[KATARIBE 10268] [ha06][nv] 「誕生日のための奇想曲」その 2

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Date: Tue, 16 Jun 1998 11:00:56 +0900
From: ad2045@geocities.co.jp (Fukanju Rosei)
Subject: [KATARIBE 10268] [ha06][nv] 「誕生日のための奇想曲」その 2
To: kataribe-ml@trpg.net
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Posted: Tue, 16 Jun 1998 11:01:11 +0900 (JST)
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  不観樹露生@咳は残っているものの、熱は平熱まで下がった(^^)v  です。はい。



  というわけで、ユラ嬢の誕生日に贈る美樹小説三部作、

  その3「誕生日のための奇想曲」、その2です(^^;



  煖さんの書き方がうまく言ったかどうかチイと不安ですが(^^;



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「誕生日のための奇想曲」その2





  一歩踏み出す。屋根の端から落ちてくる水流に、頭を突っ込んで

いる。そのせいで、またよろける。

  もう一度立ち上がりなおして、頭を振る。

  一応、多少は整えてきた髪も、台無し。まぁ、いまさら格好を付

けるもなにもなくなってはいるのだが。

  少し、まだ足元がふらつく。傘は、雨と風に打たれながら少しづ

つその位置を変えていく。

  追うようにして掴まえる。傘の骨の先を掴む。引っ張り寄せる。

  その拍子に、足がもつれる。街路樹へと、手をつく。咳。自分で

はどうしようもない、咳の連続。かろうじて瞼を開く。傘の破れ目

が、ひどくなっている。

  まいったなぁ、これは。どこか、意識の隅っこでそんな風に思っ

ている。まだ、脳が酸欠のままだ。

  ふと、何かの陰に入る。暖かい、感触。雨が途切れている。

  何が起こったのだろうと見上げる。

「大丈夫ですか?」

  女性の声。

  その女性が、大きな傘を差し掛けてくれていることに気がつくま

で数秒の時間がかかる。

「あぁ、失礼……ありが」

  礼の言葉の途中でまた咳が出る。一昨々日、変なところで寝たせ

いで、引いた風邪。

「本当に、大丈夫ですか?」

  差し掛けてくれる、傘が。ユラさんの物だったら。一瞬、そんな

事を思う。思ってしまう自分がいる。

「あぁ、ぜんぜん大丈夫ですよ。ちょっと咳こんでしまっただけで

すし」

  そのせいか、慌てて弁解のように、女性に応えている。罪悪感。

  深呼吸。ゆっくりと呼吸を自分の物に戻していく。

「どちらかに、行かれるのでしたら、お送りしますけど」

  その言葉に、やっと、女性が知った顔であるという事に気がつく。

確か、無道邸の……前野氏のご縁のご姉妹の……妹のほうの方。確

か、名前は……煖(なん)さん。火遍の、暖かさ。

