅご
:きゅ)」
すー :「うん。確かに。また違った味わいが(ごきゅごきゅ)」
紘一郎 :「…それはそうと姉ちゃん。会社で妙な噂聞かないか?」
直紀 :「みゅ?噂??(ごきゅごきゅ)」
紘一郎 :「ああ、”呪いのビデオ”の噂だ」
○拡大
-------
次の場面は………泣声から始まったりする。
ぢいいっと、かすかな声。
松蔭堂の玄関にいた花澄は、飛び上がった。
花澄 :「な、何事っ?!」
訪雪 :「……ゆずさん、ですかな?」
ぢい、としか聞き取れない声は、しかし、花澄の耳には悲鳴と聞こえた。
花澄 :「あの今ゆずどこにっ?」
訪雪 :「多分、一君のところに……」
花澄 :「有難うございます、失礼しますっ」
一息で二つの挨拶をしてのけると、ぱたぱたと一氏の部屋へと向かい……
前野 :「あ、こんに……どうしました?(汗)」
花澄 :「え、今あの、ゆずの声が……」
ぢいいいいっ、と、今度はもっとはっきりした声がした。
前野 :「あ、本当だ」
煖 :「ゆずちゃん、ですね」
その声を背後に聞き流して、はたはたと走って……
花澄 :「ゆず?!」
譲羽 :「ぢいっ(花澄ぃっ!)」
ぴょん、と飛びついてきた少女人形を抱え上げて……で、見たものは。
花澄 :「………(脱力)」
十 :「ん?どした。ゆずちゃん。そんなに怯えて?」
譲羽 :「ぢいいいいいっ(わああああんっ)」
暗い部屋から出てきた……声から察するに一らしい人物は、すっぽりと
ゴジラのマスクを被っている。
花澄 :「気持ちは判らないでもないですけど………前野さんの次
:は一さん、そんなにゆずを脅かさなくても(苦笑)」
前野 :「私は脅かしてないんですけど…(^^; 」
後ろから追いついてきた前野が苦笑する。
十 :「あうあう、冗談だって。はいはい外すから」
脱ぐと今度はガメラマスク。
譲羽 :「……ぢいいいいっ(ひしっ)」
十 :「うむ、これもこわがるか。無理はない」
すぽん、とそれも脱いで。
花澄 :「…………(一体何重になってるの(汗))」
十 :「じゃあ、この埴輪マスクだ。これならタイチやシュイチ
:と一緒」
前野 :「怒りモードになってますよ(汗)」
十 :「へ?ああ、間違えた」
譲羽 :「ぢいいい……(へばりつきっ)」
かくかくと、木粘土製の体が音を立てて震えている。
花澄 :「……一さん?(にこにこにっこり)」
十 :「じゃあ、いいかげんにマスクとりますね。どれどれ、ご
:しごし。はいとれた」
で、とれた後には……お約束通りのっぺらぼう。
譲羽 :「…………ぢい」
譲羽のほうは恐いもんだから、とれた、と言われてもよう見ない(笑)
花澄 :「……見なくて正解(溜息)」
と。
煖 :「あの〜、十さ〜ん(ぱたぱた)」
何時の間に入り込んだのか、一の部屋のほうから煖が声をかける。
十 :「はぁい」
向けられたのっぺらぼうの顔に驚いた様子も見せず、
煖 :「この、“季刊 全国高校生制服専門紙 Boys-B”は、
:どの棚に置きましょうか?(にっこり)」
十 :「……(のっぺらぼうのまま滝汗)」
前野 :「………(^^;)」
十 :「ああ、ちょっとまって、その引き出しをあけるとすごい
:ことが!」
形勢逆転。
それに追い討ちをかけるように。
花澄 :「……そうですか、口がないなら食べられませんよね……
:煖ちゃん、これどうぞ(にっこり)」
手に持っていた箱を差し出して。
花澄 :「ショートケーキの詰め合わせ、ですけど」
煖 :「あ、ありがとうございます(にこにこ)」
十 :「だあああああっ!い、今顔出しますからっ!」
花澄 :「……(苦笑)……はい、どうぞ」
箱を一旦、押し頂くにしてから横の棚の上に置き、ぺりぺりと特殊メイクを
剥がし出す。その音に、ようやく譲羽が頭をもたげた。
十 :「にしてもよくできてるでしょこのマスク。サークルの後
:輩が特撮研で。うちに来たらだれか脅かそうと思ってたん
:ですが」
譲羽 :「……ぢい(恐る恐る)」
前野 :「ゆずちゃん、大丈夫?(苦笑)」
譲羽 :「………ぢい(涙目でこっくり)………ぢいぢいぢいっ
:(一さん、こわかったのっ)」
手をぶんぶん振りまわしての、力説である。
十 :「最初の獲物がゆずちゃんとは思わなかったな。しかし、
:脅かしがいがある。おばけの気持ちわかるなぁ」
譲羽 :「………ぢい(恨みがまし〜)」
