[KATARIBE 10316] Re: [ha06][nv] 「誕生日のための奇想曲」その 3

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Date: Thu, 18 Jun 1998 19:27:23 +0900
From: lh86010@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp (S.S.Kakegawa)
Subject: [KATARIBE 10316] Re: [ha06][nv] 「誕生日のための奇想曲」その 3
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <199806181028.TAA23219@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp>
Posted: Thu, 18 Jun 1998 19:28:11 +0900 (JST)
X-Mail-Count: 10316

蘆会%とりあえずざいせいぴんち脱出でございます。
不観樹様こんにちはでし。

At 11:55 AM 98.6.17 +0900, Fukanju Rosei wrote:
>  ども、不観樹露生@給料日まであと8日  です。はい。
>
>
>
>  ユラ嬢争奪戦関連者の皆様おはようございます(^^;

争奪戦ですか……わはははは。
こちらも頑張ることに致しませう。


>  というわけで、ユラ嬢の誕生日に贈る美樹小説三部作その3
>
>「誕生日のための奇想曲」その3です。

うっかり触ったら、うっかり触ったら、>  いやぁ、服着たままシャワー浴びる実験なんてするもんでは
>
>ないっすね(^^;  リアルな描写に役に立つかと思いましたが、
>
>あんまり役にも立ちませんでしたし(^^;
>
>  …………こーゆーことしてるから体力が不足するのかも(自爆)


はう。またそういふことを……
ともあれ、こちらでも繋げることにします。
時間は……煖さんが傘を買いに行った後、ですかね。

**********************************************************************

 ぴしゃ……ことん。かこん。

 朴歯の下駄が、雨を吸い込んで湿った音を立てる。
 駅向こうのビストロから、グリーングラスまでの道のりは、暴風雨の夜に傘
を差して歩くには、少々長すぎる。今日のために選んできた紬の長着の裾は、
情けないほどに水を吸ってしまっていた。

 灯りの消えた商店街を、傘を差して歩む。
 結局今日まで、彼女への電話は一度も繋がらずじまいだった。話し中の音が
聞こえないことに胸を躍らせた数秒後には、留守番電話の無機質な自動応答に
肩を落とす。そんな繰り返しの最後、今日の夕方に、微かな期待を込めて、待
ち合わせの場所、そして時間を吹き込んでおいた。
 こんな日に限って入ってくる仕事、そして、夕方遅くの急な来客。パフェ食
べにいこ、と誘う無邪気そのものの子供たちに、訪雪はとうとう、そのあとに
予定があると告げることができなかった。
「それほど聞き分けのない子じゃなかろうに、何だって遠慮したかなぁ……」
 ごめんね、いまから会うひとがいるから。そう言えば、店に迎えに行けたか
もしれなかったものを。
 手を振る子供たちを笑顔で送り、その姿が消えると同時に、息を切らして駆
けつけた店に、彼女の姿はなかった。それでも淡い期待を抱いて、二人分のグ
ラスを前に待ち続けたが、ハーフボトルを独りで空けてしまっても、更に店長
が閉店の時刻を告げに来ても、彼女はついに現れなかった。

 傘を持たない左手で、懐をそっと押さえる。乾杯の後に渡すはずだったもの
は、そのままそこに収まっている。暴風雨の中、濡れもせずに。酔いで火照っ
た肌を冷やすには、この風と雨は冷たすぎる。いや、あの状態で酔えたはずが
ない。彼女のいないテーブルでなど。
 グリーングラスのある、一本手前の通りを曲がり、細い路地を伝って店の斜
め前まで行き、様子を窺う。店の灯りは消えている。2階の住居も。朝に出た
きり、帰ってこないのか。帰らないほど、大事な用があったのか。

 自分以外の誰かと、誕生日を祝っているのではないか。
 そのことに考え至らなかったことに、今さらのように気付く。自分の誘いが
優先されることに、何の疑いも抱かなかったのか。ぎりぎりまで遅らせても、
絶対に応じてくるなどという、根拠もないことを信じていたのではないか。
 今頃女友達と、折角の誕生日に誘いにも来ない男の話をしているのかもしれ
ない。相手は女でも、友達でもないかもしれない……見知らぬ男とグラスを傾
ける、彼女の姿。こんな時間になっても帰ってこないとなると、あるいは……
想像は、悪い方へと転がりだしてゆく。