「いえ。人待ちなんです。ここで」

  わたしは、起き直る。自分の、破れた傘を煖さんの暗いオレンジ

の傘に重ねて、自分の傘の方に移る。

「あっ……」

  煖さんが、何か慌てたように声を掛けてくる。

「どうかされました?」

  中央部に開いた傘の穴から漏れた水は、傘の柄を伝って腕を濡ら

していく。今さら濡れることなんて気にもならないが。

「いえ、なんでもないんです。……それより、どなたを待っておい

でなんですか?  こんなひどい雨の中」

  煖さんが、心配だという視線でこちらをみている。

  どう説明するべきなのか、困る。困ったまま、彼女の顔を見る。

あまり、人に話すようなことでもない。

  雨の中。警報すら出る風雨の中。非常識めいているという事は判

っているのだが。待つという事は、そういう事だ。わたしはそう理

解しているから。

「約束は、ないんですけどね。こちらからの、一方的な、用件で。

待ってるんです」

  そういう風にしか、言えない。

  閉じたままのグリーングラスのシャッターに、もたれ掛かる。肩

甲骨とシャッターとの間で逃げ場を失った水が鈍い悲鳴を上げる。

  煖さんは、なぜか、わたしの横でシャッターにもたれ掛かる。

  服が汚れますよという一言が、なぜか口に出来ない。

「待たされているんでは、ないんですか?」

  煖さんが、ぽつりと尋ねてくる。

  ちゃんと、わたしの耳に届く音量で、尋ねている。

「いえ。わたしが。わたし自身の、酔狂で、待っているんです」

  応えている。そうとしか、答えようがない。

  約束なんてない。想いは、想いのままで空回りしているのやもし

れない。そんな事は百も承知の上なのだ。それでも。想いは、それ

だけで力だから。

  雨は、モノトーンに降り続いている。いつのまにか、街の空は闇

にとって代わられている。雲の向こうで、太陽が地平線に隠れ去っ

ている。

  わたしは、ユラさんを待っている。

  煖さんは、わたしの80cm隣で雨を傘で避けながらシャッターに

寄り掛かっている。わたしは全身ずぶぬれで。彼女はほとんど濡れ

ていない。

「待って……いらっしゃるんですね」

  沈黙を破るように、煖さんが呟く。

  わたしは、どう答えるべきなのか。

「待たなくちゃ、ならないんです」

  口を突いて、出ている言葉。

「待つと決めてしまいましたから」

  言葉を補うように……言葉を口にする。

  雨は、相変わらずわたしと、世界を濡らしている。

「吹利駅までなら、お送りしますけど?」

  近鉄吹利駅。だけれども、駅から下宿までの電車代は、財布の中

にはない。

「いえ。まだ待ちますし」

  送ってもらったところで。なんの解決にもならない。少なくとも

自分には。

  街路樹は、降りしきる雨に歪んだ街灯に照らされて。

「お心遣い。感謝します」

  慌てて付け足す。煖さんの厚意を無にする事。それに対する詫び

の言葉の一つもすぐに出てこない自分。それだけ、視野が狭くなっ

ているということだ。自己嫌悪。

  誰も通らなくなっている道。車とバスだけが飛沫を上げて通り過

ぎていく。街灯がなければ、既に真っ暗なのだろう。時折、自分の

咳が、単調な時間の合間を刻む。時間だけが、流れる。

  ……時間?