苦笑した花澄が、まだぱたぱたと背後で動きまわっている煖に声をかけた。
花澄 :「煖ちゃんも……如何です?ケーキ」
煖 :「この、“愛蔵版ビデオ 青葉”シリーズと、“全国制服
:美少年データベース”の整理が終ってから頂きますわ(に
:っこり)」
一瞬、取るべき表情を選び損ねた前野と花澄である。
十 :「(事態を認識したらしい)だぁーっ、だから引き出しの
:なかは駄目だって!」
煖 :「はいはい(にこにこ)」
十 :「だいたい、何でまた急に……」
煖 :「あら、キノエちゃんから一さんのお部屋、是非とも掃除
:して貰えないかって、頼まれたんですけれども?」
十 :「何で最初にそう言ってくれなかったんですかぁ?(泣)」
………それどころでは無かったような気がする。
十 :「ああまったく……(引き出しを閉めている)」
煖 :「じゃあ、この封禁してあるビデオボックスの方を…(い
:そいそ)」
何やらぶつぶつ言いながらあちこちを取り繕いはじめた一を尻目に、
煖は、ビデオボックスを開いた。
十 :「あ、そこのは直紀さんが持ってきてくれたビデオで(汗)」
煖 :「あら?こちらのはタイトルが書かれてませんけど……」
『カンフー・カルトマスター魔王教主』と書かれた方はそのまま、
つい、と、ラベルの無いテープを引っ張り出す。試すすがめつした挙げ句、
近くにあったビデオに突っ込む。
見事な手際である。
SE :(ガショ…きゅるきゅるきゅる…)
花澄 :「………(汗)………あ、あの煖ちゃん、それ……見てい
:いの?」
煖 :「でも、タイトルくらいは見ないと、ラベルが付けれませ
:んもの」
十 :「って……あああ煖ちゃんっ(滝汗)」
前野 :「……(苦笑)……ん?」
きゅるきゅるきゅる、と、幾分かすれた音は、そのまま、テープの中の
かすかなざわめきと重なっていった。
○ビデオの噂
------------
直紀 :「“呪いのビデオ”ってなにさ」
とろりとした週日野菜をごきゅごきゅと飲み干しつつ直紀は尋ねた。
と、紘一郎はかばんの中から黒ファイルを取り出した。
そう、その黒ファイルこそ吹利のあらゆる都市伝説が書かれている。
記述は短いものから数頁に渡るものまで多種多様。
その手が一つのページで止まる。わりと新しい記述のそれは、
都市伝説No.2956「呪いのビデオ」
紘一郎 :「“呪いのビデオ”は最初高校生の間で広がった話なんだ
:話の基本パターンはレンタルビデオ屋の邦画の棚、古くて
:あまり回転も良くないやつのビデオがたまに入れ替わって
:いてなぜか店員も知らずにぞれを貸してしまう。ラベルが
:ついてないから家に帰って見る時点で違いに気がつく」
直紀 :「ふんふん」
紘一郎 :「ここでパターンが二つに分かれる。一つは見なかったと
:き。そしてもう一つが見てしまったとき」
すー :「見なかったらどうなるの?」
紘一郎 :「何も起きない。その代わり大抵あとからそのビデオが呪
:いのビデオだって気がついてぞっとする」
直紀 :「……」
すー :「呪いってなによう」
紘一郎 :「もう一つのパターン、見てしまったときに呪いがかかる
:、つまり、それを見た人間はそのビデオに描かれていたよ
:うな死に様で13日の間に死んでしまう」
すー&直紀 :「……」
紘一郎 :「これがはっきりしてるパターンで、マイナーチェンジは
:それこそ数多い。ただし、共通点はビデオ屋でラベルのな
:いビデオを借りてきて。見てしまうと不幸で、見ないとラ
:ッキーってことになる。こういうのって、姉ちゃん職場で
:聞かない?」
直紀 :「……もしかしたら、あれかな」
紘一郎&すー:「!」
直紀 :「けど、何も変なの映って無かったよ?」
すー :「見ちゃったの?」
直紀 :「うん」
紘一郎 :「実際にそれらしいのがあったって事?」
直紀 :「それかどうかは知らないけれど……多分、うちの会社の
:素材テープが紛れこんだんじゃない」
紘一郎 :「どこにある?そのテープ」
直紀 :「そのへんにころがってない?ふーなんか疲れが取れない
:なぁ」
すー :「会社の方連絡したの?」
直紀 :「すー。電話してよぉ。代わりにぃ」
そう言うと直紀はまた布団の中に潜りこんだ。
数分後。
紘一郎 :「姉ちゃんみつかんないぞ。って、寝てるか?」
すー :「なんか、ほんと疲れてるみたい。熱とかはないみたいだ
:けど」
