[KATARIBE 10862] Re: HA06:Story 「夏休みその昔」

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Date: Thu, 16 Jul 1998 20:05:15 +0900
From: "E.N." <nakazono@ss.ffpri.affrc.go.jp>
Subject: [KATARIBE 10862] Re: HA06:Story 「夏休みその昔」
To: kataribe-ml@trpg.net
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In-Reply-To: <9807091046.AA01374@150.26.109.137.ss.ffpri.affrc.go.jp>
Posted: Fri, 04 Jan 1980 20:03:28 +0900
X-Mail-Count: 10862

               こんにちは、いー・あーるです。
              皆さん、こんにちは。

  長々と悠長に続けてまいりました、「夏休み その昔」
ようやっと打ち止めでございます。
…………多分、ええ(爆)

**************************************************

  その日、夕立が降った。

「何でびしょぬれで帰ってくるかなあ」
「……だって」

  花澄は泣きながら帰った。
  絶対迷わないことがわかってたから、放っておいた。
  黒揚羽は、とうとう見つからなかった。
  とんぼは、雨に打たれてくてんとしてしまった。

「ご飯の用意してあるから、食べててね」

  本当は、雨が降る前に、沼に片足を突っ込んで、泥だらけになっていた。
  夕立が降ってきた時に、近くの川で洗ったから、濡れてるだけで済んだ。
  ……おばさんには、ばれてたかもしれないけど。

  冷やっこ。それとわかさぎのから揚げ、ほうれん草のお浸し。
  食べている間に、雨はすう、と止んでしまった。
  風が、ひんやりと吹いている。

「で、どこ行ってたの?」
「ええっと……あっちこっち」

  お風呂入って、着替えて、ご飯を食べる頃になっても、瑞鶴は開いている。

「おばさん、テレビ見ていい?」
「いいけど……ああ、ミラーマン、だっけ?……あんたんとことチャンネル違うわよ」
「え?」
「おじいちゃんとこと同じだから。新聞見てごらん」

  テレビをつけながらご飯食べるのは悪いことですって、お母さんは言うけど。
 だけど、ご飯の時間が遅かったんだから仕方ないかな、と思った。
  妹は口をとんがらして、ご飯を食べた。でもテレビを見ているうちに、そのまま
 眠ってしまった。
  怪獣がいっぱい……動いて、飛んで……
  白黒の、まだらになって……

「花澄に……英一も、眠いの?」
「……ううん」

  ぱたぱたと小走りに部屋に入ってきたおばさんは、まず妹をお布団に入れて、
その周りに蚊帳をつった。

「テレビ……あら、終わったのね」
「おばさん」
「ん?」
「お店、行ったら駄目?」
「……いいわよ」

  何時まで開いているの、と聞いたら、今日は八時までかな、と言った。
 お客さんがいればもっと長く開けるんだそうだ。
  お客さんは、あと一人。
  おばさんは、静かに動いている。

「店長、この新刊いつ出るって?」
「ああこれ……は、遅れるわ。一ヶ月くらい」
「一ヶ月ぅ!?」
「あたしに言わないでよ。作家に言いなさい、作家に」

  赤い財布から、大事そうに折りたたんだ紙幣を出して、お客さんは本を買う。

「毎度ありがとうございました」

  買ったばかりの本を大切そうに抱えて、最後のお客さんが出てゆくと、
 おばさんはレジのところの椅子を手で示した。

「で、英一、なあに?」
「え?」
「何か言いたそうにしてるわよ」

  目を細めて、おばさんはそう言った。

  何で。
  何で、花澄にも、沙都子おばさんにも、風が見えるのかなあって。
  三人でいると考える。
  ぼくだけが、風を見ることが出来ない。

「……英一」

  ふわんと手が伸びて、ぼくの頭を軽く叩く。

「どうして風が見えるかなんて、私も知らないのよ……多分花澄もね」
「……お母さんも、そう言ってた」

  それでも、何だかそれは、すごく損してるみたいで。

「でも、英一みたいに空気を固められないもの」
「でも」
「英一」

  おばさんは、ぼくの顔を覗き込む。

「確かにね、風が見えないって損みたいかもしれない……でもね、その方が
得なこともあるんだよ」
「どうして?」
「風が見えるのは、秘密だからね。秘密がばれないようにするのは難しいよ」
「おばさんでも?」
「そりゃ勿論……花澄も、怒られてない、お母さんに?」
「……うん」

