[KATARIBE 11401] [HA06] 小説:「尊退魔行」 - 1

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Date: Fri, 16 Oct 1998 17:04:33 +0900
From: Aoi Hajime <aoi@ndc.cht.co.jp>
Subject: [KATARIBE 11401] [HA06] 小説:「尊退魔行」 - 1
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <9810160808.AA00188@black.ndc.cht.co.jp>
Posted: Fri, 16 Oct 1998 17:08:57 +0900
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 まいど、葵でございます。
 そろそろシーズンイン(なんのだ)と言うことで、やってみたかった季節ネタ(笑)
 はてさて、完結するかは葵も見えず(おい)
 ギャグかシリアス先行き見えず、見事完結の暁には拍手喝采の見切り発車!(笑)
 でわ。行ってみよう!

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1.

 寒い。
 いや、痛いと形容した方が正しいだろう。
 キン、と張りつめた琴線の音さえ聞こえそうな寒さであった。
 厳寒の山中を一つの人影が歩いていた。
 昨夜来、降り続く雪が寒さに拍車をかける。
 N県K山麓、四方を千メートル級の山々に囲まれたここには、冬場、冷たい刃
の様な寒さが訪れる。
 降り始めはサラリとした粉雪だったが、やがて水気を含んだ重たい牡丹雪と変り、
辺りの音を吸い取るように降り続く。
 さく……さく……さく……さく……さく。
 まるで雪の存在を感じさせないかの様な一定した歩みが、白い絨毯を踏みしめ、
微かな足音をたてる。
 「……」
 路傍の苔生した石碑の前で、人影がふと立ち止まった。
 全身をすっぽりと覆う黒の外套、唾広の黒い帽子。
 その背には、何かを納めた黒皮製の長いケースが背負われている。
 かなり長い距離を歩いてきたのだろう、その帽子も、外套もすっかり濡れ、重た
げに変色している。
 不意に、外套から白い腕が伸び、帽子を取った。
 同時に、結い上げ、帽子に納めていた髪がばさりと落ちる。
 降り続く雪と見まごう白い肌、総てが死に絶えた様な雪景色の中で、そこだけが
生を主張するかの様な艶やかな紅い唇。
 深い黒を湛えた大きな瞳。
 女であった。
 彫像の様に、微動だにせず石碑を眺める。
 「……」
 そっと、手を伸ばし、石碑の正面に張り付いた雪を拭う。
 その冷たさに、細い素手の指がたちまち赤くなる。
 雪を払われた石碑の表面にはこう記されていた。
 「い、一里……あと……4キロぉ?」
 花屋Mikoの店長、そして、美貌の退魔師は残りの行程の長さに、へたり込み
そうな声を上げた。