紘一郎 :「テープ、何処に行ったんだろうな……」
その時、紘一郎とすーは事態の重大さにまだ気がついていなかった。
○そのころの松蔭堂
------------------
煖 :「なにも、映ってませんねぇ」
前野 :「いや、画面が暗いだけだ。一さんこれ、野外で撮影した
:ものですね。やっぱりマニアックな」
十 :「……いや、心当たりは無いなぁ。って、何がマニアック
:だってんですか」
他愛もない会話の合間にも、テープは進む。
ぼうっと、光が明滅する。青い光、緑色の光。揺らめく様は蝋燭の炎のよう
にも、蛍のようにも見える。
花澄 :「これ、葉ずれの音ですよね」
スピーカーから聞こえる雑音はマイクに吹きつける風の音だった。
花澄の言うとおり風はざん、ざんと一定の間隔で吹きつけているらしい。
前野 :「どっかの修学旅行の露点風呂の隠しどりですか?」
十 :「ちがうってば、これは、なんだ?」
煖 :「あ、光、動いてません?」
ゆっくりと画面の中で光が動く。
画面の左上隅にまるで虫が這うようなスピードで動き、そこから右下隅に動
き始める。
と、画面が止まった。
花澄 :「煖ちゃん?なにか?」
猫族の集中力のまま画面にくいいる煖。
前野 :「静止画像じゃ荒れて、見にくいだろう」
十 :「いや、何とか見えないわけでも……」
煖 :「……これ、人ですよね」
煖が画面を指差す。
花澄の目には暗闇が映っているだけだ。
十が画面の明るさ、コントラストをいじる。
どうにか、人影にも見え無くもない姿が花澄の目にも見えた。
十 :「このテレビじゃこんぐらいが精一杯ですね」
前野 :「画像を取り込んで、フォトレタッチすればかなり見える
:と思います」
花澄 :「え、と。どうしたんです?」
前野 :「サブリミナルの手法です。暗闇の中、明かり、ノイズ。
:その中に、幾つかの暗示を仕込ませてある」
十 :「煖ちゃんの猫族の目だから見られたんだろうな」
前野 :「もっとも、ありふれた手ですから気がつけば大丈夫でし
:ょう」
花澄 :「でも、なんで?こんな物が?」
前野 :「十さん、まさかこれを美少年に見せると……?」
十 :「笑えない冗談だね。とにかく、このテープはもともと僕
:が持ってたものじゃない。多分直紀さんが昨日持ってきた
:テープの一つだと思う」
前野 :「何にせよ、ただの悪戯にしちゃ手が込んでる。本当に心
:当たりは?」
十 :「……ない。こんど誰かに聞いてみよう。紘一郎君なら何
:か知ってるかもな。吹利の怪奇現象には彼は詳しい」
前野 :「十さん。これ借りてゆきます。解析してみます」
十 :「頼む。多分、悪戯だと思うが」
煖 :「くっしゃん」
花澄 :「風かしら?」
いつのまにか日は落ち、夕闇が松蔭堂に忍び寄りつつあった。
○疑心
-------
視界がぼうっとしている。
直紀 :「いま…何時」
頭がまだ寝ているのか手は時計に側をすり抜ける。
何度かつかみ損ねた末、やっと時計を掴むとじーーーーーっと凝視する。
くしゃ、と頭をかいて枕元に戻す。蛍光塗料が塗られた文字盤は3時を指していた。
直紀 :「変な時間に起きちゃったな」
ぽふっと枕に顔を埋める。ごろりと布団の中で寝返りをうつ。
もう一度寝直そうかな…とも思ったが、妙に目が覚めてしまった。
やはりいつもより体が重い。朝から寝ているが疲れがとれたような気がしない。
いつもなら一日ごろごろしていれば、夜には治っているのだが。
……ほんとに紘一郎の言ってたように”呪いのビデオ”見ちゃったのかなぁ
・
・
・
・
ぶんぶんっと首を振る。いきなり思いっきり頭を振ったので視界がくらくらする。
そんなこと、ないもん。あるわけない!
今日ぐたーーーっとしてたのは、疲れてたからだもん
がぱっと起きあがると、ぺたぺたと台所に歩いて行き、水道をひねる。
手で水を受け止め、ゆっくり掌に意識を集中する。
シンクを流れ落ちる水音は徐々に消えていく。
直紀 :「ほら、ちゃんと出来るじゃない」
ゆるゆると掌で揺れる、透明の物体を満足げに見やる。
ごくっと飲み干すと、自分の考えていたことに何だか無性に腹が立ってきた。
だいたい13日以内って…それじゃあなに?
アレ見たのが昨日だからあと12日の命だっていうの??
それにビデオに描かれたような死に方っつったって。
確か…そう、葉ずれみたいな音がしてそれからゆっくり光が動いて……それから?
