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Date: Mon, 8 Mar 1999 20:44:30 +0900
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 12177] HA06 : EP :「朧の糸」
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199903081146.UAA32241@www.mahoroba.ne.jp>
Posted: Mon, 8 Mar 1999 20:46:41 +0900
X-Mail-Count: 12177
99年03月08日:20時46分39秒
Sub:HA06:EP:「朧の糸」:
From:E.R
こんにちは、E.Rです。
瑞鶴店長のEP。
ひたすらに……日常です。
瑞鶴の謎、少々。
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EP 「朧の糸」
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某日、瑞鶴。
レジ前から咳が聞こえる。
店長 :「……風邪か」
花澄 :「……みたい」
店長 :「珍しいな」
本棚の前で立ち読みをしている客が、上着を脱いで腕に掛けた。
瑞鶴内の温度が心なしか上昇している。
店長 :「まあいいや。帰れ、今日は」
花澄 :「あ、でも別に」
店長 :「お客に風邪うつしたらまずいだろ」
花澄 :「……はあ」
店長 :「熱燗でも飲んで、治せ」
花澄 :「(苦笑)……はい」
はたはたと片付けて、ごめんなさい、と、小さく呟いて花澄が出て行く。
どうやら一冊読み終わったらしい客が、残りの一冊を引き抜いてレジに向かう。
店長 :「こちらカバーおかけしますか?」
客 :「はい、お願いします」
すう、と視線が硝子戸のほうに向かって。
客 :「今の人……風邪ですか?」
店長 :「はあ、みたいです(苦笑)」
客 :「お大事に……って、お伝え下さい」
店長 :「ありがとうございます」
双方礼をして。
そのまま片方は硝子戸を開いて出て行く。
戸が閉まる前に、するりと猫が一匹、隙間から中に入りこんできた。
店長 :「……またか(苦笑)」
瑞鶴の猫 :「……(大欠伸)」
そのまま、猫は入り口に座り込み、店長はレジの前の椅子に座り込む。
沈み込むような沈黙。
壁に掛けた時計の音が、耳朶を振るわせるようにも響く。
その合間に、耳鳴り。
ごう、と、表の通りを風が吹いていった。
ちりちりと、砂の小さな渦が、追いかけるように過ぎて行く。
『瑞鶴は、読みたがってる人と、読まれたがってる本を結ぶ糸だから』
『それを利用しては駄目よ』
『思いの糸を、利用するもんじゃない』
それは、恐らく他愛の無い結びつきで。
それが途切れたからとてその人生が変わることなどは、まあ、千に一つもないのだけれども。
印刷され、そのまま廃棄される本がある。
その一方で、その本を血眼になって探す人が居る。
ときに距離が、ときに知識が、ときに時間が、この二つを隔てている。
それを繋ぎあわすのは、瑞鶴。
しかし、もともとある糸は、瑞鶴には何ら関係無い。
『瑞鶴の店長の役割って何だろう、そしたら』
『その糸があるかもって、期待させる……ってとこかな?』
糸はあるのだ、と、気付かせるために。
瑞鶴の猫 :「………にい」
店長 :「………ああ(苦笑)」
ずぶずぶと沈黙にのめり込んでいたらしい。
椅子から立ちあがる。と同時に、硝子の向こうに足音が聞こえる。
店長 :「いらっしゃい」
客 :「こんにちは……あの、頼んでた本入ったって、連絡頂いたんですけど」
店長 :「ああはい……ええと、本の名前は」
客 :「はい、『光の六つの印』って……」
店長 :「……はい、こちらです」
レジの奥に置いてあった本から、すう、と、残像めいた糸がたなびく。
それを嬉しそうに受け取る客から、やはり、残像めいた糸がたなびく。
『どうせ、墓までは持っていけないのになあ』
『感動は持ってゆけるかもよ』
『……常套句』
『残るだけの重みのある言葉って言いなさいな』
客 :「ありがとうございました(嬉々)」
店長 :「いえ(笑)」
今だけかもしれないけれども、やはり糸をしっかりと結んで。
ほんの数時間にせよ、やはり繋がりをしっかりと結んで。
からからり、と、硝子戸が閉まる。
見送って、店長はふとしゃがんで猫の頭を撫でる。
猫は、一つ欠伸をする。
ゆっくりと春が染み込んでくる、ある一日である。
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みたいな。
静かな文章ってあこがれます。
瑞鶴は、基本として静かです。
ではでは。