  道の真ん中でぼーっとしてたらあぶないよ、とか、誰もいないのに急に話したら
変でしょ、とか。

「そのうちもっともっと大変になる。おばさんそのこと知ってるからね」
「……」
「だから」

  ぽん、とぼくの肩を叩いて。

「花澄のこと、助けてあげてね。かばってあげてね……そんな顔せずに」

  はい、とは言えなくって。

「……沙都子おばさん」
「何?」
「ぼくも、本屋になったら駄目?」
「え?」
「瑞鶴のお手伝いしたら、駄目?」

  たん、とおばさんがこちらを見据える。ほんの少し恐いような目で。
 でもすぐに、おばさんはにこりと笑った。

「あんたが継いでくれるなら、これくらい嬉しいこと無いわよ」

  ぼくも何だか、とても嬉しかった。

「に、しても。本屋になるなら、本、一杯読んどきなさいね」
「うん」
「こういう本を引き寄せてても……って、まあ、まだ仕方ないけどね」
「……?」

  見ていると、おばさんは近くの棚の並べてある本の上に手を突っ込んで、
一冊の本を引っ張り出した。

「はい、あんたの」
「わあ」

  ウルトラマンとかの、怪獣百科辞典。お母さんにねだっても買ってくれなかった
本だ。

「あんたの呼んだ本だものね」

  おばさんの言ってる意味は、良く分からなかったけど。
  そう言うと、わからなくっていいの、と、おばさんは笑った。
  さわ、と、風が吹いた。
  おばさんの周りに、風が立ち込めているのに、ようやくぼくは気がついた。

「さーて、もう八時か。瑞鶴終わりっ」

  首を巡らして時計を見て、おばさんはひょいと立ち上がった。
  そして、こちらを振り返って、にやり、と笑った。

「丁度良いわ英一。本屋さんの第一歩。片付け手伝いなさい」

  りりん、と、すっかり暗くなった遠くで、風鈴の音がした……





  りりん、と、遠くで風鈴の音がする。

「店長、新しい雑誌入った?」
「ああ、昨日来た」

  店長と呼ばれるのに慣れて、もう久しい。
  それでも、やはり、風鈴の音と一緒に思い出す。
  
  それは、もうすっかり昔の夏の話。
  心根さえ、その頃に戻ることの難しいような、そんな昔。
  静かな心象の、それでも忘れることの出来ない夏。

***************************************************

  てなもんで。

  まあ、本当のところいうと、本体より数年年上の人の立場で書いたので
少々書きにくかったりしたんですが……。
  テレビは白黒。小二でカラーになった時は感動したなあ(笑)
  
  八時になると真っ暗、って、何だか懐かしいです。
  当時、何時ぐらいまで本屋が開いていたか、記憶に無いんですが、
小一の頃、父に連れられて、夜、貸本屋さんに行った覚えがあるので。
(釣りキチ三平を借りたっけ)

  いろいろ、遊んだんですけどね。
  もっと書いてみたい遊びはあります。
  段ボールにのって、坂になった草っ原を滑り落ちるとか。
 竹に登っていって、途中で折るとか。
 田んぼの用水路でおたまじゃくしを取るとか。
 出かけた時に蟹の子供を見つけて、長靴に入れておいたら逃げられた、とか。
 
  ところで。
  この時代の吹利商店街にありそうな、そして未だ残っていそうな店って
……松蔭堂なんて、あったんでしょうか、当時から。

  まあとにかく、一つ上がったぞ。

  ではっ。

 
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  『Hitch your wagon to the Star in Heaven』
 
          いー・あーる(nakazono@ffpri.affrc.go.jp)
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