それから………………あたし、覚えてない。
どくん! と心臓の音が側で聞こえたような気がした。
直紀 :「………寝よ」
もぞもぞと布団に入る。早鐘のようになる心臓が煩かった。
○噂
----------
翌日
紅雀院大学内 中庭
黒いファイルに目を通しながらミルクパンをゆっくり食べていると、
ぱたぱたと薄黄緑色のセキセイインコが側に降りる。
じいと小鳥を見、手元のパンをちぎってよこす。
おおきめにちぎられたパンを四苦八苦しながら食べている様子をしばらく
眺めていたが、小声で話しかけた。
紘一郎 :「ねーちゃんは?」
すー :「うーーーーん。まだ大丈夫とは言えないけど、うなされながら
:会社に行ったよ」
紘一郎 :「うなされて?」
すー :「うん。なんか化粧のノリが悪いーとかぶつくさ言ってた」
紘一郎 :「……そか。まあ熱もないんだからそうそう休んでも居られないだろ。
:そろそろ忙しくなるはずだし」
すー :「そうそう、この時期になると部屋が尋常じゃなく荒れるんだよね」
昨年の惨事思いだし、はぁ、と鳥の姿のまま溜息をつくと紘一郎の手元をのぞき見る。
すー :「ねえ、こうちゃん。それどうなった?」
紘一郎 :「ああ。情報は入って来るんだけどな。どうも…これと言った
:進展はないな」
ぱらと、ファイルを開くとページを捲っていく。
”呪いのビデオ”タイトルの後の記述がひとりでにどんどん書き込まれてゆく。
すー :「ほんとだ。だいぶ長くなってるね。あれ?この記述さっきも
:あったよ?あ、これも」
紘一郎 :「どうもな情報がループしてるようなんだ。噂というものは人から
:人へ伝達されるものだからな、少しくらい尾鰭がつくはずなんだが
:今回に限ってパターンはいくつかあるとしてその一つ一つがここま
:で正確に伝わっているし、第一の噂からの関連事項が上がってこない
:というのは」
すー :「変…だよね。……ね、こうちゃん。ほんとに、ほんとに直ちゃん
:呪いのビデオ見ちゃったのかな」
紘一郎 :「今のところ何とも言えないな。ただ疲れていただけなのかも
:しれんし」
グリーンハイツ吹利
直紀宅
直紀 :「およ、紘一郎にすーちゃん。連日続いて来るなんて珍しいね」
紘一郎 :「少しはマシみたいだな」
すー :「大丈夫?あんまり無理しちゃだめだよー」
直紀 :「だぁいじょうぶよっ(笑)ちゃんと会社にも行ったしさー」
すー :「でも、あれ?直ちゃん、肌荒れてるよ。ここ」
直紀 :「へっ?うぁ、ほんとだ。やだなぁ、疲れジワができてるーー」
すーが指したところを見てみると、たしかにうっすらと細い線が入っている。
肌もいつもより幾分くすみぎみだ。
直紀 :「ううう。何はともあれ、ぱっつんぱっつんの肌が自慢だったのに」
すー :「何はともあれって(^^;」
紘一郎 :「まあその唯一の自慢も脆くも崩れ去ったわけだ。…って目の下
:シートをしながら怒るな、笑えるぞ」
直紀 :「ぷうううう。でっ、ただ様子見に来たってワケじゃないでしょ」
紘一郎 :「ああ、そうそう。昨日言った”呪いのビデオ”のことなんだが
:情報が停滞してるんで、実際動くことにした。幸い被験者がここにいるし」
直紀 :「ちっとも幸いじゃないやいっ!ひどいよう、紘一郎がいぢめるよう」
すー :「こうちゃん、からかってる場合じゃないでしょ!」
紘一郎 :「今のところ『13日以内に死ぬらしい』という噂は記入されてるが、
:『ビデオが元で死んだ』と言う噂は流れてないから安心しろ。んでだ
:今どんな感じ?」
直紀 :「……………機嫌悪い(ぶすーーーー)」
紘一郎 :「ふんふん……機嫌悪し、と(書き書き)」
すー :「(はぁ)んじゃ、直ちゃん。あたし達そろそろ帰るねえ。明日は
:休みだからって出歩いちゃだめよう」
ひょいっと紘一郎の首根っこを掴むと、玄関までずるずる引きずる。
がちゃんとドアを閉めると、夜風が二人の髪を撫でた。
すー :「どう思う?直ちゃんの様子」
紘一郎 :「ただ単に疲れてるって雰囲気じゃないな。本当にビデオが関係している
:とするなら余り表立った動きは出来ないな」
すー :「そうだね。ビデオが呪いの類なら、こうちゃんの能力で増幅するかも
:しれないもんね」
紘一郎 :「一さん辺りに相談するのが良いかもしれないな。本職だし」
○侵食(3/28)
----------
よく晴れた日曜日の朝、グリーングラス。
直紀 :「ユーラさーん、おーはーよー」
涼しいドア・ベルの音と一緒に、いつもなら飛び込んでくるはずの人物が少
し疲れた笑みを浮かべて手を振る。
ユラ :「おはようござ…あれ?直紀さん?」
直紀 :「うん、最近なんかもうー。うー、だるぅー」
ぽてぽてと入ってきて、ことん、とカウンターに突っ伏す。
ユラ :「春先だから…体調おかしいのかな?」
レジ脇のポットに手をのばしかけ、カウンターにちょこんと顎を乗せてこち
らを見る顔の表情に目を留め、手を止めた。
ユラ :「よっぽど…疲れてる?特製のお茶煎れた方がいいのかし
:ら」
直紀 :「うーん、それより…なんかいい化粧水とかないかなぁ?