  生活防水しかしていない腕時計。この雨じゃ、水が入ってしまっ

たかもしれない。腰のベルトに下げているそれを、左手の人差し指

で持ち上げる。指先がふやけていることに、初めて気が付く。水滴

が、街灯の光を乱反射するので、文字盤が読みとりづらい。親指で、

文字盤を拭き取る。九時半。雨粒は、すぐに、文字盤の上を再び占

領して。

「帰らなくてよろしいんですか?」

  尋ねる。若い女性が一人歩くには、もう充分すぎるほど遅い時間

帯。前野氏は、モラリストですから。そろそろ心配なさってらっし

ゃるかもしれない。いや、心配しないはずがない。

  心遣いが足りなかったか。今頃になって悔やむ。少しでも早めに

言い出すべきだったのだ。

「え?」

  煖さんが、振り返る。

「前野さんとか……ご家族が心配なさりませんか?  もう、こんな

時間ですし」

  説得力のない台詞。自分で言ってて、自己嫌悪に陥る。

「そう……ですわね」

  眉をひそめる顔。

「わたしのような酔狂に、つき合うことはないですよ」

  苦笑いしてみせる。うまくできたかは、自信が持てなかったが。

「わたしも酔狂なんですけど」

  煖さんが、シャッターにもたれ掛かっていた身体をしなやかに起

こす。こちらを向き直っている。猫を思わせる瞳によぎる影。

「わたしなら、大丈夫ですから。これでも待つのは得意なんですよ」

  待つのは得意だ。待たれることよりも、ずっと。

  今度の苦笑は、さっきよりもずっとうまくできたような気がする。

  煖さんの、真顔が崩れる。

「わかりました。帰ります、じゃあ」

  傘ごと、半回転した煖さんの顔は見えない。

  わたしは、後ろから声を掛ける。

「すみません、お送りすることができなくて」

  煖さんの姿はそれきり振り返る事もなく、路上を包む闇の中へと

消えてしまう。

  怒らせてしまったかもしれない。厚意を無にするような無神経な

発言で。

  煖さんが立ち去ったあとの店先は、また一段階強くなったような

雨にかえって静けさが増している。歩道に敷き詰められている透水

性というふれこみのカラーブロック。その上を雨水の層が滑り続け

ている。水流。時間も、滑り続けている。

  わたしは、内ポケットから風邪薬の錠剤の入った小さな瓶と、香

草茶を詰めたミニペットボトルを取り出す。風邪薬を3粒。香草茶

を一口。これで、風邪薬は今日一日の限界量。室温の香草茶を、も

う一口。口腔内の隙間を流れる。呑み込む。少しだけ、気分が良く

なる。太陽の香り。香りの力。

  内ポケットの内容物を確認するように、ポケットに突っ込んだ左

手を動かす。

  まだ、ユラさんの誕生日は終わっていない。誕生日のうちに渡せ

ればいいのだが。

  傘をくるりと回転させる。破れ目があって点対称でない傘は、少

しだけ水を弾き飛ばす。前髪を手櫛でかき上げる。髪の間に溜まっ

ていた水が飛び散る。前髪の先から鼻先へと滴り続けていた流れが

止まる。

  背筋から、寒気が来る。出そうになるくしゃみを寸前でこらえる。

持っているポケットティッシュの量はそんなに多くはない。少しで

も使い控えるに越したことはない。濡れてしまったポケットティッ

シュでさえ、この夜には重要な資源だから。

  傘を固定し直す。濡れるのは、もうどうしようもないにしろ、雨

に打たれ続けるのは良くないのは確実。気化熱は別にしても、流水

は確実に体温を奪うのだから。

  目を閉じる。目を閉じたまま、自分の呼吸を数える。時間の針を

進める。耳だけを澄ましている。足音を待ち続ける。

  不意に気配を感じて目を開ける。

「煖さん?」

  帰ったのではなかったのか?

  不意を付かれているわたしに、煖さんは微笑む。

「どちらのお店でも、傘が売り切れてまして」

  そう言って、彼女はわたしに真新しい傘の柄を差し出す。コンビ

ニのラベルは付いているが、ビニル製の安物ではない。ちゃんとし

た傘。

「お貸ししますわ。それなら受け取っていただけるでしょ?」

  読まれているのを感じる。この厚意ならば、受け入れられる。

「ありがたく、お借りしましょう。後日、必ずお返しに伺います」

  わたしは、その傘の柄を受け取る。煖さんは、ちらりと遠くへ振

り向いてから、こちらを向き直る。

「ちゃんと返しに来て下さいね。それでは。がんばってくださいね」

  その言葉を残して、煖さんは去る。

  一本取られたのかもしれない。

  まぁ、それにしても、ありがたいのは事実だ。わたしは、黒いそ

の傘の止め金を外して開く。

  傘の真下に、本当に雨がない空間が生まれる。わたしは、その中

へともぐり込む。一息つく。雨に打たれる緊張感が、緩む。

  わたしはベルトの腕時計を見る。11時15分前。まだユラさん

は、帰ってこない。



                                                  (つづく)

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  最後、美樹に傘を渡した煖ちゃんが、ちらりと見ているのは物陰に

隠れている訪雪氏のつもりですが(^^;

  この描写は使っても使わなくても結構です(^^;>関係者オール



  ということで、誕生日の夜も更けてきました(^^;

  その4ぐらいできれいに閉めれたらな、と思ってます(^^;








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