[KATARIBE 10393] HA06:Story: 「風邪の日」

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Date: Tue, 23 Jun 1998 15:05:32 +0900
From: "E.N." <nakazono@ss.ffpri.affrc.go.jp>
Subject: [KATARIBE 10393] HA06:Story: 「風邪の日」
To: kataribe-ml@trpg.net
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In-Reply-To: <9806190609.AA01340@150.26.109.137.ss.ffpri.affrc.go.jp>
Posted: Tue, 23 Jun 1998 15:02:48 +0900
X-Mail-Count: 10393

                  こんにちは、いー・あーるです。
              皆さん、こんにちは。

何だか昨日、引っ張り出されたようですが。
瑞鶴店長、そういえばこの人を、書いたことはなかったな、と。

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「風邪の日」
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  風邪を引いた。

「薬は?」
「いらん」
「一応、病院行く?」
「余計いらん」
「……百薬の長?」
「それが一番効く」

  元々気管支が弱く、小さい頃は年に五回は風邪を引いていた。
  はじめの頃は心配して病院に連れていった親も、小学に上がる頃には
いい加減莫迦らしくなったとみえて「眠れば治る」に切り替えた。

「早く良くなって貰いたいんだけど、バイトとしては」
  言いながら、温めの燗をつけた日本酒を一杯、持ってくる。
「今日は別に何も無いだろ」
「……お給料の値上げ交渉に入るわよ」

  言うだけ言って、妹は店に出る。
  畳の上に、お盆と湯飲み、その向こうに木霊の子供。
  目覚し時計が、横倒しになっている。

「何してる」
「ぢい」
「……静かにせいよ」
「ぢい」

  こっくり。
  神妙な顔。
  湯飲みを取り上げ、飲み下す。
  昨日一日、何も喉を通らなかっただけあって、まわりが速い。
  滅多に燗などつけないせいもあるか。

  流石に目が痛む。
  眠ることが出来る、という、自己暗示。

  かさかさという音が近づいてきて、目が覚めた。

「ぢ?」

  いつもの癖で、目覚し時計を見る。
  気が付かないうちに、昼になっている。
  ざわざわと、店の方から音がする。
  どうやら、常連の一人……だろうか?

  目の痛みは、かなり和らいでいる。

「ぢ」

  視線をずらすと、木霊が座り込んでいる。
  手に何やら大事そうに持って……紙切れ?

「……何だそれは?」
「ぢ」

  手渡されたのは、紙切れではなく、写真。
  白黒ならばセピア色にも変われるだろうが、カラーのせいか、
単に古い、という感じしかない。

「……お前、こんなもの何処から掘り出した」
「ぢい」

  指差した先は、本棚の上。
  積み重ねられていた本が数冊、畳の上に落ちている。
  夢の中で聞いた、どさんという音の出所はこれか。

「……お前なあ」
「……ぢ」

  流石に申し分けなさそうに、木霊が首を縮める。
  追い討ちを掛ける気力が無い。

  手の中の写真を、改めて見てみる。

  本の間に立った、今の自分よりも若い女性。
  気の強そうな目。細い縁の眼鏡。
  長い髪をひっつめるように三つ編みにまとめて。

  先代瑞鶴店長……そして、自分達の叔母。

『あんたが継いでくれるなら、これくらい嬉しいこと無いわよ』

  今より遥かに、女が自立するに難しい時代だった筈だ。
  気の強い、頑固な……と、母親は言う。
  頑固でもなければ、やってはいられなかったのだろうか。

『ここはね、本屋にするべき場所だから』
『ここはね』

  雇ってもらった時、既に体を壊していた筈だった。

『ここはね、本が、湧くところだから』

  ふと、思い出す。
  もうそろそろ、本の棚卸しをした方がいいかもしれない。

「あ、おにいちゃん、起きてた?」
「……うん」
「何か食べる?」
「ああ……いや、紅茶貰えるか?」
「あったかいのでいい?」
「うん」

  木霊を従えて、台所に行く。
  ぽん、と、ガスをひねる音。
  すみません、と、誰かが呼ぶ声。

「はい、今行きます」

  火を付けっぱなしにして、走っていく気配。
  布団から出て、台所に行く。

『湧いて出た本を、狩らないとね』

  ティーバッグをコップに放り込み、さして待つことも無く沸いたお湯を
注ぐ。色が出たところで葉を取りだし、いつもは入れない砂糖を入れる。
  まだ、匂いが良く分らない。

「ああ、ごめんなさい、お湯沸いてた?」
「うん」

  今は人がいるからやってもらっているだけの話だ。
  自分で動くことに、さして問題はない。
  妹も、多分同じ事だろう。

「ああ、そうだ花澄」
「え?」
「今度、本の棚卸しやる。誰か手伝いに入れそうな人、いないか?」
「バイトとして?」
「一日バイト。出来れば本に詳しい人がいい」
「狭淵さん。お兄さんの美樹さんの方」
「ああ、成程……って、この数日、見かけないぞ」
「風邪引いて……寝てたみたい。先刻来てそう言ってた」
「流行ってるのか、風邪」
「……さあ」

  妙に歯切れの悪い話し方をする。

「じゃあ、そちらは頼んでいいか」
「うん」
「じゃ……寝る」

  もう一度布団を被る。
  まだ、少しだるい。
  
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瑞鶴店長、そして先代店長。
「本が湧く」瑞鶴の謎とはっ!?

…………………って、大風呂敷広げて困るのは私だ(泣)

瑞鶴先代店長は、鬼海沙都子(きうみさとこ)さんといいます。
お母さんの妹さんです。
既に故人です(でないとややこしいもん)

ではでは。 

 
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  『Hitch your wagon to the Star in Heaven』
 
          いー・あーる(nakazono@ffpri.affrc.go.jp)
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