:ぱっつんぱっつんのお肌がー、あ”う”−−−」
ふにゃあああ、と機嫌の悪い猫よろしく顔をしかめる。
ユラ :「この季節だもんねぇ、花粉も飛ぶし乾燥もする…って」
つぶやきながら、背後にずらりと並んだ瓶の中身をガラスポットに次々と放
り込み、お湯を注ぐ。
ユラ :「はいどうぞ、春先用のお茶。あと化粧水なんだけど…」
そこまで言って、ユラは急に口をつぐんだ。
直紀 :「ふにゃ?ユラさん、どうかした?」
ユラ :「…変よ」
直紀 :「変、って?」
ユラ :「直紀さん、体質的にも、…あと能力的にも、乾燥肌にな
:んかなるわけ…」
直紀 :「うーん、そうなんだよねー。だからもう、極端に体力も
:気力も駄目になってるのかなぁって…」
ユラ :「…いや、そこまで駄目になるって、それ実はすごくまず
:いかも…ほかに何か体調おかしくなったりしたことない?」
直紀 :「いやもう、ひたすらだるくてー。もうここ二三日、会社
:行くのも辛いさぁ。ユラさんとこにもねー、ほんとは昨日
:来たかったんだけど、いちんち寝ててー…あう…」
あくび交じりに、ぽて、とカウンターに突っ伏す。
ユラが小さく息を吐いた。
ユラ :「直紀さん、病院には行ったの?…直紀さん?」
直紀 :「行ってなーい…これから行こうかと…あ、でも今日休み
:ぃ…」
カウンターの上の肩が、だるそうに揺れる。
す、とユラは手を伸ばし、その肩に触れた。瞬間、眉が厳しい形になる。ユ
ラはカウンターを回り、直紀の脇に手を回した。
ユラ :「ちょっと…直紀さん、二階に行こう。で、そこで休もう
:。今ちょっと出歩かない方がいい体調だから、それ」
返事もしないうちに直紀の体を抱き上げ、
ユラ :「荷物、特にないね」
すばやく周囲に視線を走らせると、内階段を上り始めた。
直紀 :「あの、ユラさん、あたし別に病人じゃ…」
ユラ :「立派な病人」
そのときにはもう二階のドアを開けている。
ユラ :「あとで和室にお布団敷くけど、その間とりあえず私の部
:屋に寝てて。今日は特に用事とか抱えてないよね。一とデ
:ートの約束とかしてても、だめだよ。しばらくはここか
:ら出さないからね」
直紀 :「ユラさん、なんかむちゃくちゃ言ってるー」
ユラ :「たぶん、ね。でも、ここだったら倒れてもすぐ対応でき
:るけど、店先で直紀さんが倒れたら、と思うと…」
直紀 :「そこまで悪く…あれ?」
くしゃ、と体の力が一瞬抜けるような感覚に襲われ、直紀は思わず体を震わ
せた。
ユラ :「今はそこまで悪くなくても。…あ、これ飲んで暫く横に
:なっててね、とりあえずだるいのは少しましになるはずだから」
棚の瓶からシロップ状の液体をグラスに注いで渡すと、自室のドアを開ける。
ユラ :「なんかごたついた部屋でごめんなさいね。私ちょっとこ
:っちの仕事片づけちゃうから…」
言い置いて今度は電話に手を伸ばす。
ユラ :「あ、朴庵先生?小滝です。店長いらっしゃいます?……
:あ、いえ、ちょっと急病人で、私が店の方空けることにな
:りそうなんで…ええ、あ、そうですか、来ていただける、
:と。はい、わかりました。それじゃお願いします…」
直紀 :「ユラさん、なんか大ごとに…」
ユラ :「いいから休んでて…だって、かなり辛いでしょ、今。こ
:のまま帰れる?」
直紀 :「…うーん…確かに無理かも…」
ユラ :「ん、だから。暫くここで休んでそれでよくなるんだった
:らそれはそれでいいから。
:で、私、代わりのバイトの子が来てくれるまで店番してる。
:何かあったら呼んでね。
:…それじゃ」
階段を足音が下りて行き、直紀はユラのベッドに残された。
いいようのない倦怠感が襲ってきた。ユラに渡された薬を飲み下すと、それ
はやがて圧倒的な眠気に変わった。
いつのまにか直紀は眠り込んでいた。
一方、店に下りたユラは、再び受話器を手にしていた。
ユラ :「あの、柳さんのお宅でしょうか?あの、私、小滝…ええ、
:グリーングラスの小滝ユラです。
:紘一郎さんでいらっしゃいますよね。実は…」
〇見鬼(3/27)
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某日、氷雨。
春がたたらを踏んで、止まってしまったような、そんな気候。
受け取った本を抱えて赤信号で止まっていた花澄は、ふと首を傾げた。
花澄 :「……?」
それ相応の人ごみの中で目に付いたのは、多分その身長にもよるのだろうが。
花澄 :「……一、さん?」
学生に見えない、というのが第一印象。
スーツにロングコート。
似合っていない、とは言わない。
いや、むしろ堂に入っている。
故に……ひどい違和感。
花澄 :(別人?)