「具合が悪くて、寝込んどるのかも知れんよな」
 最もありそうにない可能性を口にしてみる。一応、不在かどうかだけは確認
してみるか。
 眼鏡を外して、びっしりとついた雨滴を袂で拭う。一瞬曇った風景が、徐々
にクリアになってくる。いままで滲んで見えなかったものが、見えてくる。
 通りに踏みだそうとした足が、凍る。半ば反射的に身を引いて、路地の闇に
全身を潜める。

 グリーングラスの軒下に、若い、痩せた男がひとり、佇んでいた。

 あれは……狭淵さん。美樹さんの方か。流石に、自分の店子とその兄とを間
違えることはない。しかし、何故、ここに。こんな、雨の夜に。
 息を殺して、佇む影を見守る。時折、咳き込みながらも、美樹は動かない。
身につけたシャツとジーンズに、しみはない。濡れていないからではなく、完
全に濡れそぼってしまっているからだろう。ビニール製のコンビニ傘には穴が
開いているらしく、柄を伝って雨水が流れ落ちているのが、夜目にも判る。
 近寄って、その意図を尋ねようか。浮かびかけた考えを、慌てて打ち消す。
逆に尋ねられることを恐れてか。それとも、返ってくる答えを聞きたくなかっ
たからか。

 どのくらいの時間が経ったろうか。通りを近づいてくる人影を見つけて、体
を緊張させる。軽い足音。若い女。ユラ……では、ない。しかし何処かで見た
ような。煖、といったっけ。よくは知らないが、顔は覚えている。
 女は美樹に近づいて、何事か話しかけている。待っていた相手は、彼女か。
安堵の溜息をついている自分に苦笑する。それにしても、紛らわしい場所で。
 低い声の会話。内容までは聞こえないが、煖が美樹を気遣っているらしいの
は判る。そういうことか……都合よく解釈しかけた、次の瞬間、こちらを向い
た女と目が合う。合ったような、気がする。猫を思わせる瞳が、光ったように
思える。まさか。こちらは路地の物陰にいるのだ。
 手にした傘を美樹に手渡した煖は、予想に反してそのまま立ち去る。雨の吹
き込む軒先に、美樹がまた独り残される。待ち合わせではなかったのか?だと
したら、やはり。

 これほどまでに、待ち続けなければならない、理由とは。

 考えたくなかった。考えずとも理解できた。しかし、理解したくなかった。
お前は、小松訪雪は、あれほどの想いを彼女に向けたことがあったか?
 考えたら、負ける。無条件に来てくれることを信じて、暖かな場所で酒まで
喰らっていた男など。傘を持つ指先が震える。視覚と聴覚だけが研ぎ澄まされ
た中、皮膚の感覚が遠のいていく。時間の意識が失せはじめる。近付けない。
しかし、目を離すことが出来ない。自分を人目から護っていた影が、無数の糸
となって全身を絡め取っている。
 シャッターの前で、美樹の傘が揺れている。

 錆び付いた関節をぎしぎしと引き剥がして、辛うじて動く右手を懐へ。その
内側深く収めた物体が、いまの自分の想いの、たったひとつの証明。雨の中を
……恐らく夕方早くから待ち続けた、その行為に比べたら、なんとちっぽけな
ものか。

 傘を持つ手が痺れてきていることに気付く。そういえば、もうどれくらい、
ここでこうしているのだろうか。ずり落ちてきた傘を持ち直して、右の掌で眼
鏡の水滴を拭う。
 帯に挟んだ時計を取り出そうとした手を、止める。お前は、待てないのか。
約束すらないであろうひとを待ちわびている、あの男のように……

 その時、視界の中央で、今にも崩れそうに揺れていた体がぐらりと傾いて、
そのまま路上に蹲った。

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とりあえず、ここまでで流します。
続けて書いてもよいのですが、残りは次のめるにて。

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君がいるから、僕がいる。
東松原蘆会(ひがしまつばら・ろかい)
                  lh86010@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp
 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/6525/

    

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