 「まったくもぉ……なーにが『のんびりしてこい』よ、仕事押しつけられただけじゃな
いの、しかも寒いしぃ」
 あたしは、ぶつぶつ、文句を言いながらも雪の中を歩く。
 相変わらず降り続く雪は道を殆ど覆い隠し、いまは微かに残る道らしき物をたどって
いる。
 そりゃぁ確かに、暑いのより寒いほうが苦手じゃ無いけど、でもさすがにねぇ……。
 こんな雪中行軍を、しかも徒歩でやらされるとは聞いてなかった。
 あたしは、既にこの雪の中を5キロ近く歩いていた。
 さっき見た石碑にあと一里ってあったから、そろそろ目的地に到着しても良い頃だと思
うんだけど。
 「どーもおかしいと思ったのよねー、あのお祖父ちゃんの知り合いなんて……」
 そういいつつ、ふぅと溜息をついて顔を上げる。
 前が見えないくらい降り続く雪の中に、祖父十兵のにやけた顔が浮かんだ気がした。
 数日前。
 「え?温泉?N県の?」
 あたしはお祖父ちゃんの部屋に呼び出されていた。
 「うむ、そこの旅館の女将が儂の古い知り合いでな、頼みたい事が有るから来てくれ
と言うとるんだが、儂は、ほれ、この通り動けんでな。代わりに行って来てくれ」
 って……包帯が巻かれた湿布臭い右脚を持ち上げてみせる。
 「って……どーしたの、その脚」
 腐っても如月十兵、如月流三派を束ねる本家の継承者、並の事では怪我なんかする訳
無いんだけど。
 「うむ、ちと…な、ふははは」
 笑い方がなぁんか不自然……あたしは、頭の隅に引っかかってた事を聞いてみた。
 「お祖父ちゃん……」
 「ん、なんじゃ」
 「……最近さぁ……年寄りのナンパ魔が出るって言うのよねぇ…この辺に」
 「そ、そうか、そ、それがどうかしたか?」
 「昨日ね、うちのお店に来てくれた娘が、そのナンパ魔の爺さんに、ナンパされ
かかったから、『右足』に蹴り入れたって……言ってたのよね」
 あたしの声は限りなく冷たい。
 あたし、最近、近くの女子高生サークルからフラワーアレンジの講師を頼まれたんで、
空き時間を利用して教えてたんだけど。
 そのときに聞いたのだ、ナンパ魔爺さんの話を。
 「う……」
 あたしの視線に冷や汗を流すお祖父ちゃん。
 ……やっぱりか、このすけべぢぢぃ。
 「はぁ」
 あたしは露骨に、ため息をついて肩を落とす。
 「もう、やめてよね。あの娘、曲がりなりにもあたしの生徒なんだから」
 「なに、それじゃ今度紹介し……」
 その言葉は最後まで言えなかった。
 あたしの放つ殺気が押しとどめたのだ。
 「……墓碑銘……先に書いておく?」
 ……やっぱり、漣丸持ってくるべきだったかしら。
 「そ、その、まぁなんだ、とにかく。儂は動けんから、代わりに行って来い、温泉も
有るからな、骨休みのつもりでな。と、当然宿泊費、食事なんかは向こう持ちだ、うむ」
 あたしの絶対零度の視線に、引きつり笑いを浮かべる。
 「……誤魔化したわね?」
 「わ、判った、ボーナスとして、おまえの欲しがってた巨大ぬいぐるみも付ける」
 「……」
 沈黙。
 ……巨大ぬい……あのデパートにあったアレ……。
 ふっこふこでふぁふぁの……おっきな……。
 「……」
 「……」
 思案10と2秒。
 なんか、ごまかされてるけど……まぁいっか、温泉だしっ♪
 「分かった、行って来れば良いのね?」
 「おお、行ってくれるか!」
 で。
 「ってあのとき気付いてればなぁ……」
 そう、冬のN県、それも山間となれば。
 「当然、こんなに雪深いのよねぇ」
 あたしは、うんざりして空を見上げた。
 時刻は午後四時を過ぎたところ、本来ならまだ日が沈むような時間じゃないんだけど、
一面の雲、それも陰鬱な鉛色の雲のせいで、もう大分暗くなってきている。
 かなり山深い温泉地「仙人温泉」。
 その名前が示すとおり、秘湯中の秘湯とまで言われる温泉。
 夏場は、まだ登山気分の湯治客が通うが、冬場、それも雪の降るこの時期に行く客なんて、
よほどの酔狂か、自殺志願の奴位だ、とは、麓の駅の駅員さんの話。
 確かに秘湯だわ……本当に車通ってないんだもの。
 麓の駅で「バスも車も無い」って言われたときに、素直に帰れば良かった。
 でも、引き受けちゃった手前帰るわけにも行かないし。
 と。
 降りしきる雪以外動くものの無かった視界の隅で何かが動いた。
 「……人?」
 薄暗くなった木立の先、微かに何か動く物が見えた……様な気がした。
 気がした、と言うのは、既に何も見えなかったから。
 「たしか誰かいたような気がしたんだけど……」
 誰かいたような気がして、そこまで行ってみたんだけど、そこには何も無かった。
 まさか……ね、こんな時期に、こんな所に来るような酔狂はいる訳ない……って、あたし
が居たか。
 あたしは、苦笑すると背中の漣丸を背負い直し、暗くなる前に到着するべく先を急いだ。
 目的地、仙人温泉、『幽明館』に。
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                                           葵 一( aoi@ndc.cht.co.jp )
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Hajime Aoi (Masaki Yajima)  Nagano, Japan
E-Mail: aoi@ndc.cht.co.jp / yajima@cht.co.jp
    

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