もう一度首を傾げた途端、ぴしん、と、春の大気が凝った。
花澄 :「……何?」
凝った大気の中で、視線を上げる。そして気がつく。
相手がこちらを見ている。その視線は何一つ引っかかるものが無かったかの
ようにすう、と一面をなぎ払い、そのまま向こうに抜けた。
花澄 :「…………!」
息を呑んだ刹那。
どん、と背中にぶつかられる。
あ、すみません、と口走って、花澄は慌てて歩き始める。
何時の間にか目の前の信号は青に変わっていた。
○紘一郎動く(3/28)
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二、三言話して電話を切る。
すー :「こうちゃん、電話誰だった?」
言葉には応えず手早く身支度を済ませ玄関口に向かう。
紘一郎 :「はーーーーーーぶショップ。そこで倒れたらしい」
すー :「もおおお、なおちゃん休日は出かけるなって言ったのに
:ー。
:ユラさんトコだね」
ばたばたとジャケットをひっ掴むと、玄関を飛び出しアパートの下まで降り
ていった。
すー :「こうちゃん!行くよー、なにしてんのさー」
紘一郎 :「…はいはい」
机の上にあったファイルを手に取り、簡単に戸締まりをしドアを閉めた。
住宅街。
いつものぽてぽてとした調子より幾分速度が早い
電話があってから何かが気になっていた。
紘一郎 :「………」
すー :「なおちゃん、大丈夫かなぁ」
沈黙に耐えられず、すーが一言二言話しかけてくる。
紘一郎 :(しかし、倒れたって過労か? 一昨日見たときには倒れ
:るほど非道くはなかったはずだが。過労以外で原因になり
:そうなことと言えば…)
すー :「むーーーーー」
眉を八の字にし、こっちを睨む。
不安ともとれる表情
紘一郎 :「まぁ、大丈夫だろう」
すー :「そーだよねっ、大丈夫だよねっ」
大通り前。
紘一郎 :(過労以外で原因になりそうなこと。噂、ビデオ、姉の会
:社、ビデオ会社、噂、呪いのビデオ、呪い……)
すー :「こうちゃん!早く行こうよーーー。置いてっちゃうよー」
考えに没頭して足が止まる。
前を見ると、すーが腕をぶんぶん振ってこっちを見ている
紘一郎 :「ああ、すぐ行く」
マンション前。
直紀のマンションを通り過ぎる。
すー :「ねえ、こうちゃん。直ちゃんが倒れたのって何が原因な
:のかな?」
紘一郎 :「原因ねえ…」
:(呪い……ありうるんだが、今のところ確信はないな。も
:う少し情報が揃わないと)
ぱら…と手に持ったファイルに目を通す。
この間から状況は変わってない。
紘一郎 :(噂はあくまでも『噂』でしかない。やはり足…だろうな)
考えているうちに、見慣れた通りが目に入る。
通りに入った途端、待ちきれないと言った感じで、すーが駆け出した。
ベーカリーの前を素通りしグリーングラスの細い階段をのぼる。
呼び鈴を1・2度鳴らすとしばらくして、ぱたぱたと玄関に人の気配がした。
紘一郎 :「小滝さん、柳です」
ユラ :「ああ、紘一郎さん。来てくれたんですね。ありがとう。
:まず、あがってって直紀さんところへ。あと、ご両親には?」
紘一郎 :「まだ、連絡してはありません。東京ですからね。それと
:も、大きな病院の方に入院する必要でも?」
ユラは紘一郎を二階の和室に通す。
ユラ :「寝てると思います。起こさないほうが良いかな」
障子から覗きこむ。
すー :「なおちゃん、なんか変だよう」
ユラ :「体のバランスがかなり狂っちゃってる。過労かと思った
:けど。ひとまず今は薬効いたのか落ち着いてるけど。ここ
:最近、何かあった?」
紘一郎は部屋にそっと足を踏み入れる。
そっと目を閉じて、自分の身体をモニタリングする。
最初は、深い淀みに思えた。
体の奥に、何か粘液質の重量感のあるものが沈積して居る感覚。
息をする。
と、うねりが起きた。
紘一郎 :「(くっ)」
ゆっくりと、しかし確実に胸を締め上げる感覚。畳に手をつく。
遠くですーが驚いている。
だが、苦痛の奥で紘一郎は別のことを考えた。
紘一郎 :「…離れないと!」
肩にユラの腕がかかる。
触れた手が一瞬驚いたように引っ込められる。
熱い。
揺らぐ視界から障子の向うへ這い出す。
紘一郎 :「……小滝さん、姉の…方を。様態が……急変……してる
:はず……」
ユラ :「直紀さん、どうしたの?苦しいの?」
すー :「なおちゃん、どうしたの。やだ、やだよぅ!」
紘一郎 :「(俺の中の呪詛に共鳴した?じゃあ、霊的な原因か?)」
慌ただしさを増した、和室の中。むさぼるように空気を吸いこみつつ、紘一
郎は自分が得た推測に戦慄した。
ユラ :「…どういう、ことなんです?」
数分後、台所で何やら煎じ薬を作るユラは、紘一郎に背中を向けたまま、尋ねた。
ユラ :「さっきのは…バランスが狂ったどころの話ではなかったわ。
:何か、ご存知なの?」
紘一郎 :「……」
呪い、と言って、このひとに通じるだろうか。
ユラ :「知っていること…なんでもいいの。教えて下さい」
紘一郎 :「呪い…と、いったら」
ユラ :「どういうものなのですか?」
紘一郎 :「わかりません。本当に呪いなのかどうかも…」
ユラ :「…わかりました」
紘一郎 :「わかった、って?」
ユラ :「気を、つけます」
言って、ユラは初めて振り向いた。笑わない顔だったが、声だけ優しかった。
ユラ :「私は…診察して薬を出すことしかできません。だから、そのとき、
:気をつけます。
:呪い、ってことは、今まで私が習ってこなかったこと、私の常識からは
:外れた反応でも起こり得る状態に、直紀さんの体がなってしまっている
:可能性があるということでしょう。
:だから」
紘一郎 :「……」
ユラ :「でもね、珍しいことじゃありませんよ」
紘一郎 :「…どういうことですか」
ユラ :「知らない病気を治療する、ただそれだけのことです。
:いつでもマニュアルどおりの患者さんがいらっしゃるとは限りませんから」
安心させるような、静かな口調だった。
ユラ :「…でも、そうすると、直紀さん、こちらにいらしていただいたほうが
:いいかしらね」
紘一郎 :「というと?」
ユラ :「病院に行くよりは、きめこまかな対応ができますから。
:…信用して、いただけます?」
ユラの表情は、水を打ったように静かだった。
それをじっとみつめ…紘一郎は口を開いた。
紘一郎 :「俺は……ここにいても何も出来ませんから帰ります。
:姉のこと、頼みます」
ユラ :「わかりました。それと」
紘一郎 :「?」
ユラ :「私は、医者の対応しかできません。もし本当に呪いなら…」
紘一郎 :「一さん、かな…」
ユラ :「連絡しておいてください」
それきり、ユラは紘一郎に背を向けた。
嗅ぎなれぬ匂いが、部屋を満たす。ユラの煎じている薬のものらしい。
紘一郎 :「すー、いくぞ」
すー :「えー、でもなおちゃんがぁ」
紘一郎 :「小滝さんの仕事の邪魔になる」
すー :「でも」
紘一郎 :「行くぞ」
すー :「………うん」
辞去の挨拶にも、ユラは小さく会釈して応えただけだった。
振り向いた顔はあいかわらず静かだったが、張り詰めた眦の凄いような厳しさは
隠さなかった。
直紀 :「ユラさん」
自分の発した声のか細さに驚きを隠せなかった。
力が入らない。
身体の全てが布団に吸い込まれてしまうんじゃないかと思った。
ユラ :「直紀さん。もう少し寝ていた方がいいわ」
直紀 :「ん、あの…ね。さっき、こういちろう…来てた?」
ユラ :「ええ。先ほど帰られたわよ」
直紀 :「紘一郎…苦しそうだった?」
ユラ :「…何故そんなことを聞くの?」
直紀 :「あたし達ね…片方が調子悪くなると、なんだか引きづられ
:るようだからさっきもそうかなって思って」
ユラ :「そう…」
じゃっと布巾を絞り顔から首筋を拭く。
身体をなぞる水の感覚にしばらく身を任せていたが、不意に言葉が出た。
虚ろな意識の中で考えてたこと。
直紀 :「呪い…って何なんだろう。わたしを呪っても何にもならな
:いと思うんだけどな」
ユラ :「紘一郎君は一の所に行ったわ。こういう事に関しては一に
:任せた方がいいからね」
直紀 :「そっか。一さん…」
ユラ :「だからそっちは大丈夫よ。今は身体を治すことに専念しよ」
直紀 :「………ん。ユラさん、ありがとね」
にこ…と笑うと力が抜けた。
遠くなる意識の中で、さっきまでの不安は薄らいでいた事に気づいた。
○松蔭堂の蔵(3/28夕方)
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キノエ :「そういうことです、済みません尊さん。明日は午前から
:抜けさせていただきます」
尊 :「そっか、仕事じゃ仕方ないよね。どんな感じなの?」
キノエ :「(えーと)」
十 :「(口にチャックのジェスチャー)」
キノエ :「ちょっと、まだ詳しいことは」
尊 :「ふぅん、……判ったわ、こっちのことは心配しないでい
:いから、気をつけてね。キノト君と一さんにもよろしく」
ちん。と音を立てて黒電話の受話器を置く。
キノエ :「尊さんにどうして言わないの?」
十 :「なるべく穏便に済ませたい。なるべくなら俺達だけで」
からりと戸が開く。
キノト :「ただいま。ミツル、仕事?」
十 :「ああ、直紀さんが倒れた」
キノエ&キノト:「!?」
十 :「蔵に戻るぞ」
十が大学から戻った時、蔵の前には紘一郎が居た。
少し、顔に疲労の色が見えたが、いつも通りのマイペースな口調で彼は自分
の姉が「呪いのビデオ」の影響にあること。そしてそれは明確な形で霊的なも
のであることを述べた。
紘一郎 :「今のところ、出まわってる情報はこの黒ファイルにまと
:めてあります。物縛霊、都市伝説それ自体での妖怪化あと
:は明確な悪意を持った者の仕業……」
十 :「……直紀さんは?」
紘一郎 :「今は、小滝さんのところへ」
十 :「わかりました」
紘一郎 :「じゃあ、頼みます」
よっと声を出して紘一郎は立ちあがる。
十 :「えっ?」
紘一郎 :「だから、頼みます」
紘一郎はあくまで冷静だった。
紘一郎 :「僕もできるだけの事はします。だけどこれ以上のことは
:一さんのような専門の人でないと」
十 :「……」
紘一郎 :「一応、怖いと思ってるんです。多分。
:なんか、本当に」
十 :「すまない……」
紘一郎 :「なぜ、謝るんです?
:まだ、謝られる理由がありません。なるべくなら、謝られ
:るような状況にはなりたくない」
十 :「……」
紘一郎 :「それじゃ、何か新たなことがわかり次第、連絡します」
そう言うと紘一郎は垣根の戸を空けて松蔭堂を後にした。
十 :「って、わけだ」
語り終えると、十はキノエとキノトを見据える。
キノエは髪の毛をもてあそび、キノトは湯のみを両手で包み、押し黙ってい
る。
キノエ :「憑依の傾向は?」
十 :「無しだ。憑依なら紘一郎君もわかるし、ある程度対処の
:仕方もわかっている」
キノト :「じゃあ、呪詛?」
十 :「ビデオテープの事がわかり次第、前野君がビデオを持っ
:てきてくれる。テープが帰ってきたら、『式神返し』を試
:みるつもりだったが、直紀さんの様態が心配だ、不十分な
:状況だが、今ここで『返す』」
キノエ :「時間が限られてるんだったよね」
十は無言で頷いた。
キノト :「あと何日?」
十 :「九日、後遺症も考えられる、早めにけりをつける」
キノエ :「わかったよ、ミツル」
○前野自室(3/28夜)
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前野 :「なんてこった‥‥(驚愕)」
一から借りて来たビデオの解析を終えた前野が、驚愕の呟きを漏らす。
前野 :「なんで、こんなもんを‥‥」
ビデオに写っていた人影‥‥それは‥‥
前野 :「それに、こいつだ‥」
明滅する光‥‥
その中に浮かぶ映像‥‥
画像の中にはめ込まれた1コマ‥‥
葉擦れに混じって微かに響く音楽‥‥
前野 :「確かに立派なサブリミナルだ‥‥が‥」
それらは、一見なんの共通性も無い様に思えた。
前野 :「‥‥‥呪詛‥‥」
サブリミナルの影に散りばめられた、呪。
それも、個々では意味を成さない。
バラバラの呪が重なり合い、お互いに補完し合いながら、一つの呪詛となる。
前野 :「‥‥なんてこった‥」
そう呟くと、あらためて画面に眼を移す。
前野 :「‥‥‥本人に聞くしかなさそうだな‥」
プリントアウトした資料を引っつかむと、コートを羽織る。
そして、立て掛けた刀を握ると、足早に部屋を出る‥
その人物に逢うために‥‥
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なおなみでしたっ!
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e-mail : ikegami@kt.rim.or.jp
:suigen@geocities.co.jp<ぽすぺ始めました☆>
−新刊情報之巻 出張版−(笑)
06月05日:極東十二華仙・柚紗、登場
URL:http://www.kt.rim.or.jp/~ikegami/
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